五十七 全ロス
ようやく俺のレベルが四十一になった。これでようやくコロネやチョコ、そしてオレンの四人でレベリングに勤しむ事が可能となる。ここまで来ると五十超えは目と鼻の先だ。何故ならばシナリオによる経験値のブーストが入るから。
四十一から進行可能となるストーリーは以降、かなり太っ腹に初回クリアボーナスの経験値をくれる。だがコロネやチョコ達がそれを消化していない事に理由がある。シナリオ解禁のダンジョン自体が難しくなっており、かつマッチングしにくいのだ。
「お待たせ、ようやく四十一になったわ」
「リーダーが一番のんびりしてるわね〜?」
「ここから先は難しいんだよね?」
「あぁ、それなりに敵の動きも早くなるしタフい。それぞれが役割をしっかりと意識して効率良く削らないと時間が足りないことになる」
これまではお団子サッカーのようにポジションや戦術を意識せずともゴリ押しできたが、ここからがアストラダンジョンの本領発揮というわけだ。とは言えチョココロネにも強い武器が手に入ったわけだし、詰まる事はないだろう。
「よっこらせ」
「っ……わ、私すぐに向かえるように準備してくるね!」
いつものようにコロネの横へと座ったら逃げられたように思う。流石に傷つくんだが。やはりあれか、ゼロがダメなのか。チョコやオレンは気にもとめてないし、多分俺の考えすぎだと思いたい。
いつもなら「なんでいきなりマッチングしにくくなるの?」とか、気安く質問してくれるのに少し寂しい。そう言えばコロネに渡しておいた羅針盤を回収していなかった。
「コロネ〜 そういや羅針――」
「ひゃあ!?び、びっくりした!急に後ろに立たないでよ!はい!」
「お、おう……?」
「あぁ!?レイっち!!ごめん!!編集から鬼電来てたぁぁぁぁぁぁ!!ダンジョン待ってくんない!?」
「そりゃあいいけど……」
続けてチョコが。
「じゃあダンジョンは後日って事ね?最近徹夜が続いてるから、私は少し仮眠してくるわ……」
「…………」
オレンに続いてチョコもログアウトしてしまった。取り残されたコロネとの間に生じるなんとも言えない気まづさは気のせいじゃない。向こうもなんだか居心地が悪そうだし、やっぱりゼロからの継承式から態度が変わってしまったように思う。
「……暇だし二人でなんかやるか?」
「そ、そんなの悪いから私は気にしないで!ほら……非効率の館以外にもレイには遊べる人は沢山いると思うし……」
「いやいや、俺はコロネとやるアストラは新鮮だし楽しいぞ?初心を思い出させてくれるし、遠慮してるならそれこそ気にすんなって」
「そ、そりゃできるなら……私だって…………っ」
やけに言葉のキレが悪いのだが。見るに別に嫌われた様子でもないし、やはりあれか。ゼロ=レイと気付いていて、ビギナーに付き合わせるのは悪いという意味だろうか。だがそれでは俺の回答、それに対しての反応としては噛み合わない。
もう少し踏み込もうとした直後のことだ。ユーフィーの声で来訪者に気付く。訪れたのは〝霊峰の御剣〟の幹部が二人、マカロンとマリカ、気軽に動けるヤツらではないはずなのだが何の用だ。
「やほレイ、今暇?」
「レイ様!!お会いしとうございましたわ!!」
「霊峰は暇なのか?幹部を二人も寄越すなんて……」
「あんたメッセージのレスポンスゴミじゃん。どうせ断られると思うけど、レベリングでも手伝う?」
「レイ様のご指示でしたら地獄にでもお供しますわ!」
「はっは〜ん?さてはブーストして未知の最前線の情報を早く手に入れたいんだな?残念、自分のことは自分でどうにかやりたい主義なんでね」
コロネが。
「霊峰のお方……?なんの話しなの?レイ」
「実は祭殿への羅針盤の攻略時、霊峰から二人を参戦させるよう取引したんだ。本来なら鍵を持ってるチョコにも確認するべきだったんだが……まぁ勢いでこうなった。すまん!」
「別に横取りなんかしないわよ。でもあんたと協力してアストラをするのはすっごい楽しみにしてる」
「……そっか、そうだよね!レイとやるのは…っ!楽しい……もん…………ね」
「コロネ!?どうした!?どこか痛いのか?」
「ううん……っ!私ちょっと出かけてくる!」
「コロネ!おぉい!?」
ドウシヨウ、僕の勝手な行動がそんなに嫌だったのかな。ゼロに続いて実は霊峰アンチだったのかな。ちょっと待って本当にどうしたらいいんだ。カオリとマリカも困惑してるし、やっぱりどこかコロネの様子がおかしい。
「あの子泣いてたわね…?お邪魔……だったかしら」
「い、いや…俺にもさっぱり……」
「…………今はイベント中ですわ。あの子も赤のネームでしたし、追いかけてあげた方がいいかと思われます。わたくし達はまた日を改めますので!」
確かに。マリカのくせに的確なことを言いやがる。良心をなくした今のイベント中では、相当腕の立つプレイヤーじゃなければまず単騎では行動しない。マリカとマカロンに別れを告げつつ、俺はコロネの向かいそうな場所を当てずっぽうに探す事になった。
どこだ。服屋、いやハウジングが好きならそっち方面か。今すぐ大声で名前を呼んで探したいところだが、そんなことをしては悪い野良プレイヤーの目に止まる可能性もある。通話を試みてもまるで出てくれない。どうなってんだよほんとに。
「いねぇ……っ!もしかしてポータルで飛んだのか……!?」
ほんの一瞬しか目を離していなかったのに近くで見当たらないとなると濃厚だ。コロネはおっとりほわほわしているためか、クランメンバーとも言葉を交わさずしてお守りする暗黙の了解がある。あの子は一人にするなと、生物の持つ庇護欲が無言の結託を産んだのだ。
通話も出ない。メッセージにも反応がない。リアフレのチョコへとメッセージを送るも寝ているのかこちらも反応無し。オレンも同じくして仕事に追われているのだろう。どうする。嫌な予測ばかり浮かんで焦りが大きくなってしまう。
(まずいまずいまずいまずい。コロネにアストラを嫌いになって欲しくない……俺達と一緒にいる時間が長いせいか、風龍の障壁もつけっぱなしだった……なら多分執剣もそうだよな…?)
全ロス。それはアストラユーザーが中級者へと通じる関門だ。これまで積み上げて手に入れた全てを一瞬で失い、それをどう受け止めるかによって今後のアストラの向き合い方が変わる。
霊峰のゼロに次ぐ二本目の懐刀、『タナユキ』でさえ恐れる現象なのだ。過保護と言われようがそうならないようにしてきたのに、不意の着信に心臓が嫌な跳ね方をしたのだった。
「もしもし……っ!コロネ!!無事か!」
『ごめ……ん…ねっ…………勝手に居心地が悪くなったくせに…………身勝手に飛び出して………ぇ…っ!全部…………盗られ……ちゃっ…た……っ!レイとの……っ……思い出……全部ぅ……』
「……どこにいる?館か?大丈夫だから泣かないでくれ」
『だって……――』
『コロネぇぇぇぇぇ!?どしたの!?泣いてるの!?どこか痛い!?こっちおいで!よしよししてあげるからぁ……!』
ユーフィーの声が聞こえたため館へ転送。窓から館内部を背伸びして覗き込むユーフィーの後ろ姿が見える。すがるような泣き顔でユーフィーが見てくるが、言われずともそのつもりなので安心して欲しい。
「……コロネ、大丈夫か」
「ごめん……っレイ達と頑張ったのに……っ!全部……!全部取られちゃったの!!ごめんなさい……っ!ごめんなさい…」
「怒ってないよ。奪われたなら取り返せばいい……名前とか特徴とか、覚えているなら俺が取り返してくる」
「……もういいの。全部…私はみんなに助けられてここまで来たから…………それに、レイとの思い出も……固執しちゃ………っダメだか……ら……っ!」
感情的かつ涙混じりの声で理解してあげられなかった。お山座りで顔を埋めているせいで顔も見えないし、いつものコロネならば頼ってくれたはずだ。『レイなら取り返してくれる?』って、その言葉を待っていたのにプライドが傷ついた気分だ。
「……なんか最近俺の事避けてないか?なんかしたかな……俺」
「…………言いたくない」
「無理に言わせたりしないよ。けど……取られた相手のネームとか、特徴だけでも教えてくれないか」
「レイ……?」
俺に話せなくても大丈夫だ。この子には親友のチョコもいるし、オレンだっている。その役割を無理に買って出るほど痛い男になりたくもない。だが俺には俺だからこそ、この子のためにできる事があるのだ。
「奪ったやつの……名前と特徴は?」
「っ……ステラヴォイドで…………『セツナ』って人に……」
顔を上げたコロネが怯えた様子だったが今はいい。この子を慰めるには俺は役不足。しかもきな臭い『セツナ』とやらが相手ならば容赦の必要も無い。ツイている。誰の仲間に喧嘩を売ったのか分からせてやるしかないみたいだ。
「っ…………」
「待ってろ」
優しくコロネの頭へと手のひらを乗せた後、俺は転送してステラヴォイド各地へと聞き込みへと急ぐ。だが情報収集するまでもなく、噴水のあるエリアにてアストラの第二席ことレンカが金髪プリン頭の女と対峙している様子に気が付いた。
「だからさぁ……!レベルシンクで決闘受けてよ魔女さん」
「私に……メリットがない。そもそも……ゼロ以外に興味もないし……さっきの強奪は…………下品」
近づいて両者が俺にも気が付いたので、とりあえず殺気は隠して問う。否、聞くまでもなく奴の装備品がコロネの私物であることは明確であり、半ば確信を持って言った。
「お前がセツナか」
「あっれえ〜!?ゼロ公認の天才プレイヤーレイさんじゃぁん!お兄さんでも良いよ?一発ヤろ――」
自分が思っている以上にブチ切れていたらしい。相手の言葉を待つまでもなく、手にした麦穂の解放と共にスピリチュアルコアシステムが作動した。同時に時限解放した麦穂によって固有ウェポンスキルを放つ。
「――ジャッジメント」
「っ!!」
此度の矛先はセツナ単体だ。突き抜けるように現れた光の剣撃が猛風の壁へと突き刺さり、理不尽にも『風龍の障壁』のオートガードを作動させる。誰の仲間に喧嘩を売ったのか分からせないといけない。それは俺とコロネの思い出の品なのだから。
『属性コンボ』
エネミーには耐性の低い攻撃特性がある。中には単体の攻撃ではなく、各種属性のコンボによって弱みを露出するため、同じ属性の法撃に頼るのは得策では無い時がある。
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