五十六 勝つためのパーティーの形
開口一番アギトさんの口から出たのは噂通りに対するアンサー。メンテナンスを予知していた事から薄々分かっていたが、〝天窮使節団〟はアストラを運営する社員達の一部だそうだ。
「そのための緊急メンテナンスか?いやでもデンジャースキルがなぁ……」
「いやあれは百パーセント君のせいだよ。つくづくうちのプランナーは地獄だと感じる。運営泣かせのプレイヤーを見ると恐ろしい以外に感想が出てこないものだね」
「…………」
「デスアンドライフも君のせ――」
「――分かった。その話しは今はいい。センターがどうしたんだ」
動画の概要欄に付け足す事が増えた。メンテナンスが明けてこの動画と同じ攻略は出来ませんとな。それよりも言ったように今はセンターだ。そして天窮使節団が携わる業務によっては深刻な問題だと察する。
「僕達天窮使節団は実際にログインしてコアレスの研究をしていてね。いわゆるチート、それらに準ずる対策企画部とでも言えばいいのかな。このゲームはかなりバランス調整に敏感なんだ。チートの蔓延だけは阻止しなくては倒産しかねない」
「おたくの神調整には舌を巻くよ。けどセンターは結局ステータス改竄や無敵なんかのチートまでは辿り着けなかった。違うのか?」
「システムに関する分野は僕らが手を打ったからね。向こうからこちらへの干渉は阻止できた……でも、アストラからプレイヤーの脳へと届く信号においてはその限りでは無い」
「ちょっと何言ってるかわかんないです。日本語でおk」
「通常アストラで攻撃を見切る際にはほとんど現実と大差はない。だが脳波をアストラで伝えることの出来る信号に変換する工程がある以上、どうしてもゼロコンマ数秒の遅延があるんだ」
ぼんやりとしか理解出来ていないが、コントローラーで言う入力信号がアストラでの動きに反映されるまでに時差があるという事だろう。支障のないレベルだとは思うが、一体それとチートの結びつきはなんだろうか。
「あくまで妄想の域を超えないが、もし仮に脳への受信に生ずる遅延をゼロ秒に出来たなら……それは超高速戦闘を売りにするアストラでは大きなアドバンテージとなる。君なら少しは分かるんじゃないかな?」
「……超近接戦闘では一瞬の駆け引きと読み合いが勝敗に関わってくる。つまり……?遅延を取り除く事が出来るなら全部見てから手を打てるとか?」
「理解が早いね。見てから手を変える、最速の後出しが可能になるかもしれない。だが……コアレスからの逆信号を遅延なしで受け取るとなると、コアレス自体にも改造が必要だし、人体への被害も計り知れない。また昔みたいに一ユーザーである君を巻き込むつもりはないんだが……あるユーザーを見かけたら連絡してくれると助かるという話しがしたかった」
「……」
マサトの言う噂話とアギトの警戒する人物像が完全に重なった。まさか一通のDMからこんな大事に繋がるとは驚きを隠せない。確認の意味合いもかねて重ねるように言った。
「「『セツナ』」」
「…………本当に健全なプレイヤーかい?話しが早すぎるよ」
「たまたま知ったんだよ。クランメンバーがコアレスに細工もされていたし、不穏な芽は早いうちに摘んでおきたかっただけだ」
「我社のゲームを心から楽しもうとしてくれる姿を見るとモチベーションが上がるね。ありがとう。そうそう、君達の動画に敬意を込めてコメントさせてもらったから、また見てくれると嬉しい」
「ふぁ!?運営が直々に!?うせやろ!?」
速報、非効率の動画がクッソバズってる模様。また投稿して日にちも経っていないというのに、再生回数が余裕の三〇万超え。なんなら運営のコメントさえも反響に繋がっている。びっくりするくらいコメント欄が凄いことになってやがる。
「やっばァァァァァ!?早く……!早く非効率のみんなと会議をしないと……!」
「またいつでもおいで。忙しい時は無理だけど、たまにこうして話し相手になってくれるとこちらも勉強になるしさ」
「おう!じゃあなアギトさん!」
館から最寄りのポータルへと飛んで向かうも、クランハウスがとんでもない行列になっていた。だがどうにも雰囲気から察するに襲撃にあっている感じでもない。メイドのメイさんと玄関のユーフィーを筆頭に、その列は秩序を保っているように見えた。
「レイっち〜!!待ってたんだよ!」
「オレン?なんだよこの騒ぎは……いや、なんとなく分かってはいるが」
「それがさぁ!動画がすんごいバズってて……っ!」
「レイさーん!!動画から来ました!!クラン加入希望です!!」
「僕も!」
「私もです!」
「レイさんかっこよかったです!!ゼロさんともお知り合いなんですか!」
あっ察し。ゼロが引き連れてきた野次馬と動画の拡散が偶然にも重なったのかもしれない。正直なことを言うとあまりクランとしての勢力拡大は視野に入れていなかったため、これだけの加入希望者を受け入れるつもりはない。
「……チョコとコロネは?」
「中にいる〜 一旦メイっちとユーフィーに任せて会議にしよっか!」
「レイ……!」
「遅いわよ!!ヤバいわよ!どうすんのよ……!これ!!」
「……入団テストだな」
多くてもフルパーティーの八人までが俺の管理能力の限界だろう。こじんまりと小回りの効くクラン体制が好ましい。本格的にそれぞれの好む立ち回りと陣形を考える時が来たのかもしれない。
だがどちらにせよ今すぐ決めて入団テストを始めるのは無理だ。腕前は審査基準にあまり影響はないように見るつもりだが、俺達との性格相性やアストラに対する熱意と方向性、いずれかが一致していなければ後々めんどくさいトラブルになる。
「悪いな〜!!クランの加入希望は嬉しいんだが、今はまだ決められない!!そのうちSNSを通じて募集するから、動画のリンクからフォローよろしく!!解散!!」
「ちゃっかりしてるわね……」
「今のご時世これ以上の発信媒体はないだろ。さて……いよいよパーティーとしての陣形を固める時が来たわけだ」
「陣形?穴熊とは別なの?」
「コロネに教えた穴熊はあくまでソロのPvP用のビルド。パーティーはどのゲームでも大概三つの役割に別れる事が多いんだ」
敵を引き付ける盾役、敵を削る火力枠、そしてレベル五〇から使用可能になる回復法撃によるヒーラー。アストラにおいては専門職に特化する事は珍しいが、最重要なタンクにおいてはもう一枚必要だと考えていた。
「メインのタンクはこれまで通り俺がやるとして、アストラにはスタミナがある以上もう一枚サブタンクが欲しい」
「うっひゃ〜 なんだか非効率の館もそれらしくなってきたね!そういうの聞くとちゃんとしたクランだって感じるよ〜」
「「…………」」
完全に他人事のように発言するオレンへと俺とチョコの冷たい視線が突き刺さる。何故かって、俺達の中でタンク特性に優れているのはオレンだから。法撃が劣るが、高いスタミナと怯みにくい特性を持つ鬼族、それでいて前線で敵に怯まない胆力を持つオレンは最適だ。
そんな期待の眼差しと沈黙に察したのか、オレンは俺達を今後に見ながら顔を青くしていく。何故そんな不安そうな顔をするのか理解不能だ。アストラにおいてタンクと言えば、パーティーの中でも花形なのに。
「む、むむむむむむ無理無理無理無理無理無理無理だって!?私はレイっちみたいに的確にヘイトを奪えるだけ上手じゃないし……っ!ミスったらみんなを危険に晒しちゃうもん!!そんな責任重大な役目無理だよ……っ!」
「ミスってもいいんだよ。いくらでもミスっちまえ、俺がフォローするから大丈夫だ。本当にやりたくないなら代打を用意するが……本当にいいのかなぁ〜?」
「やってみたい……けどっ 迷惑かけるくらいならいっそ削り役に回った方が……」
「フォローすることもパーティープレイにおいて楽しさの一つだ。やる気があるならとりあえずやってみようぜ」
「私に務まるかなぁ……そうすると片手と短剣とか、空けてる三枠目とかごっそり変えた方がいい?」
盾役と言えど武器に制限は特にない。ヘイトさえ要所要所で奪えるならばなんでも良い。というより、慣れた武器種の方が良いだろう。ならばオレンの最適武器種は片手と短剣、残る一枠には尖ったものを選定したい。
「やっぱり無難に盾だよねえ……」
「使いたいものを使うのが一番良い。が、俺の助言を聞いてくれるなら片手と短剣に加えて最後の一枠には大剣を推奨する」
「大剣かぁ〜 もっさりしすぎてて使いにくくない?タンクって言うと盾と片手コンビの印象強いんだけど」
「普通はな。けどオレンはサブタンクだし、回避や距離管理も上手い。なら足を止めて攻撃を受けるよりも、いっそ攻めに特化した方がかっこいいだろ」
アストラ界で不遇な扱いを受けている武器種が大剣だ。打撃七割、切断三割の攻撃特性に加えて、背負う事で盾のように扱う事もできる特徴を持つ。
盾のように構えて押し付ける事でパリングも取れるが、モーションがもっさりしすぎて硬直の間に次の攻撃が繋がらない欠陥構造。みんなが盾と片手コンビに行くのは仕方ないが、あえてそれらを一つの武器種に圧縮する事でパーティーならではの利点も見てやるべきだ。
「そりゃ威力がどれも高いけど……あっ!そっか、基本的にレイっちがヘイトを取ってくれてるから……」
「単発だが重い攻撃の多い大剣ならスイッチの時に火力も出せる。スタミナもその分使うが鬼族との相性も良し、一回やってみない?」
アストラでは全員がアタッカーだ。その上でタンクやヒーラーを兼任する係もいるわけで、器用で上手いプレイヤーがその役を担う事がほとんどである。というより上手いやつが勝手にヘイトを奪い続けるため自動でタンク役になるのだ。
「分かった!やってみるよ!レイっちとコンビなら多分やれる!」
「おk、そうしたらコロネとチョコにはヒーラーも兼任してもらうか?」
「いいけど、私割と攻撃に興じちゃうタイプだから……ヒールが遅れても文句言わないでね」
「回復法撃を覚えたらやってみる!」
当面の役割分担は決まった。これである程度のダンジョンやクエストならば問題なく勝てるだろうが、フルパーティー推奨の場所ではDPS不足が考えられる。ならば募集すべきプレイヤーに要求するものは一つ。
本能的に敵を削り取る狂人的なまでのアタッカー。俺やオレンからヘイトを奪うつもりで競い合えるバーサーカーが最適解だろう。が、コロネの元気がいつもより少なくてカミングアウトにひよってる俺がいたのだった。
『ジャストパリィ』
限られた時間の中でもその中央値を突いた会心のパリング。両者の鍔迫り合いが共にパリィの受付タイミングの場合、独自の計算式でその結果が反映される。
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