五十五 継承式
メンテナンス明けのこと、恐らくは多くのユーザーがその時を待っていたのだろう。複数回のサーバー落ちを繰り返すこと数回目、ようやく俺は世界の手前にまで辿り着けた。精神世界のような空間にてメンテナンスの理由を知る。
(ふぁーーーーーーーーー!!!!『道化師の戯言』にナーフ入ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!)
各位ユーザーへ、この文章は『道化師の戯言』保有者のみにお知らせしています。バランス調整のため一部テキストに修正を施させて頂きました。快適なアストラル・モーメントの環境を御提供させて頂くためにも、ご理解とご協力をお願いいたします、と。
ざっくりと修正された内容を説明するならば、固定ダメージの上昇に上限が施された。青天井でコンボ数に応じた威力の上昇率を誇るデンジャースキルだったが、なんとその上限が一○○○までとなる。弱体化もいいところだ。
(三十一か三十二コンボで威力上昇が止まるのか……それでもまぁ固定ダメージは優秀だし、全くのゴミってわけでもないか。くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!動画の終盤、抜け穴もそれなりの見せ場だったのによぉぉお!!)
吠えても仕方ないのでログインだ。項目に並ぶ二人の自キャラ、ゼロとレイ。正直嫌な思い出がフラッシュバックしてる。だが最後のケジメはつけねばならない。故に選択したのは最強のキャラクターだ。
「ログイン、ゼロ」
おびただしいメッセージは当然全て通知オフ。カオリ伝いにフォルティスには話しが通っているはずなので、自室を出て真っ先に向かうはエントランスだ。続く廊下と階段、至るまでの道端にずらりと霊峰隊員が直立しているではないか。
「「「「「「「お帰りなさいませ!!ゼロさん!!」」」」」」」
「うるさ……」
「ゼロ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!あぁ……!!やはりその麗しいお姿は何度見ても感涙ものでございますわ!!ささ、お手を」
「邪魔」
にじりよるマリカを無視して階段を下る。ソファに座すフォルティスの後ろ姿に汗を自覚した。こいつと契約とか取引みたいな事を正面から行おうとしているわけで、完全にこれは武者震いでもなんでもないただの嫌な緊張だ。
「久しいなゼロ。他の者は席を外してくれるか」
「「「「「「はい!!」」」」」」
「マリカは別に良い。知ってるから」
「だろうな。同席したようだし、マリカも座れ」
「はいですわ!!」
「なんで隣に座る……向こう空いてるのに…………」
くっつくように隣に座るマリカが暑苦しいがまぁいい。ゼロでログインしている以上かなり神経を使う。何故ならば面白半分の襲撃は日常茶飯事、しかもゼロ=レイの方程式を知るフォルティスは俺を呼び戻す最強のカードが揃っているのだから。
「単刀直入に言う。要件は二つ、霊峰からの脱退と……ゼロと同一人物である事を口外しないで欲しい」
「メリットがない。脱退は個人の自由だが、後者はそれなりにこちらにもメリットがある。それだけゼロという存在は大きいんだ」
「レイがゼロだとバレれば非効率の館メンバーにも危害が出るかもしれない。だからこれは取引じゃなくて……頼みだ」
「……ゼロと結んだ契約の中に、脱退後も機密情報の口外は禁止とあったな。だが所詮は口約束な上にゲームの中の話だ。強制力もなにもないただの紳士協定、百歩譲ってその頼みを聞いたところで意味がないとは思わないのか」
それはそう。やろうと思えばゼロ時代に知った霊峰の機密情報を使いまくって非効率の館を強化できる。だが俺はこれまでにそんなことはしていない。サボって個人で得たこと以外は全て遵守してきた。
「仮にも世話になったんだ。あまり乱暴な事はしたくない」
「確かにお前に暴れられては天啓のように潰されるな。整理しよう、お前の要求はゼロの脱退と同一キャラの口外無用だったか」
「あってる」
「ならばそれに応える代わりに対価を要求する。『祭殿への羅針盤』、それらの攻略情報をいつか霊峰にも渡せ」
「へ?そんなんでいいの?」
その口振りでは第一走者はこちらに渡すと言っているように聞こえる。いや実際そうなのだろう。俺の言葉にフォルティスは相も変わらず薄ら笑いのまま頷いたのだから
「相変わらずお前は自分の商材価値を分かっていないな。ゼロを……お前を敵に回すか協力関係でも繋がりを維持するか、どちらが我々に有利かなど語るまでもない」
「じゃ、じゃあ……!」
「契約成立だな。どこへでも行くがいい」
『〝霊峰の御剣〟から除名されました』
「こ、こんなあっさり……」
「たかがゲームだろう?非効率の館は仲間思いの良いリーダーに恵まれたものだな」
どこがだ、嫌味でもいいたいのかよ。だがもっとえぐい取引内容であったり、巨大クランの数を活かした嫌がらせであったり、もっと難航するかと思っていたのに拍子抜けだ。気前が良すぎて気味が悪いが、これではフォルティスにだけかっこついてムカつく。
「嫌味のつもりか?少なくともあんたより優れたリーダーは見たことない。乗せられたのかもしれないが……そう来るならこっちもボーナスをつける」
「ゼロ様?」
「カオリともう一人、霊峰の隊員の誰でもいいから二人は祭殿への羅針盤に関するクエストに同行をしてもらってもいい。悪くはないだろ?」
「ゼロ様ぁ!?」
「どちらが嫌味だ。幹部一人満足させられなかった私が優れているなど……だが願ってもいなかった提案だ。期待せずに連絡を待たせてもらおう」
完全に契約が終了した。俺の正体を口外しない代わりに、こちらは羅針盤に関する攻略情報の提供と霊峰二人を同行させる。そして自惚れているわけではないのだが、思いのほかマリカが落ち込んでいない事が意外だった。
「ゼロ様!!クラン同士の話しは抜きに、また顔を見せてくださいませ!」
「意外と笑って見送ってくれるんだな。もう少し落ち込んでくれるものかと自惚れていたんだが……」
「ショックである事に違いはありませんわ。けれど……もう会えないわけではありませんもの!休止されていた頃に比べればへっちゃらですのよ!!それに……」
「それに?」
「笑っておられるあなたのお顔が一番の喜びですわ。お元気で!!ささ、お手を」
「…………ありがとな、マリカ」
「なっ!?うぁ……?えぇ……?そ、そそそそんな……勿体なきお言葉をわたくしなんかに……あぅぅ」
別にエスコートされる趣味はなく、差し伸べられた手を握るつもりもなかった。だが湯気が出そうなほど顔を紅くしたかと思えばマリカは座り込んでしまった。顔を覆い地面へと蹲る。後は最後の仕事をこなしてレイに切り替えようか。
外で待機していた霊峰隊員からマシンガンのような質問を投げられつつ、フルシカトして転送。始まりの街ステラヴォイドでも同じ反応だ。あまり好きな空気ではないが今は気分がいい。館から最寄りのポータルから鳥のヒナのようにユーザーが着いてくるけど見逃してやろう。
「ゼ、ゼロさん!?お、お久しぶりです!!コロネです!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?五年前の大会でボッコボコにされた人だァァァ!?ゼ、ゼロさんがなんでうちなんかに……!!」
面白いくらい動揺するコロネとオレンに笑いつつ、ギャラリーの多さにカミングアウト出来ないことに気が付いてしまった。こいつらには知られてもいいが他所はダメだ。一芝居うたせてもらおう。
「羅針盤を返しに来た。今のレイなら守れるから」
「……裏では話す仲…………なんですね……わ、分かりました!責任を持ってレイに渡しておきます。あ、あれ!?霊峰さんから抜けたんですか!?」
頭上のネーム以外に空白となった事で問いかけたのだろう。自認した性別と逆の声で喋るのが苦手なので静かに頷き、野良から飛来された矢を曲刀スキル月輪で叩き落とす。継承式に無粋なまねはしないで欲しいものだ。
「なっ……!?反応速度も健在かよ……!」
「パニッシュメント」
喧嘩を売ってきた野良をヘッドショットで瞬殺し、再びコロネと向き合う。何故か不安そうな表情の彼女が。
「あの……レイとゼロさんはやっぱり…………」
流石にコロネも同一人物だと察したか。夢を壊したかもしれないがここで暴露されてはたまらん。せっかくの霊峰との取引が水の泡だ。故に選択した言葉はこうだ。
「いつか話すよ。でもそれは今じゃない。それじゃあ」
「…………はい」
なんでそんなに落ち込んでるんですかねコロネさん。え?もしかしてゼロ=レイの構図がそんなに嫌だったのか。そりゃゼロと知って露骨に態度を変えられても嫌だが、その反応もそれはそれでちょっと落ち込む。
こうなってはカミングアウトするのが怖くなったぞ。非効率の館メンバーに俺の秘密を否定されるのは流石にきつい。チョコだけでも先行してバラしておいて良かった。後で時間がある時に少し相談に乗ってもらうとする。
『アストラル・モーメントへログインしますか?』
(ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?なんで!?コロネの反応はなんなの!?コロネってもしかして裏ではゼロアンチなの!?結構懐いてくれてるからショックなんだがそれはぁぁぁぁぁぁ!!)
『ログイン、レイ』
以前ログアウトしたアクアリングにて視界を開く。今すぐチョコに相談に乗って欲しいため〝天窮使節団〟など後回しだ。だがそうもいかないようだ。クランハウス眼前にて、解放した扉の枠組みに体を預けて斜に構えたアギトがいた。
「待ちくたびれたよ。少し中で話す――」
「うるせぇ!今はそれどころじゃなくなったんだよ!!」
「いや、君ほどのプレイヤーなら聞いておいて損はないと思う」
「だから……っ!」
「〝センター〟、その研究者がまたアストラに関与しているであろう動きを感じた」
「…………」
確かにそれが事実ならば聞き逃せない。しかもアギトさんとやらは確実に普通のユーザーとは違うと思われる。噂通りの運営の人間説、その確認のためにも俺は促されるままに〝天窮使節団〟のクランハウスへとお邪魔したのだった。
『法撃』
エーテルを消費して世界にアストライアの奇跡を具現化する攻撃のこと。物理攻撃に耐性のある生き物であろうと、業火や凍てつく氷槍、雷光の前ではその身を滅ぼすだろう。
Now loading…




