五十一 方針
十年にも渡って解放条件が明かされていない星一の武器、『岩封の麦穂』。フォルティスから聞くに、ありえないほどの検証を重ねたが解放が出来ないらしい。実際に解放してみせた俺へと話を聞くために赴いたそうだ。
「スピリチュアルコアシステム、それがトリガーかと踏んでいたが……それだけでは足りなかった。ヒントをくれないか」
「ヒントも何も……俺も分かってねぇよ。あの時は絶対に勝てない人数差だったけど、意地でも勝ってやるくらいしか考えてなかったからなぁ……」
「流出した動画も見たが、あの人数差を固有スキル一発でひっくり返すポテンシャルはチートだ。霊峰だけじゃなく、数多のクランが解読に急いでる。私だけじゃなく他のリーダーの訪問も――」
「――抜け駆けですか?流石は最古のクランですね。行動が早い」
淡い水色の長髪と甲冑を身にまとった女性騎士、アストラ第二席をメンバーに保有する対人戦特化のクランリーダーが現れた。〝星浄の騎士〟リーダー『ユキナ』、今は知らないが十本指常連の二つ名持ちの凄腕プレイヤーでもある。
『不浄の剣聖』、その二つ名に恥じない近接特化のプレイヤー。遠距離武器なしの設定で闘技場によく潜っており、流石のゼロもこいつの土俵でやり合えばかなり苦戦を強いられた記憶がある。第二席レンカとはまたベクトルの違う猛者だ。
「星浄の騎士まで来たのかよ……」
「初めまして、仰る通り星浄のリーダーを務めるユキナと申します。盗み聞きするつもりはありませんでしたが……レイさん本人も解放条件はご存知なかったのですね」
「まぁな」
「あんなものがPvPに紛れ込んではゲームバランスが崩壊してしまうので、それなりの対価を支払うので他言無用の契約を持ちかけるつもりでした」
フォルティスが。
「ほう?後学のためにどのような内容なのか教えてくれないか?こいつ以外にも発見するかもしれないしな」
「見つけてから大きい顔していただけますか?」
やだやだ、巨大派閥のこの威嚇のしあいとか他所でやってくれ。巻き込まれてる俺の身にもなってほしい。それぞれクランには方針があるものだし、広まると厄介なゲームアイテムなんかもあるんだろう。
「先に言っておく。俺達〝非効率の館〟は一切麦穂の解放条件を知らないし、率先して解明するつもりもない。意図せずして動画が流出してしまったが、霊峰が試したこと以上の手がかりは俺に聞かれても出てこないからな?」
「……貴様が嘘をついている可能性もゼロではないが、その様子では賄賂を積んでも無意味そうだな」
「俺の事をよく分かってるじゃねぇかフォルティス。そういう事だからお前ら帰ってくれ……巨大派閥のリーダー二人と対談とか胃が痛くなる」
「はい分かりましたと簡単に引き下がれる話しでもありません。主観の意見で申し訳ありませんが、また日と時間を改めてお話しの場を――」
これだ。こいつらは勝手な都合でこちらの意見も聞かずに事を運びたがる。そりゃあビジネスに昇華してるわけだし、特にユキナの方は対人戦で知名度を稼いでるわけで、あんなぶっ壊れ武器が蔓延しては商売にならないため必死なのだろう。
別にその意図が汲み取れない俺ではないし、暇な時くらいなら手を貸しても良いとさえ思う。だが今はもっとやるべき事もやらなくちゃいけないことも、やりたいことも山積みだ。お前達が好きに動くように、俺も自分のペースでアストラをやらせてもらう。
「何を聞かれても知らないことは答えられない!!いい加減にしてくれ!!そっちのビジネスに非効率の館を巻き込むな!!帰れ!!コロネ!!塩持ってこい!!塩!!」
「相応の取引になれるよう最善を尽くすつもりです!お話しだけでも……っ!」
「……諦めろユキナ。こいつは甘い話しに飛びつくほど扱いやすくはない。それこそ未知の最前線でも切らなければ無理だ。失礼したな、レイ。今後とも仲良くしよう……では」
「帰れ帰れ!!」
フォルティスは流石と言うべきか、ゼロ時代からの付き合いもあるため潔く撤収してくれた。ユキナの方は渋々といった様子だ。またお暇な時にお話しを聞いてくださいとだけ言い捨てて帰りやがった。二度と来るな。
「少しくらい話しを聞いてあげればいいのに」
「チョコ、お前分かってて言ってるだろ。ああいう輩は一度でも協力してやったら次々と要求してきやがる。骨の髄までしゃぶり尽くされたら非効率の館なんてチンケなクランは捨てられるに決まってる」
「随分と私怨が凄いわね……でもまぁ、あの二つの巨大クランを前に堂々としているのは素直に凄いわ。私だったら絶対テンパってるもの」
「だからこそだよ。俺はあいつらみたいにビジネスに特化してないし、その方面であいつらとやり取りすりゃ確実に利用されて終わる。だからあれくらいの距離感が最適なんだ」
「そうね……私もガセ情報にやられたし、お世辞でも非効率の館にそういった情報戦に長けた人がいるとは言えないわね……それで?それはそうと次の方針はどうする気?」
クランとして次に何をするという話しだ。別に小難しいものは何も無い。友達と集まって何するー?みたいなノリだ。俺のレベルはユニクエを経て二レベほど上がって現在は三十六。コロネとチョコも四〇を超えてオレンとの足並みも揃ってきた。
「ひとまずは海上エネミーのテイムだな。俺のレベリングを待ってくれるなら、みんなで一斉にテイムしに行ってもいいんだが」
「レイっち〜!!待ってるからさ!私はブルーギャ――」
「ダメだ。暇なら空いた時にでも金策しろ。人数を乗せられるだけの海上マウントが揃ったら……一気に五十五まで全員のレベルをあげようと思う」
「うっ……ま、まさかレイ…またあの虚無リングみたいなことをやるの……?」
オレンに続いてコロネもレベリング恐怖症に感染していた。確かにあの苦行は受け入れ難いし、やっていてクソほどつまらない。だがあの時とは明確に違うことがある。五十五、これはオープンフィールドにおける星七掘りに参戦可能なラインとなるのだ。
「レベルキャップが解放した七〇地帯はまだ無理だが、ここまで上げ切れば六〇地帯のエリアならダメージが十分入る。そうすりゃ過酷な野良との抽選にも混ざれるし、レベリングに対するモチベも変わってくるぞ!」
コロネが。
「今まではレベル差補正で充分なダメージが残せないから参加しなかったって事?」
「あぁ。一定のダメージを貢献しないとタダ働き扱い。五十一からできなくもないが、やはり等倍になりやすい五十五がボーダーラインだな」
各エリアに出現するエネミーのレベルは、各々のレベル帯に合わせてランダムだ。五十九までならば等倍で入るし、人気エリアは人の数がやばい。故に二割減でもかなり本気で殴らなければ抽選から弾かれてしまう恐れがある。だからこそ五十五という境界線なのだ。
しかもオープンフィールドではレベルシンクが発生しないため、カンスト勢なんかがパワーゲームを持ち出すと抽選競走がより過酷になる。最初期から狩り場の仕様はかなり不評だが運営は一向に改善しない。何故ならばアストラ特有の風物詩がまだそこにあるからだ。
「……コロネ、オレン、多分だけどあなた達が思ってる以上に狩り場は醜いわよ。気を引き締めていかないと……木っ端微塵になるわ」
「え……?」
「チョコっちどういうことさ〜?」
「本垢を持ってるからチョコはよく知ってるみたいだな。良いか?よく聞け……野良が多くて抽選競争に勝てないならば、その結果として狩り場にどんな事態が起きたと思う?」
「順番を決めるとか?わかんないよ〜!教えてよレイ!」
「殲滅だ。不要なエネミーも邪魔な競争相手もな。超人気の狩り場ではクラン同士の抗争が併発する事は珍しくない。良いか?武器掘りと思うな……あそこは戦争だと思え」
多分これを最初期のコロネに言ってたら卒倒してたと思う。基本的に穏やかな子だし、良いものはみんなで共有しようタイプなのだ。何も知らずにネットの情報を頼りに、目的の武器掘りに向かった中堅ユーザーが木っ端微塵になる事はよくある。
霊峰クラスなんかになると狩り場の独占なんかも起こりうる。率いる幹部によってはそれなりに良心もあるため、無理にプレイヤー殲滅なんかは今もしていないとは思うが、狩り場の独占なんかで悪名高いクランもあったりするのだ。
「って事は……?え?プレイヤーとも高レベルなエネミーとも戦わなくちゃいけないって事?」
「無理にプレイヤーと戦う必要はない。刺激しないようにエネミーとの戦闘に混ざる。竜クラスだと人手がいるから逆に平和だったりするんだけどな。各々の狩り場で雰囲気が違うからその限りではないってことだ」
過酷なレベリングを乗り越えた後に待つアストラ特有の過酷な環境、これが引退や萎えを加速させる上にクランの格差を広げている。クランの保有人数は武器にもなるが、それはそれでクラン内のトラブル確率も上がるためリーダーの手腕が問われる。
運営の意地の悪さと絶妙なバランス調整には舌を巻くものだ。あえてこの世紀末な空気感を残してクランというコンテンツを強調させたのは英断だと思う。結果的にこの理不尽な環境が各クランの結束を強めているのだから何も言えない。
「とは言え俺のレベリングもすぐには終わらないから、それまでは各自自由行動でいいだろ?」
「了解!!流石にコロッちの家に連泊し続けて申し訳ないし、私は一旦家に帰ろうかな!」
「私はみんなの動画を預かって編集を進めるわね」
「う〜ん、イベント中で一人で動くのは危ないし……私はしばらくハウジングでもやろうかな」
「おk。まぁ俺はニートだし連絡はいつでも取れるから、なんかあったらすぐに言ってくれ」
オレンのみがログアウトして自由行動となった。コアレスはスマホと同じくしてPC等の端末とも繋がるため、アストラにログインしたまま編集等の作業は可能だ。故にチョココロネの雑談を最後に、俺はレベリングの殻にこもるため館を後にしたのだった。
『打撃』
強く叩きつける攻撃のこと。頭部に当てることで対象にスタンを与える事が可能だ。衝撃が強い性質があり、敵を怯ませやすい性質を持つ。
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