五 マカロンマッチング
『ゼロ』としてアストラに勤しんでいた頃のフレンド、カオリとの通話を切った後に俺は寝た。そして深夜の二時頃にふと目が覚めたのでログイン。今は始まりの街『ステラヴォイド』を適当にぷらついている所である。
(さてと……まずは俺の残したスコアがどれだけ塗り返されているか確認しますか)
アストラでは様々な分野において、その功績を数字化してランキングとして反映される。ダンジョンであればそのクリア速度や被ダメ回数など、多くの評価項目が内部設定に応じてスコアになる訳だ。
(意外と上位には残ってるな……?けど流石にトップスリーからはほとんど落ちてると)
そもそもがダンジョン自体がパーティー推奨設定なのだ。このスコアランキングはソロ限定のものであり、それに挑む事自体ガチ勢側と言える。そんな熱意の塊であるプレイヤーの巣窟、ランカー争いにこと置いてまだ名前が残っているだけでもすごいと思う。自画自賛気持ちいい。
(……こっちは緊張するなぁ)
そのランキングは『ゼロ』が最強と謳われるに至ったものだ。闘技場における決闘ではルールが細かく設定可能だが、ランクマッチと呼ばれる運営が設定したルールのものに限り、連勝数、勝敗によるポイント増減などに応じて、幾つかの項目でランキングに反映される。
「……っ!」
連勝数ランキング一位の座に刻まれた名前は未だに不動。『ゼロ』の名前と共に一九九九の四桁が並ぶ。そうだ、記念すべき二○○○連勝を前に失踪したんだった。そしてこの決闘方式は『全部あり』のタイマン。すなわち、回復アイテムを除く全てのウェポン、アイテム、防具の使用が許される方式だ。
(嬉しい。俺の記録はまだ破られていない!!ひゃっほー!)
俺が一番好きだったコンテンツこそがタイマンのランクマッチだ。特に近接戦にもつれこんだ時の一瞬の心理戦がヤバい。互いにパリングを狙うあの刹那の攻防は、何物にも変え難い脳汁を提供してくれる。
「さて……もうひとつのデンジャースキル習得のためにも、ちょっくら潜りますか」
ひとまず闘技場に潜る事になるが、ランクマッチではなくノーマルマッチの方に行く。新規キャラのレイと同じくして、初心者とマッチングする可能性を下げるためだ。正直言うと闘技場で戦うにはレベルのカンストが入口である。
「全部あり……タイマン…………マッチング開始」
『マッチングしました。闘技場エリアに転送します』
(流石ゴールデンタイム。即マッチングはありがたい)
ランダムで選ばれるフィールド、今回は砂漠のようだ。遮蔽物がないため銃や弓、魔法と言った遠距離攻撃に特化したビルドだと優位に立てる。とは言え、今回は負ける事が目的なのでどうでも良いが。
「聞こえます?対戦お願いしますー」
『お、お願いします〜』
広大なフィールド故に開始時は敵の姿は見えないことが多い。開始までの一分ほどは音声通話のように対戦相手と意思疎通が可能だが、基本的にはこうして簡単な挨拶で沈黙が続く。ぶっちゃけちょっと気まづいのよな、この仕様。
(まずは三〇回連続で負ける……三〇を超えてから勝った際に確率で入手可能なデンジャースキル――)
開幕と同時に炎の雨が降り注いだ。当てずっぽうに広範囲の法撃を放たれたのだろう。とりあえず自ら当たりに行った。崖から飛び降りるのに比べたら全然怖くないんだな、これが。
「あっちゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「やった!当たった!!えい!!」
稲妻の法撃によって俺の耐久値がゼロへ。相手のレベルは知らないが、少なくとも八レベの俺よりかは高いと思う。クソ女神の経験値しか稼いでないし、死にやすい今のうちにこの作業を行うのが良い。多分これが一番早いと思います。
「はいはいはいはい!次ぃ!」
闘技場、もしくは個人間での決闘ではデスペナルティは発生しない。そして当然ながらアイテムを落とすこともなければロストもしない。消耗するのは武器の耐久値くらいだ。新規キャラで物資不足、無駄な出費はしたくないので一切の抵抗もしないぞ俺は。
「次ぃ!!」
繰り返すこと八回目、近接特化マンがマッチングした。表情から察するに多分ルーキーだ。お互いに目視可能な距離感の中、ジリジリと間合いを確認しているが焦れったい事この上ない。早くコ〇してくれ。
「そっちから来ないならこっちから行くぞぉぉぉぉぉ!!」
「ひっ!?い、いやぁぁぁぁぁ!!」
「捕まえたぁ……!ふへぁ!」
敵前逃亡など万死に値する。首根っこをとっ捕まえて地面に叩きつけてやった。そして流れるように馬乗りにもなってやった。ロリキャラなので絵面は最悪だがゲームだしギリ無罪。
「男キャラって初期から筋力高くて良いなぁ!」
「やっぱり私なんかに対人戦は無理だったんだぁぁぁ!!」
「終わりだよ、君」
女の右手に握られた曲刀、使い方すら知らないのか既に鞘から抜刀されたそれに対し、柄を上から掴んだ。そして流れるように俺は自らの首を掻っ切る。当たり前だ。死ぬために闘技場に潜ってんだこっちは。
「えぽぉ……」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
こんなものは作業。問題は何連敗してから勝ちに行くかが悩ましい。連敗数が重なれば重なるほどに、勝利後のデンジャースキル取得確率が上がるのだ。だが幾ら捨てゲーとは言え時間がかかるため正直楽しくは無い。
ということでとりあえず五〇回ほど捨てゲーして来ました。ゼロの頃は身内で高速周回してたので八〇回ほどだったかな。一発で取れたから確率は知らない。どうせマッチング運で格上と当たればそもそも勝てないのだ。
(プレイヤースキルで補うには流石にレベル差はきつすぎるからなぁ……どうせ勝つならギリギリの熱い死闘を繰り広げたいものだが)
『マッチングしました』
「対戦お願いしま……えぇ!?」
「びっくりしたぁ……?お願いします」
プレイヤーネーム『マカロン』。こいつの魂は寝る前に通話をしていたカオリだ。二〇時にレア泥狙いの周回に行っていたはずだが、こいついつ寝てるんだろう。音声通話のようなシステムアシストすら必要のない距離、それでいて砂漠という広大なエリア、レベル差もあって無理ゲーである。
(流石にお前は無理ゲーだよ……)
恐らくは言うまでもなくレベルはカンスト。対して俺は八。クソザコである。下手に戦おうものなら動きで俺だとバレるかもしれない。だがこいつは捨てゲー等、舐め腐ったプレイヤーが心底嫌いな事も事実。ほら見ろ、頭上のネーム横に七〇の文字が。
「……バレない程度に足掻いて負けよう」
「全然動かないから少し気になった事があるんですけど……?初心者の方ですか」
「ハ、ハイ」
「レベル八……多分闘技場に入るにはレベリングしてからか、もしくはレベルシンクありの設定でやった方が良いと思いますよ?」
(ヤバいヤバいヤバいヤバい……こいつ妙にお節介なんだよ!引き分けにしましょう!とか言い出しそう)
「レベル差が流石にあれなので、引き分けにしません――」
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇい!!!!」
「っ!」
引き分けは困る。デンジャースキル『不屈の怨恨』取得には連敗数を重ねてから勝つ必要があると言った。ここで引き分けに持ち込まれようものならば、三時間近くかかった連敗数がリセットされてしまう。まじでふざけるな。
ということで不意打ちのつもりでストライクバッシュを放ったのだが、何故か俺の片手剣は木っ端微塵になり、久しく感じるパリィの硬直に真顔になっていた。悲しいかな、これがレベル差というものである。
「ね?ただの通常攻撃で簡単にパリィできちゃうから……」
「……………………」
「引き分けにしましょ?なんか……初心者相手にパワーゲームするのも気が引けるし……」
「OK、分かった。じゃあこうしよう。マカロンさんは…………えぇっと、デンジャースキルは持ってますか」
勿論持ってる。未だに習得条件が分かっていない三つを除き、ゼロと同じくして七つのデンジャースキルをこいつは持っているはずだ。
「持ってますが」
「俺も死神の悪戯なら持ってます。三分間、死神の悪戯をお互いに使って体術のみでやる。どうですかね?」
「……初心者じゃなかったのね?」
「ルーキーデス。やるんですか!?やらないんですか!?」
返事など聞かなくとも分かる。こいつも根っからの戦闘狂だ。誰に影響されたのか知らないが、ギリギリの熱い死闘を楽しむ変態なのだ。乗らない訳がない。美人が台無しに思える狂った笑みを肯定と受け取り、俺達は一斉に叫んだ。
「「死神の悪戯!!」」
これで奴は俺のクソザコパンチでも四発で沈む。だが幾ら拳とは言えど、俺は恐らくレベル差によるステータスの違いでワンパンだろう。敏捷性も比べ物にならない。だが勝てなくても良い、戦意さえ煽る事ができたならばそれで良いのだ。
「先手必勝ぉぉぉぉぉ!!」
「うざ……っ!」
全力で地面の石ころ共を蹴り飛ばしてやった。フレーム回避を狙われたが流石に全ては無理だろう。まずは一撃、残るは三回。ここからはガチバトルだ。
「そっちは武器使っていいわよ!!どうせ一撃で落ちちゃうだろうし、ハンデ!!」
「そりゃどーも!!じゃあ遠慮なく!!」
片手剣と同じくして買い直した拳銃、その撃鉄を起こすがまず当たらないだろう。飛び道具は強い。だがこの世界において銃特有の弱さもあった。それは攻撃の残留判定が非常に短いというものだ。
「ショットガンなら当たったかもねっ!」
「あっぶねぇええぇ!!!」
卓越された体術、動き的には躰道。突如として死角に潜り込んでは見えない所から蹴りが突き刺すように伸びてくる。フレーム回避とステップを繋げて距離を取りつつ、当たり前のように弾丸をすり抜けてフレーム回避してきたマカロンへ賞賛の意を送った。
(こいつっ!前までは飛び道具のフレーム回避は苦手だったクセに……っ!成長してやがる!!いや、当たり前か)
弾丸は速度が早い代わりに攻撃判定が二フレームと極短。不意打ちの狙撃などでもない限り、まず上級者には余裕でフレーム回避を重ねられるのだ。てか勝てるのだろうか、これ。無理じゃね。
無理に勝つ必要はないのだが、こうも楽しそうに戦われては俺だって血が騒ぐ。勝ちたい。穢れのないその想いに言い訳も理屈も必要ない。死闘の先にある勝利の味を心が求めているのだ。
『ウェポンスキル』
それぞれの武器種にはスタミナ消費の伴う型がある。武器種の練度を上げれば技は増え、定められた型以外にも独自の動きでウェポンと一体化できるだろう。
Now loading…