四十九 鏡国の天明
虹の足場にて、前を歩く女王に続いておっかなびっくりついて行った。だって透けてるし高いしで怖すぎる。こころなしか後ろのコロネの顔色が悪い。なんでだろうね。
「ついてきなさい」
「うわぁ〜!レイ!!雲の上乗れるの!?」
「みたいだな」
透けてる虹の足場とはうってかわり、柔らかな雲の上になった途端にコロネは飛び跳ねるようにはしゃぎだした。オレンやハザマも走り回っては豪快にヘッドスライディングしたり、俺を含む残りの面子も珍しいエリアに笑みが零れる。
「メルヘンワールドならではって感じだな」
「そうね。リアルじゃこんな経験できないもの」
「レイ様!」
「うわっ!?急に抱きつく――」
この世界においてスクショを撮る手段は二通りある。一つは両手の人差し指と親指で組み立てたフレームで主観的に写すもの。もうひとつは自撮り等に使える遠隔フレームを用いたものだ。常設された全員が使えるシステムスキルであり、指先から灯した白い枠組みが客観的に自分を写してくれる。
何が言いたいかと言うと、マリカは抱きついてきた瞬間にツーショットを撮ったのだ。否、俺もそう思っていたしマリカもそのつもりだったはずだ。だがいつの間にか間に割って入ったコロネによってスリーショットへと変貌を遂げる。
「……なんですのあなたは。邪魔ですのよ!!」
「別に三人でもいいじゃないですか!あと急にレイとの距離感近すぎです!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?言っておきますけどワタクシの方がレイ様と先に――」
「――そのへんにしとけって〜 まぁでもロケーションは確かにいいからなぁ。よっ」
「ひゃっ!?レ、レイ!?」
「ぴーすぴーす」
コロネに並んでカニのように指をぶいぶいさせたのだが、冷静に考えると俺とんでもなく気持ち悪いことしてるんじゃないだろうか。ほぼゼロ距離まで顔近づけちゃったし、もう引くに引けないのだがどうしよう。
「ぴ、ぴーす……」
「うぇーい」
「ずるいですの!次はわたくしともお願いします!!」
「分かったって」
アストラではこのように道草を食って写真撮影することは珍しいことでは無い。特にミラージュエゴのようにメルヘンな世界ならば尚更だ。とりあえずレイのSNSの垢でコロネとのツーショットを呟いておく。雲の上なう。
「あ……悪いコロネ。SNSにさっきの写真あげちまったんだけど嫌だった?」
「ちょっと恥ずかしいけどいいよ。みんなも集合写真撮ろーよ!」
「撮ろう〜!!」
駆け出したオレンから視線を外そうとした時だった。突如として太陽の光が遮られ、薄暗い空間へと一帯が塗り変わった。巨大な翼と鉄がぶつかり擦れるような音が響き渡り、誰もがみなその圧力に口を開けない。ついにご登場というわけか。出来ればもう少しメルヘンな世界観を堪能したかった。
「きたわね……!機侵竜メソリタルバース!!貴様の為だけに英雄を用意したわ!!思い通りにいくと思うんじゃないわよ!!」
『脆弱な下等生物が群れようと結果は変わらぬ。して小人よ、何故余所者が命を賭してまで出しゃばる』
久しぶりにこいつを見たがまじででけぇ。フォルム的にはがっつり竜だが、二足歩行だし前足は人間のように武器を使ってくるし、本当に竜が武装してる感じなんだよな。ビジュはめちゃくちゃ好きなんだけどシンプルにクソ強いんだな、これが。
「世界を救うとか…っ!そんなスケールのでかい事は恥ずかしくて言えねーよ!けどな……!俺達はお前をぶっ倒してハッピーにならせてもらう!!」
『良いだろう!ミラージュエゴの命運を握る英雄共よ!!その肉体を一片たりとも残さず屠ってやろう!!』
『機侵竜メソリタルバースとの戦闘に移行します。レベルシンク三十四』
『塵も残さん!!』
「お前ら!!死ぬ気でかわし続けろ!!弾幕が来るぞ!!」
機侵竜メソリタルバースとの戦闘は四フェーズだ。空中ホバリング形態、地上戦、また空に飛んで強襲形態、そして最後にまた地上戦へと繋がる。四分の一を削るとそれぞれのフェーズへ移行するが、第一フェーズだけは時間経過で降りてきてくれる。
この仕様の理由には古参勢ならば誰もが知っている大事件があったのだ。最初の頃は四分の一を削るまでは降りてこず、まだ調整がしきれていなかった事も相まって泥試合になった。空にいる機侵竜への削りが厳しく、一生空から理不尽に弾丸を浴びせてくるためクレームが殺到したのだ。
(おまいらが運営に喧嘩売るからこうなっちゃったんだよ――)
運営は性格が悪い。ブーイングをしたら確かに時間経過で降りてきてくれるようにはなった。だがその分第一フェーズでの弾幕量が三倍にまで跳ね上がり、機関銃しか使わなかったはずが背中のロケランまで乱射し出す始末。どう転がっても鬼難易度なんだよふざけんな。
「うおぉおおおおおおおおおおお!?」
「レイぃぃぃぃぃぃぃぃ!?無理無理無理無理無理無理無理!!!イレイザァァァァァァァァァ!!」
「っ……早速使わせてもらうわ!!固有ウェポンスキル、『魔翔鏡天』!!イレイザー!!」
チョコの固有ウェポンスキルの発声と同時に、彼女の周りにぐるりと焔が煌めいた。固有ウェポンスキル特有の演出であり、初見だったのでめっちゃニヤニヤしてる。傍から見る分にはかっこいいんだけど、あれ自分で使うとめっちゃ恥ずかしくなるんだよね。
だがそれどころではない。空から降ってくる弾丸の雨に俺が醜いダンスを踊っていた時の事だ。ハザマが死んだ。それはそう。こんな弾幕を避け続けるのなんて流石の俺でも無理。直撃は免れてはいるが、イレイザーも使えないため結構やばい。
「「『プロミネンスバースト』!!」」
「『パニッシュメント』!!」
チョココロネによるダブル上級爆裂、加えてマリカによる固有ウェポンスキル。極めつけはチョコのイレイザーから反射して打ち返される奴の機関銃だ。凄い勢いで反転して対空砲火と化してる。やっぱ強すぎだろあれ。
そのおかげもあって俺への弾幕が薄れたのは大きい。全体的に範囲攻撃なのは変わらないが、反射によってヘイトを奪ったチョコに攻撃が集中しているおかげで回避に余裕が出来た。レベルシンクによる機侵竜の去勢はあるが、それでも今の俺達は竜に勝てるのだろうか。
『灰燼と化せ!!』
プレイヤー側は変式型の法撃を行う際に術名を口にする必要がある。だがNPCはその限りでは無い。術の起こりである法陣を見るに、メソリタルバースが今から『プロミネンスレイン』を撃ってくると思われる。こんなことになるならメインスロの一つを小杖にでもしておくんだった。
「あっぶねぇ……っ!掠っただけでこの火力かよ…っ!」
「なによ!?この光は――」
棒立ちで観戦していた女王が突如として驚きの声を上げた。そして俺も驚いてる。何故かと言うとプレイヤー全員へと付与されたイレイザーが見えていたから。間違いなくユニクエ特有のシナリオ。並ぶ女王とアリスの座標にてその答えが視界へと映り込む。
『ユピテルの使いと言えど、力の使い方を間違えていては神格が知れますね。それでは俗世に欲をばら撒く害虫と変わりませんよ。メソリタルバース』
『アストライア……っ!!』
白髪ロングに神々しい装いと神に恥じぬ威圧感、ストーリー終盤でさえも一瞬しか姿を見せなかったアストライアをまじまじと見れる機会は早々ない。まさかユニクエのシナリオにくい込んで来るとは考えもしなかった。
「レイ……あの綺麗な人って誰?」
「アストラを見守る女神様だ。アストライア……奴の側近が現状のメインシナリオのラスボスにあたってる」
『して英雄達よ、本来ならば神の不始末を躾けるのは女神である私が行うのが筋ですが……愚かなユピテルに恥をかかせるため、ここは一つ協力して頂けませんか』
「協力って……?具体的には何をすりゃいいんだよ」
『白の王、アリスから取り上げた力を一時的に返します。俗世に力を落とすことは好みませんが……神の名に泥を塗ったユピテルに一杯食わせられるならば是非もありません』
アストライアが右手を掲げた瞬間アリスの周囲がキラキラと光り輝き、祈りを捧げるように彼女達は手を組んだ。そして俺達の体が宙へと浮かぶ。黄金の粒子を撒き散らしながら、自身の意思に応じて自由自在に空を飛べるではないか。
「何これすっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「すごいすごい!レイ!私達空飛んでる!」
「テイムしたエネミーなしに空を飛ぶのは……っ!初めてですの!」
『英雄達、汝らの正義に幸があらんことを』
ユニクエの中にはこういった特殊バトルが用意されている事がある。最初に懸念していたように竜相手に六人はきつい。それこそフルパーティー八人でも無理ゲーだ。なんせ奴はレイドボスのような扱い、そもそもダンジョンに出していい敵じゃない。
だからこそこういう特殊バトルはアストラユーザーの間では救済措置と言われていた。とは言え自由自在に空へと浮かんで飛翔出来るのは新鮮だし楽しすぎる。夢の中でしか体験したことねえよこんなの。
「よし……!空を飛べるなら竜だろうが近接攻撃出来るぞ!!いくぞお前ら!!」
「任せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ハザマ!?お前死んでなかったか!?」
「何か知らんが生き返った!!」
よく見ると俺の体力や魔力も全快してる。特殊バトルフェーズに合わせた仕様なのだろう。落ちたプレイヤーも蘇生してくれるとは太っ腹だし、演出も相まってテンションが上がりっぱなしだ。こんなものはもう勝つしかないというものだ。
『ドワーフ』
妖精族の中でも一際体が小さく、それでいて筋力の高い種族だ。妖精特有の高い技量に加えて高い筋力は、戦闘以外にも鍛冶としての才能も持ち合わせている。両手持ち武器を片手で扱える唯一の種族でもあるが、小柄故に携帯できる武器が二つとされている。
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