四十二 ドロップアサルト ゼロ式
回避の種類は主に三つある。最初期から覚えているスタミナ消費の伴うオーソドックスなもの、スキルを使わない見切り。そしてレベル五〇で覚える『ドロップアサルト』は攻撃的な回避スキルである。スタミナ消費は二〇、これは任意の方向へと入力は不可能であり、強制的に視線を向けた前方へと突撃しながら回避が発生する。
スタミナ消費が大きい上に無敵フレームも僅かながら通常回避よりも短く、その恩恵として回避後に硬直がなくボーナスがあるのが特徴だ。回避後すぐの攻撃入力が当たればスタミナを一〇回復し、三秒間会心率が二〇%上昇する。
「ドロップアサルトぉぉぉぉぉぉぉ!!ゼロ式ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「……」
俺は突撃してくるその姿勢に見覚えがあると言った。こいつが言うように俺がやっていたドロップアサルトのムーブだったのだ。前方という制約はあれど回避スキルも攻撃と同じくして、あまりに逸脱した動きでなければ好きに動ける。
ゼロの行う突撃回避は攻撃と回避を同時に行うのだ。膝を抜くようにして距離を詰め、向こうの攻撃に合わせてドロップアサルトを使う。被弾の間際に合わせてシビアな判定を攻めねばならず、前方ステップ後の極わずかなスキル発生確定後の判定に合わせ、視線を切るサマーソルトを組み込んだものだ。
(バク宙しながら突っ込んで回避してくるやつなんて早々いないもんな……けどこいつは無敵フレーム後にバク宙してるだけなんだよなぁ)
「ゼロ式……っ!!サマーソル――」
「――ストライクバッシュ」
「ひゅ……っ」
推進力と回転の勢いを逆に利用し、瀕死耐久値の麦穂を思い切り足と足の間へと振り落としてやった。頭から撃墜した男は股間を抑えて顔面蒼白になり、プルプルと震えながら蹲った。先に言っておくとゲームの中なので予想している痛みはない。
「同じ男だから気持ちは分かるぞ。本能に刻み込まれた痛みだもんな……頭おかしなるで」
「ゼッタイナクナッタ……っ!痛みが来ないことが怖ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
あくまで股の間への打撃としかゲームは受け取らない。特有のあの痛みはなく、ダメージとしての信号しかプレイヤーは受け取らないのだ。が、俗に言うタマヒュンは本能に刻まれている。故にこうなってしまうのだ。だがどうも大袈裟な気もする。
「お前一体なんなんだよ?イベント中とはいえ、挨拶もなしに斬りかかってくるなんてマナー悪いぞ?」
「これは失礼!!泉の女神の動画にゼロがリプを寄越してな!!あのゼロが直々にお前を強いと評価した!!故に挨拶がわりだ!!ははははははは――」
「ヘヴィースマッシュ!!」
片手剣スキル『ヘヴィースマッシュ』。体をひねりながら飛び跳ね、刀身を叩きつけるストライクバッシュの強化版。マナーがなっていないのでとりあえず脳天を砕く一択である。とは言え世話になった麦穂がマジで虫の息だ。数値としては一のはずなんだが、まだ壊れないのか。
「痛いだろぉぉぉぉぉぉぉ!!何をするのだ!!」
「何が挨拶だよ!!レベル差考えろよボケェ!あと全然なってねぇよ!!なんだよゼロ式って!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?何千回ゼロの動きを…っ!!動画を見てきたと思っているのだ!!剣を抜けぇ……!分からせてや――」
「――その猿の言う通りですのよ」
最近空から女の子がよく降ってくる。飛行型エネミーから飛び降りてきたのは〝霊峰の御剣〟所属、それでいてゼロ狂信者のマリカーン。お情けだと思うが、重力落下を上乗せしたかかと落としが男の脳天から凄い音を響かせていく。
「痛っっっっっっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさっ……!この類人猿が!!やかましいですのよ!!」
「そりゃ痛いだろ……マリカ…さん、は七〇だし」
よく分からない頭のおかしい男に加えてマリカの乱入、第二席を討った情報がもう出回ったとでも言うのだろうか。ついさっきだぞ、倒したのは。いくらなんでも早すぎる。
「猿、いえ……レイにお願いがありますわ」
「なんだよ……藪から棒に」
「私を一時的に非効率の館に同行させて欲しいんですの。勿論、霊峰とは関係なく個人の頼みですわ」
「なんでまたうちに?言っとくが名前の通り効率からかけ離れたエンジョイクランだ。霊峰のようなガチ勢とは対極……断る理由はないけどさ、それなりのワケを聞かせてくれなきゃ疑っちまうよ」
当然だ。マリカと言えばゼロゲッサーというチートプレイヤースキルの持ち主であり、フォルティスとも相応の利害関係の元に実力の貢献を約束されているはずだ。スキル提供の報奨としてゲーム内通貨だったり、必要な資材だったり、一時的にそう言った恩恵を失うことになると思う。
「私がゼロ様を慕っている事はご存知でしょう?あの方は任務の時は全くと言って良いほど表情を変えないお方でした……寂しくもあり、どこか儚げで切なくて…………ですが、時おり良いお顔をする時がありましてよ」
「なんでここでゼロが出てくるんだよ……関係ないだろ」
「大ありですわ。ゼロ様が時たまに見せる微笑み、強敵との接戦に勤しむ際に見せるそれと……レンカと戦うあなたの顔が重なって見えたんですの。いつか帰ってきてくださったゼロ様に笑って頂くためにも……!その笑う世界の本質を私が理解したいんですのよ!!」
「ちょっと待って?レンカとの戦闘シーンって漏洩してんの?どういうこと?だってあそこには俺とレンカとチョコしか――」
振り返った先には顎に手を合わせて「もしかして」みたいな感じのチョコがいた。もしかして撮っていたのだろうか。だとしても漏洩が早すぎんだろ。もう一度言うが今のさっきだぞ。
「おぉぉぉぉぉぉい!?お前撮ってたのかぁ!?しかもSNSにでも流したの!?うっそだろお前!?」
「ち、違うわよ!!私のコアレスが細工されてるかもしれなくて……っ!多分組の奴らが私の視界情報を……っ!」
やべ、みたいな感じで口塞いでるけどもう遅いて。情報過多が過ぎるが、ひとまず分かったことはコアレスは万能ではないということ。ユーフィーのようなアストラの亡霊さえ作り出してしまうのだ。末恐ろしいゲームな事この上ない。
「……ただのエンジョイ勢、そういう訳でもないわけですのね」
「……俺としては静かにアストラを楽しみたいだけなんだけどな」
「またゼロ様と同じような事を……っ!ちなみにあなたを認めた訳ではありませんのよ!?あと……っ!さっきからこいつ動きがうるさいんですのよ!!」
マリカの背後で腰を落とし、上半身をぐるぐるさせていた男が蹴り飛ばされた。プレイヤーネーム『ハザマ』。ゼロ全盛期によく見た曲刀使いの量産型だろうか。それにしても武器だけはいいものを持っているではないか。
「『陽閃』かぁ。良い物もってんねぇ」
陽閃、☆七の曲刀だ。陽光鳥ソウルアルザークのレア泥武器であり、変わってなければ個人売買での相場は三〇〇〇万ステラほど。『秋月』と違って固有ウェポンスキルも使い勝手が良い。
「本当はあの漆黒の日本刀が欲しいんだがな!!どこで取れるか分からん!!はっはっは!!」
「ゼロ様の愛用武器のことですの?人間の真似しか出来ない類人猿には程遠い希少情報――」
「あれ月影竜のレア泥だぞ」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
マリカとハザマ、そして何故かチョコまでもが驚いていた。二人は分かるけど、なんでチョコまでびっくりしてんだ。秋月って未だに出処が浸透してないのかな。
「おま……っ!ゼロ様と狂犬しか知らない事を易々と……っ!許せませんのよぉぉぉぉぉ!!」
「ゲリュンヒルデか……!!でもあいつってどこで出るんだ?」
「そうよね?出処が分かったところで……本丸の出現方法が分からないんじゃ……」
「アストラの時間で皆既月食の時に『月明かりの平原』で三時間だけ出現だ」
マリカが目眩を起こしたように地面へと伏せたかと思えば、次の瞬間にはブチ切れた表情で胸ぐらを掴んで来やがった。普通に怖いし痛い。やめてクレメンス。
「コロス。ナメヤガッテ、コノサルガ」
「落ち着け……っ!カタコトになってるから落ち着けって!?」
チョコが。
「そ、それが本当ならとんでもない情報よ!?広まったら月明かりの平原がプレイヤーで埋め尽くされちゃうわ」
「まぁそれもMMORPGの風物詩じゃないか?出現条件が分かった所でめちゃくちゃ強い……らしいし!」
危なかった。ナチュラルに実体験のように話すところだった。ゲリュンヒルデは霧のように輪郭の曖昧な黒い竜で、総合的に見てクソモンスだ。体力は低いが飛んでるから攻撃しにくいし、物理攻撃も通りにくくDPSが足りなければ月食が終わって普通に消える。マジでクソ。
「マリカが――」
「――さんを付けろ、猿が」
「……マリカさんがご希望なら好きにパーティーに加わってくれて良い。その代わりその間はうちのルールにも従ってもらうからな」
自給自足の事である。非効率の館、その一味として蛮人のようなムーブをされては悪評が広まってしまう。もうこれ以上目立ってたまるか。静かにゲームをさせてくれと切に願う。
「俺も混ぜてくれ!!レイはワクワクする事をいっぱい知っているのだな!!頼む!!」
「自給自足、奪う行為を積極的にしないなら好きにしてくれ……あと声でけぇ」
非効率の館は一時的に戦力が増強した。俺を含めた創立メンバー四人に加え、霊峰のゼロゲッサーマリカーン。そしてやかましいハザマの六名へと。イベントのポイントを稼ぎつつ、次に狙うは未知の最前線。
『二枚合わせの鏡』の攻略へと向かう。
『死霊族』
肉体が朽ち果てても尚、世界に未練を残した種。朽ちた肉体は脆く、耐久性に難があるが高い精神力が長所だ。優れた魔力保有量から法撃に長けており、状態異常に耐性がある。
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