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四 先の見えない高揚感

 湧き上がるギャラリーの歓声の中、俺はクエストクリア報酬を確認していた。結論から言うとクソだ。一番の当たりはやはり『終末の鉄槌』。普通に運ゲーで手に入れるにはリアルラックの要求指数が計り知れない。


 だがこうして女神をしばき、ユニーククエストに昇華する事で討伐報酬に入るのだ。ドロップ確率、すなわち泥率は驚異の七○%。パチンコなら赤保留レベルなのだが俺は外した。当たらないもんね、赤って。


「はぁぁぁぁ〜?まじでクソ女神じゃん。んあ?なんだこれ……?」


 ドロップ報酬にもう一つアイテムがあった。『祭殿への羅針盤』、やり込みにやり込んだゲームなだけに、見覚えのないそれに驚いたわけだ。もしかしたら休止中に増えたアイテムなのかもしれない。


「あんたすっげぇな!!」

「もしかして『ゼロ』様に憧れてそんな戦闘スタイルに?」

「フレンド申請しました!」

「今度パリィのコツ教えてよ!」


「………………」


「あ、あのレイさん?す、凄い人集りですね……いや、でも…ラリってるやばいヤク中かと思ってましたが、実は本当に凄い人なんですね!」


「おいコロネさんや?ナチュラルに人を煽るな。とりあえず……街に行きたいんだが…………」


 あかん。ギャラリーが多すぎて進めない。多分割って行こうものなら揉みくちゃにされる。行くにしても後十秒程待ってからじゃないと、死神の悪戯の効果で即死する。


(どうしよ……ログアウトするか?)


「コロネーー!!いるのーー!!おおーい!!」


「この声……!チョコだ!!おーい!!チョコーーー!!ここだよーーー!!!!」


「言ってた知り合い?」


「そうです!うわ……メッセージ来てたのに観戦に夢中で気が付かなかった……」


 どうやらリアルフレンド、リアフレのお迎えが来たようだ。だが遠方で一人のロリキャラが弾け飛んだ。ギャラリーの圧力に割って入れなかったようであり、ユニーククエスト等の侵入不可エリアの消失と共に、それが未来の俺の姿だと悟る。


「ちょっ!!待て待て待て!!近寄るなぁァァァ!!まだギリ死神の悪戯残ってるから!!ほんとに来ないでぇぇぇぇぇぇ!!」


 コロネを置いて俺は一人のプレイヤーの肩を踏んで木の上へと移動した。せっかく苦労して勝って手に入れた泥アイテムを失いたくない。アストラでは死んだ場合はほぼ全てのアイテムをその場に残すことになる。時間経過で落としたアイテムは消えてしまう仕様だ。


 すなわち、プレイヤーキル(PK)を厭わない野蛮人が潜んでいた場合、俺はどさくさに紛れてあの世に行くわけだ。良心的なプレイヤーであれば、ロストしてしまう前に拾って返してくれたりもするが、この数の多さの中に落とせば泣き寝入りだろう。全員が口を開けて餌を待つコイに見えてきた。


「レイさん!!ゼロさんと知り合いだったりしますかぁぁぁ!!」

「フレンドになってくださぁぁぁい!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!誰か男の人呼んでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!ふぉぉぉぉぉぉ!?」


 背後からもみあげを掠っていく弾丸が通り過ぎた。マジモンのマナ悪がいる。ちなみにマナ悪とはそのままマナーが悪い人の事を指す。ソロプレイヤーはこういったロクデナシに狙われやすいため、クランの加入をオススメするぞ☆


「っておどけてる場合じゃねぇぇぇ!!とにかく街に急げ俺!!街の中なら『決闘』以外に攻撃判定はないぃぃぃ!!」


 木の上から木の上へ、木の上から空へ。スポーツ飲料水のCMに使えそうな程爽快に飛んだ俺は舗装された床へと着地した。追っ手から逃げるために街へと伸びる橋の上を駆け抜ける。だが橋の上にもプレイヤーが多い。邪魔だどけコ○スぞ。


「すいませんねぇぇぇ!!お!?パンツ水色!!良いね!!」


「きゃぁぁぁ!?何この人おおお!!」


「ネカマ芸に気合い入ってんねぇ!!じゃない……っ!逃げないと!!」


「いぃ!?あのレイってやつ一本橋上手すぎだろ!!」


 一本橋。それは暇を持て余したプレイヤー達が生み出した遊びだ。俺が目指す始まりの街、『ステラヴォイド』の正門には橋がある。そして多くのプレイヤーは、帰巣本能かは知らないがステラヴォイドによく集まるのだ。


 橋に設けられた手すり、その幅はおおよそ親指ほどの丸いものだ。ステータスもスキルも何も役に立たない、その上を走り抜ける事を一本橋と言う。そう、この細い手すりを走り抜けるには生粋なプレイヤースキルのみが要求されるのだ。


「戦闘にはクソほどの役にも立たないけど……!!今は習得して良かったと死ぬほど思いますぅぅぅぅ!!」


「おいおいおい……!あいつ端から端まで行くんじゃね!?初めて成功する奴見るかもしれねぇ!!」

「うわ!?なんかめっちゃ人が来てる!!え!?あの人何したの!?」


 橋の上が渋滞していようが、手すりの上に滞在する変態はいない。故に俺の道は快速列車。手すりは要所要所で区切られているため、走る、飛ぶ、着地、走ると、時おり工程を踏む必要はあるが問題は無い。俺のプレイヤースキルならば踏み外して川に落ちるなどありえない。


「はぃぃぃぃ!!俺の勝ちィ!!!!なんで負けたか明日までに……っ!いや本当に多いな!?」


 とりあえず追っ手が多すぎるため宿に逃げ込んだ。宿の部屋は完全に個室になっており、パーティーメンバー、もしくはフレンドなど、限定のメンバーかつこちらの許可がなければ入れない。ようやく一息つけるというもの。


「ふぅぅぅ……戦闘に集中していたとは言え、あそこまでギャラリーが増えていたとは……」


 手に取るは『祭殿への羅針盤』。石版のようなアイテムであり、どこに羅針盤要素があんねんとツッコミたい。アイテム説明欄にはゲーム特有の背景設定的な説明文があるだけで何も分からなかった。


(けどこの手のアイテムってあれなんだよな……何かのユニーククエスト、そのトリガーアイテムってのが定石だ。情報不足だし、一旦イモータルボックスに預けて落ちるか)


 イモータルボックス。


 街や宿の中など、非戦闘エリアとなる休息地には至る所に設置されている倉庫の事だ。ここに預けておけば死んだってアイテムもロストしない。ちなみに死んでも装備ウェポンだけは消えない。通称武器スロは三、種族によってはその限りでは無いが。


「ログアウト」


 座る、寝転がる、どちらでも良いがこの体勢で三○秒程経てば無事ログアウトである。この間にエネミーやプレイヤーにどつかれると失敗するため、クランメンバーなどではふざけて『エターナルパンチ』などと言ってログアウトを阻止する遊びがあったりもする。


「くぅぅぅ…ぁぁぁ!!つっかれたー!久しぶりにやったけどやっぱおもしれー」


 コアレスを投げ捨てスマホを取り出した。腐るほどある攻略サイトを幾つも渡り、『祭殿への羅針盤』とやらを調べるも何もヒットしない。どのサイトを見ても終末の女神のドロップ情報にそんなものは記載されていなかった。


「……マ?え?これ攻略勢に売り渡したらめっちゃ金取れるやつじゃん」


 アストラにおける攻略とは多岐に渡る。PvEに勤しむ者、PvPも然り、はたまた炭鉱夫からクラフトにハウジングまで。そのどれもが膨大なコンテンツと呼べる代物だが、やはり花形は未発見のアイテム出土が狙える未知のユニーククエストだろう。


 中には禁止とされるリアルマネートレードで情報を買うようなプレイヤーだって少なくない。否、最早それが主流だった。今は知らないけど、未知の鍵を握る者はアストラでは最前線にいると言っても過言ではないのだ。


「とは言えネットにも書いてない情報となると……やっぱり環境プレイヤーに聞くのが手っ取り早い、か」


 俺にはメインキャラで築き上げた人脈があるにはある。だが復帰したことをあまり知られたくない。だってあいつらもうゲームじゃなくて仕事だもん。勝つために装備はハイエンド、クリアするために徹底した戦術と連携、まるで敷かれたレールの上を歩く出来レースと化したあれは、俺の求めるゲームの楽しさではない。


 当然ながら実力を買ってくれる事は素直にプレイヤーとして嬉しいし、下らないかもしれないが誇りさえ抱いてる。たかがゲーム、されどゲーム。やるならば徹底的に極めてみせたい凝り性とも言うかも。


「……それとなーくだな。聞くにしても」


 とりあえずメッセンジャー的な主流のアプリを通じて送っといた。『アストラまだやってる?なんか終末の女神で聞いたことないアイテムについて聞いたんだけどデマ?』と。あくまで人から聞いたという体でいこう。


「ちょ待って電話かかってきたんだけどぉ……?」


『もしもし?零真?復帰したの!?』


「いや社畜の俺がんなわけ。なんか、職場の人が聞いたらしいんだけどさ……『祭殿への羅針盤』ってアイテムって聞いたことある?」


『なにそれ?ガチなら祭りよ?あんたも早くゼロちゃんをアストラに返してあげなさいよ』


「ゼロちゃん言うなぁぁぁぁ!!確かに意図せずしてロリっ子になったけどもぉ!!でも……」


『でも?』


「ゼロはどこまで行ってもエンジョイ勢でいたかったんじゃないか。実力を持つ者はその力を貢献する義務がある……そんな意味わからん掟に嫌気が差したんじゃないのかな」


『自キャラに設定持ち込むのまじで痛いからやめた方がいいわよ』


「うるせえなぁ……!それで?何も知らないのか?やっぱガセか」


『まぁリアルマネートレードが蔓延ってる以上、ガセ情報の工作に卓越した連中だって山ほどいるしね』


「ん、時間もらって悪かったな。じゃあな、カオリ」


『待って!最後に本心を聞かせて……ゼロについて』


 『ゼロ』


 アストラル・モーメントで俺が作り上げた最強プレイヤーの名前だ。というより魂は俺である。廃人になるまでのめり込んだゲームであり、その功績と実績を世界に刻みつけた存在。俺の務めるブラック企業が本性を見せてからは、ぱったりとログインしなくなったわけだ。


『帰って……来ないの?』


「……気が向いたら帰ってくるかもな」


『熱意は残ってるんでしょ?零真ほどの有名人なら運営だって認知してるわけだし、名前とか、外見とか、全部変えて伸び伸びとプレイできそうなのに』


「ばーか、変えねえよ。もう二○時か……周回の時間だろ?俺はほかってくるよ」


『はいはい、復帰したら絶対に声かけてね。普段はバカだけど、ゼロとしてのあんたは本当に尊敬してるから』


 ムカついたのでそのまま切ってやった。ちなみにほかってくるとはお風呂でほかほかしてくるという意味がある。分かったことは一つ、俺は今アストラル・モーメントにおいて、未知の最前線にいるという高揚感を得た事だった。

『パリング』


攻撃に対して攻撃を合わせる事で仰け反らせるテクニック。迫り来る攻撃(ピンチ)をチャンスに変えるには、刹那の世界を掌握する他にない。


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