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三十九 スピリチュアルコアシステム


 遠慮気味に、それでいて本当に取っていいものなのか、そんな不安と葛藤を感じさせるチョコの腕の伸ばし方に焦れったくなった。俺から迎えにいってやったわけだ。普段は凛として鋭いチョコらしくもない。いや、アバターはクッソロリなんだけどね。


「何にそんな怯えてんだよ」


「私……いつもこうやって周りに迷惑ばかりかけてきたから…………危険を承知で手を差し伸べてくれた人だからこそ、レイやコロネ達は本当に巻き込みたくないの……」


「だからああやってトカゲの尻尾切りか?やられた方の気持ちとか考えたことあるかよ」


「それは……ごめん…………でも!」


「オレンはギャンブル禁止だが、チョコは『でも、だって』、これ禁止な」


「何をしてくるか分からない奴らなのよ!!私は……っ!楽しそうにアストラをするコロネ達の邪魔をしたくない!!だから――」


「――でも君は手を伸ばしてくれた。それに俺達が楽しそうにアストラをやるには、それこそチョコが必要不可欠だ。リーダーとして命ずる、帰ってこい」


「っ…………」


 こんな事で泣くなよ。霊峰も、天啓も、スサノオも、そしてチョコも、どいつこいつもたかがゲームに重く考えすぎだ。俺達は運営が用意してくれた盤上で遊ばせてもらい、それを楽しいと感じるだけだ。そこにごちゃごちゃ理屈もクソも必要ない。


 ビジネスに昇華しているヤツらは人間関係だの、付き合いだの、面倒な事はあるだろう。だが俺達はゲームと未知を前に、今を楽しむプレイヤーだ。ゲームごときで流していい涙は負けた時だけ、楽しんで笑った者勝ちの世界なんだ。


「……いいの?これから先もきっと…………迷惑かけるわよ」


「知らないのか?俺はゲームの中ならなんでも楽しく変換できる変態なんだ。これから先も、見たことない景色と世界を見に行こうぜ」


 多分ヤクザの娘だからとか、彼女自身が未知の最前線への嗅覚が鋭く、絡まれやすいとか、色々あるのだろう。そしてそこに伴う自己犠牲の心は、それらを振り払えるナイトに出会えなかっただけだと思う。丁度招待状も来たようだ。


「まだいた……!!おら!!」


 リスポーンして戻ってきた一人のプレイヤーから投げつけられたアイテムは親の顔より見たかもしれない。いやそれは盛った。『キメラの翼』、投げつけるタイプのアイテムであり、効果発動時に周囲のプレイヤーを任意の場所へと転送する代物だ。


「レイ……っ!!」


「バカっ!!チョコは来るな――」


 視界が一気に変わる。朽ち果てた教会、一般的な体育館ほどの密閉された空間には、数えるのも嫌になるほど人がいた。ほぼ全員がイベント参加を示す赤いネームに、その手には☆七から☆六の武器。囲うように俺達を舐め回す視線が感じられる。


 なるほど、〝スサノオ〟はこうして隔離空間に要人を呼び出し、あれよこれよと嫌がらせと圧力交渉をする気なのか。それなりにアストラの規約ギリギリを攻める知能はあるようだ。根城に高レベルがいなかったのは、ここに集めていたためだろう。


「チヨまで連れて来おって、バカが。おい兄ちゃん!!説明せな分からんほどアホちゃうやろ」


「……あぁ、分かりやすくて良いよ。やっぱお前らはリアルでもゲームでも、群れなきゃ何も出来ないんだろ?」


「アホか。リスク回避も知らんガキがイキがんなや。知っとるか?不眠不休でもログアウト出来へんかったらどうなるか」


「プレイヤーの精神状態に応じてコアレスの安全装置が作動して強制ログアウト。んで、次インする時はまたここからだな。はははっ!!珍しく勉強してるじゃねぇかよ!」


 当然ながらコアレスには安全装置が設定されてある。当然だ、ログアウトができない状況を維持するなんてありえない。だがログイン場所が固定される以上、このままでは殺されることも無く、エターナルパンチを連続されて擬似的な牢獄が完成する。


 アストラにはこういった側面もあるため、普通のゲームならば輪という意味以外にあまり価値のない、クランというシステムがかなり強く生きるのだ。想定していたため今は別に問題はないのだが――


「――いやちょっと待って。レンカさん?なんであなたがここにいるんですかねぇ?」


 アストラ界の第二席、氷狼の魔女レンカがお尻を着けない屈み方でこちらを凝視していた。犯罪者に手を貸すような奴ではないはずなのだが、スサノオが誰も警戒していないことから違和感が拭えない。


「……別に、見学。でも…………ゼロを呼んでくれるなら…………君に手を貸しても……良い」


「おいお嬢ちゃん、それは話がちゃうやろ」


「違わない。こんなの……下らないし…………ゼロ以外に……興味もない。その機会を作れるから……揺さぶる要員として……参加した…………それだけ」


「……まぁええわ。兄ちゃんこのゲーム好きなんやろ?羅針盤を渡すだけで好きに遊べるんやで?男として意地を張るっちゅうんはようわかるわ。けど潮時もわきまえるべきやろ」


「…………」


 お得意の威圧トークのおかげでレベル確認が出来た。結果的には想定よりやばいかもしれない。レベル六〇超えもちらほら見える。『道化師の戯言』を取得しているため倒せないことはないかもしれないが、勢力的に別の舵を取るレンカ(ホンモノ)が邪魔すぎる。


(俺が優位に立った瞬間加勢する気だな……最悪を想定していたつもりだったが詰んだ。こうなったら一度わざと死んで――)


 は?死ぬ?俺が?昔の悪い癖が出てるじゃねえか。ゲームだから、死んでも別に次があるから、そうやって甘えてどれだけ苦渋を飲まされたんだよ。ゼロの亡霊に頼った結果が今だろうが。ゲームを仕事と言うつもりはないが、俺にとってもただの遊びでは無い。いや、遊びでも別に良いのだが、負け癖をつけるのはもうやめよう。


「なんや、黙りかいな!!やってまえ!!」


「…………」


 数多の法撃と射撃のその予測線が無数に見える。予測線が可視化されるほど甘いゲームではないが、俺の第二の人生なだけに、その銃口や杖の構え方を見れば手に取るように分かる。全てが急所を外した生きたままの行動不能を狙う四肢に重なっていた。


 脳が焼ききれても良い。二度とリアルで歩けなくなっても、喋れなくなっても良い。だが今この瞬間だけは、全てを対価に脳みそをフルにぶん回せ。捌ききれない量とかそんなの知るか。膨大な弾道予測を見切る、コイツらに勝つにはそれしか道は無いのだから。


「レイ……!!」


「……勝つ」


 久しい脳みその火照りと共に、俺は岩封の麦穂を右手に取った。この数を相手に勝ち筋を見い出せる程、生憎と才能に恵まれてはいない。だが誰よりも負け方(・・・)ならば知っている。


 才ある者がスマートに勝ち筋を照らし出すならば、俺にできる事は積み重ねた敗北の経験から逆説的にその道を浮かび上がらせる事だけ。負けない方法を取り続ける、それしか俺は勝ち方を知らない。ゼロの死体を積み上げる事によって、世界最強という高みへ登頂したのだから――


『汝らよ、我に従え。さもなくば……抗いなさい。それもまた、正義です』


 聞き覚えのある声と共に、俺の左手首へと蒼い光が瞬いた。そして被弾を避けるべく起こそうとした初動はその必要がなくなった。何故ならば飛来した全ての遠距離攻撃、それらが麦穂から迸る金色のプラズマによって消え失せたから。


(なんだ……?麦穂が見たことの無い形状に……)


 聞き覚えのある声、その発生源である背後へと振り返るとそこには亡霊が。ストーリー終盤にて姿を見せる女神アストライア。彼女が長い振袖で顔を隠すようにスサノオ達を見下ろし、粒子のように消えた。


 そして同時に三つの変化に目を移す。体から溢れ出る蒼白の粒子と左手首に輝く蒼い光の腕章。極めつけは右手の麦穂だ。ツギハギのようなビジュアルは変わり果て、迸る金色の光剣となり、それぞれの岩の破片が光の縁に張り付き開いていた。


(……初めて入った。これが『スピリチュアルコアシステム』……)


「……ねぇ、ヤクザのお兄さん…………あれ…やばいよ……」


「……見かけ倒しやろ!!撃てぇ!!」


 『スピリチュアルコアシステム』


 極限の集中状態のことを指す。別にステータスが上がったり、いきなりレベルが上がるわけじゃない。スポーツなどでゾーンと言われる状態のことだ。アストラではこの状態下の時、プレイヤーに特殊な演出が設定されているのだ。


 体を終始纏う蒼白の粒子と左手首の発光。俺は普段から雑念が多いから入ったことはなかった。活性化した脳波がコアレスを通じてアストラへと伝わる、それが粒子と左手首の発光として演出される訳だ。いや、驚いたが今はどうでも良い。冴え渡る思考が戦えと訴えてくる。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「…………」


 飛び交う膨大な弾丸や法撃はその全てが俺や相手の意思とは関係なく、解放した麦穂から迸る金色のプラズマが受ち消した。全然分からないが、恐らくオートガードの超攻撃的なイレイザー。


 だが俺のエーテルがありえない速度で減っている。そして同時に麦穂特有の鬼耐久値も同様に。恐らくは時限解放型の類だ。ちんたら検証している暇は無い。全てを直感と本能に預けてこの理不尽を切り伏せる一択しかありえない。


「……固有ウェポンスキル」


「固有スキル……? ☆一なのに…………っ!」


 レンカの驚愕の表情の中、眼前に浮かび上がったままのアナウンスに従いスキルを放つ。解放時のみ発動可能なスキル『ジャッジメント』。ごちゃごちゃ書いているので割愛するが、視界に入る特定の条件を満たしたプレイヤーへと行う攻撃スキルだ。


「ジャッジメント――」


 ムーブアシストによって俺は光剣と化した麦穂をただ右側に掲げた。その刹那、視界に入っていたほぼ全員のプレイヤーの胸へと、光の斬撃が駆け抜け地に伏せた。いや、ほぼ(・・)ではなかったか。一人とチョコを除いて全員が死んだな。


「……『熾天使の天翼』か。どうするレンカ。まだやるか」


「…………」


 『熾天使の天翼』


 風龍の障壁と同じくしてオードガードの性質を持つ。腰から生えた一対三組、六枚の翼が守るようにレンカを覆っていた。完全に俺の事を舐めていた覇気のない瞳とはうってかわり、その翼の隙間から驚きに満ちた表情がぶつかる。


「……麦穂の解放なんて…………聞いたことない…………」


「ごちゃごちゃ言うな。やるなら行くぞ」

 

 固有ウェポンスキル『ジャッジメント』。あれによってごっそりと俺の魔力(エーテル)と麦穂の耐久値が持っていかれた。直感的にエーテルと耐久値がこの解放武器のタイムリミットだと思う。これが尽きる前に、第二席を挫いてチョコを連れ帰る以外に道はない。

『スピリチュアルコアシステム』


プレイヤーの集中状態が極限に達した時、星の加護が可視化される。蒼白色に左手首が輝き、星の粒子が周囲へと煌めく。到達した者は欲する望みと手段の武力に一切の濁りがないことだろう。


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