三十八 女神の涙と祝福
特別リアルに何かが干渉してくる事はなかった。コロネやオレンも同じく、唯一カオリは変な奴らに声をかけられたりはあったそうだ。ゲームの楽しみ方、その方向性の違いはあるが、一応霊峰は世話になったクランなわけだし、ついでにその被害も抑えられると嬉しいものだ。
『プレイヤーの皆様の多大なる応援に支えられ、アストラル・モーメントは一〇周年イベントを開催中です。ログイン前にイベントの参加の可否を決定してください』
「参加、ログイン……レイ――」
これより突入するのはいつものアストラではない。最後の良心を失った世紀末の世界だ。死は抗うための武器すらも失ってしまう。まるで強さこそが正義だと言わんばかりの仕様だ。だが分かりやすくて非常に良い。
「うわぁ……地獄絵図だな」
イベントのガイドを横目に、悲鳴の飛び交うステラヴォイドに思わずそう零してしまった。あちこちに武器や防具が散乱しているし、何よりもクランとしての結束力がとても高く感じられる。どこを見てもソロのやつなんて俺以外にいない。
(なるほどなぁ……危惧していたリスキル防止はこの仕様で解消する気なのか)
『女神の涙と祝福』、まずこのイベントの参加プレイヤーはリスポーン場所の仕様が少し変更になる。と言うのも、蘇生時に本来リス地となる街やクランハウスなどに加えて、解放しているポータルの中から好きな場所を選択して復活できるらしい。
マップが広大な以上、そのポータルの数だってやばい訳で、簡単にはリスキルできない仕組みというわけか。いや、それにしても悲鳴が絶えないんだが。
「……『相殺術壁』」
「はぁ……!?背中に目でもついて――」
間髪入れずに『嘲笑の曲針』を投擲した。ヒット場所は右肩、だが運良く麻痺を引いた。一時的に動けなくなった相手に歩み寄り、短剣を回収しながら所属クランを確認したが案の定だ。
「ようスサノオ、お前ら『パルチディーズ』に家構えてんだってな?」
「あがっ……っ動けな…っ!なんで……!麻痺……?」
「一足先に戻って報告しといてくれよ。今から行くから。ポータル開けてりゃ良かったわ」
鏖殺だ。こいつらがこのゲームでの金儲けは効率が悪いと、そう認識するまで永遠に粘着し続けてやる。同じことをこいつらはしているのだ。やられたからと言って文句を言える立場でもないだろう。
アサルトスラッシュによって麦穂を三回頭部へと叩き込み、スタンを取ってから『プロミネンスブラスト』で確殺。その後は寂れた街『パルチディーズ』へと向かう。なに、セイファートならすぐに着く。
「……もしもしフォルティス、今ログインした。そっちの状況は?」
『流石に組織としての練度が違う。第一波を返り討ちにしたら静かになった。伝えたようにパルチディーズに乗り込むのか?』
「あぁ、けど霊峰は来なくて良い。来たら意味が薄れてしまう」
『分かった。健闘を祈る』
奴らの根城は霊峰に調べてもらった。幾らリス地が散ったとしても、生物の持つ帰巣本能はそう簡単には消せない。すぐに群れたがる石の裏の虫共の事だ。どうせ作戦会議でもしてんだろうな。
「ほい、到着。流石悪名高いクランの根城なだけあって人少なくて草。ギャラリーがいないのは残念だが、まあいいや」
パルチディーズのポータルを幾つか解放しつつ、寂しい街中を歩く事数分。もう分かりやすく家の前に警備員みたいなのが立ってて有難かった。多分ここだろう。虫のお家は。
「変式時雨型……」
「おい!!あのガキだ!!殺せ!!」
「全員呼んでこい!!」
「…………プロミネンスレイン」
「イレイ――」
「バカか。距離感考えろ」
メテオのような炎塊が降り注ぐ中、俺はすぐ様にイレイザーを張ったプレイヤーへと曲針を振るった。攻撃力がカスだろうと近接武器としての性質は変わらない。故にこいつのエーテルはイレイザーの崩壊と共に尽きた。
「ストライクバッシュ」
「がっ……っ!あっつ!」
「変式威力型、イグニションブラスト」
とりあえず一人目、死んだ瞬間に弾けるように所持品全てが可視化され、メインウェポンとして装備していた三つの武器も確認。突き刺さった二本の片手剣、それらを両手に握って仕様の感触を確かめる。やはり使える。チョコから弓を借りたように、落ちた武器が可視化するという事は、そのまま三スロにはめ込まずとも使い捨てられるという訳だ――
「デンジャースキル『不屈の怨恨』」
鬼の形相をした三つの顔面を一つの顔に持つ阿修羅を背負い、怨念と怒号を意識させる唸り声が響き渡る。不屈の怨恨の特殊SEだ。『女神の涙と祝福』のポイントの推移にはキルポイントも加算されるため、このまま虐殺の限りを行う。
「止めろ!!そいつを止めろぉぉぉ!!組長のところまで絶対に行かせるなぁぁぁぁ!!」
「どけ」
レベルが三十四と最初よりは上がったおかげか、ほんの少しゼロの感覚が戻りつつある。いやまぁ、あの幼児体型に比べればレイは体が大きいためかなり勝手は違うが、その分リーチがあってパリィがしやすく距離も取りやすい。一対多数ならばレイの方がやりやすいまであるぞこれ。
「襖もあるし縁側もあるねぇ。いかにもヤーさんが好みそうな和風建築なことで。ここか?」
縁側から一枚の襖を蹴り飛ばし、一斉に中にいた奴らが銃撃を浴びせてきた。流石にイレイザーが勿体ないので死体ガード一択である。リスポーンの五分、その間は肉体が残るのだ。なのでさっきから仕留めまくってる死体の一つを盾に使わせてもらう。
「変式威力型……っ!イグニションブラスト!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
ライフゼロの死体を担いだままつっこみ、中央突破の威力型を放つ。すぐ様にドロップした短剣と片手剣を両手に、一気に周囲の奴らを仕留めた。不屈の怨恨によって強制的に会心率とその攻撃倍率を引き上げ、武器を壊しながら殺し、再び泥した武器でその連鎖を繰り返す。
正直泥する武器がガチャすぎて出たとこ勝負だ。瞬時に必要な武器種を選別し、状況と相手配置を考慮してスキルを撃たなければならない。考えることが多い、すなわち――
「ふへぁ……っ!!楽しくなってきたなぁ!!おらおらおらおら!!速度あげるぞ!!」
「なんなんだよこいつは!!うわぁぁぁぁ!?」
「弓箭スキル、『スカイアロー』」
上空に弓を引き絞り、矢の雨を降らせる範囲型スキルだ。プレイヤーに限り、頭が急所に含まれるため結構使われるとうざい。しかもこちらは不屈の怨恨によって倍率が爆上げなわけで、怯みを与えられない軽い技だとしても特に問題は無い。
(いやぁ〜 システム上難しいのは分かるんだけど、建物を透過してスキルが降り注ぐのってなんか雰囲気ぶち壊し。まぁどうでもいいや)
「あが……っ」
「スラスト」
そんな感じで殲滅しながら進むこと数十分、ようやく建物内が静かになった。だがそれでも親玉が出てこないあたり臆病者と言わざるを得ない。自分は何もしない、圧力も部下任せ、上から口だけのやつは社畜時代を経て嫌いになった。私怨込みでボコボコにしてやる。
「よう!お偉いさんはそうやって仰け反って座っとくのが通例かぁ?」
「レ、レイ!?」
片手剣を肩に担ぎながら襖を蹴り飛ばしのだが、親玉のコガネとチョコの方のアバターがいた。親方の方はあれだろうか、仲間が全滅したのに表情に出さないのはポーカーフェイスだろうか。
「……えらい活きがええのう。全部やったん――」
「――シャープネスアロー」
この手のヤツらは喋らせると長いので即殺一択である。シャープネスアローによってヘッドショット、ギリギリ不屈の怨恨が残っていたので倍率も高い。砕けた弓を捨てながら怯えた様子のチョコへと歩み寄る。
「お嬢、迎えに来たぜ」
「…………へ?」
「お前がいなきゃ非効率の館は成り立たない。いや、お前だけじゃない。コロネもオレンも、俺達四人が誰か一人でも欠けてしまえばあの空間は作り出せない。だから帰ってこい」
「あ、あのねぇ!!私がどんな思いでここにいるのか分かってるの!?あなたはこいつらの執念を分かってない!!私が組員としてちゃんと働けば手を引いてくれるって――」
そんなことは聞いていない。俺が聞きたいのは非効率の館の隊員として、その上でやるアストラは楽しいのか否か。執念だのなんだの、俺達がやっているのはたかがゲームだ。物騒な事この上ないだろ。
「――犯罪行為で金儲けと、俺達とバカをしながらやるアストラ、どっちが楽しいんだ?」
「そんなの……っ!聞かなくても分かるでしょ……でも!こうでもしないとパパは言うことを聞いてくれない!!お願いだから大人しくしてなさいよ!!私は楽しそうにアストラをするみんなを邪魔したくないの!!」
「……俺、言ったぞ。見損なってくれるなって……イグニションリング」
人とは視覚情報に弱い。説得にも、事実確認にも、何事も目に映ることに心は揺れる。だからこそ見晴らしをよくしてやった。イグニションリングによって部屋の周囲を破壊し、積み重なった数多の組員の死体をな。
「これを見て、まだお前の中で俺はこいつらより弱いのか?」
「っ……で、でも!それはゲームの中であって……」
「リアルに危害が出たなら同じだ。警察もいるし、運営だって動ける。粘着PK?それごときで俺からアストラを奪えるならやって見せて欲しいね」
「……こ、コロネやオレンはあんたみたいには…………」
「いい加減それ辞めようぜ。コロネが、オレンが、そうやって人の事ばかり心配するチョコが優しい人間だってのは十分に伝わってるよ。次は自分の気持ちに正直になるべきだ。それを実現するためなら、俺はお前の力になる。羽を伸ばしてアストラをしたいなら、俺の手を取れ」
かっこつけて手を伸ばしたがめちゃくちゃ緊張する。別にチョコを疑っているわけではないが、もしも本当にお金が必要でスサノオと結託しているならば、これはとんだ的外れな行動だ。
中々彼女は動いてくれない。動揺か、それとももっと別の何かなのか、揺れる眼差しを見てもその真意が分かるほど俺は心理学に精通していない。だが怯えにも似たその瞳は、ヒーローを待ち望んでいるように俺には見えてしまったのだ。
『相殺術壁』
イレイザーと呼ばれる法撃テクニック。全身を薄い魔力で覆う事で全ての攻撃を無効化する。被弾した際にその威力に応じて魔力を消耗し、被弾せずとも展開の維持に魔力を使う。
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