三十七 戦争
「バカみたい。じゃあレイ、そういうわけだから。有益な情報が得られないなら、あんたのクランにいる意味がないから抜けさせてもらうわ」
それは定員ギリギリのうちはクランの解散を意味する。別にそんな輪がなくても遊べはするが、チョコがいなくなる事に暗い表情を見せるユーフィーに心が重くなった。クラン解散とは館も手放す事になるのだ。
「本気なのか」
「一応リアルでも知り合ったし、情けはかけてあげる。パパ?その人や残りの二人に手荒な真似したら……今度こそ縁を切るから。約束したでしょ」
「怖いこと言うなや。はぁ〜……可愛い愛娘の顔をたててやらなあかんか。兄ちゃん命拾いしたなぁ?けど、まともにゲームやできると思うなよ」
立ち去り際、背後の扉が勢いよく開く。皆がその音に振り向く中、血相を変えて現れたのはログインしたコロネだ。
「チヨ!!待ってよ!!」
半泣きのコロネがそう言うも彼女が立ち止まる事はなかった。スサノオリーダーのコガネも、その部下達も、舐め回すようにチラチラとこちらを見ながらその背中が小さくなっていく。膝を着いて項垂れたコロネを見るに、明らかに裏の事情を知っているとみた。
「何があったんだ?」
「チョコは……チヨは…………親がヤクザなの。それで……!多分レイや私達を守るために……お父さんと変な約束したんだよ……!」
「約束?」
「……一人の組員として、アストラでの犯罪行為に手を貸すって……!何も相談もせずに…!バカバカバカ!チヨのバカ!!」
「落ち着け、詳しく聞かせてくれ」
近代におけるヤクザはシノギとやらの手段が乏しいらしい。社会的な影響力のあるアストラ、その中でリアルマネーとして価値のあるアイテムは、奴らにとってその変わりとなるそうだ。
「羅針盤もそのつもりで狙ってるのは分かってる。けどそれがなんでチョコの犯罪行為に繋がるんだよ」
「チヨは根がとっっっても優しい子なの!!口では貧乏生活に嫌気が差したからなんて言ってたけど……!絶対に嘘!!長い付き合いなんだから私には分かるもん!!私達に迷惑かけないように嘘ついてる!!絶対……!」
「……トカゲの尻尾切りと似たような考えか。俺達を想っての裏切り演出なのか、はたまた別の目的があるのか……」
「別の目的なんか絶対ない!チョコはレイのクランが楽しいって……!ずっと居たいって言ってたもん!!私やだよ……!チョコがいなくなるのも……したくもない犯罪に手を貸すのも……!」
見えない人の心の真相なんか分かるはずがない。だが不思議とコロネと同じ気持ちだった。数多の希少情報を握っていたゼロ、それに寄ってくる人間は多かった。故に嘘や下心を見透かす目は肥えていると思う。
「……コロネはどうしたい?」
「相談もしてくれなかったチョコを怒りたい……!それから!今まで通り私達でアストラをちゃんと楽しみたい!!」
「そうだよな。俺も同じ気持ちだ。チョコが本当に自己犠牲の心で俺達を切ったなら、分からせてやらないといけないな」
とは言え事実確認が最優先だ。〝霊峰の御剣〟に貰った貸一を使う時が来た。どうせフォルティスにはゼロだとバレているんだ。小細工は必要なく、直通一択である。
「もしもし、久しぶりだなリーダー」
『……そうだな。そういうことにしておくと言ったな。何の用だ?』
「貸一、あれを使わせろ。近いうちに〝スサノオ〟がなんらかの動きを見せると思う。それを調べて欲しい。ついでに根城もな」
『贅沢な貸しの使い方だな。既に知っているぞ……標的はうちだ。〝霊峰の御剣〟の幹部クラス、そのリアル特定からの脅し、そしてエンゲージリングによる全ての強奪だ。何が何でもうちの姫様を引きずり出したいようだが』
「なら利害の一致だな。こうなった以上、『レイ』として暴れてやる。それから、チョコ、もしくはレイナ……このプレイヤーだけは丁重に扱ってくれ。絶対に犯罪行為はさせないで欲しい。最悪一時的にエターナルパンチで拉致しても良い」
『……了解だ。それで?警察の盾があるお前が動いてくれるのか?』
「……あぁ。霊峰はあいつらの動向に警戒しつつ、ガセ情報をばらまいてくれれば良い」
それは祭殿への羅針盤にまつわる火種だ。俺に勝てれば羅針盤はくれてやる、そんな情報をばらまけばどうなるだろうか。チョコが騒動から俺達を引き離したいとするならば、根が優しいあいつは間違いなく絡んでくるはずだ。
「俺に勝てれば羅針盤はくれてやる、適当にそう言いふらしてくれ」
『それが本当なら私が行くが?』
「ばーか、誰が本当にやるかよ。ていうか、言いふらすのは〝スサノオ〟の奴らだけにしてくれよ?廃ランカーがこぞって来られたら流石にたまらん」
『ははは!焦るお前も見物だが、なるほど…お前の考えが見えてきたぞ。かつての〝天啓の導〟と同様に……潰すつもりだな?〝スサノオ〟を』
「……俺はそんなやり方しか知らないんだ。リアルで実際に被害あったらすぐに言ってくれ。親父に掛け合ってみるから」
そこで通話は切れた。全てを話さずともフォルティスなら察してくれると思った。何をするかと問われるならば、平たく言えば売名と蹂躙だ。虎の威を借りたままではダメだったようだ。だがコロネやオレンに汚い側面を見せるのは気が引ける。
「コロネ、俺を信じてくれるならしばらくインを控えて欲しい」
「それは……いいけど…………チョコはどうなるの?」
「連れ戻すさ。誰一人として今のメンバーを失うつもりはないしな。俺ら四人がいてこその非効率の館だろ?」
「うん……っ!」
「オレンがまだ家にいるなら同じことを伝えておいてくれ。ちょっと行ってくるわ」
「え!?ど、どこに!?ま、待ってよ!話してくれなきゃ何もわかんないよ!!」
「見せたくないんだよ。特にコロネにはな。ログアウトして気長に待っててくれ」
俺は転送にて『ラストアーク』の近くへと飛んだ。〝霊峰の御剣〟のクランハウスがある場所だ。案の定、街の出入口には人集りが。そのほとんどが〝スサノオ〟メンバーであり、俺達同様に圧力をかけに来ているのだろう。
「……まぁ、まずは挨拶だな。PK狙いなんだろうが、ご丁寧に安置外にいてくれちゃって……」
向こうはまだこちらに気付いていない。幾ら霊峰の隊員と言えど、クランとして対応しなければこの人数差は無理だろう。それこそクランの任務とは関係なく、ソロで何かをしようとすれば人海戦術であっけなく死ぬ。最初の襲撃の頃とは違ってそれなりに高レベルな奴も混ざっているあたり、スサノオも本気だ。
「『プロミネンスバースト』」
不意打ちによる上級爆裂法撃によってスサノオメンバーへと奇襲。続け様にブレイズバーストを数発打ち込み、セイファートに跨って逃亡一択である。まだ慌てる時間では無い。どうせならイベントの肥やしになってもらう。
「おい!!舐めてんのか!!」
「さっきの野郎だ!!追え!!逃がすな!!」
「HAHAHA!!羅針盤が欲しいんだろ!!俺に勝てたらくれてやるよ!!じゃあの〜!!」
奴らもマウントエネミーに跨り追いかけてはくるが、まずセイファートに追いつけるはずもない。俺が知る限り陸上マウントでは最速だ。そのまま『ラストアーク』の周辺を駆け回り、幾つかある出入口、そこに集まるスサノオ共へと無差別に攻撃を繰り返し続けてやった。
「早すぎだろ……!あのクソガキ……!」
「おめぇ!!こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」
「お嬢の顔に泥塗る気か!!」
(お?ちょうどチョコから着信来たねえ)
泥を塗る、ね。そんなことでチョコの本音が聞けるならいくらでも塗りたくってやろう。俺達の身を案じてくれているならば、それは嬉しい事だ。だがそれがお前の自己犠牲の上で成り立つなら話が変わってくる。
『ちょ、ちょっとレイ!?あんた何してんのよ!!私がせっかく……!』
「見損なってくれるなよ。リアルの被害を危惧してんだろうけど、今どきあいつらも派手なことなんてできねえよ」
『そんなの私が一番わかってるわよ!!でも……!あんたやコロネ、オレンは純粋にこのゲームを楽しみたいんでしょ!?こいつらに関わればまともにゲームなんてさせてくれな――』
「大丈夫だ。だから……お前の本心を聞かせてくれ。非効率の館は好きか?」
『……それは…………』
「……追っ手が流石に増えてきたな。その答えは後日聞かせてくれ。一人で戦うな、俺にも戦わせてくれよな!じゃあな」
『ちょ…っ!待ちなさ――』
セイファートを全力疾走へと切り替え追っ手をちぎる。断言は出来ないが、恐らくスサノオは一〇周年イベントの『女神の涙と祝福』にほとんどが参加するはずだ。何故そう言えるかというと、そのイベントの仕様から安置でのPKが許されるから。
(まずはゼロに向いた関心をレイに戻す……その後は、まぁ……なるようになるだろ)
正直後先なんて考えてない。チョコがどう思っているかは分からないが、俺の主観ではあいつはもう必要不可欠な仲間なのだ。故に俺のわがままで、俺があいつを失いたくないので戦争を起こします。
『薙刀』
片手剣に継いで近接の三属性を持つ両手持ち武器。長剣にも負けないリーチを誇り、懐に入った敵には柄で叩く打撃攻撃を備えている。
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