三十四 氷狼の魔女
アストラ一〇周年イベント開始の二日前、少しでもレベルを上げるために狩場へと赴いたのだが、その帰り際に久しい襲撃にあった。響く発砲音からして明らかに狙撃銃。ヘッドショットされれば場合によってはワンパンだ。
「きゃっ!!――」
「――相殺術壁」
勘で発砲音の方角へと体を入れながら防壁を展開。溶けるように弾丸が消えていく。人の多いステラヴォイドの正門前だと言うのに、露骨なPK行為は素人と言わざるを得ない。隠れているつもりだろうが泉の女神へと通じる森の中にいるのは丸見えだ。
「チョコ、羽觴の弓かしてくれ」
「え……はい」
「…………逃がさねぇぞ。売られた喧嘩は倍で買い取ってやる」
湾曲した半透明の棒の両先端からは複数の羽毛が装飾されており、その間に張られた弦を限界まで引き絞った。放つは弓箭スキル『シャープネスアロー』。単調だが飛距離と弾速のある初期スキルだ。
「……ヒットぉ!しゃあ雑魚ダウン!!」
「会心エフェクト!?多分ヘッドショットよね!?あんたこの距離でよく当てられるわ……っ!」
当たり前だ。ゼロの頃によく使っていた曲刀と並んで、弓も使用率が高かったのだ。銃に比べて弾速は遅く、予備動作も大きいとデメリットが並ぶが、その分威力と矢自体の攻撃判定の残留が長い。弓に関してはこだわりはないが遠距離武器として採用していた。
と、ドヤ顔を披露するつもりだったのだがその暇は無いらしい。ゾロゾロと武装したプレイヤーがにじり寄ってくる。妙に統率が取れているし、意図した襲撃なのだろう。
「……レベルは俺らと大差ない三十六前後ばかり、武器も粗末だし……なんだお前ら?」
「このゲームの中じゃあ無法行為も正当な手段だろうが。兄貴の交渉に応じる気になったか?あ?」
「あぁ、あのおっさんの下っ端共か!なるほどなぁ、古典的な粘着PKに来たわけだ……っと、弓返すわチョコ」
「……やれ――」
「――お前らが逝け」
背中合わせに位置していたコロネと俺が同時にシールドバッシュを放った。背中の間にはチョコとオレン、地道ながらにコロネを含むクランメンバーには、元最強プレイヤーによる英才教育を施していたのだ。
「『不屈の怨恨』。言っとくけどお前らじゃあうちのメンバーには勝てねえよ」
後方は見なくても問題はないだろう。始めたてだと言うのにコロネの実力は既にチョコやオレンを凌駕しつつある。末恐ろしい才覚の持ち主と言える。恥ずかしいので心の中で言わせてもらおう。背中は任せたぞ。
「さて問題です」
「弾かれ……っ!?」
「岩封の麦穂の耐久値は『不屈の怨恨』を使用するとどうなるでしょうか……っ!!よいしょぉ!!」
頭部へとアサルトスラッシュ。麦穂は片手剣ながらに打撃特性しか持たない。貫通倍率の高いシャープネスストライクでさえも打撃扱いになる。いわば鉄塊や岩をそれとなく剣の形にしたようなものだ。
右から一撃、切り返しを振り上げ気味に行い二撃、そして最後に頭頂部に叩きつけるように三撃。普通の☆一ならば『不屈の怨恨』の効果によって粉々だ。だがこの岩封の麦穂は別格、これでもミリ単位でしか耐久値ゲージは減りはしない。
「がっ……」
「スタンされた!!カバーし――」
「シャープネスアロー」
すかさずチョコの後方支援が来た。俺の耳たぶを掠った事以外はナイスアシストと言える。〝霊峰の御剣〟のリーダーフォルティスもそうなんだが、なんでこの人達って前衛に掠らせたりするんですかね。
「クソっ!うおおおおぉ!!」
「もう少し攻め方とか工夫しろ。そんなんじゃ当たらねぇよ」
避けるまでもない。麦穂の剣先を反対の手で持ち、相手の剣撃に合わせて盾のようにぶつけてやった。パリングを取れば後は同じだ。ストライクバッシュや他のスキルの中から、後隙を狩られないものを選択してスタンを狙う。厄介なのは遠距離ビルドのプレイヤーだが、恐らくはそれも問題ないだろう。
「レイ!!少し右に寄って!!『プロミネンスバースト』!!!!」
「ほい」
上級爆裂法撃『プロミネンスバースト』。ブレイズやイグニションとは違い、こいつは直線状の放射炎撃を行う。その射線上は一泊置いてから大爆発を引き起こすため、PKと回避によって文字通りの道が開く――
「変式範囲型、『イグニションリング』。オレン!!あまり前に出すぎるなよ!!」
「分かってるよ〜!うりゃりゃりゃりゃ!!」
開けた敵陣の空白へとオレンが切り込み隊長として突っ込んだ。左手に小杖を持って援護できる体制にしつつ、大剣で斬りかかってくる相手の前衛と、その後方で『イグニションバースト』の発動を確認。多分言わなくてもチョココロネなら合わせてくれるはずだ。
「ストライクバッシュ!!」
「うわっ……!こいつ弾くの上手――」
「イグニションバースト!!」
「シャープネスストライク」
大剣野郎は俺が弾き、スイッチしたチョコが『水霊の先剣』による一突きで喉を貫く。爆裂法撃はどうするか、コロネがなんとかするだろう。知らんけど――
「――変式威力型……『アイシクルブラスト』っ!!」
「あっつぅ……!?コロネさん!?結構無茶したなおい!」
「同じ中級なら威力型で相殺できるかな〜って。前にレイがやってたから真似した〜!」
氷槍がイグニションバーストの炎球とぶつかってちょっとした水蒸気爆発が発生した。熱かったが結果的に無傷の上、水蒸気の煙が蔓延して良い感じだ。イグニションリングで一旦周囲を吹き飛ばしつつ、俺も前に出ようかと思う。
「お、不屈の怨恨切れたねぇ。よっしゃ!!コロネ!!チョコを頼む!ちょっとオレンと暴れて後衛のやつら粉々にしてくるわ!」
「分かった!」
さぁこちらの編成が二分割するがどう動くかな。接敵した印象では、コイツらはまるでアストラというゲームに慣れていない。チーム戦のPvPに精通している者がいるならばそれなりに指揮を取ったりもするが、多分こいつらにそんな知能と発想はない気がする。
右手に麦穂、左は曲針、片手剣と短剣による二丁。オレンと同じスタイルであり、多数を相手取る場合は連撃よりも足を止めない事を意識した方がよい。狙えるなら急所、だが無理には狙わず、通り魔のように轢き逃げしていきながら場を乱すのだ。
「ひゃっはぁぁぁぁ!!!!」
「うりゃりゃりゃりゃ〜!!」
「オレーン!!カバーすっから!!あれ、やっていいぞ!!」
「まじ〜!!?いくよ!!『死神の悪戯』ぁぁ!!」
暴走機関車の完成である。オレンの種族は鬼であり、物理的な身体ステータスが他種族よりも少し高い。代わりに法撃系統の威力が低くなったり、発動までが長かったりという特徴を持つ。最大の特徴はスタミナが他種族より一〇多い事だ。これだけでかなり人気種族なのも頷けるというもの。
「あの暴走みかんを止めろ!!法撃を撃つ!!援護――」
「――はーいイレイザーぱっかーん!!エーテル尽きちゃったねぇ……?ふへぁ……!」
「ひっ……あがっ」
(あぶね。チョコの矢に被弾するとこだった。ついソロの動きが出そうになる……自分で確殺入れる癖は早いとこ治さないとな)
「ダメだ!!みかんとレイってやつも止めないと……!」
「いいのか?こっちにそんなに人を割いて。オレン!!」
「ちゃんと見てるよ!!行こレイッち〜!!」
すかさず最前線からコロネ達のところへと撤収した。長い詠唱モーションに入ったコロネを俺達はちゃんと見ていたのだ。上級法撃による時雨型、それは大きく威力が劣ったとしても、多大なる範囲と十分な火力を誇る。
「変式時雨型……『プロミネンスレイン』」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
「逃げねぇと……っ!」
降り注ぐメテオの中、かろうじて俺たちのほうへと避難してきた対戦相手と目が合った。追い詰められた獲物が取る行動は単調だ。安置に行きたい、逃げたい、そんな心理から範囲外である術者の近くへと寄ってくるものだ。
「おつかれさん。シールドバッシュ」
「うぁ……っ!ああああああああぁぁぁ!!!!」
煉獄の中に叩き返してやったぜ。プロミネンスレインが終われば後は虫の息の奴らを狩るだけの簡単なお仕事だ。特筆すべきこともなく殲滅は終了。野次馬が落とした装備を眺めているがくれてやる。というより本当に粗末なものしか持っていないじゃないか。
「いい感じだったな。言わずとも連携が取れてて楽しかったぞ〜」
「さっすが私達ぃ!レイっちの切り込むタイミングがいやらしすぎて引いた〜」
「本当にムカつくくらい上手いのよね……」
「上級法撃気持ち良い〜!ほかの属性も早く覚えたいなぁ〜」
返り討ちに成功したのは良いが、恐らく今日で終わりではないだろう。というより、多分まだ何か来る気がする。あいつらが反社会の人間なら、本気になればリアルの特定にも動き出すはずだ。俺の持つ羅針盤、そしてゼロという存在、そこに関心を向ける外部の協力者が加入して来ても不思議ではな――
「……っ!!伏せろ!!『アサルトストライク』!!」
「きゃあ!!」
挨拶がてらの中級氷法撃アイシクルインパクト。その氷塊を岩封の麦穂によって砕いた。破片によってイレイザーのないチョコとオレンには多少の被ダメはあったが、それでも五体満足で済んだ事はまだ良い。最悪なのは襲ってきたプレイヤーだ。
「……ゼロについて知ってるって…………聞いた。そこのレイって……人」
「お前が来るのは聞いてない!!流石にお前を出してくるのは反則だってぇぇぇぇぇぇ!!お前ら街の中に逃げろ!!今すぐ!!全力で!!」
プレイヤーネーム『レンカ』。女性牙狼族によるケモ耳、もふもふしっぽが特徴的だが、それ以上にヤンキーみたいな鋭い眼光とおっそろしい実力が噛み合っていて、ゼロと同じくして二つ名を持つ猛者中の猛者なのだ。
『氷狼の魔女』。卓越した法撃ビルドとプレイヤースキルによって穴熊を昇華させたプレイヤー。ゼロは触れそうで触れない事で有名だったが、こいつは同じ触れないでも意味合いが真逆だ。物理的に近寄れない彼女にはもう一つの呼ばれ方もある。
アストラの第二席と――
『牙狼族』
獣人とも言われる亜人の一種。獣のような耳と尻尾が特徴的で、生物由来の遺伝で法撃の扱いに長けている他、敏捷性が僅かに高い。だが同時に防具による敏捷の低下を受けやすい特徴を持つ。
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