三十二 道化師の戯言
コロネ宅から帰宅して早々にログインした時の事、リスポーン地点の再登録も〝非効率の館〟へと移し、皆で装備を整える手筈で話し合いをしていた。事態の変化を告げたのは扉を叩く音だ。
「すんませんなぁ、おたくらのクランにレイっちゅうもんはおるか?」
「んあ?俺だけど、何?」
中年イケおじアバターのおっさんが来客してきた。が、どこか初見の割には馴れ馴れしいというか、嫌な圧を撒き散らしている。言葉遣いはまだマシだが、顎を突き出し、見下すような見方は不快なのだが。
「あぁ君がレイかいな。ゼロの知り合いや聞いたんですがほんまかいな」
「……そうっすね。ただのネット上の知り合いですがね」
「それでも連絡はつく言うことやろ?一つ頼まれて欲しい事があってなぁ……タダとは言わへん、ちょっと聞いてくれへんか」
「内容も聞かずにはい分かりました、なんて言えるかよ。一体全体なんの用だ?あいつは今ゆっくり休んでんだ」
「あの姫はんは誰がDM送っても既読すらつけへん。その点折り返しが来る兄ちゃんにしか頼めへんのや」
「いいから早く要件を言え。暇じゃないんだ」
典型的な睨み方を見て確信した。近代じゃあ流行らない石の裏の虫どもだ。ヤーさん、もしくはそれに準ずる義賊的な人達だと思う。明らかにゲームを楽しんでいる感じでは無い。
「……『祭殿への羅針盤』、あれを譲って欲しいんや。もしくは、それを入手したとされる兄ちゃんに協力してもらってもええで?」
「頼み方も知らないのか?」
「もちろん金は出す。価値を可視化するにはあれほど分かりやすいもんもないやろ」
「生憎と俺はゲームのアイテムに金としての価値を見出していない。それ以外に等価を提示できないなら他所を当たってくれ」
「……えらい強気やのう。こっちがお願いしとる間に――」
しつこいので顔面の真横に短剣を投げつけてやった。壁に突き刺さって家の耐久値が減るが反省はしていない。窓の外からユーフィーが青ざめていたので、それぐらいしか申し訳なさはなかった。
「帰れ。運営が禁止している事を犯すつもりはない。金儲けがしたいならゲームの外でやれよ」
「……そうかいな。ほな、邪魔したなぁ……覚えとけよ」
怖すぎだろあの眼光。リアルだとチビってる自信ある。一部始終を見ていたコロネやオレンも物陰から怯えた様子で伺っており、多分チョコにも怖い思いをさせてしまったかと振り返ったのだが、その限りではないようだった。
「あなた意外と度胸あるのね。あれ絶対カタギの人間じゃないわよ」
「え?そう分かってる割にチョコは平然としてんな?見ろよ、コロネとオレンなんて固まってんぞ」
「こ、怖いよ!!?あのおじさんなに!?チョコが平気なのは分かるけど……レイは怖くなかったの?」
「所詮ゲームの中だしな。リアルにまで被害が及んだとしても、他力本願ながらに正規の後ろ盾もあるし」
チョコが。
「後ろ盾?今どきあいつらだって無茶は出来ないけど……よっぽどじゃないと余計にめんどくさい事に巻き込まれるわよ」
「そのよっぽどに該当するんじゃないか?親父がポリスメンなんだよ……それも結構上の方。またゲームにのめり込んでる事がバレるとうるせぇから、出来ればそうならない事を祈る」
「警察……そう、それなら安心ね。でも、いざとなれば羅針盤を渡した方がいいわ。ゲームで犯罪に巻き込まれてちゃあ何をしてるのか分からないもの」
「や〜だね!俺からゲームの楽しさを奪うやつは全員敵だ。返り討ちにしてやんよ」
「ゼロさんとも知り合いだし、お父さんは警察、あんた何者なのよ?時々めちゃくちゃな事するし、サブキャラにしたってプレイヤースキルがたまに神がかってるのよね」
「ただ今を楽しみ続けている一人のゲームプレイヤーだろ。そんなことより、俺は先にデンジャースキルを取りに行こうと思うんだけどどうする?」
この世界においてレベルは絶対的な強さである。たとえどれだけ跳ねるボールでも砂浜では跳躍力が落ちるように、土台の硬さは揺るぎのない強さなのだ。だが要求経験値が膨大な以上、一朝一夕ではその数字を上げることは叶わない。
レベル差が二〇を超えれば一しかダメージが入らない。だが近々無差別な対人戦が蔓延るイベントもあるわけで、レベル差があるので参加しませんなんて俺が言う訳もない。だからと言って何もしない俺でもないわけだ。
「デンジャースキル?レイっち〜、何とるの?あいつらって難しいというより、取得にめんどくさいもの多くない?」
「ネタスキルみたいなもんだしな。『道化師の戯言』、こいつを取っておきたい。もしかしたらチョコやオレンは知ってるかもしれないが……こいつは二人以上じゃないと取れないんだ。手伝ってくんね?」
『道化師の戯言』
このデンジャースキルはこの世界で唯一レベル差という概念を覆すポテンシャルを秘めている。自身と対戦相手、それらのレベルに関係なくこちらの攻撃が全て固定ダメージになる効果を持つ。レベリングが終わった後では腐ると思われがちな不遇スキルである。故に微妙な反応だがオレンが。
「あれかぁ……私はいいよ〜!でも私でつとまるかな……てかあれって使い物になるスキルなの……?」
「健全に楽しむ分には使い物にならん。 けどレベル的な意味で格上相手に、か細くとも手があるっていうのが大事なんだ」
「確かコンボ数の二乗が固定ダメージになるスキルよね?あんたがそう言うなら……私もイベントに参加予定だし取っておこうかしら」
チョコが述べたものが『道化師の戯言』の効力の全てだ。そう、内部に設定された個人だけのコンボ数の二乗分がダメージとなる。つまり、一〇コンボを叩き込んでも四〇〇ダメージにも届かない。カスみたいなダメージ量だ。
想像して欲しい。路上で取っ組み合いの喧嘩になったとしよう。間髪入れずに一〇回も殴ったり蹴ったりできるだろうか。それこそプロ同士が行う格闘技ともなればまずありえないのだ。このスキルを扱うにはスキル名の通り、ピエロのような曲芸師としてのプレイヤースキルが要求される。
「持っておく、それが大事だからな。けど……チョコのビルドとは相性が悪いかもしれない。オレンはそのうち化ける可能性はあるかもしれないが……」
「み、みんな行くなら私も行きたい!」
「おー、コロネも来い来い。せっかくならツーオンツーの方がシンプルに楽しいしな。武器が邪魔になるからみんなは置いていけよ〜」
ステラヴォイドより遥か南方、ギリギリ今の大陸に位置する海沿いに目的地がある。海を超えればまた別の大陸なんかもあるが、それは海を渡れるストーリー中盤以降でなければ行けないので、今はポータルも開けられていない。レベルの近いチョココロネは勿論、恐らくは怠惰なオレンも同じだろう。
それぞれが単騎で暇な時は未開放のポータルを開けていたりするものなので、特に長ったらしい移動も必要はなく、五秒の転送待ちから景色が一変した。広大な砂浜と沖に伸びる木の桟橋と簡易的な屋根付きの休憩所、『忘れ去られた海底』の出発地点とはまた一風違う南国エリアへの到着だ。
「うっひゃー!!人多いねぇ〜」
「人気エリアの一つだものね。ちょ……!コロネ!走ったら危ないわよ!!」
「すごーい!見たことないマウントエネミー連れてる人がいる!!」
あまりの開放感と爽快感に駆られたのか、コロネが走り出してしまった。全く、子供じゃないんだからそういうのはやめなさい。
「ひゃっほぉぉぉぉぉ!!」
「ちょ……!レイまで!!待ちなさいってば!!」
「かけっこだね!!うりゃりゃりゃりゃ!!!!!」
レベル的にも、種族的にもオレンが現状一番早い。何も言わずとも各々が沖へと伸びる桟橋の最奥地の休憩所をゴールに定め、コロネ、オレン、俺、チョコの順で橋に差し掛かった時のことだった。
「シールドバッシュ」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
チョコがオレンを背中から押しやがった。水飛沫を上げながら海へと消えていくオレン、振り返った先には湿度の高い笑みを上げたチョコが。こいつ全力である。遊びに対して全力である――
「シールドバッシュ!!」
「あっぶねぇぇぇぇぇぇ!!おまっ……!同じことをやられる覚悟はできてんだろうなぁぁぁぁぁぁあ!!」
などと遊んでいたが、一応補足しておくとここは安置エリアではない。普通にエネミーだって湧くしPKだってされる。後者は民度にもよるが、前者に限っては人気エリアたる理由からここは擬似的な安置エリアになっていた。
「あの人の水着可愛いかも」
「ここはロケーションが良いからな。SS勢の定番スポットなんだよ」
ムッキムキのイケオジアバターがブーメランパンツ一丁でマッスルポーズしてたりする。SS勢は奇跡の一枚を画角に収めるため、邪魔となるエネミーは即狩り殲滅の意識が浸透している。誰に言われるでもなく、雛が殻を割って外に出てくるように、遺伝子レベルでそう動くようだ。
「んじゃまぁ、目的の場所に行くか」
「はーい」
目的の場所は海岸沿いの先にある海底洞窟の中だ。砂浜は端に行くにつれて磯のような岩場へと様変わりしていく。磯の上を歩く事一〇分と少し、干潮時のみ歩いて入ることが可能な海底洞窟が現れるという流れだ。
「そう言えばチョコ、この洞窟ってさ……意味深な☆一の剣が台座に突き刺さってんじゃん?あれって今も結局真の能力的なの判明されてないのか?」
「あったわねぇ……生憎とその耐久値の高さから、今もスイカ割りで現役よ」
「ガチでゴミ武器なのかよ」
運営が設置したネタ武器なのかは知らないが、正式名称は『岩封ノ麦穂』。チョコの言うように、☆一の癖に馬鹿みたいな耐久値が設定されている。が、それだけである。それ以外は本当にただの☆一武器となんら性能の違いはない。いや、片手剣らしくない性能の側面もあったか。
「誰も取りに来ないから普通にリポップで突き刺さってて草」
「バザーにも出回りまくってるわよ。もしかして……あんたそれ使う気?嘘でしょ!?」
勿論そのつもりだ。だが抜くのは帰りになる。俺はみんなに武器を置いてこいと言った。それはこれより習得に挑戦するデンジャースキル、『道化師の戯言』習得の過程に邪魔になってしまうためだ。
『機人族』
鬼人族との差別化のためキャストと呼ばれる種族。外界より取り寄せられた未知の文明によって機械仕掛けの体を持つ。技量と耐久性が高く、射撃を得意とする。
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