二 刹那を見切る者
累計二○と七回、新規プレイヤーの女の子が言うには俺はヤクをキメたように狂って死にまくっていたらしい。初対面にも関わらず人をヤク中呼ばわりするなんてどんな教育を受けているのだ。
「よっし、『死神の悪戯』ゲット」
「ひぐっ……ぐすっ……怖い…………この人もうやだぁ……」
「どしたん話聞こか?誰に泣かされたんだよ……?俺許せねぇよ……」
「あなたのせいでしょ!?ラリって崖から飛び降り続けるタイプの狂人なんて誰が想像できるの!!」
「悪かったな。んじゃほなの」
「待って待って!!街に行くの?道が分からないからついていっていい?」
(……ネカマか?初期位置からマップ開けば全然分かるだろうに)
アストラにひとたびログインしてしまえば、中身が男だろうと女性キャラを選べば選択したボイスで意思疎通を行うことになる。とは言っても、仕草や喋り方に気を配らなければ実際の性別を偽ることは難しい。
数多のネカマ、すなわち魂は男というプレイヤーを見てきた俺にとって、このプレイヤーはあまりに芝居が下手くそと言える。無知な振りをして物乞いの如く強い装備をねだる。腐るほど見てきた卑しい奴らだ。自分で集める事が楽しいのに、貰っては本末転倒だろう。
「あ、あのー……?」
「着いてくるのはいいけど……俺はまだ街には行かないぞ?視界の右上、もしくは左上?初期設定だと左上にミニマップだっけ?そこに視線を五秒以上合わせると拡大するから」
「……っ!ほんとだ!!となると、街はあっち?え?あ、あの!ほんとに街と真逆の方向に行くんですか!?」
「ついでに運試しに行くんだよ。この先の森林の泉に夜限定で発生するランダムクエストがあるんだ。一緒に運試しやる?」
「ラ、ランダムクエスト……?」
ダンジョンを除く全てのエリアがオープンワールドの仕様になっており、フィールドのいつどこで発生するかが完全にランダムなクエストの事だ。とは言え、中にはプレイヤーの行動と運次第で擬似的に狙って発生させる事が可能なクエストもある。
そのひとつが今から向かう『泉の女神』ガチャだ。斧系統の武器を泉に投げ捨てると、とりあえず三%の確率で女神もどきが現れる。その先の展開は大方予想も着くだろう。
「あまり期待はしてないけど、狙う展開によっては戦闘になる。このランダムクエストはイベントに入る前にパーティーを組んでおかないと、後からじゃあ組めないんだ。どう?」
「い、いえ……私は本当に始めたてで戦闘なんて分かりませんから」
「あ、そう?」
そうして歩くこと数分、この手のゲームはレアエネミーやそれらに準ずるモノの周辺は人が集まるものだ。視界の上の方に浮かび上がるエリアへの突入合図、『森林の泉』はやはり今も人が集まるんだな。
「ここですか?」
「そ、とりあえず順番待ちだな〜。待ってりゃ夜にもなりそうだし」
他のプレイヤーが。
「だぁぁぁあ!!クッソー!!また飲まれたぁぁ!」
「そんなもんだろw」
「大人しく別の星天武器狙ったら?」
星天武器か。どうやら久しぶりに復帰した今も、ウェポンに定められたレアリティの上限は変わっていないようだ。レアリティ階級は七つ、☆七とか呼んだりもするが、☆五〜☆七まではそれぞれ別名もあるのだ。
「あのー?サブキャラで久しぶりにインした復帰勢なんですけど、今も最大レアリティは星天なんですか?」
「んあ?こんちゃーす」
「こんちゃーす」
「レアリティは星天が実質最大レアリティっすねー。都市伝説っすけど、一応各武器種に一つだけ……星八がサイレント実装されてるとか言われてますけどね」
「へぇ〜?面白い話聞かせてもらいました。お、俺の順番来た」
「頑張ってくださいね〜レイさん」
泉の女神ガチャに敗北したプレイヤーに手を振り、多くの他のプレイヤー達もが見守る中、俺は斧を取り出した。まずこのガチャの仕様として、三%の女神出現を引かなければ入口にも立てない。
(レアリティの高い斧を放り込めば確率が上がるとか、オカルトじみた話も聞くが勿体無い。ワンチャンないか?地味に『死神の悪戯』習得が下振れしたんだよな……確率は収束するっっっっ!!!!)
別に投げ入れる速度によって確率なんて変わらないが、なんとなく久しぶりのアストラにテンションが上がっていたため全力でぶん投げてやった。舞い上がる水飛沫、そして光り輝く泉。さぁ、どっちだ。出なければ斧はロストだぞ。
「お、おい!」
「出たぞ!!」
「レイさん!!おめでとうございます!!」
「……まじかよ」
『……あなたが落としたのはこの、『金の斧』ですか?それとも『銀の』――』
「どちらも違う!!」
『なんと正直な……では…………』
ここからが分岐ルートだ。そのまま帰るパターン、普通に斧を返されるパターン、もしくは金と銀の斧を貰えるパターン、そしてそれ以外の継続ルート。金銀の斧なんて売値の高いネタ武器に過ぎない。必要なものはまだこの先にある。
『あなたが落としたのは……この『終末の鉄槌』ですか?』
「っ……!」
確率は収束した。死神の悪戯でグダった分、運がこっちに傾いた。三%の女神降臨を勝ち取り、更に三%の確率で『終末の鉄槌』ルートに入る。この星天級の斧を貰うとなると、更に三%の鬼門をくぐる必要があるのだが、生憎と俺はそちらの道を行くつもりはない。
「違う。俺が落としたのはその斧じゃない」
『……なんと無欲な方なのでしょう。穢れなき心を持つ至高の旅人よ、どうかこれを受け取ってくださ――』
『終末の鉄槌』、星天級武器を俺へと手渡すために近寄った女神へと俺は微笑んだ。呼応するように微笑みを浮かべた女神へと、静かに湖面の淵へと近付き歩みを見せつける。伸ばすは受け取るための手ではない。右手に握りしめた片手剣だ。
「――『ストライクバッシュ』!!」
「え……?レイさぁぁぁぁぁぁん!!?女神様になんてことをぉぉぉぉ!!」
『ストライクバッシュ』
最初期から覚えている片手剣のウェポンスキルだ。斬撃特性の高い片手剣の中でも、これは刀身をぶつけるように振り抜く打撃性の攻撃スキルである。大振り、そして単調な剣撃軌道なため、エネミー以外にはあまり実用的では無い。だが今使えるスキルの中では火力がある方だ。
「ようクソ女神……っ!本性表わせよ?上品ぶってんじゃねぇぞ!」
『痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?うぅ……っ!私の……!私の美しい顔によくもっ!!ぶっ殺してやるクソガキがぁぁぁ!!』
「やってみろよ……っ!」
眼前へと現れたのはユニーククエストの発生掲示。『終末の女神』の討伐だ。レベルシンクは一五。参加条件は既に俺以外には満たせない。斧ガチャの時点でパーティーを組んでいなければ誰も参加できないのだ。
「お、おい!?新規プレイヤーが終末の女神出したぞ!!」
「レイって人レベル一じゃん!!もったいねぇぇぇ!!」
「終末の女神って何レベ?」
「確か十四……?」
(好き放題言っているが別に勝てない相手では無い。ただ本当にガチャに勝ち申すとは思っておらず……この女神とのレベル差が非常にめんどくさい)
眼前に表示したままのユニーククエスト、イエスオアノーの選択を行うまでは戦闘には移行しない。その選択にも時間制限があるが少し考えることにした。レベル差を考慮して倒し切れるかどうかが大切なのだ。
(仕様が変わってないなら五の倍数のレベル差ごとに攻撃力の補正がかかるはず……女神とのレベル差は十三。つまりはこちらの攻撃は全て半減か)
レベル差が五であれば三割カット、十であれば半減、十五ならば八割カット、二○を超えれば固定ダメージを除いて一しか通らない。女神の体力もあの頃と変わっていなければおおよそ五○○○だったか。
「レイさん……?流石に無理じゃないですか?」
「んあ?そう言えば俺達自己紹介まだしてなかったな?俺はレイ、今後会うかは分からないけどよろしく。コロネさん」
「え……?ちょ!?やるつもりですか!?」
「多分、ギリ勝てるはず……っ!」
ユニーククエストへの参加、その項目のイエスへと触れた。俺達と背丈の変わらない女神が狂乱気味に髪を振り乱し、『終末の鉄槌』をラリったかのように振りかざしてくるのが見える。ちなみに、このユニーククエストが発生してからの女神の装備武器は、しばいた時に持っていた斧になる。
クソ女神の装備武器が結構重要だが、今はなんにせよまともな防具もしていないため当たれば一撃だろう。運が良くて二発かな。
(当たれば……なっ!!)
『ぬぅぅぁぁぁぁぁぁ!!』
初期スタミナは一○○。そして今行った回避行動にはスタミナを一○消耗する。僅かに終末の鉄槌が俺の足に触れているが問題は無いのだ。回避行動の特定の瞬間から、十フレーム程の無敵時間が発生する。時間にしてそれは○.二秒以下――
「『スラスト』」
回避によってすれ違いざまにウェポンスキル『スラスト』をねじ込む。これもまた最初期から覚えているスキルなだけあって単調な技だ。右から左への一閃、だが再使用までのクールタイムが短く、使い勝手は良い。
『ぬああああああ!!死に晒せぇぇぇ!!』
(斧を振り回す通称ぶんぶん……一撃が軽い代わりにほぼ隙間なく追いかけてくるが、生憎とエネミー相手に遅れを取るほど鈍ってないんだわ)
女神のぶんぶんに合わせ、俺はスタミナ消費の伴う大振りの強攻撃を重ねた。ゲーム内の細かな仕様はあるが、エネミー、プレイヤー、全ての攻撃モーションの中には、重みが乗る前に回避の半分の五フレーム程の弱点となる瞬間がある。
自ら攻撃の範囲外に逃げる回避とは違い、攻撃に合わせて強攻撃を重ねる行為は難易度が跳ね上がる。だが所詮はエネミー、心理戦の概念が存在しない決められた行動パターンならば、メインキャラによる経験と言う名の記憶を持つ俺には手に取るようにパリングのタイミングが見えるのだ。
「……っ!!」
『ぬぅ…あっ……!』
スタミナ消費一○、敵の攻撃を弾いて更には体勢さえも崩すテクニックがパリングだ。見てからでは間に合わないことが多く、攻撃に対して強攻撃を置いておくようなイメージ。僅かでもタイミングがずれれば、レベル差もあって一瞬でお陀仏だろう。だが、この緊張感がたまらない。
「スラストっ!!」
『ぬぅぅぁぁぁぁぁぁ!!』
「もういっちょぉ!!」
パリング、スラスト、パリング、スラスト、体勢を崩しては間髪入れずにウェポンスキルをぶち込み続ける。だが猛攻も流石に無限には続けられない。スタミナ消費が伴う以上、どこかで息継ぎが必要なのだ。
「おいおい!あのレイとか言う新規やっちまうんじゃね!?」
「めちゃくちゃパリング上手ぇ!」
「俺……あの動き見たことあるぞ……っ!あいつとそっくりだ!!」
紙装甲で火力に特化したスタイル、これはかつてこの世界で最強と謳われるに至った『ゼロ』のものだ。ダンジョン、PvP、その他に至るほぼ全てのスコアランキングにその名は刻まれていた。
今回は自分だけのペースでアストラを楽しみたいが故に、絶対に公言する気はないがあれは俺である。このクソ女神をぶちのめした後に各スコアランキングを見てみようと思う。まだ俺の名前が残ってるとは思えないけどな。
『スタミナ』
行動を起こすための起源のエネルギー。回避や強攻撃、ウェポンスキル、ダッシュ、アクティブな行動には全てスタミナの消費が伴う。
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