十七 生徒に告げる最後の試練
その日は何か妙だった。いつものようにコロネと待ち合わせをし、レベリングへと向かう予定だったのだが、チョコとマサトに見つかったかと思えばめんどくさい事になってしまったのだ。端的に言うと経験値ブーストをするとの事だ。
「ご、ごめんねコロネとレイ……実は『星屑の鍵』を他のメンバーに話しちゃってね……?そのユニーククエストの存在について話さざるを得なくなっちゃったの……」
「僕からも第一発見者であるチョコの意見を優先するべきだと進言したんだけど、リーダーの妥協点としては、早急にコロネのレベリングを手伝い、発生条件を調べつつダンジョンの攻略に急げって言われてね……もちろん二人が急かされるのを好まないのも分かってる。先に相談した方がと思ったんだ」
コロネが。
「え……うぅーん?どうしよ?レイ」
「俺に丸投げですかーい。まぁ正直時間の問題だからな……あくまで俺個人の意見だから参考までに。今回は降りていいんじゃないか?もう自分の力で強くなりたいって思い始めてるだろ?」
「流石レイ!よく分かってくれてる!じゃあ私は降りますマサトさん!チョコもごめんね?気を使ってくれたのに……」
「あんた……最近ご機嫌だと思ったらレイにめちゃくちゃ懐いてるわね?まぁ、コロネが良いって言うなら引き止める理由もないんだけど……レイはどうする?本垢で一緒に攻略する?」
出せるわけないだろバカヤロウ。とは言え事情を知らないチョコにそんな事を言えるはずもないため、コロネと同じく降りる旨を伝えた。というより、多分俺がいなければあの神殿は開かない。〝天啓の導〟がそれに対してどう動くか警戒する必要がある。
「俺も降りるよ。最近はコロネの指導が楽しくなってきてるんだ。俺達が強くなったらまた武器掘りでも行こうぜ」
「そう?分かったわ。じゃあマサト、手の空いてる隊員と……マサト?」
「……なんでもないよ。行こうか」
立ち去っていく二人に安堵の息を着いた。だが恐らくこの先の展開としてはすぐに俺達に声をかけてくるはずだ。開いたはずの未知の扉、それが固く閉ざされた時に取る行動は一つ。それは同じ条件での再現。だがそれはもう開かない開かずの間だ。何故ならば情報戦で既に俺が勝っているから。
「レイ、今日はどこ行く?」
「…………」
「レイ?」
「……もし…………もしも俺のせいで怖い目にあってしまったらどうする?」
「既に何回か味わってるけど……?崖からの飛び降りとか飛び降りとか飛び降りとか」
違う。そうじゃない。俺とコロネを抜いた状態では扉が開かないと判明すれば、確定で俺達を呼び戻して全てを聞かれるだろう。当然ながらイモータルボックスに羅針盤を入れておけば誤魔化せはする。だがそれは今後一生付きまとわれる可能性を秘めているのだ。
最悪の場合リアルの特定班まで動き出す騒動になりかねない。露骨に誘拐や脅しなんかはしないだろうが、リアルマネートレードを持ちかけられたり、アストラの世界では間違いなく常に動向を監視されてしまうだろう。
(俺のせいでコロネを巻き込むのは嫌だな。大人しく石版を売るか……いっそカオリに流すか?)
「レーイ!なんで上の空なの!」
「おぉ……悪い。考え事してた」
「今日はね、私のお願い聞いてもらっても良い?」
「おう!何行く?」
「じ、実は……星屑の神殿が勝ててなくて……昨日のあれも使ってみたいんだけど、二人では勝てないかな?」
「勝てる。余裕、これはガチ」
だって俺は一人で勝てるもん。だがまぁそれでは面白くないので、俺がいない間に増えた新しい武器種を試してみようかと思う。いつものようにパーティーを組んで神殿へと突入した。
「よし、これで連続六回クリア。だいぶ様になってきたな」
「でもレイに総合ダメージで勝てない!!もう一回!!レイの武器は補正以下なのになんでぇ!!」
「HAHAHA!!腕の差だよ小娘!何度でも挑戦を受けてやろう!!」
という事で、何故かクリア後もずっとフィールドに戻らず再チャレンジをしていた。協力プレイのはずが何故か与えたダメージ量での勝負に変わっており、形は違えど彼女も対戦の楽しさに気付き始めている。非常に良い傾向である。
「ほらほら!!エーテルが尽きた後に失速してるぞ!!剣と盾の使い方が上手くなればまだまだ伸びるって!!」
「あぁぁぁ!!レイそれずるい!!私まだ剣でパリング取れないもん!!」
「HAHAHA!!覚えるしかなかろうて!!」
薙ぎ払うような石像の腕、そこにコロネはストライクバッシュを重ねようとしていた。だがタイミングが僅かに遅い。それでも被弾前に風龍の障壁によって石像が大きく仰け反る。やっぱりチートだろあんなの。
「うぅぅぅぅ……!コツ教えて!!私もそれ出来るようになりたい!!」
「修羅の道だぜ〜?全然教えるのはいいよーん」
コロネは特別だ。不思議とこの子とやるアストラはストレスがない。むしろ癒される。些細なことで一喜一憂し、初心を思い出させてくれると言えば良いのだろうか。だが、流石に神殿に潜りすぎだ。
「パリィの練習前に、一度飯にしないか?」
「そうだね!おっと……!どこか食べに行く?ブレイズバースト!!」
「ストライクバッシュ!コンカフェは?」
「………………やだ」
「なんでぇ?」
石像をフルボッコにした後、リザルト画面から後は自由に動けるようになる。体力や魔力を全快してくれ、それでもパーティーリーダーの俺は一向にダンジョンから出なかった。振り向き、相も変わらず剣と盾、そして大杖を装備するコロネへと卒業試験を言い渡す。
「最後の試験だな」
「……?」
「アストラル・モーメント、このゲームの売り文句は何か知っているか?」
「協力……?団結?とか?」
「真逆なんだな、それが。略奪、強奪、武力だ。ストーリー設定では俺達は星の加護を持つ戦士だとかなんとか言っているが……ネタバレ絶対殺すマン……?」
「ストーリーぼんやりとしか見てないよ?気にしないで」
というわけでこのアストラのストーリーラストを告げてやった。武力によって欲を満たす下界、それに嫌気が差した女神アストライアが俺達を見捨てて天界へと帰るストーリーだ。メタいが強い武器、強いアイテム、豪運、それらを使って自分を強くする。
だがそれは同時に奪われる立場でもあるということ。何故アストラがPKに寛大かと言うと、そういうコンセプトなのだ。運営から明言はしていないが、かつてトップを走り抜けていた俺が言うのだから間違いは無い、と思う。
「つまり、強くなればなるほど……良いアイテムを手に入れれば入れるほど、返り討ちにするためにより強さが必要になってくる。それはステータスやアイテムだけじゃいつか折れてしまう。生憎とずっとはコロネを守ってあげられはしないし、それは望ましい関係じゃあない。だから一度俺と本気でやってみようか」
「っ……」
何をびびっているのか。世界最強が手塩にかけて育てたのだ。俺としかやっていないから実感はないだろうが、コロネは既に数字では表せない強さを有し始めている。穴熊も究極系へと昇華した今、恐らくは防具無しの俺となら良い勝負ができるはず。
「アイテムは何も奪わないから安心してくれ。あくまでコロネに今後このゲームを嫌いになってほしくないっていう、俺のワガママだ。だから俺に君の強さを見せて欲しい」
「……」
やはり強引だったか。対人戦が嫌いな人は少なくはない。だがこちら側に引きずり込んでしまった手前、無責任に放し飼いにしては心配が勝ってしまう。今後ともこのゲームで登っていくには必要な覚悟なのだ。
「レイは……甘やかすだけじゃなくてちゃんと厳しいことも教えてくれた。だから、私まだまだ弱いけど……本気でぶつかるね?」
「おう、俺以上の師匠なんかこの世界にはいないかもな!!」
俺が最後に教えるのは火の粉を払う強さだ。そして装備武器は片手剣とアサルト、あと一つは薙刀だが慣れていないので封印。舐めプをしていては多分、負ける可能性が高い。悪いが甘やかして勝ちを譲るほど俺は出来た人間でもない――
「イレイザー!!ブレイズバースト!!」
(速攻で割る。ブレイズバースト……ここ!!)
「やっぱり回避も上手い……!フローズンインパクト!!」
フローズンインパクト。氷塊を落とし、周囲へと切り裂く氷片を撒き散らす氷の初級破裂法撃。レイではまだ習得出来ていないが、流石に法撃特化で育てているだけあって選択肢が多い。立ち回りを工夫する必要がありそうだ。
(氷なら剣で弾ける……ひとまずフレーム回避でかわし、破片は弾きながらどう攻めるか考えよう。対人戦にこと置いて重要なのは相手が嫌がることをし続けること。俺にとっては近寄れず、永遠と法撃を撃たれる事だ。典型的な法撃士のコロネはどう俺を対処する……!!)
「フローズンインパクト……!変式時雨型!!フローズンレイン!!」
「スラスト!!時雨型じゃあ止まってはくれないぞ!!」
「っ……!」
雨のように降り注ぐつららの中、間合いに入った。一撃入れればイレイザーは砕け、ほぼ無力に追い込める。体を捻り、腰から重みを乗せた横薙ぎの一閃。優秀な生徒なだけに、盾で来るようなら終わらせる――
「っ……ははは!」
イレイザーを解除してフレーム回避しやがった。しかも間髪入れずに片手剣を構えている。構えからして恐らくはスラスト。たまらない。この刹那の心理戦が本当にたまらない。楽しくなってきた。
「ストライク……っ!」
「シールドバッシュ!!イレイザー!!」
シールドバッシュによる衝撃波に対し、靴底を押し付けて真上へと身を翻した。幾度となく穴熊を相手にしてきたのだ。シールドバッシュの間合いもタイミングも刷り込み済み、そのまま落下しながら再展開したイレイザーを割る。
「盾とは言えパリィはさせないぞ」
「失敗……っ!シールドバッシュ!!」
「焦るな、落ち着いて相手の狙いの裏を読むんだ」
落下攻撃のタイミングを変えて盾のガードタイミングをずらす。そしてシールドバッシュをフレーム回避、すり抜けるように前方へとステップで可能である。ただし、ほぼ発生と同時に吹き飛ばしの判定があるため、相手の入力より早くに回避を入れなければまず不可能だ。読んでいたので実践してみました。そして剣どーん。
「っ!!」
防壁崩壊の一回目。それは絶対に届かない。イレイザーを割るつもりで振りかぶった剣撃、そこから尋常ではない衝撃と共に遥か後方へと体が吹き飛ぶ。オートガード風龍の障壁、これでコロネの残機は残り一。自信を身に付けられるか否か、勝ちに対する飢えを自覚すればこの試練は卒業だ。
『斧』
打撃属性に特化したものが多い武器種。モーションの重たい技が多く、威力を重視した武器の一つ。技に特有の性質として、空や海中では下へと急速に落下するものが多い。
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