十六 風竜の障壁
「相殺術壁!!」
コロネのその声に俺は振り返った。一撃で砕け散る防壁と飛び散る稲妻の火花。その余波で思わず体が吹き飛びそうになる。だがセイファートの推進力によって僅かながらに相殺し、俺達は事なきを得たようだ。
「ナイスすぎるコロネ!!天才!!最強!!まじ神アシスト!!」
「で、でも、わぷ!い、今の一撃でエーテルがなくなったんだけどぉぉぉ!!」
「当たり前だ……!竜ってなると三〇〜六〇人でやりあうもんだからな……!!あぶねぇぇぇぇぇ!?っで、そのまま後ろ見ててくれるか?ウェポンチェンジ、大杖……!」
「来たら合図ってことだよね?」
「察しが良い――」
「――来てる!!」
「イレイザぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲報、俺達のエーテル死す。初見でクリアは流石に無理なのだろうか。もう攻撃を防ぐ手立てがない。万事休す、コロネの悲鳴が背後に迫る死を表しているのだろう。その時だった。
「うわぁぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁあ!!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
セイファートが俺の意思とは反し、突如として急ブレーキ&急旋回して吹き飛んだ。それはそう。あんな速度で走ってるのに慣性が人の身で殺せるわけがない。だがそのおかげか、俺達は被弾せずには済んだ。不可解な現象に眉をひそめながら。
「は?なんで主の俺が落ちたのに消えねぇんだよセイファート!!」
マウントエネミーは従来であれば降りたり、被弾して振り落とされると消える。だがどういうわけか、セイファートは静かに佇んだまま空を見上げていた。そして轟く遠吠えを上げたのだった。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!お前飼い主を咆哮で固めんなよぉぉぉぉぉぉ!?」
「レイぃぃぃぃぃぃ!?私達死んじゃうってぇぇぇぇぇぇ!!」
咆哮による体の硬直、かろうじて動かせるのは眼球くらいだろうか。ありのまま見えたことを話すぜ。空が割れた。何を言っているのか分からないと思うが、本当に空がガラスみたいに割れたんだ。
「は?え?……ナニアレ…………」
そしてセイファートはいつものように粒子となって姿を消し、代わりに空の割れ目から蒼白のコントラストを彩る初見の竜が降臨した。お口を開けたかと思えばまた咆哮、永久に動けない。咆哮に咆哮を重ねて縛り付けるのはクソゲーなので運営に報告します。
「あれが……っ!星零竜ってやつか……?」
開いた口に蒼白の光球が溜め込まれ、多分発射したと思ったら音と視界が消えた。硬直が解けた瞬間に体が勝手に回避を選択してしまう。怖すぎる。分からないことばっかり起きてて何も意味がわからない。
『新たなデンジャースキルを習得しました』
(ごめんアナウンス、後にして)
「え!?――」
次の瞬間に全てを吹き飛ばすような衝撃が俺達もろとも二匹の竜を吹き飛ばした。全身を強く打ち付けられ、ゴリゴリ体力が減っていく。あかん、まじで死ぬ。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
瀕死である。もうほんとにミリ。ガチでつまづいて転んだだけで多分死ぬ。ボロボロだがようやく衝撃が治まったので上を見たのだが、二匹の竜は塵のように消え失せて行き、蒼白の竜は巨大な翼を払って割れ目から消えていった。そして空が修復していく。
「いってぇぇ……なんだったんだよ今のは……」
「分かんない……あっ!!」
『星竜の裁きをクリアしました』
「クリア……?いやいやいやいやいや、なんも分かんねぇよ!!勢いしか分からねぇよ!!」
「こ、これ見てレイ!」
「へ?」
コロネが手のひらに乗せた一つの首輪。注視すると詳細が開くので見たのだが、かつてゼロ時代の頃にも都市伝説と呼ばれていたサブウェポンの名前がそこにはあった。欲しい、めっちゃ欲しい。だが。
「えええええええええええ!?『風龍の障壁』!?超レアサブウェポンじゃん!!!おめでとう!!」
「……はい!」
「……んんんんんんんん?」
超レアサブウェポンと言ったのになぜ俺に差し出してくるのだろう。そのまんま受け取れという事だろうか。だが俺はこれを受け取るわけにはいかない。俺の自論だが、こういった超レアアイテムは巡るべくプレイヤーへと最初に触れるものなのだ。
「レイ、凄く欲しそうな目をしてたから……受け取って欲しいな?」
「いやいやいやいやいやいや、そんなことよりいつの間にそれを?」
「えっと……?突然三匹目の竜が出てきたよね?その後に視界が真っ白になって音が消えたでしょ。その時に……ヒナがこれになって、よく分かんないけど攻撃から守ってくれた」
『風龍の障壁』。チート級アイテムの一つである。人間では判断不可能な領域の話になるのだが、システム内部で攻撃が当たると確定した時、僅か一フレーム以下のシステム判定によってオートガードが発動するサブウェポンである。強力な分、CTは一〇分とかなり長い。
「……なら尚更それはコロネが持つべきだな」
「で、でも……いいの?」
「いち早く落ちるヒナに気付き、それを助けた上に竜の攻撃を二回も止めた。今回ばかりは俺は何もしてないしな」
「二回目は見てただけだよ……でも、褒めてくれて嬉しい。えへへ」
そしてそのアイテムは穴熊を完成させるための代替品として使える。劣化穴熊が蔓延るかつての環境の中、その最後の一ピースを握っていた者は猛威を奮っていたのだ。だが同時に、コロネはアストラの醜い世界へと片足を入れたことになる。
「それはコロネの報酬でいいんだが……そうだな、早々に信用出来るクランへの加入をオススメする」
「いっぱい誘われてはいるんだけど……ほら、不自然に優しい人が多くてちょっと怖いんだよね。レイはクラン建てないの?そこに入りたいな!」
「ふぁ!?クラン!?俺がァ!?ないだろ……」
「そっかぁ……」
なぜ分かりやすく落ち込むのだ。クランリーダーなんて俺のキャラじゃない。ん?ちょっと待って、普通にスルーしかけたが、あの音と視界が消えた世界でオートガードが発動していたって言いませんでしたっけ。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ!?クランの話はまた後日するとして……!オートガードが発動してたってことか!?あそこって何!?攻撃判定があったの!?」
「た、多分?ちゃんと『風龍の障壁』が発動しましたって出てたけど……?」
俺は急いで習得したデンジャースキルを確認した。スキル名は『星屑の黎明』、効果は会心以外のダメージが発生しなくなる、らしい。だが内部コンボ数の上昇に応じて、更に会心倍率が大きく上昇していく。なるほど使ってみないと分からない。何よりもその後ろにもう一つ怖い一文があったのだ。
(内部コンボ数……あのデンジャースキルと同じ書き方って事は、パーティーなどで他の人が加算したコンボ数は適用されない。つまり、俺個人で加算したコンボ数が適用されるって事は……)
会心ダメージ以外はダメージが通らなくなり、個人のコンボ数に応じて会心倍率が大きく上昇していく。そして、コンボ数が切れた時にその数に応じてダメージを受ける。殴るほどダメージも上がっていくけど、その分帰ってくるとかちゃんとデンジャースキルしてて草。
(どこで使うんだよこんなの……クセ強すぎだろぉぉぉぉぉ!!!けど……!)
「レイ?なんか楽しそう?気のせいかな!」
「楽しいな!誰も持っていない新しいデンジャースキルを手にしたからな」
「ええ!?誰も持ってないって……どうやって分かるの?」
「すまん勢いでそう言った。けど習得条件が未だにネットにも噂にも聞かない。それこそスキル名さえもだ。恐らくは俺以外には持っていないと……思う」
「……じゃあ二人とも良いもの取れたって事だよね!ハイタッチ!!」
楽しそうな笑顔を浮かべたコロネに少し驚いた。かつて見てきたプレイヤーの中でも、本当にゲームの本質を楽しんでいるように見える。これは応える以外に選択肢はない。
「うぇーい〜!」
「やったー!!」
「……手放しで喜びたいところなんだが、話の続きだな。クランの事じゃないぞ?その風龍の障壁についてだ」
レアアイテムが存在する以上、アストラには嫉妬や悪意が付きまとう。闘技場など比較的安全な場所で使うならいざ知れず、普通のフィールドでそんな格好の餌をぶら下げていては、無慈悲にひん剥かれてしまう事があるのだ。
「それはかなりレアだ。簡単に言うと襲われる。それはもう追い剥ぎなんて生ぬるい勢いで」
「えぇ……?」
「だからせっかくのレア泥だが……普段はイモータルボックスに入れて置いた方が良い。高難易度に挑む時だけ装着して、一人の時は付けない方が絶対に安全だ。持ち歩くにもイモータルポーチに入れておくんだ。たった今からコロネは……俺のメインアカウントと同じ、狙われる側のプレイヤーになった」
ゼロの場合は少し意味合いが違うが、何かを奪われるという点では同じだろう。噂が広がるのは時間の問題、つまり危険が及ぶ前に信頼出来るクランに入って守ってもらうのがベターだ。
「レイとやる時は……付けていい?」
「あぁ。俺がいる時ならなんとでもできると思う。でもあまり見せびらかすような真似は控えておけよ?……なんでそんなニッコニコなの?え?」
「なんでもないよ!帰ろう?疲れちゃった」
「そうだな。とりあえずイモータルポーチ入れね?剥き出しは気が気じゃないんだが……」
「はーい」
転送によって俺達は一瞬でステラヴォイドへと帰還した。宿の中でコロネと短い別れの挨拶を告げ、お互いにアストラからリアルへと意識を帰す事に。だが別れ際。
「夜……電話しても良い?」
「おー、暇だし全然良いぞ。さてはコロネさんや……?激闘の余韻が残ってますなぁ?」
「そうなの…!まだ手が震えてる……振り返りながら沢山話したい!怖かったけど、楽しかったなぁ……」
「当たり前だ。俺達は攻略サイトにない未知を攻略したんだ。分からない、知らないことばかり、その中で手探りでやれることを模索して全力を尽くしたんだ。震えて当たり前、余韻が残って当たり前なんだよ」
「レイと一緒ならなんでも勝てそうだね!私も強くなりたいって、今まで以上に思えた!私……チョコが待ってくれてる『失われた祭殿』も早くやりたくなっちゃったかも」
「おう、もうコロネは後戻り出来ないな〜 完全にハマっちまってる」
「ね」
手を振って解散した。夜は二人で通話しながらあーだこーだと振り返り、仲良く寝落ちして次の日を迎えることになるのだった。
『落下ダメージ』
高所から落ちれば人は死ぬ。だが衝撃を緩和させる水などがあればその限りでは無い。