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十四リアルエンカウント

 エンゲージリング。それは運営が公言するほどにチートアイテムだ。アストラにおいて、アイテムのロスト率を抑えることは永久の課題である。何故ならばたった一つのアイテムが、リアルマネーで数十から数百万という馬鹿げた値段でトレードされるから。


 結んだ二点を自由に飛べるという事は、ロスト率を大幅に下げる事に繋がる。そしてまた、倉庫の共有は秘密を隠せない信頼の形とされているが、ゲームのアイテムに馬鹿げた現金としての価値がある以上、迂闊には結んではいけないのだ。それこそリアルにまで及ぶ犯罪に巻き込まれかねない。


「それはまだアストラに慣れていないコロネには早い代物だ」


「慣れていないからこそ、早くノウハウを身につけてもらうための善意なんだけどね……?」


「その善意を見極める目が養われていないと言ってる。ほら、俺達先輩は助けるだけが取り柄じゃない。見守る事だって先輩としての務めだろ?」


「…………確かに。ごめんねコロネさん。良かれと思ったことなんだけど、少し押しつけがましい真似をした」


「い、いえ……私は気にしてないです」


「コロネ〜 どうする?一旦休憩すっか?」


「レイが落ちるなら私も落ちようかな?お腹すいてきたし」


「俺も飯落ちかな〜」


 マサトが。


「ふ、二人はタメ口で話すほど……?い、いつの間にそんなに仲良くなったのさ」


「……確かにいつからだっけ?」

「そんなの覚えてないよ」

「だよなー マサトさんや、すまないが転送の間守っててくんね?」

「お願いしますー!」


「……わ、分かった」


 そうして俺達はステラヴォイドへと転送し、ログアウトしようとした。だがどうにもプレイヤー達が騒がしい。否、慌ただしく動くプレイヤー達の統一された衣装に俺の背筋に悪寒が走り抜ける。


「いたか!?」

「こっちはいないわ!!」

「絶対に見つけだせ!!」


「なんかやばい……!コロネ先に落ちてろ!」


「ふぇ?」


 統一された漆黒のコートと、背中に書き込まれた空を砕く剣のイラスト。かつてゼロが入隊していた最古のクラン、〝霊峰の御剣〟の隊員達だ。明らかに幹部以上の権限を持つプレイヤー、その命令で多くのプレイヤーが何かを探している。なんだか嫌な予感がしてならない。


(こういう騒ぎの時は大体超レア武器を持ってる人がいたとか、奪われたユニークアイテムの報復だとか、案外悪意のなかったパパラッチの質問とスクショが大きく炎上する事がある……!霊峰クラスが人目もはばからず探すって何があったんだよ……っ!?)


 コアレスからスマホへと逆リンクし、SNSから掲示板巡りまで、様々なワードとトレンドを斜め読みしながら霊峰が反応している情報を探り当てる。そして大きく反応のつけられた呟きに目が止まった。そこにはなんと。


(第二のゼロ現るwwwwwwwwwwwwwwwレベル一でデンジャーノーダメを達成した模様wwwwwwwwwwww……盗撮されてたのかよ)


 その呟きには動画も貼られており、俺が終末の女神とタイマンを張っている時の映像があった。ココ最近で急激に拡散されたようであり、固定されたコメント、そのアカウント名に背筋が凍る。


(ユーザー名……ゼロ様大好きマリカーン…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)


 ゼロ様大好きマリカーン。アストラユーザー『マリカ』の事だ。誰かと言うと、〝霊峰の御剣〟所属の幹部の一人であり、俺にクソほど粘着していた狂信者である。コメントにはこう綴られていた。『ゼロ様っ!?ゼロ様がそこにおられたのですか!?私としたことがア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!待っていて下さいゼロ様ァ!!直ぐにお迎えに上がります!!』と。鳥肌である。


(マリカの仕業かこれは……!いや、幾らマリカと言えどこれだけのプレイヤーを動かすなんて無理だろ……ということは、間違いなくあのクソリーダーが噛んでやがるな)


 ログアウト一択である。が、なんとも嫌なタイミングで通話がかかってきた。幼馴染のカオリだ。十中八九この騒動について、そして事態の中枢にいて奴も接触済みのレイ、確実に本人確認の電話だ。


「ログアウト」


 帰還早々に不在着信へと手を伸ばす。ここはカオリを利用して事態の鎮火を狙いたい。ゼロ本人である俺がレイであることを否定すれば、〝霊峰の御剣〟幹部であるカオリから連絡がいくはずだ。


「もしもし〜 すまんほかって――」


「――零真!!大変なことになってる!!レイってあんただったの!?」


「……とりあえず落ち着け。何があったんだよ」


「リンク送ったから動画を見て!私が前に言ってたレイってプレイヤーがゼロだって騒がれてるの!!あんたなの!?」


「……見たぞー だから言ったじゃん。俺は社畜で休止シテルンダッテ。カオリの方から伝えてくれよ。そのレイってやつは、ゼロに憧れでもした別人だってさ。ゼロ本人が違うって言ったんだ……頼むわな」


「……このレイって人を巻き込みたくないなら、あなたがゼロとして直接インした方が早いと思うわ」


「どゆこと?」


「一度戦っただけでも分かる。こいつはプレイヤースキルがキチ○イレベルなの。それでいて祭殿への羅針盤なんて未知も握ってる。攻略クランの〝霊峰の御剣〟がそんな人材を野放しにするはずないでしょ?あなたがその事を一番知ってるはずだわ」


 〝霊峰の御剣〟は純粋な攻略クランだった。だからこそ、未知の最前線を走り抜けるそこはアストラの先頭でもあった。実力を買われた俺は、安易にその先頭の光景見たさに加入してしまったわけだ。求める楽しさとは対極的な攻略とは知らずに。


「……欲しいのはユニークアイテムか?それともレイって人の個人スキルか?違うだろ。リーダーが欲しいのは情報の利権とその先に待っているビジネスだ。俺からも職場の人に言っておくよ。レイって人を見かけたら気を付けろと伝えてやれって」


「……本当に零真じゃないの?あの動きと判断能力の高さは…………あなたじゃないと説明がつかない。お願い、誰にも言わないから本当のことを教えて……?」


「……悪い、二時間の仮眠を取ったらまた仕事なんだ。切るぞ」


「ま、待って!零――」


 カオリへの罪悪感も込みでいよいよめんどくさい事になって参りました。しばらくはレイ君もお休みです。一週間もすりゃあ騒ぎも落ち着く事だろう。という事で、自作自演は良くないが俺の方からも事態鎮火の水は撒かせてもらう。


(とりあえずSNSの動画に……ゼロのアカウントで『この人と戦ってみたい……』とだけコメントしとくか)


 これでよし。とりあえずSNSのアカウントは通知がうるさくなるので常時オフだ。少し顔を出すだけで『ちょwwwww通知止まらないんだけどwwwww』状態になるのは昔から。三年ぶりに顔を出したんだ。生存報告くらいにはなるだろう。


「腹減ったなぁ……コンカフェ行くか」


 コロちゃんに会いに行くぜ。いや、シフトに入っているか分からないが。なんとなくあの店の雰囲気が好きなのだ。ということで電車を乗り継ぎ例の駅へと向かう。会えると良いのだが果たしてどうなるか。







「おかえりなさいませ!」


「えぇっと……コロちゃんっていますか?」


「コロは今日お休みですねぇ〜 あっ!でもいるにはいますよ!コロー!」


 お休みなのにいるとはどういうことだろう状態である。だが店内へと案内されるとその意味が分かった。ファンタジーな衣服に身を包んだコロちゃんはおらず、清楚なロングスカート姿の彼女が客席に座っていたのだ。


「あっ!!琥珀さんこんにちは!」


「えぇ?普通に客として今日は来ていたんですか?」


「はい。良かったら相席しますか?またアストラのお話を聞かせてください!」


「俺でよければぜひ……」


 なんと運が良いことか。きっと俺は前世で世界でも救っていたのだろう。相当な徳を積んでいなければ、こうしてプライベートでコロちゃんとお話なんてできるわけがない。そうして着席早々、彼女はスマホを見せてきたのだった。


「アストラのゼロさんって知ってます?最強って言われていたプレイヤーなんですけど」


「あぁ知ってますよ。めちゃくちゃ有名人ですから」


「三年前にぱったりと姿を消したらしいんですけど、コレ見てください!急に浮上してきて凄いお祭り状態なんですよ!」


 悲報、俺のさっきのコメントがバズった模様。だがそのおかげもあってか、レイ=ゼロという群衆の憶測は晴らせたらしく、いやその推測は合ってはいたのだが、ひとまずレイに対する関心は完全にゼロに移っていた。適当になんか言っておこう。


「ゼロって凄い人気なんだな……このレイって人が何故か急に叩かれ出してて見てられない」


 コロちゃんが。


「……レイだって凄い人なのに、この人達何も分かってないんです!よく見ればゼロと比べたら動きにキレがないだとか、ゼロならこの場面は攻めてるとか……!こんな奴らにレイの何が分かるって言うのかなぁ!!」


「お、落ち着いてください」


「あ……ご、ごめんなさい。その……レイって人には私凄いお世話になってて……馬鹿にされてるの見たら凄く悔しくて…………」


 んんんんんんんんんん?僕コロネ以外にそんなお世話した人いたっけ?まさかコロちゃんのコロってコロネのコロなの?いやいやいやいやいやいやいやいやいや、そんな偶然あるわけ。


「……実はぁ…………俺が……レイだったり…………して?」


「………………………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 コロちゃん落ち着いて。ここ店内、ほらみんなこっち見てるからまじで座って落ち着いてもろて。 というか何その反応。まじであなたがコロネなのか。


「こ、琥珀さんが!?」


「しーーーー!リアルでゲーム名は出さないで欲しいです!」


「ご、ごめんなさい……え!凄い偶然……!私コロネです!すごい……!……会えて嬉しいなぁ」


「なんか実感湧かないけど、俺も嬉しいかも。そっか、飯のタイミングで一緒に落ちたもんな。そりゃ行き先も時間も被ってたらこうなるか」


「私ね、天音(あまね) (こころ)が本名なの。名前と苗字からもじってコロネ。琥珀……はなんか実名からレイにしたの?」


「琥珀 零真、だからレイ。はは、俺達結構単純なネーミングセンスだな」


 弾けるような笑顔につられて俺も笑ってしまった。まさかこんな形でリアルエンカウントするなんて思っておらず、中身おじさんとか言ってて本当にごめんなさいと心の中で言っておいた。


「い、嫌だったら……全然断ってくれて良いんだけどね……そ、その……プライベートでも連絡取りたい……って……め、迷惑だよね!?」


「俺も同じこと考えてた。天音さえ良ければ連絡先交換しようよ。ちょうど騒ぎになってたからインを控えようと思ってたんだ。これならアストラじゃなくても話できるしな」


「……!」


 ぱぁっと明るい顔になった後に「する!!」と元気な返事を貰い、俺達は昼食と連絡先交換を済ませて解散した。前回撮影した天音とのチェキ、それがスマホに挟んでいたのがバレて恥ずかしかったのは内緒だ。


『クラン』


欲望に塗れた世界において知性と武力は生存に直結する。個の力ではいずれ淘汰されてしまう運命も、絆と信頼の架け橋を築く事が出来れば未来を覆せるかもしれない。


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