十三エンゲージリング
悲報、コロネが遥か遠方に飛んで行った。というのも、帰り道の途中に珍しいエネミーを見つけたため急ブレーキをかけたのだ。アストラに組み込まれた物理エンジンは相当優秀であり、尋常ではないセイファートの移動力も相まって慣性の法則に従ったワケだ。
「コロネぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ほぶ」
コロネはそのレアなエネミーのもふもふとした背中に不時着した。コヨーテをモチーフにした四足歩行のマウントエネミーである。アクティブエネミーなため恐らくコロネは死んだ。
「もふもふ気持ち良い〜」
「あれ?そいつアクティブなはずなんだ――」
セイファートに跨ったまま近付いたのだが、コヨーテ型エネミー『コヨーティア』はコロネを乗せたまま伏せした。テイムしていないのに完全に降伏の姿勢である。ちなみにこんな仕様知らない。何これ、セイファートさんの圧力か。
「おい……やめてやれよセイファートさん……頭どついてやるなって…………可哀想だろ」
「こ、この子テイムさせてくれるかな?」
「気に入ったのか?」
「うん!遠目で見たら白っぽく見えたけど、薄らと桃色の毛皮が可愛くて良いなって!やってみる」
三回ほど失敗したが、それでも襲いかかって来る事はなく無事にコロネのテイムも成功した。俺はこのコヨーティアをレアエネミーとは呼んでいない。珍しいエネミーと言った。それはコロネの言葉の中に答えがある。
「いいんじゃないか?実はそのコヨーティアは希少種なんだ。色違いとか、亜種とか、プレイヤーは色々と好きに呼んでるけど相当自慢できるぞ」
「そうなの?可愛い〜!!」
陸移動しか出来ないが機動力も申し分ない。というよりセイファートが異常なだけだ。俺が全盛期でやっていた頃だと、陸用マウントでここまで早いエネミーは見たことも聞いた事も無い。それこそ終盤に手に入るようになる、飛行型エネミーより早いかもしれない。
そうして俺達は当初の目的であるレベリングスポットへとその足で赴く事にした。やはりあれだ、車やバイクを購入して納車したらすぐ走りたくなるように、コロネと俺は走りたいと意気投合したのだ。
「遠出してたしちょうど良いや。風が気持ちええ〜」
「あんまり飛ばさないでね〜 追いつけないから」
「分かってるよ。俺もマウント中に首がもげて死ぬとか、悪い意味で未開を開拓したくない」
山岳地帯を駆け上がって行き、偶然ながら両者共にその地形に強いマウントエネミーが項を奏する。何故マウントエネミーを先にとったかと言うと、その穴場は最寄りのポータルが遠く、山道を歩くのはシンプルにしんどいためだ。時短と怠惰である。
「着いたぞ」
「うわぁ〜!綺麗な景色〜!!」
峰から数々の山脈が連なるフィールドであり、その一区画に急な崖によって孤立した窪みがある。片道切符であり、降りたら上がって来れない。プレイヤーは転送があるため、レベリングに飽きたり疲れたら飛べば良い。そして、運良く貸し切りである。
「降りるぞっ!!」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?飛んだァァァァァァ!?うっ……トラウマが……」
「マウントエネミーに乗ってりゃあ落下ダメはない!!多少はマウントエネミーにダメージが入るが死にはしねぇよ!!」
降りていざ同じ目線でポップエネミーを見ると壮観である。いや、上から見ても集合体恐怖症の人は卒倒するかもしれない。アストラは地形によってエネミーのポップ確率が偏っており、傾斜のある山岳部よりもこういった平地の方が湧きやすいのだ。
(しかも四チャンクの十字境界線が重なってるから破格の湧き数である。四チャンクのポップがほぼここに集中してる――)
コロネが俺の傍に降りたのを確認後、近寄ってきた大軍のエネミーへと法撃を放つ。ブレイズバースト派生変式範囲型、『ブレイズリング』。縦方向へのリーチを失う代わりに、周囲へとぐるりと火球が回ってほんの少しのノックバックを与える。
「ブレイズリング。怯ませたから続けてイグニションも頼む」
「変式範囲型……!イグニションリング!!」
変式。これは法撃版のムーブアシスト解除のようなものだ。何か長所を失う代わりに形を変えるゲーム内のシステムであり、範囲型、威力型、時雨型の三つが存在する。が、これらは声に出さなければ発動不可なのでそこもある意味デメリットだ。
「流石に数が多すぎるから、交互に範囲型使って減らしてくか〜」
「分かった!」
周囲に一斉に攻撃出来る反面、威力は大きく落ちるため消費魔力に対して削り効率は悪い。だが俺達はレベリングに来ているのだ。魔力がなくなる前にレベルアップしてしまえば全快するし、最悪枯渇すれば転送して回復に専念すれば良い。ちなみに魔力は完全に足を止めていないと回復しないので、休憩のタイミングに抜擢されやすかったりする。
「「変式範囲型、イグニションリング」」
おい交互って言ったろ。二人してやっちゃったといった顔でお見合いである。そんな綺麗にハモる事ある?完全に重なった炎のエフェクトがちょっとエモくて感動した。
「そんなことあるぅ?」
「レイと完全にタイミング一緒になっちゃった……」
「いやいや、率先して戦おうといつ意思は悪いことじゃないからな〜 少しずつ息合わせてくか。あと法撃をしてくる雑魚がいるから、自信なければイレイ――」
「――イレイザー!」
今のは多分俺の言うことを聞いたんじゃないと思う。単純にびびっただけかと。ひとまずある程度は削った後、俺は後方の近い壁際まで行くことを伝えた。壁際を取れば前しか気にしなくて良いのだ。
「剣と盾に持ち替えたら壁際まで蹴散らすか。多分一〜二発で沈むはずだ」
「後ろ気にしなくてよくなるのは嬉しいかも……!」
「お、いい感じにアクションゲーム脳になってきたねえ!サクッと蹴散らすか」
俺は大杖から長剣へ。何故こうもコロコロと武器種を変えているのかと言うと、アストラはウェポンスキルの習得がめんどくさい仕様なのだ。新スキルの解放にはレベルに加えて、その武器種でのエネミー討伐数が関与してくる。
パーティープレイだとしても自分でトドメを取らなければ加算されない。つまり、おんぶにだっこでレベルだけ上げてしまうとウェポンスキル解放のためだけの虚無の作業が待っている事になる。しかも二〇レベ以上格下のエネミーはカウントされない。
(しっかりとした先輩ならそこも含めてブーストさせてくれるが……大体のワンチャン勢は強い自分を見せたいだけの奴が多いからなぁ……コロネには地味ながらもそこらへんもちゃんと積み上げて、今後ともアストラの沼にハマってもらいたい)
ということで、壁際まで行くと後は作業ゲーである。変式範囲型で交互に軽く吹き飛ばし、ワンパン圏内まで削ったら剣など別の武器種や、使用数の少ない法撃で狩る。多分これが一番良いと思います。
「………………」
「……………………」
「…………………………」
「……ねぇ?レイ……?」
「皆まで言うな、分かってる……心を無にしろ」
「反復作業で辛いぃ……」
「三〇分は頑張ろうぜぇぇぇ!?俺だって楽しくねぇよこんなの!!」
他に楽しみながら出来るレベリングだってあるだろ、そう思ったプレイヤーもいるかもしれない。断言する。ない。五十五まで上がってしまえば、星天級のレア武器を狙える射程圏内に入るため楽しくなるが、こればっかりは避けては通れないアストラの義務教育なのだ。
「頑張れコロネ!!ここを乗り切りさえすれば後は楽しいことしか待ってない!!二人なら雑談しながら虚無を乗り越えられるってぇぇぇ!!」
「チョコも言ってたそれ!レベリングはまじで修行なのよね……一人でやったら心を失うから気を付けなさいって」
「地味にモノマネ似てんなおい」
「そういえばね?チョコから最強って言われていたゼロ?って人の試合観戦動画を見せてもらったの」
「………………お、おう」
「なんかよく分かんなけど、レイくらい回避と弾くのが上手で魅入っちゃった!ゼロさんって知ってる?」
知らないわけがない。だって俺だもん。俺くらい上手いって言うか、俺ですもん。
「知ってるけど……」
「レイなら勝てる?ゼロさんに!」
その発想はなかったな。確かに、最強と謳われたゼロと戦えばどうなるのだろう。自分と戦えるわけはないのだが、一度で良いからやってみたい。だってそんなの絶対楽しいに決まってる。その領域まで行くと誤差と言われていた種族や性別の違いが勝敗を分けてくるだろう。
「やってみたさはあるかな」
『二人とも!水臭いじゃないか!!』
そこで上から何かが落ちてきた。斧のウェポンスキル、グラビティパージによって削っていたエネミー複数が死滅した。どこから座標を嗅ぎつけたのか、〝天啓の導〟懐刀であるマサトが乱入してきたのだ。
「マサトさん!?」
「気を使わなくてもコロネさんのためなら時間なんて作るのに……レイさんもしんどいでしょ?手伝うよ」
「そ、そうじゃなくてですね……」
「大丈夫、二人とも法撃武器を持ってるならひたすらブレイズレイン連打しててよ。ちょっとでも削れてる奴はワンパンしていくから」
(一撃入れておけば経験値は入るから確かに効率は良い……が、正直苦痛なのは今も似たようなもんだしなぁ〜 )
威力を大幅に犠牲にし、上空から炎の雨を降らせる変式時雨型ブレイズレイン。これの連打となると俺とコロネは本当に観戦しかやる事がなくなってしまう。退屈に退屈が加速するが、コロネも少し休憩したいところだろう。
「おーおー、流石レベル七〇だね〜」
「……」
「コロネ?」
「あっ……ぼーっとしてた」
流石に殲滅速度が早すぎて敵が消えてしまった。リポップの空白にマサトが近寄ってくる。何か両手にアイテムを可視化させているが嫌な予感がする。
「レイさんはサブだし余計なお世話だと思うんだけど、コロネさん良かったらエンゲージリングを相互装備しない?いつでも相互に飛べるし、倉庫を共有できるから好きな物を使ってくれたって良い」
でましたエンゲージリング。結婚指輪である。だがそのほとんどは恋愛的な意味合いはなく、装備時の効果狙いだ。なんとこれは全フィールドのどこにいようが、相方のところへと転送が可能になる。更には倉庫の共有、隠し事が出来ないため俺にとってはデメリットの意味合いが強い。
「で、でもそのアイテムって高いんですよね……?」
「気にしないで!僕を信じてよ。五十五まで上げちゃえばエンゲージリングは解消しても良いし、言ったように僕の倉庫の中の物は好きに貰ってくれても良いからさ」
「レイ――」
コロネが何か言いかけたようだが、手を握ろうとする伸ばされたマサトの右手を捕まえた。あまりにも胡散臭い。〝天啓の導〟の悪い噂を知っているからこそ、俺はコロネに触れようとするその手首を掴んだのだった。
『変式法擊』
練度を積み上げたウェポンスキルが千差万別に変化するように、法擊もまた形を変える事が可能だ。範囲型、威力型、時雨型、何かを犠牲に何かを伸ばす。エネルギーの保存法則に従い、連ねた詠唱によって法術はその形を変える。
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