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一一〇 不死の腐竜


 既存フィールドをあえて現世と呼ぶことにするが、帰ってきたら確かに特殊エネミーが大量発生していた。流石にジャック・王・ダンサーが走り回っている地獄絵図は拝めなかったが、あちこちにハロウィンエネミーが闊歩している。倒せば低確率で『星核』が落ちることも相まってプレイヤーの多くが出歩いていた。


「ダメだ……全然指輪の示す方角が変わらねえ。クッソ遠いんだろうな」


「走り回るにも広いしどうしよっか?」


「指輪は一つしかないし分断も出来ないからなぁ……大雑把に転送して、少しずつ絞り込んでいくしかない」


 東西南北それぞれの方角へと適当に開けてあるポータルへと飛び、徐々に指輪の示す座標を絞り込んでいく。おおよそではあるが最も近そうな場所で、かつポータルを開けられている所はここしかない。パルチディーズ、〝スサノオ〟が根城を置くもの寂しい街だ。


「ここからはマウントして足で探すしかないか」


「あいつらに変に絡まれる前に行きましょ」


 チョコにとっても良い思い出とは言えない場所である。とは言えめんどくさい事には関わりたくないのは完全に同意、マウントエネミーに跨り指輪の示す方角へとひたすら走り続ける。


 そして方角が大きく動き、目的地へと近付いた時のことだ。アストラ経験者であるが故にこの先の意味深なエリアを知っていた。チョコと目が合ったが、恐らくは彼女も同じ気持ちなのだろう。


「やっぱりここかよ……」

「な、なにあれ……」

「気持ち悪いオブジェクトよね……」


 とある茂みの奥地に位置するそこは、少し薮の開けた空間とその中央に石像らしき何かが祀られているのだ。石像と表現するにはあまりに材質が違うが、膝を着いて両手を掲げるようにした人型の何か。


 だがそれは形容しがたいほどに歪だ。胴は捻じるように螺旋状に造形され、掲げた手には巨大な瞳のようなものがある。極めつけは頭部のない首と胸に突き刺さった剣。どんな精神をしていたらこんなものが作れるのか。SAN値減るわ。


「指輪は……ここを指し示してるな。ここというより…………あの石像か」


「じゃああれがカイセルさん……!?どういうこと……?」


「謎ね。リリース直後から設置してあるこれを、十年越しに使うなんて運営はどうかしてるわ」


「激しく同意」


 チョコの言うように形容しがたい何かはリリース直後から発見されていた。だがそもそも何も干渉出来ず、剣を抜くことは疎か触れることすら出来ない。破壊不可、干渉不可、そう言ったアナウンスの音声が入るのだ。


 だが運営の敷いたレールに乗った今はその限りではない。開けた場所へと全員が侵入した瞬間、茂みとの明暗を境にベール状の壁が現れた。ボスなどと戦う際には必ず現れる進入と退路を断つ壁、それに伴い石像らしきものの頭上から空間が砕け散る。


「……見るからに悪意のあるニヤケ面だな」

「ぬ、布面積が少ない……」


 砕けた空間から現れたのは一人の女性。淡い紫色の髪は長くウェーブがかかっており、片側のもみあげは赤いメッシュが走るデザイン。そしてコロネが言うように肌の露出がとんでもない。ガバッと開いた胸元に、体型を見せつけるようなぴっちりとしたラバースーツはハイレグ仕様でドスケベすぎた。


 生足には変態にしか理解できない無意味なベルトが幾つか巻かれており、脇腹は抉るようにスーツがなく肌が露出する。誰がそんなドスケべなデザインを考案したんですかねぇ。


「人間、ここに何しに来たのよ?返答によっては殺すわ」


「……マリアナって人の想い人を探しに来た。まさかとは思うが、その石像がそうとは言わないよな?」


「そうとも言えるし、そうでもないとも言えるわね。だってぇ……?これは魂の残飯みたいなものだもの……!ふふふふふ……!」


 どういう原理か不明だが、宙に座るように浮かぶ女は妖艶な雰囲気のまま艶かしい手つきで石像の首へと手を添える。苔だらけだと言うのにあまつさえ舌ペロしだす始末。多分頭のおかしいタイプのNPC、確定演出にもほどがあるだろ。


「あの子に会ったならもう分かるでしょう?私が『ユノ』、あの子には魂の残滓を集めさせてるってわけ。なんでだと思う?ふふ、まるで興味がなさそうな顔ね――」


 ユノから放たれた無属性法撃アポカリプスがありえない射程で俺の頬を掠った。あれは威力型(ブラスト)と同じくしてゼロ距離でなければ当たらない射程なのだ。神にだけ許された格上の演出、プレイヤーでは到底歯が立たないと、そんな心を読むようにユノが言う。


「脆弱な人間に選択肢なんてない。私の気まぐれに付き合うしか選択肢はないの。ねえ?愚痴を聞いてよ。夫がさぁ……私という嫁がいるのに毎晩毎晩毎晩毎晩……っ!!女をとっかえひっかえ!!マジありえないと思わない!?思え!!」


「ひぇぇぇぇぇぇぇ!?癇癪起こしてアポカリプス撃つなぁぁぁぁぁぁぁ!!??掠っただけで二割近く飛ぶんだぞ!!」


「六人もいるんだもの。一人くらい減ったって誤差でしょ。で、私はひたすらあいつの浮気相手とその子供を八つ裂きにしてるわけなんだけどねぇ……二番目の女、その子供だけはしっぽが掴めない……」


「……発言良いですか」


「何?」


「二番目の女って……?で、多分その子供ってもしかしなくてもアストライ――」


 ユノの姿が粒子となって消えた。だが次の瞬間には俺の眼前へと転移し、喉元へとバカでかいドスを振り抜きやがった。後方へと宙返りした事で事なきを得たが、二回、三回と続く追撃にシルヴァーナが弾け飛ぶ。威力高すぎワロエナイ。


「私の前で忌々しいメス豚、そのガキの名を紡がないで」


「スイマセン。ウワキ、ダメゼッタイ」


「そうでしょ?そう思うでしょ?私のこの感情は至極真っ当なもの……でも、この嫉妬の感情は好きだからこそ生まれる。私の愛にあの人はいつ振り向いて夢中になってくれるのか楽しみだわ……」


 まずい。ここまで辿り着くのに結構時間がかかっており、制限時間が残り一〇分を切った。何かしらのアクションを起こせば戦闘になると踏んではいたが、さっきの攻防で力の差を思い知らされた。勘だがユノのレベルは八〇を優に超えている。


(デスアンドライフでやりあったエネミーよりも遥かに強いんだろうな……このユノってやつ…………)


「あら?私に震えて気を使ったのかと思えば……あなた達結婚しているのね。コロネ……ふぅん?いずれあなたにも私の気持ちが分か――」


 コロネの指輪を念力のような力で取り上げようとしたのだろう。そうはさせまいと彼女が右手で押さえ込んだ刹那、弾けるような衝撃と蒼い光が瞬いた。瞬間的にユノの右肩から先が消し飛び、俺とコロネの指輪から赤い光が繋がる。なんですかこの仕様。


「な、なに!?」

「俺にも分からん……!!ユノ!!待ってくれ!!俺達は何もしてない!不可抗力だ!!」


「忌々しい……っ!忌々しい!!あの女神の祝福を受けているのね!!ちっ……!!少し早いけど気が変わった……全部壊しなさい――」


 ユノは腕が消し飛んだ拍子に飛び退いており、そこから更に少し後ろへと浮遊したまま移動した。石像のある目の前へと、静かに掴むは突き刺さっていた剣。石で出来ていないとは予想していたが、ぬめりけのある水音を立てながら刀身の全貌が顕になった。


 赤く光るエーテルを纏う禍々しい刀身、そして引き抜かれた箇所から大量の血液が溢れ出る。アストラで血流描写は何気に初見だが大丈夫かこれ。年齢制限に引っかかるとモザイクでもかかるのかな。いや、くだらないことを考えている暇ではない。


「感情って素晴らしいエネルギーよねぇ……特に負の感情は惚れ惚れするわぁ……っ」


 石像から怨念や憎悪にも近しい、悪意と暴力的な塊の感情が伝播した。競馬や競輪場で有り金を全て溶かして発狂した人を見た時のように、驚きと恐怖の混在する、えも言えない漠然とした未知に体が硬直してしまう。


 剣を引き抜かれた石像はみるみるうちに姿を膨張させ、傷口から溢れる膿のように見た目以上の体積へと膨れ上がり続けていく。やがてプレイヤー程の大きさだったそれは、見上げるほど巨大な竜らしき何かに変わったのだった。


「アンデットの竜とか……っ!!存在すんのかよ!!??」


「死してなお生者へ嫉妬に狂う殺戮兵器よ……行きなさい。本当はここにアストライアの魂も混ぜたかったところだけど……まぁいいわ」


『コープスノーションとの戦闘が始まります。推奨レベル四〇(・・)


 ここに来ていきなり推奨レベルが下がったんだが。だがそれは内容自体が簡単になったわけではなかった。赤いエーテルを垂れ流す刀身とそれを握るユノ、彼女が再び空間を切り裂いて姿を消した瞬間に集怨竜(しゅうえんりゅう)コープスノーションが暴れ狂う。


 四足歩行の巨体と枯葉のように腐肉のまとわりついた骨の翼、その前足から繰り出された振り下ろし、見ただけでべちゃんこになるのは一目瞭然。フレーム回避で見切るが奴の腕が勢いのままに一帯へと飛び散りやがった。


「きったねぇ……!!しかも再生すんのかよ!?」


「ライトニングボルト!!法撃も回復しちゃうみたいだよ……!!どうしよう……」


 コロネの雷光法撃もダメージエフェクトは発生しているようだが、間髪入れずに再生していく。見るに黒い光の粒子が漂っており、色は違えど俺達の回復法術の演出と似ている。レベルは四〇と格下だが、相手が不死身ではジリ貧で敗北は濃厚だ。しかも制限時間が残り五分を切ってしまった。


「火力技をみんなで合わせて一撃でやるしかない……っ!!後衛組は下がるぞ!!オレン!!前はお前一人に任せた!!」


「……っ! 今までなら怖かったけど……やってみる!!」


 前衛タンクはオレン一人、後方には緊急用にハザマを配置し、残る四名は法撃や固有スキルと不屈の怨恨を重ねるため息を合わせる。制限時間が五分を切ったこともあり、ここの一発勝負がユニクエの結末に影響を及ぼすことだろう。

『ユニーククエスト・アイテム』


通常とは異なるアクセス、もしくは特殊な条件を満たした際に発生、入手に繋がる。これらに派生した先には、未だ世界では未知とされるオーパーツや秘境に巡り会えるかもしれない。


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