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十一 一寸先は沼

 今日も今日とてアストラ一択である。久しぶりに再開したらめちゃくちゃ楽しい。いや、思い出したという表現が正しいか。やはり神ゲー、異論は認めない。


「んあ?なんだあの人集り」


 ステラヴォイドのショップ前、十人ほどの人集りが何やら陽気な声を撒き散らしていた。アストラは素顔を出していない事も影響しているのか、不思議と陽気でコミュ力の高いプレイヤーが多い気がする。ほら、車で運転してる時に人格変わる人、あれに近い感覚かもしれない。


「これあげるよ!」

「これ使うとラク出来るよ」

「これからマサトとレベリングなんでしょ?俺も手伝うわ」

「おr……私は経験値ブーストアイテム余ってるから使っていいよ」

「☆七の杖あげるww」


 何かと思って聞き耳をたてたらネトゲの風物詩がそこにあった。正確な比率は知らないが、多分アストラは男性プレイヤーが多いと思う。男趣味だしある程度は仕方ない。だからこそこうして、リアルが女性だと判別したプレイヤーに対し、恩を売りつける輩は少なくは無い。悪い言い方をすれば出会い厨かその予備軍の可能性が高い。


(俺は総じてワンチャン勢と呼ぶ。まぁ楽しみ方は人それぞれだしな〜 貢がれて楽できる、それを楽しいと捉えられるならお好きに〜)


 初期段階から強い武器でブースト。レベルシンクのないフィールドでは紛うことなき俺TUEEEE状態に入るため、強くなったと勘違いして気持ち良くなれる。なお、プレイヤースキルは伸びないので、終盤のコンテンツに行き着くと甘い夢から覚めて萎えるだろう。


「あ……レ、レイさん!」


「へ?」


 群衆の中央、台風の目の位置から聞き覚えのある声が聞こえた。道を開けた所からコロネがよちよちと言った様子で駆けつけてくる。なんとも言えない複雑で形容しがたい表情をしていた。


「あ、あの……わ、私この人と約束しているので」


「誰こいつ?」

「コロネちゃんのリアフレ?」

「えー、俺らも一緒に手伝うよ」

「レイさんもサクッと上げちゃう?俺ら五〇前後だから効率良いよ」


 なんとなく事態を掴んだ。あれだ。やはりワンチャン勢の幼体だ。偏見だがこいつらは将来育てたヒナを指示厨となって潰すタイプのプレイヤー。別にその行為も、それを受け入れる行為も悪いとは言わない。だが貰い手が嫌がっているのならば話が変わってくる。


「いや、俺達はコツコツやるよ。まったり勢だし……行くかコロネ」


「う、うん!」


「そんなこと言わずにさ――」


 振り返った矢先、あろうことか一人の男性アバターが俺の肩を掴みやがった。許可もなく俺に触れるな。ゾワゾワする。こちとらパリィやフレーム(ジャスト)回避という刹那に神経を注いで育ってきたのだ。何かが体に触れるとは、俺の中では死を意味する。


「――触るな」


 振り払うよう体を回し、カッとなって回し蹴りを顎に入れてしまった。安置エリアなためダメージはない。だが衝撃はあるため派手に吹き飛ばしてしまった。やっべぇ、どうしよ。けど謝るのも癪だな。


「……わ、わり。じゃあの!」


「おい待てコラ!!」


「コロネ!パーティー組んで飛ぶぞ!」


「っ……!」


 パーティー組んで仲良く転送して逃亡。とりあえず神殿から少し離れた転送領域(ポータル)まで。勢いとは言えやりすぎた。あいつに対して謝罪の気持ちはないが、申し訳なさそうにしているコロネに謝っておこう。


「悪い……ついカッとなって蹴り飛ばしてしまった……友達だったりする?あいつ」


「い、いえ……チョコの所属するクランメンバーで、その……なんかみんな不自然に親切で怖くなって…………変なことに巻き込んでごめんなさい!」


「良かった〜 リアフレだったらどうしようかと思った。どうする?レベリング向けの狩場まで本当に案内するか?」


「いいの!?出来れば……一緒にしたいなぁ〜なんて……?」


「おk〜 レベル近いしな。えっと……ここからだとあれか。う〜ん……」


 アストラはレベル差があれば攻撃力に補正が入る。それは経験値も同じであり、強い敵をしばけば良いという問題でもない。入る経験値に補正がかかり少なくなるので、倒すのに手間取っては逆に効率が悪い。


 だからこそ先輩にブーストしてもらうってのが楽ではあるのだが、工夫すれば今だって経験値効率はほぼ変わらない。せっかくなら同時にプレイヤースキルも磨いておくべきだ。ウェポンスキル習得のためにも討伐数も避けては通れないしな。


「レベリングの前にマウントエネミーを取っておくか」


「あっ、それ欲しいって思ってたの!なんかね?おっきいハムスターに乗ってる人がいて可愛かった〜」


「もふもふ愛好家にとっては神コンテンツだからな。マウントテイムは」


 マウント可能なエネミー、それらに特定のアイテムを使うことで確率でテイムが可能となる。だがそのアイテムを貰うには、別の街にあるサブクエストを達成しなければならない。その街の名も『バストラルアーク』、古風で趣きのある静かな街だ。


「ちなみにテイムリンク、えっと……まぁエネミーをテイムするアイテムは一つは無料だ」


「え……」


「そんな分かりやすく絶望するな」


 バストラルアークまでのルートを考えている間、コロネは「あの子も欲しいなぁ……あれとあの子も!」と妄想していたようなので現実を叩きつけておいた。だが救済措置だってある。


「そんなぁ……一人だけなんて選べないよ!!」


「案ずるな……そんな悩みを一つだけ解決する方法を俺は知っている……」


「な、なんだって!?」


 この子結構ノリ良いな。俺はメニュー画面から『周囲に共有』という項目へ触れ、アストラ内部にある【ガチャ】ページを見せつけてやった。そう、全てを解決する神の一撃。課金である。


「サブクエストクリア後、ここから有料でテイムリンクを購入可能だ!!ちなみにおひとつ約二三〇〇円!!アコギな商売しやがってよぉぉ!!神運営だけどさぁ!!」


「あぁぁぁぁ……バイト増やさなきゃ…………あぁ、でもそうしたらアストラをする時間が……」


「いやでもさ?コロネの衣装って課金じゃね?無課金勢ではないんだろ?」


「うん!私おしゃれが好きなわけじゃないんだけど、えっと…………引かない?」


「おう」


「そ、その……コスプレとか…………好きで……アストラも最初はこうやって自分のアバターを着飾るだけでも凄く楽しかったの!違う自分になれるっていうか……可愛くなれるから不思議な自信が湧いてくるっていうか……」


 どこにも笑う要素なんてなく、表情筋に全神経を注いでいたのに拍子抜けである。スクリーン(S)ショット(S)勢、ガチ勢とは対極に位置する血の流れない平和な世界である。


 一定層はアバターを着飾るためにリアルマネーを注ぎ込み続け、華やかなアストラキャラとは対極的に、リアルが悲惨な見た目に堕ちる人もいるとかいないとか。


「分かる。気軽に着せ替えできるし、服なんかもリアルじゃあ浮くようなものも多いが、この世界では当たり前だし非日常がそこにある」


「そうなの!普段は着れないものが多くて、それに日本じゃいないような可愛い生き物も沢山いて……!」


「……コロネ、君に一つ沼を教えてやろう……!」


「ぬ、沼……?」


「それ、防具非表示だろ」


「だって……ゴツゴツしてて可愛くないもん」


「最初の方は選択肢がないからな。だが、アストラは進めていくうちに膨大な防具が手に入っていく。中にはちゃんと可愛いものもあるし、使い方次第では着せ替えは、無限を通り越した創造性が秘められているんだ」


 この世界において、衣装と防具は別のものだ。基本的には衣装の上に防具が見た目に反映される。だが言ったように、こいつらはどちらとも表示、非表示が選択可能、そうなってくるとその組み合わせは膨大なものになる。


「その創造性を俺達アストラの住民は『重ね着』と言う。良いか?分かるか!?ガチャページなどで見えるマネキンの映像だけじゃあ辿り着けない、自分だけのコーデを生み出すことができるんだ」


 メニュー画面から運営が管理するプレイヤー間のバザーを選び、ソートを防具にしてそのラインナップを見せつける。ちなみに防具の名前とか値段とか、文字しか見えないが、長押しすると防具の外観を表示可能だ。


「例えばいまのコロネの衣装にこういうロングブーツタイプの足防具とかどうよ」


「可愛いかも……あっ!これもスカートとは違う良さがある?」


「ありだな。ショーパンに腰巻きみたいな防具をつけるのも俺は好き」


「ちょっとアウトローな感じも良いね!でもこの数から探すの大変なんじゃ……」


「終わらない事は幸せな事だ。楽しいの永久機関である。そしてそれを沼と言う……あまりに浸かりすぎると帰って来れなくなるからほどほどにな」


 無事にコロネが沼に堕ちた。ぶつぶつ言いながら自分のバザー画面を凝視してる。目がガチ。完全に獲物を狩る時の動物の目である。ワインレッドという色合いもあってちょっと怖い。


「バザーの閲覧はまじで時間泥棒だから、サクッとバストラルアークに行くか!マウントテイムすっぞー」


「ま、待って……後五分……いやあと一〇分……」


「はいはい、それ無限ループだから」


「引きずらないでぇぇぇぇ……」


 次にレベリングを行う場所は穴場と呼ばれていた経験値ウマウマスポットである。今のアストラの内情を知らないが、かつてゼロ時代の頃はほとんどの人が知らない場所だった。


 大量の経験値を落とすラッキーエネミーがいるわけではないのだが、というかそんな都合の良いものは実装していない。だがそこは運営のミスか意図してかは分からないが、窪んだ地形にエネミーリポップ座標が四チャンク重なり、狭いエリアにギチギチに湧くのだ。


(あそこはエネミーレベルが二十一、湧きすぎウマウマなので十六〜二十五くらいまでは一気に上げられる。作業すぎて心が虚無になるのがたまにキズだが)


「痛ぁ……っ!」


「なんでぇ?なんで木とキスしてんの?」


「マサトさんにメッセージ送ってたぁ……」


「あぁ、そういえばそっちは本当にレベリング手伝ってもらう予定だったのか?」


「うん。でもレイさんとやってると色々と教えてくれるし、悪いけど断りの連絡入れてたの」


「なるほどね〜 ご指名ありがとうございまぁす」


「常連になります〜」


 そのまま俺達は何事もなくバストラルアークへと辿り着く事になる。道中は主にアストラの話題で花が咲いた。確信を持って言えることは、コロネは間違いなくアストラル・モーメントにハマっている。億劫になっていたはずの、他人への指導に俺自身も楽しさを覚え始めていた。


『マウントテイム』


アストラル・モーメントの世界ではエネミーと特殊な契約を結び、広大な大地の移動を快適にできる。中にはテイムしたエネミーによっては、世界の新たな発見に繋がる事もある。


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