一〇九 魂を集める魔女
仕事が繁忙期に入ってしまい毎日更新が途切れてしまいました(´・ω・`)
今後も不定期更新になってしまいます。
空間を潜った先に広がる荒廃した既存フィールドは、まさにハロウィンイベントにお似合いの不気味な世界観だった。浮遊したてるてる坊主のような幽霊エネミーに始まり、ガイコツやゾンビ、自我を持った自立移動型の大木エネミーなど。
特に雰囲気を醸し出すのは元々前方に位置していた森林だ。霧のかかった視界は白くぼやけ、葉が一枚足りとも残っていない枯れて死んだ森林。木霊するフクロウの鳴き声が不気味さを加速させていて正直ちょっと怖い。
「レイズ……まさかあの森の中に行くのか?」
「そうだにゃ〜 マリアナお嬢は……とある人との接触から精神がおかしくなってしまったにゃ……」
「元々はアンデットを錬成するようなあたおかじゃなかったってか」
「そうだにゃ……せいぜい骸を集めて生物研究や薬を作る程度だったにゃ。『ユノ』を名乗るあいつが来るまでは……」
ユノ、その名前は多くの人にとってあまり馴染みのあるものではないかもしれない。ユピテルも然り、『ゼウス』の方が聞き覚えがあるだろう。『ユノ』と同一視される存在は『ヘラ』だ。クエストタイトルにある創神の正室とはユノの事を指しているのだろう。
「……まさか神様とバトルになったりしないよなぁ?」
「ストーリーでは出てこないの?」
「せいぜい側近の天使までだな。それでも堕天していない天使はバカ強い。その上位互換の神ともなれば……まぁ強いんだろうなぁ」
コロネの疑問に答えながらも、エンゲージミッションで親子喧嘩していたあの二人を神を思い出す。恐らくはあれでも牽制のジャブだろう。余波だけで体力をミリにまで削られたが、出来れば理不尽な難易度ではない事を祈るしかない。
「ついたにゃ。お嬢、入るにゃ!お嬢……?」
小さな一軒家が不気味な死んだ森の中にポツンと佇んでおり、高床式の階段を上がるも中はものけのからだった。だが鼻を突くような鋭い刺激臭とその根源である壺に目が奪われる。毒々しい紫色の不気味な液体は、パッと見ではかなり粘土が高いことが伺える。
「主人は留守か?」
「うむ……きっと樹海の奥地に行ってるんだと思うにゃ。また……アンデットを錬成してるに違いないはずにゃ」
「それがあのふざけたカボチャダンサーか……迷惑極まりないんだが…………」
「元々そんな事をする人じゃないにゃ。想い人を攫われて……ユノに何かを吹き込まれてから様子がおかしくなった気がするにゃねぇ……」
元よりアストラの世界設定には既存のフィールド以外にも数多の平行世界が存在する。バレクアンドラの初期エリアも然り、何かの拍子に時空を飛び越えてアストラの世界と繋がる設定だが、ハロウィンイベントでもその設定が利用されているようだ。
世界と世界を繋ぐような概念への干渉は神に近い存在でもなければ不可能。一プレイヤーやただのNPCには到底不可能な話であり、聞くにマリアナさんとやらは、ユノの甘い誘惑と干渉能力に惹かれてしまったのかもしれないとレイズは言う。
「お前達、実力に自信はあるかにゃ?」
「樹海の奥に行く気か」
「そうだにゃ。でも無理強いはしないにゃ」
『推奨レベル五十五、選択肢を選んでください』
奥地に行けば高確率で戦闘になるだろう。メタいがシステムが干渉してくるってことはそういう事だ。仲間の顔を見るまでもなく突入決定。再びレイズの後を着いて樹海の更に奥へと進む。エネミーでもなんでもない、半透明で足のないナニかがあちこちにいやがる。
ゲームの世界だと割り切っているからこそ、別にオバケなんて怖くないが雰囲気には飲まれてしまいそうだ。脅かすようなエネミーが出てきたらブチ切れ反撃間違いなし。だがふと俺の左腕に柔らかな感触が。
「……みんな見てるぞ…………コロネ」
「こ、怖いんだもん……!!ちょっとくらいいいでしょ……?」
「そりゃあいいけど……」
チラリと振り返るとチョコが。
「ぺっ!」
ガラ悪すぎだろ。かつては俺もリア充撲滅隊側、すなわち非リアに属していたため気持ちは分かる。それはさておき、これ以上のドッキリもなく開けた場所が見えてきた。その中央には黒く長い髪の女性が両腕を空へと掲げるように広げ、宙にはいくつもの青い光のようなものが漂っていることが伺える。
「マリアナ……まだそんな事を続けるのかにゃ」
「レイズ……あなたに言われるまでもなく無駄な事なんて分かっているの。でも……もしかしたらあの人の魂がこの世に帰ってきているかもしれないと思うと……いてもたってもいられない……そちらの方々は?」
思ったよりもまともそうな女性で驚いた。てっきり狂人じみたあたおか魔女を想像していたため、問答無用で戦闘に移行するものとばかり。魂というワードに、彼女が操るようにして漂うあの青い光はそういうことなのだろう。
「俺はレイだ。マリアナさんはここで何を?」
「想い人の魂を探しているの。でもここ数百年……いくら探しても違う人ばかり。異界との境界線が歪む今ならばもしかすると……」
「すまん。NPCの何言ってるんだ日本語でおk状態すぎる。今の時期だと何が狙える?アンデットを作り出し、向こうの世界に送り付ける目的はなんだ」
「……ユノの助言。『カイセル』の存在があちら側に行ってしまい帰れないのかもしれない。なら空間を潜るのに邪魔な肉体を消し去り、魂をこちらへと渡せば帰ってくる事が出来る。魂があれば私ならばアンデットに出来るから……そうすれば未来永劫一緒に居られると、そうユノから天啓を授かったの」
悲報、マリアナヤベー奴だった。ヤンデレもびっくりなぶっ飛んだ思想持ちである。そりゃアンデットに寿命は基本的にないし、理屈は理解できるが全く共感出来ない。理性のない想い人ってそれもう別人だろ。
「あたおかすぎだろ……」
「愛と狂気は紙一重。私の思想を狂っていると捉えるも、一途な愛と受け取るも、他人の感想なんてどうでもいい事だと思わない?」
「落ち着くにゃお嬢。幸いにもこやつらは一つの異界ならば渡れるにゃ。そこにカイセルがいるかは分からにゃいが……希望はあるにゃ。いくら一人のため想いを寄せても、異界におびただしい被害を出していい理由にはならないにゃ」
「……それは本当?」
『シナリオが分岐します。選択肢を選んでください』
アナウンスから与えられた選択肢は三つ。一つ、見捨てる。 二つ、危険な思想で世界を荒らすなんて許せない。三つ、協力してやる。さて、どれを選ぼうか。恐らくは前者二つは戦闘に発展が濃厚、トゥルーエンドに繋がるのは三つ目だと俺の嗅覚が語っているが。
「手伝ってあげようよ!!好きな人と離れ離れなんて可哀想だし……!」
「コロネと同じ意見だな。いや、俺の場合はクリア評価という下心丸出しだが……」
「ま、私もあんた達と同じね。せっかくの季節イベントのユニクエだし、狙えるならトゥルーエンド一択よ」
「他の奴らも特に異論はなさそうだな。てなわけだマリアナ!ちょっとカイセルって奴を探してきてやるから、そのやべー発想は一旦保留にしてくれ」
『シナリオ分岐中……制限時間内に攻略の糸口を掴めなければこのクエストは失敗となります』
アホな事に時間制限は三〇分らしい。三〇分であのクソ広い世界からたった一人のNPCを見つけられるわけないだろ。無理難題な上にヤンデレのマリアナがその仕様を裏付ける動機を告げやがった。
「手伝ってくれることには感謝する。でも……そちらの世界にカイセルがいる保証なんてない…………だからレイズ、私は魂を集めることをやめない。諦めたら……私の生きる理由を失うから」
『季節限定エネミーのポップ率が上昇しました』
今のアナウンスは俺達だけのものじゃない。時折アストラではこうして突発的に偏ったエネミーポップが発生するのだ。プレイヤーの関与できない特殊な天候だったり、大量発生というイベントだったり、特殊な条件下でそれは発生する。
が、今のは確実に俺達がトリガーだ。先程よりも出力の高そうな儀式を再開したマリアナによって、一帯へと次々と魂が集結していく。違う、これも違うと、ブツブツと虚ろな目でマリアナが魂の選定を始めてしまった。投げ捨てられた魂の輪郭が揺らめき、虚空へと消え失せていく。
「お嬢はああやっていらない魂をゴミのように捨ててるにゃ……恨みを買うリスクの高い行いだがにゃあ、ユノがゴミ捨て場と称した異界に直通ってわけにゃ」
「まじでふざけんなよ……!!お前ら急いで向こうに戻るぞ!!」
「待つにゃ。アテもなく探す気にゃ?これを……」
「指輪……?」
エンゲージリングと瓜二つな漆黒の指輪を預かった。小さなマカライトグリーンの宝石が光るそれには、『彼がこの宝石を選んだには必ず再会を願う意味合いが込められている。世界を越えようと二人の絆は此処に』というゲームテキストが記されていた。
そして同時にエンゲージミッションの時のように、指輪から光が伸びていた。だが俺やコロネのようにその色は赤くなく、ドス黒く忌々しい色をしていた。明らかに不吉オーラ全開なんだが、受け取っていいものか怪訝な顔をしているとレイズが。
「……これはカイセルのものにゃ。吾輩は向こうの世界で滞在し続ける事は出来にゃい…………吾輩の代わりに、マリアナに真相を告げてやって欲しいのにゃ……」
マリアナには聞こえないであろう位置まで歩いたところで、重たい雰囲気のレイズはそう告げた。半ば諦めているような、まるでもうカイセルは亡き人のような空気に思わず息を飲む。
「実際にカイセルがどうなっているのか見たわけじゃないんだろ」
「それは……そうだけどにゃ…………その指輪からは後悔と懺悔の念を感じるにゃ……多分もう……」
「任せとけ。NPCの一人や二人くらい、サクッと拉致ってきてやるよ」
そう言い捨てて歪んだゲートを潜った。ぶっちゃけカイセルを連れ帰るのがクリア条件だと決めつけてそう吐き捨てたが、果たしてこの先の未知はどんな物語と結末が俺達を待っているのだろうか。
『バザー』
プレイヤー同士でアイテムとゲーム内通貨をトレード出来る機能のこと。レアリティは☆六までと制約はあるが、あなたにとって必要のないものが他者には必須かもしれない。積極的に活用する事で思いがけない巡り合わせに出会えるかも。
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