一〇八 ゼロの代名詞
ジャック・王・ダンサーから落ちたものは『刻印の付いた橈骨』、赤紫色で彩られた禍々しい法陣のようなものが描かれており、ロスト期間が月末に設定されているためイベントアイテムだ。
「……チョコ、多分これイベントの中でも超レアなパターンな気がするぞ」
「同感ね……」
「ど、どういうこと!?私まだあの骨に怒ってるんだけど……!!」
コロネの怒りはともかく、季節イベントは滅多にユニークに派生しない。『星核』を賭けた決闘であったり、季節イベント限定エネミーを鑑賞したり、あくまで攻略にはほとんど関与しない事がほとんどだ。
だが『刻印の付いた橈骨』のゲーム内テキストにはサブストーリーを感じさせる一文が記載されている。「死してなおその魂を俗世に結ぶ禁術、この刻印は魔女へと通じる手掛かりになるかもしれない」と。
「季節イベントは基本的にユニークへの派生が少ないんだ。だがこの意味深なゲームテキストは高確率でユニクエ派生だな……魔女、とやらと戦闘になったりしてな」
「もう少しハロウィンダンサーを倒してみない?都合よく人間兵――」
「――チョコ?人間兵器って言おうとした?」
「ソ、ソンナワケナイワヨ。それに味はともかく、ハロウィンダンサーは本来倒せないと仮定すれば、トリックオアトリートの呪文で逃げられる可能性だってありえるかもしれないじゃない?」
「確かにな〜 せっかくだし色々試してみるか」
その場で皆でお菓子作りの開幕である。ちなみにアストラの調理やクラフトはリアルとは遥かにかけ離れた演出だ。素材や調合分量、エーテルの消費量による火加減、冷却が必要ならば氷法撃の分も加味して錬成が始まる。傍から見れば光を両手で持つように掲げているように見える。
武器や料理、それらを全てクラフトや調合と呼ぶ人が多く、錬成とかそれっぽいニュアンスで言えば大抵のプレイヤーには通じるだろう。そして〝非効率の館〟の面々はそれぞれ個性的なお菓子を作り上げてしまったようだ。
「力作……」
「どこがだ。沼じゃねえか」
アンリは紫色の沼と骸の霧が絶えず吹き出す何かを、ハザマは意外と器用なのか普通のクッキーを作り出していた。チョコは言わずもがな、何気にオレンがやばい。俺らと背丈の変わらない城みたいなお菓子を作りやがってる。
「やばくなぁ〜い?でもちょっと資料が足りないかな〜」
「流石はイラストレーター……クオリティがレベチで草。コロネは……ウン、土偶か?」
「トリュフのチョコレート!!酷い!!」
ハニワとか土偶とかを模した何かに造形したのかと思ったら違ったようだ。誤解だと叫びながらもコロネをなだめていると、不意に猫の鳴き声が。赤い首輪と金色の瞳、全身真っ黒な不吉の象徴が静かに俺達へと歩み寄る。
「ね、猫だと?」
「可愛い〜!!人懐っこいね君!よしよし〜!にゃーん?」
『気安く触れるにゃ。下等生物が』
「きゃぁぁぁぁぁ!!??レ、レレレレレレレレレイ!?ね!ねねねねねこちゃんが喋ったァァァァァァ!?」
「猫だから喋りもす……キエエエエエエエエエエエエ!?猫が喋ったァァァァァァァァァァァ!?」
基本的にエネミーは人語を話さない事が多い。意思疎通が出来るということは、それなりに知性を有しており強さに比例していると言われていた。例えば竜、竜でさえも喋るヤツと喋れないやつがいるほどだ。二又に割れた尻尾を不愉快そうに地へと叩きつける猫が。
『静かにしろ人間……ふむ、ご主人の玩具を壊したのは本当のようだにゃぁ。どうやったにゃ?あれは絶対に壊せないはずなんだがにゃぁ……?』
「コロネのお菓子が美味すぎて勝手に成仏したみたいだぞ。それよりお前はなんなんだ?ご主人?魔女、とやらの使いあたりか」
『猫又のレイズにゃ。察しが良い奴は好きにゃ〜 いきなりこんな事を言うのも気が引けるんだがにゃあ……ご主人を、マリアナお嬢の目を覚まさせてやってほしいにゃ』
『ユニーククエストが発生しました。『創神の正室と崩落を誘う嫉妬』を開始します。レイズに話しかける事で進行するため、準備を推奨します。推奨レベル五十五』
マジモンのユニーククエストだ。季節イベントのユニクエは過去の情報を見ても一発勝負の事例しかない。一パーティーにつき一回、このパターンで星七が出た場合、嫉妬と悪意に付き纏われること間違い無しだ。経験者なんだから間違いは無い。
「さて、アストラ特有の嫉妬ルート濃厚だな。どうするかねぇ……」
「やらないの!?」
「え?あんたの事なんだからてっきり即断即決かと思ったんだけど……?」
「やりたいさ。問題は防具やサブウェポンにレアなものが出た時だ。ただでさえ今俺達は知名度が高い。一定の水準を超えた瞬間、俺達はアストラで時間を奪われるかもしれない」
「どういうこと……?」
「有名税は仕方ないと思うわ。今はまだそこまで酷い実害はないし……」
アストラの全ユーザー皆が良心を持っているわけではない。不意打ちだとしても、卑怯だったとしても、箔のついたプレイヤーを倒せばその事実だけが一人歩きし、結果的に知名度に繋がる。何が言いたいのかと、季節限定イベントで何かレアなものが出土してしまえば、ひこやかはゼロと同じ過酷な環境に身を投じる決め手になるかもしれない。
「俺達はそれなりにレアなものを手に入れてきた。だがそのほとんどを動画を通じて共有してる。だからこそ辛うじて襲撃に合っていないんだと思う。俺達しか持っていない何かが出土し、イベントが終われば……お前達の楽しいアストラを台無しに――」
外を歩いているだけで矢が飛んできて、狩り場に行けば敵だけじゃなくプレイヤーにも襲われ、レアなものが出土すれば街までクラン単位で襲われる。そんなもの度が過ぎれば楽しい時間とはならずただの苦痛だ。霊峰の攻略体勢と相まってゼロは見事『楽しい時間』を奪われた経験があるわけだ。
そんな過去の背景があるからこそコイツらを気遣ったが、チョコに背中を強く叩かれた。驚いて振り返るも良い顔して笑っている。まるでらしくないぞと発破をかけているかのような、心地の良い煽り顔だ。
「――ゲームの中ならあんたはどんなことも楽しいに変換できる変態なんでしょ?私達ならどんな逆境もなんとかなるわ。それに、かつて私を掬い上げてくれたように……あなたが困った時は私達が力を貸す。あなたはもう、たった一人の世界最強じゃないわ」
「そうだよ!レイにはいっぱい助けて貰った……!私達なら何が来たって勝てる!!一人で無理なら二人で……!二人で無理なら三人だよ!!」
「レイっちは強すぎて一人でなんでも出来ちゃうからね〜? でも私達ってば一応世界最強に育ててもらってるからね?そろそろ背中を預けてくれたっていいんだぜ〜?」
「……そうだな。そうだよな。嫉妬がどうした。全部返り討ちにしてやろう。レイズ!!マリアナとやらのとこに案内してくれ」
どうやらゼロは孤独だったらしい。仲間や隊員はいても、俺の求めるゲームの楽しさ、それを共に追求してくれる人はいなかったみたいだ。だがレイ君はたった今孤独の世界最強ではなくなった。わざわざ振り返って様子を見てやるほど、コイツらはヤワな仲間ではなかったのだ。
『ふむ、条件はみな満たしておるにゃ。こっちにゃ』
「空間に消えて行きやがった……」
『ここより特殊フィールドに移行します』
レイズに続いて波打つ空間へと足を進める。既存の平原とはうってかわり、枯れた木々と枯れた芝、そして塵の蔓延する不気味なフィールドが飛び込む。既存フィールドが荒廃した感じだが、それに合わせてフィールドエネミーもアンデット系統ばかりだ。
「みんな、甘えるついでにゼロの代名詞であるデンジャースキルを取りたい。いいか?」
「ゼロの代名詞って?」
「ば、『蛮勇の雄叫び』ね!?」
『蛮勇の雄叫び』
デンジャースキルの中でもこれはゼロにしか使いこなせないとまで言われた鬼畜スキルだ。パリングの成功受け付け判定が限りなく厳しくなるが、パリィ後、二秒以内に使用した技が確定で会心になる。しかもその会心倍率も+二〇〇パーセントのバフが乗るため、仰け反りの怯みも相まってほぼ確定で三倍以上の火力が叩き込めるわけだ。
だが習得条件がかなり厳しい。ジャストパリィを連続で一〇回成功させる事が条件、そもそもジャストパリィ自体が狙って出せるものでないのだ。パリィの受付時間は五フレーム、約〇.一秒だが、これの中央値の三フレームがジャスト判定だ。
「そう、簡単に言えばパリィが難しくなる代わりに反撃威力が上がる。だが……あれの取得に必須なジャストパリィがエネミーじゃないとダメなんだ。そして流石の俺も集中しないと連続一〇回は……まぁ、少し前を独り占めさせてくれってこと」
受付時間の三フレーム、〇.〇五一秒という刹那をピンポイントで叩く。ここより遅かったり、早かったりすると威力が足りないとか、仰け反り硬直が短くなるとか、色々ある。押し相撲で考えると分かりやすいかもしれない。
「な、なんかよく分かんないけど難しそう?」
「あれを取得出来る人は変態かキ◯ガイって言われてたレベルよ……持ってる人は私が知ってる限りで四人…………」
「よ、四人!?この人数規模のアストラで!?」
コロネが驚くのも無理はない。取得も相当厳しいが、そもそも取得したところで普通なら使い物にならないのだ。このスキルの効果中はジャストパリィじゃなければ成功しないのだから。たかだか二フレームの減少と思うかもしれないが、五フレームと三フレームでは天と地の差があるのだ。
『ジャスト回避』
スタミナを消耗するが無敵時間のある移動のこと。スキル入力後はプレイヤーの任意の動きに合わせてダメージを受けない無敵時間が僅かに付与される。
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