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一〇二 ハザマの希望


 ドラグ調整が適当であれば恐らく糸が切られていた。逆に糸を太くしていればそのまま湖に引きずり込まれていた事だろう。そう感じさせるほどの引きからは化け物の姿が容易に想像出来る。


「悪い……!!コロネとフォルティス!!海中マウントで中からこっちに追い込んでくれないか……!糸が全部出ちまう!」


「わ、わわわわ分かった!」

「いいのか?部外者の私を連れても?」


「いいから!?早くしてくんない!?まじで……っ!!うぉぉぉぉぉぉ!!糸が止まらなァァァァァァァァァい!!」


「レイぃぃぃぃ!!俺も力を貸すぞぉぉぉぉぉぉ!?おおおおおおおお!?」


 ハザマに腰を掴んでもらい、ドラグを少し締めたら二人して引きずられる馬力。何これ、魚じゃなくて竜でもかかってんのかってレベル。フォルティスとコロネが潜水してから数分、いきなり竿が軽くなったが糸を緩めると針が外れかねない。狙い通りこちらに向かって泳いで来ている可能性が高いため、一気に糸を巻き上げるしか有り得ない。


「ぶはぁ!!よくやったぞレイ!!未知の最前線だ――」


 俺の竿がへし折れた。同時に湖から巨大な初見エネミーが飛び出し、巨体には似合わないスタイリッシュな着地を披露しやがる。前宙から滑走するように床に、そして腕にスレがかりしていたルアーを砕きやがった。


 トカゲのような四足歩行から二足立ちに、逆立つ鱗に包まれた体は薄い水色に輝き、頭部は長細く伸びてノッポの様。腕の甲から生える四本の長い爪は肘に向かって煌めき、極めつけは銀河のような模様で透ける二枚の翼だ。虚侵星竜(きょしんせいりゅう)カムイ、本命が竜とかヌシにも程があるだろ、まじでふざけんな。


「うっそだろお前!?レベル七〇じゃねぇか!!俺らの手には負えない!!後は任せたフォルティス!!」


「レイドバトルが始まるぞ……!どうせなら参加すればいいだろう!」


 パーティーからフォルティスが抜け、カムイに気付いた野良達が一斉に集まってくる。初見エネミー、それでいて湖のヌシ騒ぎでそれなりに人が多い。数の暴力にてこの騒ぎも終息かぁ、なんて考えていたらカムイが消えた。


 空気の壁を破る轟音と共に虚空から再出現したカムイが滑走し、その軌道に数多の斬撃が嵐のように吹き荒れる。近付いていた野良が虫のように飛び散り、数多の装備が床へ。ナニアレ、あかんやつや。


「あかぁぁぁぁぁぁぁぁん!!??カンスト勢がワンパンって……っ!!イグニスト級のバケモンじゃねえか!!逃げるぞお前ら!!」


「危ないレイ!!」


「ぐえええ……!」


 コロネに首根っこを掴まれてなかったら首が飛んでました。カムイが腕を振る度に水色の斬撃が四本ほど飛来するようだが、何がやばいって斬撃が虚空に消えて変なところから飛んできやがる。その上攻撃そのものの残留が非常に長い。


 野良達も初見ながらに奮闘を続けるが、突如としてカムイが身を回しながら飛翔した。その所作に追従するように四方へと斬撃が飛び交い、上空にて雄叫びを上げたカムイから更におかわり斬撃が。口には八芒星の紋様が浮かびあがり、何かを溜めていることだけは分かる。


「斬撃の残留が長すぎる……!フォルティス!!逃げないとこんなの初見は無理だろ!!??まだやる気か!!」


「霊峰隊員には撤退命令を出した……っ!!セイファートばりの理不尽ではないか……!!」


「セイファートもやったのか!?あいつもカムイばりの理不尽クソモンスなのかよ……!!いやァァァァァァァ!?」


 草に躓いたおかけで虚空斬撃の一発を神回避した。後頭部の髪が僅かに切断され宙を舞う。無理ゲーすぎるため俺達〝非効率の館〟と同様に皆がマウントに乗って逃亡した。こんなところにいられるか、私は先に部屋に戻らせてもらう――


 ――八芒星の紋様に水色の熱線を吐き出したカムイから熱波が走り抜けた。大気を震わせる衝撃が空から連なり、その次の瞬間には空間から虚空へと繋ぐように熱線があちこちに飛来しやがった。熱線は直撃はせずとも近くを通り抜けただけでも体が吹き飛ぶほどの衝撃があるようで、戦場が野良達の悲鳴によって地獄絵図と化す。


「無理ゲーすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉ……!!捕まってろよコロネ!!チョコ達も大丈夫か!!」


「平気よ……っ!!ほのぼのアストライフと思ってたのに……っ!!何よあのバイオレンスは!!」


「とにかくアイツの行動範囲外まで逃げて転送すっぞ!!五秒も棒立ちしてたらミンチになっちまう!!」


 虚侵星竜カムイ、お前の名前は覚えたからな。カンストしたら覚えておけ。真っ先にリベンジしてやろうではないか。だが今は戦略的撤退、チョコの言うようにほのぼのアストライフしてただけなのにこんなのあんまりだ。


 無事に転送して館に帰還。全員が疲労と恐怖に手をついて項垂れていると、慌てた様子で中のオレンとアンリが顔を出した。どうやら丁度作業に一区切りがついたようで、俺達と合流しようとしていたらしい。良かったな、地獄に来なくて。


「どしたの!?みんなしてさぁ……?」


「初見モンス、バケモン、トラウマ……三行で伝えてやったぞ……」


「録画したからオレンに上げるわ……二度と会いたくないレベルよ!!」


「うっひゃぁ…………よく五体満足で帰ってこれたねぇ…………丁度レイっちのライブツーディーのモデルが出来てさ、合流しようと思ってたけど行かなくて良かった〜!」


「ぜひ同じ気持ちを味わって欲しかった……」


 藪をつついて竜が出るなんて誰が予想できる。不意打ちで過剰摂取したアドレナリンを落ち着かせるため館内へ、ほぼみんなが放心状態の中コロネが何かを手に差し出してきた。


「これ……さっき作ったんだけど、も、貰ってくれる?」


「ん?キーホルダーか?」


「う、うん……お揃いに作ったから…………い、一緒にどうかなって!」


 オレンジと白の縞模様に彩られた宝石はクラフトによって勾玉のように装飾されており、詳細を見るにどうやらサードオニキスを使用した一品らしい。かなりクオリティが高く、最近始めたクラフトだろうに大したものだと感心していた。


「オシャレだな〜 ありがとう。大事に身につけさせてもらうよ」

「剣の柄にも付けられるようにしてあるから、邪魔にならないところに一緒につけよ!」


「…………ナチュラルにイチャイチャしないで欲しいわ」


「「ご、こめん……」」


「別に良いわよ。そんなことよりハロウィンイベントが近いけどもちろんやるわよね?」


「季節イベントをやらないとかゲーマーにあるまじき行為だろ!!やるに決まってる」


 アストラハロウィンイベント『星核(せいかく)の収穫祭』、アストラのイベント行事は毎年ながら過激である。とにかく奪い合えという運営のお達示なのか、一週間ほどイベント限定のアイテムを奪い合う内容だった。


 『星核』と呼ばれるものを奪い合い、最終日に解禁されるイベントストアにて、星核をマネー代わりに限定アイテムを購入可能。ちなみにログインすれば皆が一〇〇個の星核を貰え、イモータルボックスやポーチには収納出来ない。


「……これ欲しいな」

「私はこのロリポップっていう杖が欲しい!可愛い〜!」

「イベントものって無性に欲しくなるわよね〜」


 しかも期間中はランダムに特別なレアエネミーがポップするらしい。後は十月中は各所安置エリアがハロウィンらしい装飾になったり、最終日にはステラヴォイドに限り特殊イベントもあるそうだ。


 始まりの街と呼ばれるだけあって、こういった季節限定イベントではステラヴォイドは運営から特別扱いされることが多い。そういった点でも人気なため、既に土地には手放された中古ハウスが残っている事が殆どだ。壊すもよし、リフォームも良し、言えるのは共通して高いことだ。などと先のイベントに色々と妄想しているとハザマが。


「レイ!!頼む!!イベントが来たら忙しいだろう!?その前にどうか……!ゼロの曲刀である『秋月』掘りを手伝ってくれないか……!!この通りだ!!」


「そりゃ俺はいいけど……皆既月食じゃないと出ないしどうなんだ?周期なんて俺知らないんだが……」


「四日後だ!!レイに出現条件を教えてもらってからずっと調べていたから間違いない!!」


 アストラの皆既月食はかなり珍しいわけではない。おおよそリアルタイムで一週間くらいの周期で発生する。そしてこれは推測だが、部分食では月影竜は出現しない。完全な皆既月食が条件となると、先程の一週間という周期は撤回の必要が出てくる。


 なぜそんなことを知っているかと言うと、霊峰時代に散々フォルティスが教えてくれたからだ。だが中々姿を見せない月影竜に、ぽつりぽつりと隊員が諦めて消えていき、最後に残ったのが俺とマカロンというわけだ。故に『秋月』の利権に関しては完全に俺とマカロンに一任されている。


「口を挟んでもいいかしら?」


「はい、なんでしょうチョコさん」


「もちろん私達も手伝うのはいいけど、そもそも竜相手に六人で勝てるの?ゲリュンヒルデなんて都市伝説すぎて今じゃもう誰も張り込んでないし……レイドバトル化も期待できないと思うんだけど……」


「多分大丈夫だ。霊峰ではたった二人で竜を討ったとか伝説扱いされていたが、ビビるほど体力は低いからな」


 確実に運営の情けだ。そもそも完全な皆既月食だろうと竜のポップ自体が稀、しかも過去情報では出たところで三時間すればデスポーン。加えて物理攻撃はほとんど通らず、ずっと飛んでるためDPSが出しにくいことこの上ない。テストプレイをしたかは不明だが、上記の条件も相まって体力は低いわけだ。


「勝てるなら……わ、私もゲリュンヒルデは興味があるわ!!ぜひ行くべきね!!」


「……そうなるとオレンとハザマにも杖を持ってもらう必要がある。あいつに物理はまじで通らない。霧みたいな体をしてるせいか、弾丸なんて無効なんだぜ?クソモンスがよ……」


 というわけで後日ひこやかメンバー総出で月影竜狩りへと勤しむことにする。四日の間にできるだけストーリー進行とレベリングを行い、パーティー強化をしつつ秋月を狙う。問題は月影竜のクソっぷりに皆が怒らなければいいのだが。

『ジャスト回避』


スタミナを消耗するが無敵時間のある移動のこと。スキル入力後はプレイヤーの任意の動きに合わせてダメージを受けない無敵時間が僅かに付与される。


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