一〇一 チルタイム、釣り針にかかった未知
夕方、というよりもう夜に差しかかるが実のことを言うと特に動画のネタがない。メイさんの三段階目をやってもいいのだが、たまには血の気の盛んな戦闘以外に手を出すのもいいだろう。というより、コロネが率先してクラフトを触ってみたいと言い出したのだ。よほどリアルのレザークラフトが楽しかったのだと伺える。
「たまにはゆっくりするかぁ〜 チョコやオレン達はなんか触ってみたいものあるか?」
「私は調理スキルのレベルを上げようかしら?」
「ん〜?私は特にないかなぁ?動画のガワをライブツーディーに変えようかなって考えてて……収益化通ったんだよね?相談してからにしようかなって」
「え?収益化ってもう出来てんの?」
「アストラの人気ぶりに加えて、あんたの出し惜しみのない未知の最前線垂れ流し作戦が功を奏してね……おかげさまで来月から収益が入るわ」
「はっや……」
収益化するならばどうせならば一発目はチョコの生活に援助してあげたいが、俺だけの一存で決めるのは違う。コアレスのローンを少しでも返すことが出来れば生活が楽になると思うのだが、果たしてみんなはリアルマネーをどう扱うのだろう。
「収益化したなら一発目はチョコのローン返済にあててやりたいんだが……どう思う?」
「べ、別に大丈夫よ!!同情されるほどお金に困って…………あんたらその可哀想な人を見る目をやめなさい!!はぁ!?何!?晩御飯は茹でもやしとポン酢だけど!?文句あるわけ!!」
別に文句はないが惨めで草。ひとまず動画のお金管理はチョコに丸投げでみな異論はなさそうなので、SNSで噂になっている事を探りつつハウジングコンテンツに洒落込む事にする。
ちなみにアンリもそれなりに絵心があるらしく、オレンと残って俺達のガワのグレードアップを手伝う事に。チョココロネとハザマ、そして俺は雑談も兼ねて息抜きにヌシとやらを狙いつつクラフトレベルを上げていこうか。
「ヌシが釣れるって聞いたんだよ。どうせなら話し相手も欲しいし、お前らは横でなんかしない?」
「私は素材さえあればどこでも出来るし、リングで自由に飛べるから大丈夫!」
「私も調理スキルなら場所は選ばないわ。それで?ヌシって何?」
「俺は知っているぞ!!イグニストが出た戦場跡地のクレーターが湖になっているあそこだろう!!」
「ハザマ、正解。クレーター跡地が巨大な湖になっててな……なんでも、クソでかい魚影が見えたとかなんとか。久しぶりに釣りもしたいでござる」
一人で釣りなんて虚無すぎるため巻き込んで行くスタイルで。オレンとアンリを除く三名も快諾してくれ、俺達は再びイグニスト戦跡地の近くである『テイルファーズ』へと転送した。
特に寄り道するところもないためヌシの目撃情報のある湖畔へと急ぐ。確かに数日間ここは見ていなかったが、ヒヌカミ岳跡地が噂以上に巨大な湖へと変わり果てているでは無いか。
そんな数日で新湖に生命が居着くかよって?ゲームなんだから細かいこと気にしてられない。そんなの運営の気まぐれなんだからこちらが気にしてもなんの意味もないのだ。
「よし、俺はロマンを求めて大型狙いのルアーで行くか」
「釣れたら調理しておやつにしてあげるわよ〜」
チョコは調理の鍛錬へ、コロネは革や布を用いた工作を始めた。ハザマは隣で餌釣りを行うようであり、浮きや長い竿を持参したようだ。待ち釣りも良いよね。だが俺は能動的に動かなければ退屈死するためルアー一択、渾身の踏み込みと掛け声で一投目は景気良く行こうではないか。
「ぬわァァァァァァァァァァァァァァァん!!!!」
「めっちゃ飛ばすわね……」
「レイすごーい!」
「待ち釣りも良いぞ!!後で変わらないか!」
「良いぞ〜」
全員手は塞がっているが口は空いている。そのためチョコが。
「何かと動画のネタを探してはいるんだけど……やっぱり今のアストラじゃあ、中々未知の最前線を見つけるのって難しいじゃない?レイの方では何か次のネタとかは考えてある?」
「おいおい、俺達のレベルは今いくつだと思ってんだ。軒並み五十四に近いし、久しぶりすぎて存在を忘れたものがあるだろ。俺達の出会った起源のあれがあるだろうが!」
「っ!」
「ついにやるの!!レイ!!」
『祭殿への羅針盤』
そう、俺とチョココロネ達を結んだ起源のアイテムであり、クランを立ち上げる理由にもなった未知の最前線だ。レベルシンク六〇、今から人数分の星七を掘りつつ、ストーリー進行でもしていれば勝手にレベルは適正まで上がる。
随分と景色を楽しんでここまでついてきてくれた。二人の同行を許可した霊峰も待ちくたびれているかもしれない。実のことを言うと俺もつい最近まで存在を忘れていた。
「まさか鍵をなくしてたりしてないよな?チョコさんよ〜?」
「まさか?イモータルボックスの隅っこで埃を被ってるわ」
「私も毎日楽しいことばっかりで忘れてた……っ!楽しみ!!行きたい!!」
ハザマが。
「む?何の話しだ?」
「俺は最初期に未知のアイテムをゲットしててな……なんと未踏のダンジョンが待っている」
「それは本当か!?お、俺も行って……いいのか…………?」
「もちろん。クランメンバーは全員連れていく。あと……まぁ約束で霊峰から二人、だから今のメンバープラスアルファでフルパだ。初見クリアしかありえないから装備を強化しておきたい」
「い、いいのか!?待て待て待て……っ!調べてみたら大騒動だったみたいじゃないか!!この羅針盤とやらは!!」
「そこに関しては話すと長いからまた今度な」
未だにソロでプラプラしてると羅針盤について聞かれたり、SNSのDMや動画のコメントで飛んでくる事が多々ある。全部動画に上げるからその時はよろしくと返しているが、なんやかんやとアストラ民からの期待値が高いのがあの『祭殿への羅針盤』だ。
ひこやかチャンネルの切り札とも言える未知の最前線であり、どうせ晒すならばとびきり派手な動画にして盛り上げていきたい。それにしてもルアーにも餌にも反応がなさすぎるだろ。本当にこの湖に生き物いんのかよ。
「随分とまったり過ごしているんだな。〝非効率の館〟様は」
「うげぇ!?フォルティス!?お前こそこんな辺鄙なとこで何してんだよ!!??びっくりしたぁ……!」
「素潜りと釣り班に別れてヌシの探索だ。お前達なら釣りなどせずとも海中マウントを使えばいいだろう」
「か〜 効率厨はこれだから……」
「そんなことより最新の動画を見たぞ。バレクアンドラ、そんなことはどうでもいい!!」
情緒がおかしいですこの人。急に胸ぐら掴むのやめてクレメンス。そんなに怒る要素はあの動画にはなかったと思うんだが。
「どういう事だ。本垢の時から持っていただろう……突入アイテムを。うちの規約違反ではないか?」
「うちのメンバーには全員ネタばらししてるから気を使わなくて大丈夫だ。サゼルキロロのあれだろ……」
「そうだ!なぜ霊峰にいた頃から正攻法を共有しなかった……!返答次第では今後の非効率の館との信用問題にも関わるぞ」
「…………信じてもらえるか分からないけど、ゼロはゴリ押しソロ単騎で勝ってる…………だから別に隠してたわけでもなくて…………えっと……まぁ…………スマソ☆」
「は?」
その驚きは二重の意味があるのだろう。ゴリ押しでサゼルキロロとか言う理不尽な化け物を倒したことと、未知のアイテムの出土情報を話していなかったこと。でも後者に関しては正攻法が当時は判明していなかったわけで、別に話したって霊峰が勝てたかどうかなんて今では分からない。だから俺は悪くない。
「貴様は昔からそうやってだなぁぁぁ……!!」
「やーめーろ!揺らすな!」
「子供みたいに言うな!!」
「じゃあなんだよ!?霊峰は今サゼルキロロに安定して勝ててんのか!?おおん!?活性化からオバヒでダウンが分かったからなんだよ!?暴走モードに突入したアイツを相手にどう立ち回るんだ!?言ってみろやぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
「ほら見ろ!!仮に当時情報を共有してたって正攻法も分かってなかったんだ。どうせ俺ありきのゴリ押し周回に付き合わされてたに決まってる……!」
「それはそう」
「そういうとこやぞ。おっ!?」
フォルティスと言葉の殴り合いをしていると、突如としてルアーが何かに引っかかったような感触が伝わった。底付近を探っていれば根掛かりと言って物理的に引っかかることもあるが、俺が巻いていたのは中層から表層付近、つまりは高確率で大きな魚だ。
案の定リールを巻くと力強さはあれど確実にこちらへと寄せられている。ちなみにアストラにおける釣りはマジでリアルと大差がない。釣りスキルがあると思っていた時期が俺にもありました。ナイヨ、スキルナイヨ。
「久しぶりの魚の感触……っ!楽しぃぃぃぃ!!けど小さいなぁ!」
「見せて見せて!」
「ほい」
▼ナナホシアジを手に入れた。
ふざけたが簡単に言うと超デカイアジだ。尾のセイゴに向けて腹に七つの斑点があるため、そう呼ばれているとゲームテキストにある。だがリアルとは違って魚全般脂のノリが良い事が多く、アストラでは気軽に魚の幸を味わうことが可能なのだ。
「ヘイパス!!チョコ!」
「はい。任せて……もちろん刺身よね?」
「もち」
幸先が良い。ぶっちゃけ言うと海の幸を味わいに来たというのが本音の七割。ほら、リアルでやると生臭いわ、鱗が飛び散るわ、生ゴミの処理がだるいわと、海の幸を頂く対価が大きい。リアルの栄養にはならないが味覚を楽しむ分にはアストラで十分だ。
「捌けたわ〜」
「はっや!?手際良すぎだろ!!ルアーを回収したら食べるから先に食べていいぞ〜」
「はい!あーん」
「助かるコロネ〜」
「……ねえ、ナチュラルにイチャイチャしないでちょうだい?」
美味すぎワロタ。やはりアストラは神ゲー、異論は認めない。何をやるにも各コンテンツに用意されたものが多くて退屈しない。だが不意に俺の竿がありえないほどしなり、大物がかかった際に糸が切れないリールのドラグと呼ばれる機能が大きく鳴り響く。
糸の耐久以上の大物がかかっても、設定された強さで自動的に糸が引っ張り出される機能がドラグだ。つまりは俺の釣り装備のパワー以上の化け物が食いついたことを意味する。過去一の引きにその場に緊張が走り抜けたのだった。
『龍人族』
龍の血を飲み呪われた種族。全てのステータスが高いが、呪われた体は簡単に軋む。攻撃が得意な反面、怯みやすい特徴を持つ。
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