一〇〇 独占欲
エンゲージミッション三回目、『愛の形とコウノトリ』。当然のようにこれもユニークミッションに派生した。『女神の祝福を受けた奇跡の絆』、内容は割愛するが簡単に言うとハネムーン旅行。各所を回って二人で写真を取る簡単な内容だ。
ユニーク派生とは言え、変わったことと言えばアストライアが関わってくるくらい。だが俺とコロネの心の中はそれどころではない。互いが互いにこのミッション後の事を意識していてぎこちない。
「コ、コロネ〜 夕日が綺麗ダナ〜!?」
「う、うん……そ、そうだね!」
ぎこちないが繋いだ手は離さないし、向こうも握り返す力が一切緩まない。この後に控えていることに否定的ではないのだと感じると同時に、俺自身も覚悟を決めるしかなくなった。据え膳食わぬは男の恥、いや、彼女の覚悟はとうの昔に気づいていた。俺が気付かないフリをして甘え続けていたんだ。
「……コロネ、アストラとは関係なく聞いてくれないか」
「……?」
「色々と誤魔化してきたけど…………俺はコロネが好きだ。天音 心を一人の女の子として意識してる。ゲームだけじゃなく……リアルでも付き合ってほしい」
下手な駆け引きは苦手だ。横目で見るに鼻と口を覆い隠すコロネだが、泣きそうな瞳と強く向き合った。こっちもクッソ恥ずかしい。だが遠慮気味、それでいて力強さを感じる頷きを三回ほど貰った。照れ隠しなのか、泣き顔を見られたくないのか、胸へと飛び込まれて少し驚いた。だが優しく抱擁を返す。
「ごめん……遅くなったよな」
「ううん……っ!私もレイが好き……私、子供っぽいし……レイは大人びてるから相手にされてないと思ってたから……とっても嬉しい……っ!」
「今の関係を壊したくなくて臆病だっただけだ。これからもよろしくな?」
「うん……!うん!」
無事に最後の撮影ミッションも終わり、第三権限の解放が終わった。いつものようにイタズラ気味に絡んでくるユーフィーの言葉が上手く耳に入ってこない。中には誰もおらず、そのタイミングだけは神だと思った。
ちなみに第三権限の解放から利用可能なコンテンツは特殊フィールドへと転送される。クランハウスにてパートナーと二人きり、それもアストラ内で夜の時間にしか利用できない。みなまで言わなくても後は分かるだろう。
静かに俺の部屋へと転送し、繋いだ手を手繰り寄せた。重なる唇と唇、彼女の閉じていた瞳がゆっくりと開く。熱を帯びた潤んだ瞳と火照った体、優しく、それでいて理性のタガが外れた俺は力強く彼女をベットへと押し倒したのだった。
アストラ内部で眠りについた場合、脳の休息効果はリアルで寝た場合と変わらない。栄養面だけ気にしていれば長くゲームの中に留まることは可能である。朝チュンと腕にのしかかる重圧に昨晩の出来事を思い出す。いや、鮮明に思い出すな。ゲームのくせにやたらとリアルだったなオイ。
「んん……あっ…………おはよ……レイ……」
「おはよう……よ〜しっ!シャワーと飯済ませて……夕方くらいにみんな集まれそうならなんかやるかぁ」
「じゃあさじゃあさ!それまでデートしよ」
「お、おう!どっか行くか〜 昼飯も兼ねて中華街に食べ歩きとかどうよ」
「行きたい! じゃあ準備して待ち合わせしよっか〜」
二人してログアウト一択である。まさかアストラを通じてリアルの恋人が出来るとは驚いた。いや、別にそこまで珍しい現象では無いし、霊峰でもいくつものカップルは生まれていた。だがそれが自分の身に発生するなんて予想もしていなかった。
暗殺や不意打ちは日常茶飯事、近寄ってくる奴らは情報を抜きに来ていたり、下心はなくともどこか神格化されていて壁を感じる事ばかりだった。アストラで等身大の心模様で接する事ができるのは、とても幸福なことなんだと知る。
(やばいシンプルな服しかないんだが……)
ノリと勢いでデートを承諾したのは良いが、カジュアルなものしか持っておらずお洒落とは程遠い。とは言えまだ夏の終わり際で暑さは残る。ヨレヨレのものは避けていればそれなりに隣を歩いても大丈夫なはずだ。
待ち合わせ場所に辿り着いてもなぜかソワソワする。特別な関係になったせいかいつもより緊張してしまうものだ。まさかお決まりのあのやり取りをリアルで言うことになるとは驚きである。
「お待たせ!待たせたかな?」
「いんや?今来たとこ」
「えへへ……なんかいつも通りのお出かけなのに、ちょっぴり特別感があるね。わ、私だけかな?」
「俺も緊張してる……とりあえず腹減ったし、行くか」
差し出した手に彼女は間髪入れずに応えてくれた。小さな手が今や俺だけのものだ。この独占欲の現れは許して欲しい。目的地までの少しの距離、ご機嫌な様子のココロが。
「そういえば腕と足とか、体はもう大丈夫なの?」
「あぁ、ココロが看病してくれたおかげで日常生活も不便じゃなかったしな。その節は本当に世話になった……ありがとう」
「どういたしまして〜 私も零真の力になれたなら嬉しい……」
照れくさそうに笑う顔に釣られてしまった。思わず目を逸らしてしまったが、どうやらこちらの心まで見透かされているようだ。握る手が強くなり、更にご機嫌な彼女を連れて香ばしい匂いの在処へと向かう。
食べ歩きを満喫である。小籠包から肉まん、餃子に唐揚げ、そしてデザートを挟んで無限ループ。控え目に言って楽しすぎる。時にはシェアしたり、同じ商品でも味付けの違うものは一口を交換したりと、贅沢かつ有意義な時間を過ごす。
「こりゃあ早いとこニートを脱却しないとなぁ」
「無茶はダメだよ?またブラックなところに勤めて体を壊したら心配だもん。やりたい仕事はもうあるの?」
「次は全く違う業種に就くのもありだな。それこそカフェ店員とか、接客業に挑戦してみるのも悪くは無いかも」
「じゃあその時は私も働きたい!こう見えて接客業は天職なんだよ私!」
「……独占欲ががががががががががが」
「……コスプレは他の人に見せちゃ嫌?」
「ぶっちゃけ……はい」
「じゃあ今のバイト先は変えようかな……」
などと甘ったるい空間を過ごしながらも、二重の意味で腹が満たされたので次の遊び場へと向かう。赤レンガを用いた歴史的な建造物を商業施設にした場所であり、買い物やグルメを初めとした様々な暇つぶしに最適な所だ。なんでも、今日はたまたま革製品のクラフト体験が出来るらしい。
アストラを通じた印象故に確信はないが、ココロはハウジングコンテンツに興味津々だと思う。リアルでも興味はあるか不明だが、なんとなくタイミングが良かったので連れてきたが楽しんでもらえるだろうか。
「革製品の体験ができるの!?敷居高くて挑戦してなかったんだよね〜」
「お、やっぱ興味あったか!?ハウジングコンテンツの衣装作りなんかも密かに見てたもんな?」
「ば、バレてた……そ、その…………コスプレ関係で衣装の自作なんかをやってるうちにハマって……よく見てくれてるんだ?嬉しい……」
なんとも気まづい空気だが嫌な感じでは無い。二人して初体験のレザークラフトにあれよこれよと不器用ながらに取り組んでいたが、やはりと言うべきかココロは手先がかなり器用だった。同じキーケースを作ったはずが出来栄えが遥かに違う。
ココロの手掛けたものはシワもなく綺麗なのに、俺のは真っ直ぐ革を切れておらず曲がっていたり、解れた糸が目立つ。どうせなら日常的に使うか、不格好だが自分で持つ分には関係もないし。
「……ねえ零真!お互いの交換しよ?」
「……俺の不細工だぞ」
「いいの!零真のがいい……ダメ?」
「そんな顔でお願いされたら断れないだろぉぉぉぉ……次は上手く作る」
「うん!また来ようね!」
かれこれ三時間近くレザークラフトに費やしてしまった。だがココロも楽しそうにしてたし、事実俺も楽しかった。ココロと同じ空間を共有したという前提条件もあるだろう。共に元々使っていたキーケースから交換したお手製のものへとつけ掛け、共に吊り下げたようにして写真を撮る。
それにしてもなんとも平和な時間なんだろうか。夕方以降はアストラに潜るため早めの晩御飯を取る流れから、施設内のレストランでこれまでのアストラの軌跡を語り合う。近づく別れの時のせいか少し名残惜しい。アストラ内でまた会うにも関わらずだ。
「なんか名残惜しいなぁ……もっと零真と話してたいけど、アストラもしたい……!うぅ〜!」
「俺も同じ事思ってた。でも時間はあるからな。明日も、明後日も、その次も。今度はテーマパークとか行こうか」
「行きたい!あとね、アストラコラボのカフェも行きたいな?」
「いいね!行こう!同じ趣味の彼女がいると話題に困らないし、何を話しても楽しいなぁ……」
「私も! でも……そろそろ時間だね……」
チョコ達にも集合時刻をぼんやりと伝えている手前、いつまでもこの幸せ空間に固執してはならない。サークルクラッシャーにはなりたくないし、アストラはアストラでまだまだやりたい事もある。席を立とうとした刹那、ココロが。
「……ねぇ?零真の彼女になれたし…………今度はその……お見舞いとか看病とか、口実なんかなくたってお家に遊びに行っても……いい?」
「……そ、そりゃ良いけど…………俺も男だからな?それなりに覚悟をしてくれていないと傷つけてしまうかもしれない……む、無理矢理はしないけどな!?」
「分かってるよ……えっち…………」
「ぐええぇぇぇ!」
照れた顔でそれは破壊力がやばすぎるだろ。ということで互いに名残惜しさを感じながらも、約束のアストラへと潜るため帰宅する。絶対に口にはしないが、本音をぶちまけるならばリアルのココロを朝まで独占したかったのは内緒だ。
『妖精族』
法撃や弓等の遠距離攻撃に向いた種族。高い知性と技量、精神力を活かす事で高い火力を出すことが出来る。耐久性に難があるがドワーフはその限りでなく、力強さを兼ね備えている代わりにメインスロットが二枠となっている。
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