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一 帰還した世界最強

 ブラック企業の飼い犬として過ごしていた俺は天井を見つめていた。別に過労で倒れたとか、危篤だとか、そんな大それたものではない。寝る場所と化していた一人暮らしの部屋、そこは今なら人を呼べる有様にまで掃除もした。やることがないのだ。仕事と就寝の往復を繰り返した人生に終止符が打たれたのは一昨日のこと。


「……えぇ?俺って休日はゲーム以外に何もしてなかったのかよ……あんな会社でもなくなると妙な焦りがあるもんだなぁ」


 勤めていたブラックな会社は社長とその他重鎮が夜逃げしたらしく、理由はちゃんと聞いていないが実質俺は無職になったようだった。多忙な会社で休みもロクになかったが、廃人ゲーム中毒者だった俺をある意味現実に戻してくれた場所でもある。


「久しぶりに……やるか」


 どうせ使う時間もなく金はそれなりにある。しばらくニート生活を送るつもりだった俺はゲーム機へと手を伸ばした。仮想現実であるあちらの世界では、俺は琥珀(こはく) 零真(れいま)という一般人から主人公になれる。


 だがその全能感は行き過ぎるとまた廃人に堕ちてしまう。少しだけだ。ほんの気晴らし、息抜き程度に、暇つぶし程度に、新しいキャラクターでなんのしがらみもなく、ソロエンジョイ勢としてゲームを楽しもう。


「【コアレス】、起動」


 仮想現実へと飛び込むために必要な首輪を装着し、起動と同時に注意アナウンスが脳に響く。通常、コアレスを通じて行うゲームは、意識が覚醒状態では遊べないためだ。そのアナウンスは横になれと言う。


『横になってください』


 アナウンスに従い、そのままインストール済のゲームを起動する。かつて俺の大半の時間を費やしたもうひとつの人生、【アストラル・モーメント】へと意識が落ちたのだった。








「キャラクリはそこそこ良いか?最悪後から課金して微調整だな」


 アストラル・モーメント。仮想現実の肉体とリアルの意識の接合を終えた俺は、サブとして新規作成した外観をまじまじと眺めていた。とは言え、腕や足などは見えるが顔面は街にでも入らないと自分では見えない。現実と質感や感触、世界の見え方はなんら変わらないから。


「人種族は初めて選んだが……器用貧乏って叩かれてるだけあって尖ったものがねえ。男キャラだから多少筋力が高い?ワカンネ」


 キャラクタークリエイト、この段階からこのゲームでは能力に差がある。男性と女性、性別の違いさえも僅かながらにステータスの基礎値に影響があった。男性ならば筋力が、女性ならば技量が高い。


 種族もさながらに、それぞれ初期値に特徴があり、普通に楽しむ分には何を選ぼうが誤差の範囲だ。公式からも種族、性別によって勝てないコンテンツは作らないと公言しており、恐らく今もそんなシビアなダンジョンなどはないだろう。


(PvPとなると割と重要なんだが……ま、いっか!それにしても……久しぶりのアストラはテンションあがるぅぅぅ!!)


 アストラル・モーメントの世界において、武器種は多種多様に渡り存在している。だが言っても俺は復帰勢、幾つか当時にはなかった武器種もあった。それでも根本は変わらない。法撃、貫撃、斬撃、打撃、どの武器種もが必ずこの四つに該当するはずだ。


「ファンタジーな世界にこの鉄臭い武器をよく初期から実装したよなぁ。俺は割と好きだけど」


 初期装備で選んだ一つ、拳銃を構えて空の鳥を撃ち殺す。赤いヒットエフェクトと共に響く絶命の鳴き声。技量ステータスによるエイムアシストがなくとも勘は衰えていない。体が覚えているぞ。


 落下していく鳥を見下ろすために、初期スポーン位置から切り立った崖の淵へと歩み寄った。初心者だとしても本能的に落下死は免れないと分かる高さ。股の間が得体の知れない恐怖によってスースーする。


「よ、よし……手始めにやることは決まってる……っ!けど……こえええええ!!!!」


 それは『デンジャースキル』の習得。様々な攻撃や防御スキルに加えて、ユニークスキルと呼ばれる習得に運要素が絡むものまで、おびただしい数のスキルがこの世界には存在しているのだ。


 その中でも『デンジャースキル』は変態仕様と言われるほどにクセの強いものばかりだ。一言で言えば時限強化、三分間ほど強力な効果を得る。ただし、それに釣り合わないのではないか?と言うほどのありえないデメリットも同時に背負うスキルだ。


「自傷による自殺はできない仕様だし、落下死しかないよなぁ……?エネミーに殺られるにもここらじゃあ効率も悪いし……っ!漢!!レイ(・・)逝きまぁぁぁぁぁぁぁあす!!!!」


 ださいカエルのように俺は崖から飛んだ。勿論首がもげて即死だ。新規作成キャラに限り、リスポーン地点が初期位置であり、連続して死ぬ必要があるため街に入るより遥かに効率が良い。でも怖いものは怖いし、落ちてる時のあのタマヒュンの感覚は慣れない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!お母さァァァァァ――」


 体から凄い音がしながら俺は肉塊になった。デスペナルティは特殊耐久値への移行、どんなか細い攻撃でも最大でも四回被弾すれば死ぬ。勿論耐久値を上回る攻撃を貰えば一撃でも死ぬ。二○分ほどはクソザコナメクジになるわけだ。


「はーい、二回目逝きまぁぁぁぁぁぁぁあす!!!勢いで逝け!!躊躇したらまたびびる!!いやこっわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 狙うデンジャースキル、その名は『死神の悪戯』。従来のデスペナルティの耐久仕様、それを発動から三分間ほど自ら背負うスキルだ。ただし、同時に全てのスタミナ消費が大きく減少する。


 通常攻撃を除く、ほぼ全てのスキルと強攻撃、回避行動などにはスタミナが消費される仕様なのだ。スタミナが尽きれば当然回避も不可能になり、スキルやパリング(・・・・)なんかも狙えなくなる。エネミー、プレイヤー、問わずしてスタミナを消費し始めてからの読み合い、その中で手数の底上げが可能になるこのスキルは是非とも持っておきたい。


「あ゛」


 尚、習得条件はデスペナルティの間に再度死ぬこと。習得確率は死ねば死ぬほど上昇していく。期待値としては三回目までは五%、四回目で一○%に跳ね上がり、それ以降は四の倍数で五%ずつ上がっていく。つまり、飛び降り自殺が最も効率が良いのだ。多分これが一番早いと思います。


「はいぃぃ!三回目も終わって四回目ぇぇぇ……っ!逝きまぁす!!ふへぁ……!」


 いかん、怖すぎて頭がおかしくなってきた。でも正常な思考回路じゃあこんなことできない。徹底的に自分を壊そ、じゃないと本当に心が壊れちゃう。おっと、他の新規プレイヤーもこの初期地に来たっぽい。


「あ、はじめまし――」


「――ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「えええええええ!?」


 首がもげた後、数分後にリスポーンしたら新規ちゃんが怯えた顔でこちらを見ていた。それはそう。俺だって何も知らない状態でこんなキ○ガイ見たら怖いもん。教え魔ではないが、一応先人の知恵をかしてあげようかな。


 栗色のセミロングの髪、その前髪の狭間からチラつかせる淡いワインレッドの怯えた瞳。背丈は平均的な女性ほど。先人の知恵をさずける前に観察してたら小さな口が。


「な、なんで飛び降り自殺を……?」


「君キャラクリ上手いねぇ……!可愛い!!君もやらない?トべるぞ?ふへぁ……!」


「気持ち悪いですぅぅぅぅ!?」


「じゃあ俺はデンジャースキル欲しいからおかわりぃ!!!ひゃっふぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「いやいやいやいやいやいや!?待って待って!!頭おかしいんですか!?ゲームだからって何考えてるんですか!?」


「HA☆NA☆SE!!」


 倫理観が崩壊していることは認める。だが邪魔はしないで欲しい。そもそもがデンジャースキルの習得条件を知っている奴なんて、ガチ勢かその予備軍だ。普通にプレイするならば、一つを除いて必要のないゴミスキル以外の何物でもない。だから普通にプレイするであろう君は俺をほっとけば良いのだ。


「一回落ち着いてください!!街まで案内してくれませんか!?友達に誘われて始めたんですけど……ぉ!ダンジョンに入ったから街で……っ!待っててって……!動くな!!止まれって!!」


「HA☆NA☆SE!!このドーピングが効いてる時じゃないと死ぬのが怖くなるだろ!!クソ……っ!初期ステだから引き剥がせな……っ!かくなる上はぁ……!」


「ちょいちょいちょいちょい……っ!?いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!離してくださいぃぃぃぃ!!」


「お前が離すんだよ!!あっ、そうだ!!」


「はぁ……!はぁ……!やっと落ち着いて貰えましたか……?」


「初期武器何選んだ?剣?杖?銃?」


「剣と杖……あと盾ですが……?」


「おっけー、スパッといっちゃって?俺の首」


「やるわけないでしょ!ちょ、待て!!飛ぶな飛ぶな!!あっ――」


 隙をついて飛んだら何故かこの女も釣られたのか、共にヨンテンゴビョウのツアーへと旅立った。このゲームにそういった仕様はないのだが、死んだことでハイになっている俺は奇声をあげながら女の悲鳴とハーモニーを奏でてやった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「うるぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁっふぉおおおおおお!!ふぅぅぅぅ!!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?地面がぁぁぁぁ!!」


「「お゛」」


 首が地面へと突き刺さり、俺達は仲良く初期位置へとリスポーンした。復帰までは五分、そしてデスペナルティ開始は復帰してから二○分。復帰した後に女の子は泣いていたが、己の犯した罪の大きさを理解するのは、デンジャースキル『死神の悪戯』を手にしてからなのだった。

『デンジャースキル』


3分間強力な力を得るが、同時にデメリットも背負うスキルの総称。ハイリスクハイリターンなこのスキルは、使い手の技術によって戦況を大きく左右させる事ができる。


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