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02 それで止まるなら苦労はしない

「ディアマンタ!!」

 給仕の制服を着て、鏡で髪を整えていると、勢いよくドアが開いた。

「まあ、メルシエ伯爵。伯爵がわざわざお持ちくださったんですか? ありがとうございます」

 その小脇には巻かれた絨毯。伯父であるレイモン=メルシエは、わたしの姿を見て、はあ、と特大のため息を吐いた。


 メルシエ伯爵家は、必ずしも伯爵の実子が継ぐとは限らない。一族の中で最も適性がある者が選ばれる。商会の跡継ぎも然りだ。

 伯爵位は三兄弟の次兄、レイモンが継いだ。長兄ディオンは兄弟の中でもとびきりの目利きであるため、珍しいものを商会に仕入れるべく夫人と世界を飛び回っている。そして、末弟であるわたしの父が商会長。

 適性をどこかのタイミングで鑑定されているはずなんだけど、まるで記憶にないのよねえ……。


「止めても無駄ですよ。わたしに丸投げしたのはお父様です」

「止めはしない。話を聞いた時、ディアマンタならやるだろうとは思っていたからな。しかし今日着いて今日実行とはさすがに急だ!!」

「次の機会を待っている間に、きっと伯父様が片付けてしまうでしょう? それじゃあ面白くないわ」


「まったく……」

 伯父が困ったように頭を掻いた。

「それで、どう踏んでいる?ディアマンタ」

「何人か実際にパーティーに派遣された方にお話を伺いました。やはり銀灰茸とニオニンによる似非(えせ)ドラッグパーティー状態のようです」

「似非とはいうが、もはや立派な中毒だろう」

「そうですね、あまり……いえ、大変よろしくない状況かと思います」

「シルヴァロン子爵には」

「まだ会ってありません。話を聞くまではごあいさつくらいはと思っていましたけど、会うまでもないでしょう」


「……はあ、本当にディディは君のお母さん、ノエミにそっくりだよ……本当に貴族より余程貴族らしい。なのにどうしてそんなに行動派なんだ」

 伯父が先ほどより一段と深いため息を吐いた。


「中央から伝達を頼んだのでは時間がかかるからな、先に駐屯部隊には連絡した。すぐ出てくれるそうだ。魔獣の目撃情報が例年より多いんだよ」

「それ、最悪のパターンじゃない……」

 そんな状態で焚かれてみろ、ドラッグパーティーどころか魔獣ウェルカムパーティーだ。


「転移陣は駐屯所に持って行くが、装備も込みだとかなりの重量になり、魔石の消費が激しい。

 狩った魔獣から取れた魔石をうちで全てもらうことを条件にして使用の交渉をすることになるかもしれない。よくてトントン、最悪は大赤字になる可能性はある」


「……ごめんなさいね、伯父様。何かしらの手がかりはつかんで戻ります」

「怪我はするなよ、ディディ。みんなお前が可愛くて仕方ないのだから」

「もちろん。今回は護身用の魔道具も持ってるし、良い実地訓練だわ」

「ああ、そういえばメドゥスからベルサン君も一緒に来てるんだったな。それなら大丈夫だろう」

「伯父様、ベルサンさんのことをご存知なの?」

「うちの事業でも取引があるからね。そもそも、ベルサン君を紹介したのは私だよ」


 コンコン、とドアがノックされて、タイミングよくベルサンさんが入ってきた。

「失礼します。ご無沙汰しております、メルシエ伯爵」

「ベルサン君久しぶりだね。今回は弟家族が振り回してしまい申し訳ない」

「とんでもない。品質と性能、価格について、正しく認識してくださるお客様は貴重です。我々のように新しく商品開発をする立場からすれば神様のようですよ」


「あはは、そうね、無茶振りはするけど、きちんとお支払いはしているものね」

 声をあげて笑ったわたしを見て、そういう問題じゃないだろう、と伯父が苦々しげに小声でぼやいた。

 


「ところで、バハラ伯爵領の会社が運営をしてると聞きました。バハラはもともと別の国でしたよね? 海に面していて港もあって、独自の文化があったと記憶しています」

 ベルサンさんが言う。

「別の国?」

「併合されたのは百年ほど前だったと思います。海から渡ってきた独自の宗教を信仰していたかと」


「詳しいのね」

「自分の辞書にない知識を知ることで、新しいひらめきが降りてきたりするんですよ。魔道具に生かせないかと、世界各地にある独自の文化や信仰はだいたい調べました」

「そういう興味の持ち方もあるのね、面白いわ」


「独自の文化の一つとして、バハラでは強制的にスタンピードを起こすんです」

「強制的にスタンピード!?」

「農地が広すぎる上に標高差が激しいので、人力で耕すのが大変なんですよ。そこで人為的にスタンピードを起こして耕すんです」

「……すごそうね」

「家が巻き込まれることもありますし、人的被害も出るんですが、それでもスタンピードを起こした方が効率が良いとされているんです」

「なるほど」



「銀灰茸とニオニンについては先ほど説明しましたが、バハラで獲れるメンブという海藻があります。貴重な栄養源なので領内のみで消費され、国内にはほとんど流通しません。これもいい出汁が出ておいしいんですよ。

 ……ただ、このメンブがもし、シルヴァロンに流れているとしたらまずいです」

「まずい、って?」


「スタンピードはニオニンとメンブ、それとクグミソウという草を使って誘発します。このクグミソウの構造は、銀灰茸に近い」

「つまり、同じような効果があるってこと?」

「銀灰茸に含まれる誘発成分はクグミソウの約三倍です。メンブとかけ合わせると、三倍どころか三乗の効果が出ます」

 三乗と聞いて伯父の顔色が変わる。


「でもそれがあるなら、なぜ今まで使われていないのかしら?」

「乾燥したメンブが出回り始めるのがこの時期なんです。魔獣の目撃が増えてるんですよね? 疑いたくはないですが、スタンピードの発生を狙っている可能性はあります。

 バハラは少数民族で、半ば侵略される形でユジヌに併合されています。こちらに対する感情はあまり良くない」


「おいおい、それじゃどうすればいい?」

「……確か親会社のファルマヴィータで、中和成分を研究していたはずです。今から連絡して、転移陣を使えばなんとかなるかもしれません」

 硬い表情でベルサンさんが言う。


「すぐに連絡しよう、マッシモ!」

「はい!」

 入口に控えていたマッシモが返事をする。

「対話魔道具をすぐに用意してくれ。魔石は最上級のものを」

「かしこまりました」


 マッシモが魔道具を取りに行く足音を聞きながら、伯父が空いていたソファに重々しく腰をおろした。

「はあ……」

「……ごめんなさいね伯父様。思ったよりもことが大きくなってしまったわね」

「こればかりはもう仕方あるまい。トラブルというのはこちらの都合よく起きてくれるものではないからな」


 伯父が力なく笑った。

「誰も気付かず大惨事になるよりは遥かにマシだろう」

「そう言ってもらえるとありがたいわ、ありがとう伯父様」

メカブが好きです。昆布も好きです。メンブで昆布のシルエットを想像した方、作者イメージもそれです。

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