13 extra track 狩りに行こう(後編)
前編も本日投稿しています。
勝負の結果、僕は二体差で負けた。
本当はほかに五頭、ミツノイノシシを獲ってたんだけど、これは精霊たちの力も借りたから、フェアじゃない。ハムにするしね。
「イオ」
夜空を見ながら二人で横になっていると、リリスが僕に身をすり寄せた。
「どしたのリリ、寒い?」
「いいえ。……落ち着いた?だいぶ荒れていたでしょう」
「……へへ、リリスにはやっぱりバレバレだねぇ。うん、もう平気。ありがとう」
「あなたをひとりにするんじゃなかったと少し後悔したわ」
「リリにそんなこと言ってもらえるなんて、僕嬉しいよぅ」
リリスをきつく抱きしめる。
「イオ、それをやめてって言ってるの。苦しいわ」
「わあ、ごめん、気を付ける」
「……イオがわたくしをそうやってきつく抱きしめるようになったのは、ユジヌに来てからよ?」
「へ?」
「あの男に、わたくしが運命だと言われてからよ。やっぱり気付いていなかったのね」
「そうなの?え?でもなんで?」
理由がわからず首をかしげると、リリスが意味ありげに笑った。
「嫉妬、したのではなくて?」
リリスの言葉がすぐに理解できず、数秒固まる。
「は!?嫉妬!?僕が!!?」
どうして僕が嫉妬する必要があるの!?リリスは半身!僕の妃だよ!?
混乱している僕を見上げて、リリスが小さく笑った。
「パフォーマンスではなく、本当に嫉妬するのねって、わたくしも少し驚いたのよ」
「はわわわ」
ああもう!怒りとか恥ずかしさとか色んな感情ぐっちゃぐちゃ!
「わたくしもイオルムに迫る女を前にしたら、嫉妬するのかしら」
嫉妬するリリスを想像してみる……してみるけど……。
「んー、リリが嫉妬してるところなんて想像できない」
「やっぱり?わたくしもまるで想像できないのよ。だってあなたは、わたくしのもの、でしょう?」
リリスが僕の胸に指を滑らせる。
「わたくしのものって、所有印がついているものね」
所有印。リリスやシャルロット夫人といったセス家の直系女性が使う、獲物の貞操を守るための血統魔法。
「ふふっ、そうだねえ……あ!そうだ思い出した!」
「?どうしたの?イオ」
「所有印って契約魔法じゃない?」
「ええ」
「セス家の血統魔法の再現はさすがにできないけど、ディアマンタちゃんの護身魔道具とか見ててさ、うまく応用できないかなってずっと考えてたんだ。実はもうグリス翁とかとも相談してて。護身魔道具のベースはあるから、なるべく早く実用化したいと思ってるの」
「そう。素晴らしいことだと思うわ」
「ふふ、ありがとう。だから今後、塔に行く頻度が増えると思う。ディアマンタちゃんがフェリティカに行った後も、僕も含めたみんなで見守るから安心してね」
「ええ。教えてくれてありがとうイオルム。いつもちゃんと教えてくれるから、わたくしは大きく構えていられるのよ?」
「へへ、リリスにそう言ってもらえると嬉しいぃ」
とっても嬉しくて心のしっぽをぶんぶんと振っちゃう。心だから見えないけど、きっとリリスには見えてる。
「ふふ、頑張っているイオルムに免じて、三日を一日にしましょう」
「えっ、ここはゼロにしようって展開なんじゃないの!?」
「わたくしはそこまで甘くなくてよ?イオルム」
「ふえええ、リリスうぅ」
***
翌朝は早起きをして、狩りの途中で精霊が教えてくれた花畑へ転移した。
「朝露に濡れた花たちが朝日を浴びて、とっても綺麗なんだって」
「そうなの?楽しみね」
二人で身を寄せ合い、僕の宝物のひとつである大きなリネンの一枚布を羽織る。
息を潜めて静まり返った花畑を見つめていると、木々の向こうから朝日が射し込み、花たちを照らし出した。
「……綺麗ね」
しっ、人差し指を唇に当てる。
「本番はここかららしいよ」
「本番?」
花畑を見つめ続けていると、花のひとつひとつから小さな光が生まれ、空へ上り始めた。
「……まぁ」
光は上空で一つになり、大きな蝶を象る。
蝶は数回その羽根を大きく動かすと、綿毛のようにパッと散って消えた。
光の雨が花たちに降り注ぎ、まるで鈴のような可愛らしい音が鳴る。
全てが花に落ちると、また静寂が訪れた。
「これが、この森の主。地下茎で繋がっていて、ひとつの生命体なんだって」
「そして朝日を浴びて、羽化するのね。綺麗」
立ち上がってリネンを畳みながら、リリスが感嘆のため息をついた。
「素敵なものを見せてくれてありがとう、イオ」
「どういたしまして、リリ。まだまだたくさん、素敵な景色を観に行こうね」
「もちろんよ、楽しみにしているわ」
持ってきたパンに昨日の夜に焼いた鳥、タスキジを挟んだ朝食を終え、諸々の始末をすると、キャンプを後にする。
「さあ!もう一狩り行くわよイオルム!」
「えっ!?まだ狩るの!?」
「昨日はイオルムの負け越しでしょう?今日やって逆転できればイオルムの勝ちになるけど……やらなくて良いの?」
「わー!!やるやるー!!」
「ふふ、可愛いヘビさん、手は抜かなくてよ?」
喜ぶ僕を見て、リリスが嬉しそうに微笑んでくれる。
「負けないもん!逆転するよ!」
やったね、なんだかんだ言ってリリスは僕に甘い。そして僕も、リリスには甘い。
「僕はまた鳥を狙えば良いのかな」
「どうかしら。お守りの素材になりそうなものは大方獲れたわよね?」
「そうだね」
「イノシシとシカに絞って勝負しましょうか。必要でしょう?生ハムの材料」
「ほんと!?まとめて仕込む時期だからあればあるほど良いんだ。リリスが手伝ってくれるの嬉しいなぁ。あ、リリスが獲ってくれたのは売り物にするのやめようかな……」
せっかくだから全部僕が食べたいもんなぁ。
「それじゃあ一緒に獲る意味がないじゃない」
ふふっとリリスが笑った。
「ディオン叔父様から生ハムの話を聞いた叔母様が、食べたいって騒いでいたわよ」
「ふふ、そっか。じゃあ今度、みんなで生ハム食べないとね」
「始めましょうか。今日も二刻後に」
「りょうかーい、がんばるよー!」
どんな僕も可愛いと言って抱きしめてくれる僕の唯一。
リリスがいるから僕は僕でいられる。
人を超えても、人のままでいられる。
僕の半身であり、ストッパー。それがリリス。
「リリス、大好き!」
イオルム「え?勝負の結果?ふふ、ドレスは作ったよ」




