12 extra track 狩りに行こう(前編)
ひとつ前の話に出てきた、お守り用の素材を取りに行くお話です。少し長くなったので前後編に分かれてます。
「お守り?」
ディアマンタとのパジャマパーティーを楽しんできた翌日、リリスがお茶を飲みながらパーティーの報告をしてくれる。
「ええ。お客様から狩りをなさる婚約者の方にプレゼントを贈りたいと頼まれているんですって。わたくしたちの魔獣狩りの話を聞いて相談されたの」
「ああ、なるほどねぇ。うちは狩猟が盛んだから、お守りみんな作るもんね。……あれ?リリからもらったことってあったっけ」
「お守りらしいお守りはあげていないわね。どちらかというとわたくしが魔道具をたくさんイオルムに持たされているわ」
「えっ!?持たされてるなんて思ってたの?悲しい……」
シクシクと言いながら目元に手を当てると、リリスが「手がかかるヘビさんね」と笑った。
「それで、せっかくだから素材を狩りに行こうと思うの」
「行く!!一緒に行く!!」
ぴょんと跳ねるようにリリスの隣に座る。
「リリスと狩りに行くの久しぶりだから楽しみだなぁ」
「まだ良いともダメとも言っていないでしょう?……もちろん、一緒に行きましょう」
リリスが頭を撫でてくれ、気持ち良くて目を閉じる。ネコじゃないけどゴロゴロしちゃう。
「ユジヌに良い森はないかしら。魔獣狩りの依頼が出ているようなところが良いと思うのだけれど」
「うーん、ちなみにお守りを贈りたい相手ってどの辺の領地の人なんだろ」
「カステリュ伯爵領だそうよ。北の方よね」
「カステリュかぁ……あの辺は魔獣は出ないから、純粋に獣狩りかな。久しぶりに魔獣じゃないイノシシで生ハム仕込もうかな……」
最近生ハムもあまり仕込めてなかった。そろそろマチルダ様からワインとのセット売りのための注文が入るはずだから、準備はしておかないと。
「生ハムも良いけれど、勉強もしっかりね、イオルム」
「リリスは生ハム作りで僕の学業に支障が出ると思ってるの?」
「いいえ、まったく」
「ふふ、だよねぇ。お守りの素材なら、鳥も狩るよね?」
「そのつもり」
「森で野宿するよね?」
「……野宿したいの?」
「もちろん!最近おいしい鳥の焼き方を聞いたから試したいんだよねえ。その後はリリスと森の中で満天の星空を見ながら愛を語らうの。楽しみ!」
「晴れればそうしましょう」
「晴れるよー、晴らせる!」
「……あなたは本当にやりかねないのよ、イオルム」
狩りかぁ、久しぶりだなぁ。北の方ならクマもいるよね。持って帰ってバルドに煮込みにしてもらうのも良いな。
「楽しみだね、狩り!」
「ふふ、イオルムったら」
***
そして一週間後。リリスと僕は北部の森に入った。
「……あんまり状態が良くないなぁ」
まさか魔獣がいるとは思わなかった。しかも、それなりの数。
「これもロゼナスの影響なの?イオ」
「たぶん」
おそらくそうだろう。あの悪魔が広めた穢れの影響が出てる。影響は街よりもこういった自然環境に出やすい。吸収して浄化しようとするからだ。
「んー、今後減るとは思うけど、間引いておこうか」
「この辺の人たちは魔獣を狩ったことがないって言っていたものね」
「うん」
「ねえ、イオルム」
「なぁに?リリス」
身体を伸ばしているリリスが、チラリとこちらを見た。
「わたくし、久しぶりの狩りを楽しみにして来たの。森の生き物たちが怯えて隠れてしまわないように、加減してちょうだいね?」
「気をつけまーす」
「本当かしら……ああ、そうだわ。どちらが多く獲れるか競争しましょうか。勝った方には……」
「僕が勝ったらリリスにドレスを贈る!」
「……いつもでしょう?」
「贈る!僕の前でだけ着てもらうやつ!」
「……イオルムの前でだけ?」
「そう、脱ぎ着が簡単なやつ!僕でもお世話できるやつー!」
「あなた、この前の夜会の後のこと、まだ根に持っていたのね」
そうだよ。あの夜会のリリスはとっても素敵なドレスだったのに。帰って来てからを楽しみにしてたのに!侍女たちにかっさらわれたんだ!お世話したかったのに!!
「ふふーん、ヘビさんだからねぇ、しつこいもん」
「まあ良いでしょう。わたくしが勝ったら……そうね、二、三日、ひとりで寝かせてもらおうかしら」
「えええっ!!?なんでぇ!!?」
なんでそんなこと言うのリリス!?
「寝ているとあなたに巻きつかれてしまうから、たまには身体を伸ばして眠りたいのよ」
「やだやだやだー!マッサージする!回復魔法もかける!だから一緒に寝てよぅ!」
「あなたが勝てば良いのよイオルム。ただし、ズルはダメよ?すぐにわかりますからね」
「むー、負けないもん!!」
鼻息荒く返す僕を見て小さく笑うと、準備ができたリリスは右手中指に唇を落とした。
「……お待たせミドガル。今日の相手は獣よ、たくさん遊びましょうね」
ミドガルがしゅるりと指を抜け出して、剣の形を取った。
狩りのときのミドガルは自在に形を変える。止めを刺す時は剣の形だけど、それ以外の時は槍になることも弓の形を取ることもある。
刃の輝きを確認するリリスの目は、既に狩人で捕食者。その目がたまらないんだよねぇ、ぶるりと震えちゃう。
「負けないからねっ!」
「ふふ、上等ね、ヘビさん。期限は一刻半後。終わったらここに集合しましょう」
***
リリスと別れて森の中を一人で進んでいく。
なるべく距離を取るために、気持ち早足で。
獣たちを怯えさせないように、気配は抑えているけど。
僕以上に怯えさせる存在が、気配を隠していない。
「ねぇ、ロゼナスさあ。隠れてないで出て来なよ。文句のひとつやふたつ、まあみっつは聞いてあげるから」
「なぁんだ、やっぱりバレてたのかぁ」
一帯の空気が、急に重くなった。黒い色まで見えてきそうだ。
木々の奥から、シッコクヤギの角を生やした黒髪の男が現れる。
「久しぶりだねヘビ野郎。文句なんてないよぉ、ボクが用意した余興は楽しんでもらえたぁ?」
「楽しくはないね、暇つぶしにはなったかな」
「そんなこと言ってぇ。ボクたっぷりこの国を汚しておいたでしょう?絶望した?ねえ、絶望した?フフフっ」
「絶望はしてないけど最高にイラついたよ?それより僕、結構怒ってるんだよ、リリスにあんなヘドロを近付けて。魂ごと黒焦げにしてやろうかと思うくらいには腹立たし……あー、なんか思い出したら力が溢れちゃいそうだなあ。やる?今」
蛇眼を発現させる。ロゼナスをぎろりと睨むと、悪魔は胸の前で両手を小さく振った。
「やだやだ、お前なんかとやり合うなんてゴメンだね!ボクはルルと戦いたいんだぁ。はー、想像しただけでゾクゾクしちゃうっ」
何を想像したのか、両腕をさすりながら息を荒くしている変態ヤギに向かって人差し指を弾く。
僕が放った氷の礫は、ロゼナスに届く前にドロリと溶けた。
「あの可愛い精霊、美味しそうだねぇ。早く育たないかな、食べちゃいたいなぁ」
挑発的な眼差しで舌なめずりするその姿は、まさしく悪魔。本当に、腹立たしい。
「あれは僕のだから、手出ししちゃだめだよ黒ヤギちゃん?したら……わかってるよね?」
僕の周りに無数の氷が浮かぶ。ロゼナスはヤダヤダと笑いながら両手を挙げた。
「今はしないよ、今はね!
まったく深淵の森でお前を殺しておけば良かったよ、まさか神格持ちになるなんてとんだ計算外だ!」
ロゼナスの背後の空間が歪む。
「それじゃあデートをゆっくり楽しんでね蛇神サマ!また会おうねー!」
「……できれば会いたくないけど仕方ないね。次は覚悟しといてよ、ロゼナス」
マーブル模様の歪みの中に、ロゼナスの身体が飲み込まれていった。
森に静寂が戻る。静寂どころか、静かすぎる。
「……あーんもう、あんなにドロドロなの出したから獣がみんな逃げちゃったじゃないか」
リリスと別々で寝るの嫌だなぁ……挽回できるかわかんないけど、とりあえず狩場変えようっと。
転移先の見当をつけながら、ぽつりとひとりごちる。
「……ユジヌにしたこと以前に、深淵の森の主の最期を台無しにしたことも、弱ってたヨランド様を狙ったことも、ルルを付け狙うことも。
僕はぜーんぜん許してないからね?クソ悪魔」




