07 偽名様様
「私も聞いて良いのかしら。ああ、せっかく個室に通してくれたのだから、言葉は崩して」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ。やっぱり肩が凝るのよね……」
ふう、と息を吐くと、クレールがふふふと微笑んだ。
「ディアマンタとは子どもの頃からの付き合いなの。だから気安く話してもらったほうが楽なのよ」
「そうなのね。私もディアマンタと呼んでも良いかしら」
「構いませんよ。わたしもキアラと呼ばせてくださいね」
もちろん、とキアラがうなずく。
「キアラ、あなたのお姉様がミラヴェール様とお付き合いを始められたのはどれくらい前なの?」
「半年くらい前だったかしら。また派手派手しい格好で舞踏会に行ったと思ったら、もうとびきり上機嫌で帰ってきたのよ。びっくりしたわ」
「あなたのお姉様、お顔立ちがくっきりされてるから華やかな装いが似合うのよね、羨ましいわ」
「それはそのとおりなんだけど、たまにやりすぎるのよね……私も両親もあそこまで目立つ顔じゃないから、家族揃って出かける時に女主人とその使用人、みたいになるのよ」
やだやだ、とキアラが肩をすくめる。
「あの日は姉一人で出かけたの。両親は領地に帰ってて。私はタウンハウスの自分の部屋で学校の課題をしていたんだけど、玄関が騒がしくなったと思ったら、いきなり姉が部屋に入ってきて。
『キアラ聞いて! 侯爵家の御子息に見初められたわ! 運命ですって!!』
って。何事かと思ったわ」
話をまとめるとこういうことらしい。
元々華やかなカミラ様はよくおモテになり浮名を流してきたが、そろそろ結婚相手を見つけろというご両親の指示で、派手ではあるが普段と比べればまだおとなしめの装いでお出かけになった。
ホールに入ってすぐ、とある男性とバッチリ目が合った。
その男性が
『君は僕の運命だ!』
と叫んだらしい。言わずもがな、それがアマラン=ミラヴェール様であった、と。
「まーー情熱的だのなんだのとにかくうるさかったわ……ついに私も運命の人と巡り会えたのだわ! なんて言ってね」
「運命、って、やっぱりミラヴェール様から言われたのかしら」
「そんな感じだったわ。
『お姉様はミラヴェール様を運命と感じたの?』
と聞いたら、
『よくわからなかったけれど運命だと言われたんだもの!』
みたいなことを返された。あの様子だと、姉は運命だとかそういうのは感じていなかったと思う」
「わたしも感じなかったのよねえ……」
とため息を吐く。
「いきなり運命なんて言われてわけがわからないじゃない? びっくりして商会の伝手で、この辺のことに詳しい方に相談したの。そしたら、ビンビンなのにガバガバなんだろう、って」
「ビンビンなのにガバガバ!? なにそれ」
キアラが食いついてくる。やはりキアラはわたしに近いタイプっぽい。
「ちょっとディアマンタ、その表現はどうなの」
クレールは苦笑いだ。その反応のほうが貴族としては正しい。
「ええっと、相性というか波長? が合う合わないみたいなことをものすごく敏感に感じる人らしいの。なんだけど、『合う』の範囲が広くて、わたしだったら合うと判断しないような人も合う! って思っちゃうらしくて」
「ああ、なるほど。それは確かにビンビンなのにガバガバだわ……だから、そのガバガバの範囲に姉もディアマンタも入った、ってことね」
「そうみたい。比較対象がそばにいれば、より『合う』方がどちらなのかはわかるんだって。だから、キアラのお姉様とわたしを比べて、わたしの方が運命だ、って思ったみたいなのよ……本当にいい迷惑」
「ははっ、いい迷惑、って言っちゃった」
キアラが愉快そうに笑った。
「でも、ここで働いてるのはバレてるんでしょ? その運命の出会いの後は鉢合わせてないの?」
「運命の出会い、って普段ならロマンティックに聞こえるけれど、今日に限っては嫌な響きね……背中がむず痒いわ」
クレールが顔をしかめた。
「店頭には出ないようにしていたの。でも、わたしをわたしと認識されないように魔道具をつけているから、効果を見るテストとして昨日試し兄と一緒に街を歩いてみたのよ。いつ会うかわからないから長期戦を想定してたのに、まさかの初日にいきなり遭遇。……運命の出会いって恐ろしいわ」
「きゃははは、運命って聞くだけで拒否反応出そう!」
「それで、魔道具の効果はあったの?」
「すごかった! 全く気付かれなかったの! 髪の色も長さも、目の色だって変えてないのに」
「すごいわね!」
「そうなの。びっくりしちゃった。でも目の前に気持ち悪い人がいることに変わりはないから、ドッと疲れた」
「お疲れさま……」
「それで、本人に対しても効果が確認できたから、そろそろ普通にお店には出ようと思ってるの」
「大丈夫?」
「出るお店は日によって変える予定。あと気分転換に週末は泊りがけで遠方の支店にも行こうかなって。あまりない機会だから」
「まあ、素敵ね!」
「そうなの。観光地にも支店があるんだけど、やっぱり売れるものが違うし、遠方の職人さんに会えるから楽しみで」
「ポジティブなのね、ディアマンタって」
「ディアマンタのポジティブさにあやかりたくて、私も会いに来るのよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
ちょっと茶化して答えると、クレールとキアラが声を上げて笑った。
「姉のことは心配しないで。近い内に修道院に放り込むから」
「キアラはお姉様と一緒に暮らしてるの?」
「ええ、今は部屋でシクシク泣くか、物に当たって暴れるかのどちらかだけどね」
「教えてくれてありがとう。お姉様の対策をどうするか考えているところだったから、不要だとわかって安心した」
クレールの買い物は、予想通り婚約者であるアントン=カステリュ様へのお返しのプレゼントだった。
「今までカステリュ様へのプレゼントはうちでお買い上げになったことはなかったわよね」
「ええ。今までは刺繍したハンカチとか、そういったものをお贈りしていたから。今回はバザーで売り上げたお金で何かお返しをしたいなと思っているの」
「素敵ね!」
キアラの目が輝いた。
「キアラには婚約者はいないの?」
「……姉が片付くまではどうにもならないって諦めてるわ」
「じゃあもうすぐね!」
「そうね! ありがとう。ディアマンタは本当にポジティブね」
「ふふふ。プレゼントのお買い求めはメルシエ商会でどうぞ」
「ぜひ! 今から楽しみにしているわ」
「……ふたりとも?今は私の買い物よ」
クレールが頬を膨らませた。
「あはは、ごめんなさい。どんなものを考えているの?」
「カステリュ伯爵領ではよく狩りをなさっているそうなの。だから狩猟関係の何かが良いんじゃないかしらと思ってるんだけど」
「なるほど。いつ頃お渡ししたいの?」
「狩猟のシーズンに入るまでに手に入れば」
狩猟シーズンは秋。あと三ヶ月はある。
「わかった。狩猟がさかんなエリアにある支店にも行くつもりだから、早めに回ってどういうものが良いかリサーチしてくる! 良いものが見つかれば連絡するわ」
「ありがとう! さすがディアマンタ」
二人にお土産として新発売のお菓子を渡すと、とても喜んでくれた。
「ありがとう! 早く解決すると良いわね!」
「お互いにね!」
「……そんなわけで、ご相談してたんですが問題なさそうです」
「安心しました。ご家族がしっかりした方で良かったですね」
「対象がミラヴェール様のみに絞れたので、明日からお店に出て接客してみます。接客用の名前も変えて」
「ああ、それが良いですね。確か色んな店舗を回ると伺いましたが」
「はい。ちょうど頼まれごともあるので、まずは支店を回るところからかな。週末は地方に行くので、魔道具の材料になりそうなものがあったらお土産にしますね」
「良いんですか!?」
ベルサンさんの声が上ずる。
「もちろん、めちゃくちゃお世話になってるじゃないですか」
「ありがとうございます。その土地ならではのものだと助かります」
「わかりました。楽しみに待っていてくださいね」
「……ああ、そういえば会長から依頼をされていたんです。ディアマンタ様、シルヴァロン支店に行かれる予定はありますか?」