05 bonus track 『獲物』になった男たちの座談会
時系列でいうと第二部 第五章の 【12 啓示】の後に入るお話です。タイトル通り、セスの女たち(リリス&シャルロット)の夫であるイオルムとディオンが獲物同士の苦労なんぞをお酒とともに語っています。
【注意】
直接的ではないものの、意味がわかると少しショッキングな描写・内容(身体的な変化や呪い)があります。
該当箇所の語り口は軽めですが、少しでも嫌な予感がした方は読まれないことをおすすめします。
「お疲れ様です、殿下」
「ディオン殿もお疲れ様」
ディオン殿の執務室。
応接ソファに向かい合って座り、ワイングラスを掲げた。
夜会から三日。まだユジヌ国内は混乱している。
それでも、留学生である僕と、そもそもユジヌにいることが少ないディオン殿にはあまり影響がない。
「しかし大変でしたねえ。まさか実在しないのではと言われていたニコラス殿下が現れるとは思いませんでした」
「ああ、ねぇ。まあ来るならニコかなとは思った。ユークは城を雷で丸焦げにしかねない」
そう、冗談のようだが本気でそれをやりそうなのがユークリッド=フェリティカという男だ。こわいこわい。
「ははは、ユークリッド殿下はお話でしか聞いたことがありませんが、かなり豪胆な方だと伺っています」
「うん、そういう意味ではディオン殿に似てる。ただ、ユークにこの先ディオン殿みたいな色気と渋さが出るところが全く想像できないんだよねぇ」
「ははは、そればかりは俺にもわかりませんねぇ」
ほんとに、豪快でも良いんだけどもうちょっとなんとかした方が良いよ、ユーク。ディオン殿なら良い目標になってくれるかな、僕らしくないけど引き合わせたりしちゃおうかな……。
リリスは今晩、ディアマンタとパジャマパーティーをすると言って商会長の家に向かって行った。
シャルロット夫人も一緒に。
「そういえば夫人もパジャマパーティーするの?」
「シャルはマリエルとノエミと盛り上がるんでしょう。あの三人はよく飲みますよ。そのまま泊まって、翌日朝食も身支度も全て終えて帰ってきます」
「わー! 夫人ならやりそう!」
やりそう、どころか間違いなくやる、そう思えてしまうのがシャルロット夫人なんだよなあ。
「俺だけ長く邸を空けることも多いですからね。二人がシャルのガス抜きをしてくれて助かります」
「なるほどねぇ。ディオン殿の不在中にシャルロット夫人が男遊びに走る、なんてことは神に誓ってありえないけどね」
まあ、僕も半分神様みたいなもんだけど。……あ、その話も今日しないといけないんだった。
「ディオン殿はウルフェルグで夫人に出会った時、奴隷にされると思って逃げ出したって話聞いたんだけど、あれほんと?」
「本当なんですよこれがまた。逆にその場で追いかけてやるくらいの気概があってもよかったんですけどね。シャルもまだ子どもにしか見えないガキみたいな歳でしたから」
「二人の歳の差は?」
「七つです」
「出会ったのは?」
「俺が十七です」
となると夫人は十歳か。
「それは確かに子どもにしか見えないな」
「そんな子ども、しかも見るからに金がかかった服を着たお貴族様だ。見つけたなんて言われた日には、絶対買われるんだと思うじゃないですか」
「だよねぇ。しかもシャルロット夫人って出会った時からずっとああでしょ?リリスもそうだよ」
「なんなんですかねぇ、あれ」
「本当にねえ」
はあ、と息を吐いて、ワインを呷る。
「もう猛追に次ぐ猛追ですよ。ウルフェルグにいる間はどこにいても現れた。あの家の使用人とかどうなってるんでしょうね、野放しなんですかね」
「ディオン殿はセス家には行ったことないんだっけ?」
「結婚の報告をする時だけですね。その時も玄関先で終わりですよ。シャルがああ育ったのも納得です。逆に血の記憶だけでよく折れずに育ったなと思いますね」
シャルロット夫人は十四歳の時に実家のセス家を出てユジヌに留学している。そしてそのままディオン殿と結婚した。
「わかるぅ、リリスもそうなのー。あの家の興りは夫人から聞いてる?」
「聞いていたのはなんとなく程度ですね。知る必要もないと思ってたんで。シャルもあまり話さなかったですし。
リリスと殿下が婚約する時にウルフェルグ国王陛下から連絡をいただいて、その時にようやく話してくれたんですよ。
女傑っぷりは今も昔も変わらないですけど、歳を重ねて、子育ても終わったらどこか少し覇気がなくなった感じがしてましてね。……それがシャルがリリスとやり取りをするようになって、セス家奪還の話を聞いた途端あの通りだ。ですからお二人には感謝しています」
「あはは。でもあの夫人を見てるとディオン殿でも手に負えないことあるんじゃない?」
「シャルは女王然としてますが、家族の前では割と乙女なんですよ、殿下」
「わーそれすごくシャルロット夫人らしい」
「それに、あのギラつきは俺を追い回していた頃のシャルを思い出すので、俺も心なしか若返った気がするんですよね」
「あはは、面白いねそれ」
ディオン殿がグラスをテーブルに置いて僕を見る。息子を見るみたいな目だなぁ。年齢差的には当然だ。
父上元気かな。僕たちがいなくなってちょっとでも負担が減っていればいいけど。
「今後は殿下が我々の後ろ盾になってくださると伺いました。非常に心強い。ありがとうございます」
「ふふ、そんなたいそうなことじゃないよ」
あ、グラスが空になっちゃった。
すかさず「お注ぎしましょう」とディオン殿が注ぎ足してくれる。
「ありがとう。このワインおいしいね」
「とっておきを出しましたから。積もる話も、ありますしね」
ディオン殿が立ち上がると、執務机の引き出しから箱を取り出した。
……箱越しでもわかる、これは特上の魔石だ。
「ヴァルマースでご連絡をいただいた直後、偶然手に入ったものです。ですが、これは来るべくして来た。確信があります」
ディオン殿の手によって箱が開けられる。予想以上の代物に、喉がゴクリと鳴った。
「慈愛の涙、だね? 採れる量は多いけど、ここまでの品質のやつは初めて見るよ……すごいね」
ウミガメの魔獣、マザータートルの涙からできる魔石。マザータートルは海竜と同様に世界中を回遊していると言われている。
大きさと透明度が良い。それぞれどちらかが良いものはあるけど、両方揃ってることは稀だ。
「……海竜の鼓動を一発で見抜いた時も思ったんですが、殿下はかなり魔石にお詳しいですね」
「ああ、魔石師……刻光のチルギ様に魔道具師塔でめちゃくちゃお世話になってて。珍しい魔石をたくさん見てるし、採集や発掘について行くこともあるから」
「チルギ様とご縁が!なるほど。あの方は神出鬼没ですよね……」
「ほんとー、気がつくと塔にいないんだよあの人!捕まらなくて大変なんだ。
……しかし慈愛の涙かあ。ドゥメルに使いこなせるかな」
「さすがに相性はわからないので、そこは殿下がご判断ください。リリスに何かジュエリーを作っていただくのも、よろしいかと思います」
「あー、それも良いね! ありがとう。お願いしてたくせになんだけど、ここまで良いものが出て来ると思わなかった。いくら払えば良いかな」
「いや、お代は結構です」
「いやいや、最高品質の慈愛の涙だよ!? さすがにもらうには高すぎ」
「後ろ盾になっていただくことへのお礼ですよ。そして、我々を共犯と認めていただいた以上、それに相応しい貢ぎ物が必要だと、シャルと二人で判断しました。お納めください」
――共犯。
「ふふ、共犯、ね。シャルロット夫人から何か聞いてる?」
「いいえ。ですがシャルが貢ぎ物が必要だと判断したという事実が重大なんです。あれが心の底から頭を下げた。それはよほどのことなんですよ、殿下」
「はははは、シャルロット夫人はそんなに普段のお辞儀も適当なの!?」
「適当ですね。実際の身分がどうであれ、シャルロットは女王ですから」
「はは、わかるう、恭順って言葉、辞書になさそうだもの。
……そう、僕に頭を下げたって、ディオン殿に報告したんだ、夫人」
「はい。命を差し出す覚悟で話を聞いてこいと言われましたよ」
「わーお。でもそれ、あながち間違いじゃないところ、さすが夫人だね。じゃあ僕もとっておきを出そう」
指を鳴らして結界を展開する。そして手をパンと打ち、テーブルの上にワインと、だいぶ細くなった生ハムの原木を出した。
「……これは」
「ワインはマチルダ様、赤醸の魔女マチルダ様が作ったやつ。飲んだことある?」
「噂は聞いたことがありますが、目にするのは初めてです。……よろしいのですか?」
「とっておきだからね。あと、この生ハムは、僕が精霊の力を借りて、精霊魔法で作った生ハムだ」
「精霊、魔法」
「うん、それと」
何度か見ているであろう蛇眼を発現させる。
「僕は人じゃない。リリスが絶えず身につけている指輪、ミドガルの錬成と引き換えに、人の理を超えてしまったからね」
「人じゃない……? それは、比喩ではなく?」
「比喩じゃなくて本当。疑わしいなら身体を検めてもらっても良いよ、明らかに人じゃありえないものがあるから」
「……いや、王子殿下の身体を検めるなど畏れ多いのでいたしませんが」
「ええ? 残念だなぁ」
「しかし殿下、なぜそれをお明かしに?」
「魔法だけじゃなくて権能を使う場面がないとも限らないからねえ。あとはメルシエのみんなといると居心地が良くてついボロが出ちゃうから、フォローのお願い」
チロリと舌を見せると、ディオン殿が息を呑んだ。
「舌なめずり、身体がこうなっちゃう前からのクセでさ、なかなか直らないんだ。なるべく気をつけてるんだけど、もし見えてたら教えて?」
「……わかりました。しかしヘビですか」
「うん、そうなの。たぶんミドガルをつくる時にヘビの毒を使ったからだと思う」
「なるほど。ああそういえば、所有印について以前質問されましたけど、そんな風に人を外れても所有印はつくものなんですか?」
「ふふ、それはね。つけさせた」
「つけさせた」
「身体が抗いそうになったからちょっとねじ伏せたよ。だってリリスが僕の身体に印をつけてくれるっていうんだよ!? 絶対つけなきゃ! って思って」
「ははは、殿下らしい」
ディオン殿が苦笑いする。
「ディオン殿はどんな感じだったの?」
「ああもう半分騙し討ちですよ。上手く丸め込まれてつけられました。まさかこんな場所に刻まれるなんて思わないじゃないですか」
「確かに!」
「公衆浴場に行けないって嘆いたら、『ディオンが行くような公衆浴場には、もっと目立つ場所に派手な模様が入っている人がたくさんいるでしょう? 何を恥ずかしがる必要があるの?』なんて言われて。そうじゃない! って叫びましたけど」
「わー、夫人めっちゃ言いそう」
「つけられた後はあれこれうるさく言われなくなったので、これでシャルが安心するならまあ良いかと自分を納得させましたよ」
「はははは! 自分を納得させた、って!!」
「そう割り切るしかないじゃないですか」
「確かにねえ」
所有印はセス家特有の血統魔法で、自分が獲物だと定めた者を他の誰にも奪わせない絶対の貞操契約だ。しかもこの所有印の凶悪なところは、獲物の側には一切の害がないこと。
「そういえばリリスが気にしてた。所有印の餌食になった人はいるのか、って」
「……ははは、リリスもえげつないな」
「実際のところどうなの?」
「何人か、ですね。目の前で使い物にならなくなるのを見たのは」
「うわぁ」
「あれはユジヌの医療技術でも治せないでしょう。腐るんですから」
「だよねぇ……これはもう呪いだから、治癒魔法も無理。エグいねぇ。
僕はもう見られちゃった時点で処分確定だから、リリス以外に見せることはまずないかなあ」
「……本当に、セスの女の執着は恐ろしい」
「まったくだねぇ。嬉しいねえ」
「その若さで嬉しいの域に達している殿下は神様か何かですかね」
「うーんそうだね、半分神だからね」
「……は」
「……ん?」
「いや、冗談では」
「冗談じゃないよー?あれ?わかってて言ってるディオン殿の大人なジョークだと思ってたけど違ったの?」
「いやいやいやいや」
「片足突っ込んでるよ。もう人の理を完全に蹂躙してるからね。言ったでしょ、権能も使えるよって」
「いやいやいやいや」
「……だから、共犯。
ね?命かけて聞いてこいって言ってたシャルロット夫人、間違ってなかったでしょ?」
この後、マチルダ様のワインを開けようとしたらディオン殿に固辞された。まともに味がわかるようになってから飲ませてください、ってさ。
イオルムが精霊ちゃんたちと生ハムを作った話は、
シリーズ内「君のために僕は人を捨てた」の第三章07-10話で書いています。結構しっかりなまはむしてます。




