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【本編完結】お前よりも運命だ【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
番外編

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02 extra track 魔女と毒と、大切な話(前編)

本編の第一部で出てきた、薬師ヨランド様が出てきます。

この話の中で語られているエピソードは、関連作の「君のために僕は人を捨てた(きみすて)」で語られておりますのでよろしければ是非読んでいただけると嬉しいです。

内容はがっちり関連してます。


*同時刻に後編も公開しています

「久しぶりイオちゃん! よく来たわね」


 わたくしたちが派手に立ち回ったあの夜会から十日ほど経ち、イオルムの学校が三日後から再開するという日。わたくしはイオルムと二人、森の中の小屋を訪ねた。


 小さな小屋のドアをイオルムがノックすると、ほどなくして勢いよくドアが開き、萌葱色の髪と黒い瞳をもった若々しい女性が顔を出した。スタイルも良い。わたくしと違ってお胸も豊かだ。

 イオルムは胸の大きさではなくわたくしだから良いのだと何かにつけて言ってくれるけれど、やはり憧れはある。


「ご無沙汰してます、ヨランド様。あと、僕もう二十一とか二とかなんで、イオちゃん呼びはやめてください」

「それくらいの歳ならまだまだちゃんで十分よ。第一、イオちゃんも人間捨てたら自分の年齢なんてどうでもよくなっちゃったでしょ?」

 わしわしとイオルムの髪をなで回すその女性が、手を止めてわたくしに優しく微笑んだ。


「リリスちゃん、こうやって会うのは初めてね。天香(てんこう)の魔女ヨランドよ。あの時は、あたしの作品(こども)が迷惑をかけたわね」


 ――わたくしが以前盛られたのは、このヨランド様が百年以上前に創った毒なのだ。




 薬草の香りが充満した部屋。大きな一枚板のテーブルの、二つ並んだ椅子にイオルムと座る。

「あれ、前に僕が来た時より、匂いがだいぶマシになってないですか?」

「特別なお客様が来るんだもの、何十回も匂い消しの魔法をかけたのよ」

「え、それって僕はどうでもいいってこと!?」

「イオちゃんはイオちゃんだもの」


 お茶が入ったマグカップをイオルムとわたくしの前に置くと、ヨランド様は自分のマグカップを手に席に着いた。

 ご挨拶にと持ってきた星屑蜜に大変喜んでくださった後、窓の外に目をやりながらお話しされる。


「昔はあちこちの国が荒れててねえ……尊厳を守るための自決用の毒とか、真実の愛を抱いて死ぬんだっていう若いカップルのための毒とかをたくさん作ってたのよ。

 それが今になって使われるだなんて思ってなくてね、リリスちゃんにとっては災難だったわよね。本当にごめんなさい」


「そのようなことはございません。わざわざウルフェルグ王城まで足を運んでわたくしのために薬を作ってくださったと伺いました。そのおかげでわたくしは、後遺症などもなく回復いたしました。その節は大変お世話になりました」


 立ち上がり礼をすると、ヨランド様は嬉しそうに微笑まれた。

「あの時のリリスちゃんは眠っていたから見られなかったけど、満月のような綺麗な瞳ね。本当に、こうして遊びに来てもらえて良かったわ」



「うっっっっっわ!!」

 と、突然イオルムが喉を押さえて立ち上がる。

「苦ぁぁぁいっ、ヨランド様、これもしかして!」

 ヨランド様は涼しい顔をなさっている。


「リリスちゃんと二人で遊びに来たら、クソ苦い薬草茶をごちそうするって言ったでしょ?」

「あれから何年経ったと思ってるの!? もうすっかり忘れてたよ僕!!」


 水を求めて部屋を出ていったイオルムを見送ると、ヨランド様がわたくしに問いかけた。

「イオちゃん、良い男になった?」

 席に着きながら、満面の笑みで答える。

「はい、腐った上にこじらせていた根性を叩き直しましたので」


「あーそれ聞いたわよ、深淵の森でイオちゃんに襲いかかったんですって? 精霊たちが絶賛してた」

「ふふふ、回し蹴りですね。精霊たちもお気に入りみたいで、未だに話題にされています」



「はー、苦かった……水たくさん飲んだのにまだ口の中が苦いよ……」

 イオルムが水が入ったピッチャーとグラスを持って戻って来る。

「っていうか、そもそもどうして苦い薬草茶くれてやるなんて話になってたんだっけ!?」


 信じられないというような顔でイオルムを見ると、ヨランド様は大きく鼻から息を吐いた。

「覚えてないの? あんた、薬の材料を採りに行った時にわざと虫に噛まれてきたじゃない。これはリリスを被害に遭わせてしまった自分への罰だから、って、顔を真赤にして帰ってきたでしょう?」


「えっ?」

「ああっ! ヨランド様それはっ!」


 イオルムを見ると、口を両手で押さえて挙動不審になっている。目が左右にきょろきょろと落ち着きなく動いている。


「……イオ? 聞いてないけど?」

「うう、だって……リリの傷みはこんなもんじゃないって思ったから、耐えなきゃって思って……」

 口に手を当てたままもごもごと言い訳を並べた後に、小さく「ごめんなさい」と言う声が聞こえた。


「まあそれもこの薬草茶でチャラね。あの時のイオちゃんは本当に自罰的で見ていられなかったから。おまけに自分で猛毒を採りに行っちゃうし。メルグリスから連絡もらって飛び上がったのよ?

 かと思えばクソ悪魔がうちに来て熟成中の毒を持って行っちゃうし、あの時は散々だったわ」

「あいつに侯爵の首を見せられた時には、本当に肝が冷えたんですよ?」


 クソ悪魔というのはロゼナスのこと。

 目的外に毒を使うことは魔女の理に反するため、わたくしが飲んだ毒を所持していた侯爵をヨランド様が制裁したそうなのだけれど。なんとその侯爵を毒ごとロゼナスが奪っていってしまったらしい。

 この話は今回ヨランド様のもとを訪ねるにあたり、イオルムに教えてもらった。


「大魔法使った後に悪魔の襲撃は結構堪えたわねえ……でも今こうしてピンピンしてるんだから良いじゃない」

 大したことじゃないといった風にヨランド様が笑う。



「あ、そうだ。ミドガル、ヨランド様に挨拶して」

 イオルムがミドガルに声をかけると、わたくしの右手中指からミドガルが抜け出した。動物のヘビのサイズになるとヨランド様の前まで這っていく。


「これがミドガル。僕が深淵の森の猛毒を触媒に創った、ヨルム合金です」


「ああ……なるほど、これはすごい毒ね」

 ヨランド様がミドガルをまじまじと眺めると、感嘆の息を吐いた。

「確かにこんなものを創造してしまえば、理なんてクソ喰らえだわ」

 ミドガルの頭を人差し指で軽く撫でると、ミドガルは気持ちよさそうに体をくねらせた。


「あたしも毒みたいなもんだから、仲間だと思ってくれたのかしら。嬉しいわ」

「ヨランド様、お願いしてた毒のコレクション、ミドガルに見せてもらえませんか。毒の知識をちゃんと覚えさせたくて」

「良いわよ。ミドちゃん、あの奥の部屋、行けそう?あなたなら自由に見ていいわよ」

 ヨランド様の言葉にうなずくように頭を動かすと、ミドガルは奥の部屋へ向かって這っていく。


「あの……良いんですか? 立ち会いなどが必要なのでは」

 猛毒なのに、大丈夫なのだろうか。思わずヨランド様に尋ねると、ヨランド様は「あの子なら問題ないわ」とうなずいた。

「毒耐性がないと、そもそも部屋に入った時点で揮発した毒にやられて意識を失うの」


「それはかなり物騒なのでは……?」

「あたしみたいに毒耐性がつきまくってる人間なんてそうそういないからね。それ自体が防犯装置みたいなものよ。まあイオちゃんなら大丈夫か。あなたもミドちゃんと同じ猛毒、飲んでるものね」


「えっ!?」

「ああっ! ヨランド様それは言わない約束っ!」

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