09 運命とは日々確かめ合うもの
「……前言撤回。やっぱり僕が仕留めても良い?」
「お願いしたいのはやまやまなのですけれど、ここはわたくしにお任せいただけませんか。イオルム様」
「ふふ、イオルム様、ねぇ」
「その代わり、わたくしの手を離さないでくださいませ」
おそらく、わたくしは今とても良い笑顔を浮かべているだろう。
イオルムが、同じように好戦的な笑みを返してきた。
「任されよう、我が半身たる妃、リリス=ウルフェルグ」
ホールの中央でわたくし一人を待っていたアマランは、手を取り合って向かってくるわたくしたち二人を見て一瞬顔をしかめた。
「わたくしに何か御用かしら、運命狂いさん?」
「ああ、リリス様!僕の運命!!どうぞ僕の愛を受け入れてください!!」
イオルムの手を取ったまま、一歩前に進み出る。
扇子を開き、口元を隠す。
「あなた」
「はい!リリス様!!」
「以前には別の方に運命だと嘯いていらしたのよね?」
「それは僕が愛を捧げるに、より相応しい女性が現れるからなのです。そしてあなたこそが僕の、運命なのです。リリス嬢」
「まあ……!」
〈締めよう〉
〈……さすがに嬢はないですわね〉
しょせー
しょしてしまえー
「わたくしは何よりも愛する夫がある身ですの。吹けば飛ぶようなあなたの薄っぺらい運命の愛など、必要ありませんのよ」
「しかし!僕にとっての運命はあなただ!!」
〈……リリス、原因の魔道具がわかった〉
〈そうですか。以前会った時よりもさらに話が通じなくなっていますわ〉
〈だろうね。これはおそらく魂まで侵食してるなぁ……どうしようかなぁ〉
「……そうは仰いましても、わたくし、この最愛の夫であるイオルム様とは、幼少の頃に見初め合った『運命』の相手同士ですのよ」
「そんな子どもの頃に感じた運命なんてまやかしだ!今!ここで!僕が感じている運命こそが本物!!」
「まあ、わたくしは今も毎日、イオルム様に運命を感じ、想い合い尊重し合っておりましてよ?」
「そんなの嘘だ!!」
魔道具のせいなのでしょうけれど、ここまで話が通じないとさすがに苛ついてくる。
「……あなた、自分の気持ちばかり話されるけれど、運命の相手だとおっしゃるわたくしの言い分は一切聞き入れないのですね」
「ですからあなたは僕の運命なのです!あなたが既に他の男を知っていようと構わない。僕の穢れなき愛を受け入れてください!!」
ざわり。
ただでさえ国際問題になりかねない事態の中で、侮辱とも取れる発言にホールがざわめいた。
〈はい、完全にアウト。誰がお前の腐った〉
〈イオルム、ストップ〉
〈はぁい〉
〈……それにしても、ここまでやらかしても大公閣下が出てくる気配がありませんわね〉
〈んー、フェリティカ帝国の皇子もこの茶番を見ているはずだ。政変、待ったなしだね〉
ーーでは、そろそろ締めましょうか。
イオルムと手を取り合ったまま、さらに一歩、前に歩み出る。
「ふふふ、あなたの今の一言で、この国の『運命』が決まりましてよ?運命をかたる愚か者」
「……は?」
「わたくしが愛する男は、生涯通じて我が夫イオルム=ウルフェルグただ一人!
他の男を知るですって?知る必要もございませんわ!生憎ですけれどわたくし毎日満たし満たされておりますの。
あいさつのように運命などと口走る下衆な男よ、あなたなど初めからお呼びではございませんの。恥を知りなさい!!」
「……っ!しかし!」
「くどい!!」
一喝し、辺りを見回す。
「ユジヌ公国の皆様、これが貴国の礼儀ですの?軽々しく運命と嘯くだけでなく、あまつさえ伴侶ある者に愛を乞うなど言語道断。
……ねぇ、そうは思いませんか、イオルム様」
「まったく、その通りだ」
心底残念そうなイオルムの顔のさらに下に、わたくしには腹黒い笑みが見える。
「ユジヌ公国は医学の技術やあり方において頭ひとつ飛び抜けている。我がウルフェルグ王国は特殊な成り立ちにより疫病が流行りやすい故、私が医学を学びウルフェルグの医療に生かしていこうとこの国を選んだのだが……さて、この選択は誤りだったのかな?大公閣下」
しぃん……ホールが静まり返る。
見えるところに控えていたマルグレーヴ侯爵が一歩前に進み出ようとしたその時、足音と共に別の声が響いた。
「待て、ここは俺が出よう」
わーライオンこうしだー
ワイルドー
〈ここで来るのかーライオン〉
〈何かありそうですわね〉
「リリス=ウルフェルグ妃殿下、この度は部下の非礼をお詫び申し上げる。
しかし、この男が貴女を運命と見定めたのもまた事実。アマランは大変優秀な男だ。きっと貴女も交流を重ねれば運命を理解するだろう」
「レグルス様……!」
レグルス公子の言葉に目を潤ませる運命野郎。
〈……思ってた以上にこっちも染まってた〉
〈そのようね。このお二人にくっついていただきたいわ〉
しょせー
イオルムやっちゃえー
「なるほど?それがユジヌ公国の総意ということでよろしいか」
「ああ、そう受け取ってもらって構わない。
運命こそが全て!運命を愛せよ!!」
「運命を愛せよ!!」
どこからか公子の声に応える人たちの合唱が響く。これがロゼナス教に染まった人たちなのね。
それにしても本当に。
「……運命、運命とよくさえずる」
イオルムがわたくしの異変を察知して手を離した。
大丈夫、手は離れていても、もう負ける気はしない。
「運命は出会って終わりではありませんのよ。出会いは確かに運命的かもしれない。けれどそこから交流を重ね、心を通わせ、想いを確かめ合い、『運命だと感じた』過去を日々正当化して更新していく。毎日がその積み重ねですわ。
運命を感じたから喧嘩もせずに生涯仲睦まじく?……はっ、冗談じゃない。わたくしと夫も何度も、時に命をかけてぶつかり合って参りましたの。
運命を愛せよ?馬鹿馬鹿しい。愛するのは運命などという概念ではなく今目の前にいる自らの恋人、婚約者、伴侶であるべきだわ。
……レグルス公子。運命はね、そこにあるだけですの。愛しても必ず愛を返してくれるとは限りませんわ。勝手に期待をして傷つくのは人間。運命にすがるのは、愚か者以外の何者でもございませんのよ?」
ぐるりとホールを見渡す。イオルムはとても嬉しそうに微笑んでいた。
ふふ、あなたの妃たる所以、きちんと示せているかしら?
「それでもなお運命と嘯くのであれば、ウルフェルグ王国第二王子イオルム=ウルフェルグの妃であり半身たる、わたくしリリス=ウルフェルグがいくらでも相手になりましょう。その可愛らしい運命ごっこ、終わらせて差し上げますわ」
やーいやーい
リリスさいこー
やっちゃえー
「なっ……!?」
さすがに侮蔑されているとはわかったようだ。公子が顔を真っ赤にする。
「いくら王子妃とはいえその侮辱、許さないぞ……!来い!!」
公子の呼び声で、どこからともなく黒装束を着た者たちが現れる。わかる範囲で五名。もっといるかもしれない。
ひぃっ、とどこかのご婦人が悲鳴をあげた。
メルシエ家のパーティーの時に感じた気配と同じ。
イオルムを振り返り、ドレスのまま、足元に跪く。
「イオルム=ウルフェルグ王子殿下、無辜な者たちを守るため、抜剣の許可を」
「……いいや、君の手を煩わせるまでもない」
予想外の言葉に顔を上げると、イオルムの目が淡く光っていた。
「啖呵を切る美しく勇ましい君をみんなに見せびらかすことができて大満足。だから次は僕の番。
とびきり愛おしい君の隣に永遠に侍る栄誉を、僕にちょうだい?リリス」
「まあ」
差し出されたイオルムの手を取り、立ち上がる。
「それでは、せめてそのお背中は形だけでも護らせてくださいませ、イオルム様」




