06 ぶつかり語り合った後は
「怖かったあああ……」
ディアマンタは、伯爵邸のガゼボに移動してもまだ涙を浮かべている。
「まあ、そんなに迫力があったの?」
マリエル様が尋ねると、ディアマンタは黙ってうなずきを繰り返した。
「ちょっと危なかったよね。ディアマンタの感情に呼応して、ドゥメルがざっぱーんしそうだったから止めたの」
イオルムがタルトを指でつまみながら言う。
「それは一大事ね……」
シャルロット叔母様がため息をつく。
〈ぼく、でぃでぃ、まもるよ〉
なぜか得意げなドゥメルに、ディアマンタが微笑みかけた。
「ありがとう、ドゥメル。でもさっきのはわたしの覚悟が足りなかったんだわ。ああいう場面にもこれから遭遇するかもしれないのね……」
「申し訳ありません、ディアマンタ様」
「ごめんなさいね、ディアマンタ」
アデル様と二人でディアマンタに詫びると、ディアマンタはふるふると首を横に振った。
「お願いしたのはわたしなので気にしないでください。お二人ともとても強かったです!」
「二人とも強化魔法とか使ってなかったもんね。あれは序の口、全然可愛い方だと思うよ」
せっかく和みかけたところに、イオルムが爆弾を放り込む。ディアマンタの顔が強張った。
「え」
「……イオルム」
「へへ、ごめんなさーい」
わたくしにだけ見えるようにぺろりと舌を出すイオルム。だから、舌先が見えていてよ。
「そういえばドゥメルとの特訓はどう?僕、ここ数日は立ち会えなかったけど」
イオルムがディアマンタに尋ねると、ディアマンタはコクリと深くうなずいた。
「だいぶ出力が上がってきました。精霊たちが中に入って光ってくれるので、ちゃんと狙ったとおりに水を動かせているかチェックできて助かってます」
ぐるぐるぶぶぶなのー
たのしいよー
めがまわるけどー
〈みんなが、ぶぶぶってするの、たのしい〉
「そっか、それは良かった。渡してある魔方陣を全部使い切ったら、次のステップに進もう」
「はい」
「せっかくだから後で見るよ。ベルサンも見ておきたいでしょ?」
「是非、お願いします」
アデル様が力強くうなずいた。
「そういえばアデル様は精霊が視えるのですか?」
「ソルが手元にある時は視えますし言葉も交わせます。ソルには精霊が宿っているので。いない場合も気配はなんとなくわかります」
「そうなのですね」
「え、でもはじめに商会に来た時には全然そんな素振り見せなかったわよね?」
「視えていない方には、言わないのが暗黙のルールなんですよ、ディアマンタ様」
「なるほど……」
「アルノワ領は魔獣も多いのですが精霊も多いんです。鍛錬を積んで精霊を味方にできるかで、成長度合いが全く変わっています」
「へえ……」
「ですから、ディアマンタ様は圧倒的な下地があります。これからドゥメルとともにどんどんお強くなられると思いますよ」
「そう聞くとなんだかやる気が出るわね。頑張るわ」
「夜会まではあと一週間ね。みんな、準備は進んでいるの?」
「ええ、ドレスは明日仕上がる予定」
ノエミ様の問いかけに、叔母様が答える。
「以前に他国の夜会で着たものを手直しするのよ。公爵家出身でメルシエ伯爵家の関係者とはいえ、身分的には平民ですからね。いちいち夜会の度に新しいものを仕立てる義理はないわ。第一、海に出ているのにそんなにたくさんドレスを持って動けないわよ」
「毎回、別物かと思うくらい見事に様変わりするものねえ……言わなきゃ誰も気付かないわ」
思い出したのか、マリエル様が頬に手を当て、うっとりとため息をついた。
「リリスはウルフェルグから持ってきたの?」
「はい、事前に歓迎の夜会があるということは聞いておりましたので。数着持ってきてあります。そこからは、叔母様方にご紹介いただいて新しいものを仕立てたいと思っております」
「ふふ。メルシエ商会お抱えの工房があるから、紹介させてね。この前行ったら、いつ仕立てさせてもらえるのかと詰められて大変だったのよ」
「まあ、楽しみですわ」
その後、ディアマンタの特訓をガゼボからみんなで眺めたり、大賑わいの商会の話を聞いたりしながらお茶の時間は終わった。
「そういえば殿下」
邸に戻る途中で、叔母様がイオルムに問いかける。
「フェリティカ帝国の港町、ヴァルマースに寄港しているディオンから連絡がございました。夜会に際して仕入れておくべきものはあるかと」
「うーん、そうだなあ。帝国からは誰かしら皇族を寄越すっていう回答はもらったって聞いてるから、まずそっちは大丈夫だと思う。しかしヴァルマースかぁ……海竜に関する情報とか、なにか謂れのあるものがあれば買ってきてって頼んでくれる?代金は僕が払う」
「かしこまりました。あと殿下……まさかとは思いますが、今回の件で個人的にフェリティカのどなたかに連絡をなさったりはしていませんよね?」
「ん?ああしてないよ。政変についてはね」
「……まあ良いでしょう。ちゃんとマルグレーヴ侯爵は殿下がやる気だと伝えてくださったようですから、あまりかき回さないでやってくださいね」
「はあい」
「……イオルム、誰に連絡を取ったの?」
イオルムに身を寄せると、優しくわたくしの頭を撫で、頭頂に唇を落とした。
「んー?連絡を取ったんじゃない、あっちからきたんだ」
……ああ、なるほど。嘘はついていない。
「リリには言ってもいいかな……グリス翁だよ」
「まあ、メルグリス様が」
「うん、魔道具の材料がド新規のところに流れてるらしい。不自然だって」
グリス翁ことメルグリス様は、フェリティカ帝国にいらっしゃる剛砕の魔法使いだ。以前、わたくしから逃げようとしたイオルムを取っ捕まえ……否、連れ帰る時に大変お世話になった。
世界最高の魔道具師であり、御年数百歳といわれている。称号持ちの方も、イオルムとは違う意味で人から外れており、百年単位で生きるらしい。
「グリス翁は称号持ちだから、魔女の理に則って深入りはしていない。でも、おそらく関わってるのはあいつらだろうって」
「……ロゼナス教」
「うん。あくまで僕の推測だけど、運命かぶれを生み出す何か、だと思うな」
「そうなのね……」
「この話から推測すると、おそらく夜会に来るのはユークじゃぁない。ユークが来たら僕以上にやらかしそうだからね。少なくとも表面上は穏便に片付けられる人間を寄越すはずだよ。
……ふふふ、楽しみだなあ、夜会」
そして、一週間後。
ご機嫌なイオルムとともに、わたくしはユジヌ城へ向かう馬車に乗り込んだ。




