02 キメろ星屑蜜
「彼らに会わせてくださりありがとうございます。イオルム殿下。……しかし、なぜ」
「それは、なぜわかったかってこと?それとも、なぜ僕が会わせてあげられたのかってこと?」
「……どちらも」
イオルムが意味ありげな表情でメルシエ伯爵を見る。伯爵は黙ってうなずいた。
「なぜわかったのか。お二人が来る前に魔力量などを伯爵に聞いていたんだよ。侯爵もだと思うけど、今は警備を強化しないといけないでしょう?その関係でね。そしたら、たまに上の空なんだって話を聞いたから、もしかしてって。
さっきも馬車を降りてすぐ侯爵は何もない場所に見えないものを見ようとしていた。
ああこれは、って思ったんだ。
会わせてあげられたのは、僕だから、かな?」
僕だから、ね。嘘は言っていない。
「しかし……こんなにたくさん……」
「それは、メルシエ家が精霊の生息地だからなのです、マルグレーヴ侯爵」
伯爵がそう言うと、侯爵は大きく目を見開いた。
「せい、そくち」
「はい、我がメルシエ家は、精霊たちに護られております」
このまえのぱーてぃーもー
ぼくたちがんばったのー
だからほしくずみつー
ほしくずみつー!!
「マルグレーヴ侯爵、実は、あの襲撃の時に一般の方々を戦闘しているわたくしたちからうまく引き離してくれたのは精霊たちなのです」
「……なんと」
「それで、大変申し上げにくいのですが、彼らにお礼をする約束をしておりまして。……あなたたち、お礼はこの星屑蜜でいいのかしら?」
ほしくずみつー
たべてみたかったのー
ほしくずみつひさしぶりー
「……というわけで、この子たちに星屑蜜を分けてもよろしいでしょうか」
そう尋ねると、侯爵は目をぱちぱちと瞬かせた後、わたくしを見て力強くうなずいた。
「もちろん」
やったー!
ほしくずみつー
「良かったわね。準備をするから少し待って。直接瓶から食べてはダメよ?」
はーい
まてるかなぁ
まてないこはたべちゃだめー
瓶の蓋を開けると、スプーンで蜜をすくい、いくつかのカクテルグラスに垂らしていく。
リリスもっとたくさんー
たくさんー
「はいはい。待っていてね」
そしてティースプーンでひとさじすくった蜜を、小皿に置いていく。マリエル様が小皿を人間の前に配ってくれた。
「スプーンの分は人間がいただくわね。わたくしも食べたことがないから楽しみなの。外の子たちには、後で持っていくと伝えてくれる?」
わかったー
いいなー
そとでもたべていいのー?
「ここで食べるなら外ではダメよ。さあ、どうぞ」
わたくしが言うや否や、部屋の中にいた精霊が一気にカクテルグラスにたかった。
みつー!
ほしくずみつー!
ほわー
おいしー!!
「おお……」
「まあ」
侯爵夫妻はカクテルグラスで光がわいわいとにぎわっているのを眺めている。
「わたくしもいただいてよろしいですか?侯爵。この勢いですと人間の分も奪われてしまいますわ」
「……!え、ええ、もちろん。どうぞ召し上がってください」
「ありがとう存じます。それでは」
「んー!!」
左斜め前でイオルムがスプーンを口に入れ目を輝かせていた。
「すごーい、おいしいー!」
「……イオルム、フライングよ」
「話には聞いてたからさあ、食べてみたかったんだよ。うん、これはおいしい。精霊たちが騒ぐのも納得」
スプーンをくわえたまま口をもごもご動かしている。
せっかくの擬態も星屑蜜の前では形無しね……その前から言葉は崩れていたけれど。
他の方々をさっと観察する。伯爵とマリエル様は苦笑い。そして侯爵夫妻はイオルムを見て固まっていた。
イオルムは侯爵夫妻の視線を感じると、スプーンを口から外し、にっこりと満面の笑みを浮かべる。
「ああ、ごめんね。侯爵なら知っているかもしれないけど、僕魔法のこととかになると目の色変わっちゃって。研究にのめり込んでしまうから堅苦しい政治の場があまり得意じゃないんだ。
そこにこのとびきりおいしい星屑蜜じゃない!? 言葉遣いも吹っ飛んじゃった」
「イオルム」
「えへへ、リリスごめん。頑張ったんだけど無理だった」
はあ、とひとつため息をつき、侯爵夫妻を向き直る。
「驚かせてしまい申し訳ございません、マルグレーヴ侯爵、侯爵夫人。このとおりイオルムは研究馬鹿……失礼、研究が最優先になる頭の作りをしておりまして、言動がか・な・り、子どもっぽいのです」
そう詫びると、侯爵夫人が扇子で口元を隠しふふふと笑った。
「気になさらないでくださいませ、リリス様。殿下の様子を拝見して、先日午前のお茶会にリリス様が顔を出された理由がよく分かりましたわ。私は嫌いではございませんよ。むしろ微笑ましく存じます」
「恐れ入ります……」
マリエル様が今のやりとりを聞いて小さいため息をついた。
わかりますわマリエル叔母様。わたくしも安心いたしました。
「一度戻っちゃうとなかなか言葉を戻せないから、このままで許してね。ちゃんと真面目な話はできるから。
……伯爵、進行をお願いしていい?」
イオルムの言葉に、メルシエ伯爵が表情を引き締めた。
「かしこまりました、殿下」
「……というのがあの日庭園で起こりました事件の全容です」
伯爵が事件の詳細を説明する。侯爵夫人は居合わせていたとはいえ、見ていらっしゃらないところや、恐怖で記憶が飛んでいるところもあるでしょう。主催者から経緯を説明することは必要だ。
「なるほど……よくわかりました。しかしリリス妃殿下はなぜ帯剣なさっていたのでしょうか」
「……非常に申し上げにくいのですが、勘です」
「勘」
ご夫妻で声が重なった。
はい、お気持ちはわかります。
「わたくしの生家でございますセス家は、狩猟を代々得意としておりまして、こういった何かあるという予感を本能的に感じるのです」
〈僕も狩られちゃったしねー〉
左耳の魔道具からイオルムの思念波が聞こえる。横目で見るとイオルムはニヤニヤと笑っていた。
……後で覚えておきなさいよ、イオルム。
「議会が紛糾しているという話も耳にしておりましたので、何もないに越したことはないのはもちろんなのですが、備えはしておいた方がいいと判断し、メルシエ伯爵夫人に事前に抜刀の許可を得ておりました」
「なるほど……」
「鮮やかでしたわ、いつの間にかリリス様の手に美しい剣が握られておりましたの。そしてならず者をあっという間に切り伏せて!」
「私も初めて見たのですが、まるで戦姫のようでしたわね」
「まあ、戦姫だなんて大袈裟ですわ」
扇子で口元を隠しホホホホホと笑って見せる。イオルムはまだニヤニヤしている。
「けが人もなく制圧することができたのは本当に幸運でした。これも全て、リリスと精霊たちのおかげなのです」
マリエル様があの日を思い出したのか、深い溜め息をついた。
「マリエル叔母様、メノー様もいらっしゃったわ」
「ええ、メノーも大活躍だったわね」
「……ゲストの付き人が刺客では入口警備も厳重にはできないでしょう、メルシエ家の対策が足りなかったなどというつもりは毛頭ない。これで噛みついてくる人間がいればつまり、そういうことだ」
「我々のいずれか、もしくは両方を貶めたい、とそういうことですな」
はっきりとマルグレーヴ侯爵がうなずいた。
「ここに入る時にも新聞社が門の前で張り込んでいたよ。邸からずっと追いかけられていたから今日のことも報道されるだろう。我々は決していがみあってなどいない、とね」
「ありがとうございます。ああ……そろそろディナーの時間だね、だいぶ精霊たちの話題でも盛り上がってしまったな」
伯爵の言葉を聞いて扉に目を向ける。確かにそろそろ、呼ばれてもおかしくない時間だ。
「マルグレーヴ侯爵、侯爵夫人。もしも時間があるなら、ディナーの後にもゆっくり話ができないかなあ。たぶん二人も話したいことがあるでしょう?」
イオルムがにっこりと微笑みかける。
イオルムの言葉を受けて、侯爵が「よろしいのですか?」と尋ねた。
「我々は構いませんよ。むしろこちらからお願いしたいくらいです。この星屑蜜は大変美味しかった。ディナーから商会長であるクレマンも来るので、是非お取引の話をさせていただきたい」
「おお……!ありがたい」
「それでは、場所を移りましょうか」




