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【本編完結】お前よりも運命だ【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二部 第五章 降るのは星か血の雨か

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01 上の空にも実(じつ)がある

 玄関の外でイオルムと二人、侯爵家の馬車を出迎える。

 馬車のドアが開き、白髪混じりの男性が降りてきた。顔を上げた瞬間に、何かを見つけたような顔をする。


「……やっぱり」

 イオルムが小さく呟いた。その一言でわたくしも先程伯爵がお話されていた『上の空』の真相を確信する。


 侯爵ははっと我に返り馬車を振り返ると、ごくごく自然に手を出す。その手を取って夫人が柔らかな身のこなしで降りてきた。お二人の表情を見る限り、普段から良好な関係なのだろう。



 並んでこちらを向き直ると、侯爵が口を開いた。

「はじめまして。わたくしはユジヌ公国で侯爵位を賜っておりますジョフロワ=マルグレーヴと申します。イオルム=ウルフェルグ王子殿下、リリス=ウルフェルグ王子妃殿下。この度は妻が賜りましたご恩情、心より御礼申し上げます。

 ご挨拶が遅れました非礼、まずは深くお詫び申し上げます」


「妻のエディトでございます。リリス様、あの時のご判断がなければ、……今この場にはおりません。本当にありがとうございます」

 夫人もわずかに涙で声を震わせながら侯爵に続く。


 挨拶を受けて、イオルムが一歩前に進み出た。

「とんでもない。日程を合わせていただいたのはこちらです。マルグレーヴ夫人、大事にならなくて本当に良かった」

 ……イオルムの人間への()()。完成度はまずまずね。イオルムの挨拶が終わり、わたくしも隣で一礼した。


「この度は大変でございました。ご夫人はじめ、一人も怪我なくお守りすることができ安堵しております。中でメルシエ伯爵夫妻が待っておりますので、どうぞお入りください。

 大変恐れ入りますが、お荷物はこちらでお預かりいたします」


 スッと侯爵家の従者が箱を差し出し、それをメルシエ家の従者が受け取る。

 侯爵が箱に視線を送った。


 玄関ホールでは、伯爵夫妻がにこやかに二人を出迎えた。

「ようこそお越しくださいました、マルグレーヴ侯爵、夫人。この度はご足労いただきありがとうございます」


「ありがとう、メルシエ伯爵。今回の件は本当に感謝してもしきれない」

「夫人を守ったのは私ではなくリリスですので。さあ、立ち話もなんですから落ち着いてお話ししましょう。ご案内いたします」

「ありがとうございます。本日はこのような機会を賜り、せめてもの気持ちとして心ばかりの品を持参いたしました。つまらぬものではございますが、どうぞお納めいただければと」


 侯爵の言葉を受け、マリエル様が満面の笑みで返した。

「ご丁重なお心遣い、誠にありがとうございます。お品は恐れながら、後ほどあらためて拝見させていただきますわ」


 玄関ホールでの挨拶もそこそこに、応接間へ移動する。その間、マルグレーヴ侯爵は廊下をきょろきょろと不思議そうに眺め、それを夫人がぱっと見てわからないように注意していた。

 まあそうでしょうね、気になるでしょう。イオルムはいつ答えを明かすつもりなのかしら。



 応接間に入ると、侯爵夫妻には上座のソファにお掛けいただいた。

 わたくしたちは王族ではあるけれど、ここではあくまでメルシエ家の親族というスタンスを崩さない。

 向かいのソファには伯爵とイオルムが掛け、わたくしとマリエル様は入り口に近い一人がけのソファにそれぞれ座る。わたくしは下座。


 全員が着席した頃合いを見計らいメルシエ家の侍女が紅茶のワゴンを押して入ってくる。

 温めたカップをソーサーと共にテーブルにサーブすると同時に、もう一人応接間に入っていた侍従が紅茶を淹れ始めた。コポコポとリズミカルな音を立ててお湯がポットに注がれていく。


「メルシエ家でいただく紅茶は、紅茶のプロフェッショナルの方が淹れてくださるから本当においしいのよ」

 とマルグレーヴ侯爵夫人が侯爵に話しかける。

「ほう……」


 出た、上の空。夫人が少し苛立っていらっしゃるのが見てわかる。

 伯爵とマリエル様も理解したようだ。口元がわずかに緩んでいた。


「僭越ながら、わたくしが注がせていただきますね。先日のパーティーでもご紹介しております春摘みの香り高いダージリンになります。香りもお楽しみいただけますと幸いです」

「リリス様自ら……ありがとうございます」


 順番に全てのカップに紅茶を注ぐ。ふわりと漂う紅茶の香りに、一同ほう……と深い息をついた。ポットをワゴンに戻してわたくしも席につく。伯爵が気を利かせて、控えていた使用人を外に出してくれた。

 イオルムと視線を交わし、わたくしから話を切り出した。



「お召し上がりいただく前に、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?マルグレーヴ侯爵」

「……あ、はい、なんでしょうか、リリス妃殿下」

「先ほどからしきりに何か気にしていらっしゃるのは、気配を感じてのことですか?」


 侯爵が固まった。

「えっ、はい……えっ!?」

「申し訳ありませんリリス様、時々夫はこのように挙動不審になりまして……」

 申し訳なさそうに夫人が言う。そうですわよね、今までも突発的にこれをやられてさぞお困りだったでしょう。


「いいえ、マルグレーヴ侯爵夫人。気配があるのは確かなのです。これからその種明かしを、わたくしとイオルムでさせていただきますね」

「……はい、お願いいたします」



「まず、大変不躾な質問になるのですが、本日お持ちいただきましたお心遣いのお品物は、星屑蜜でお間違いないでしょうか?」

「え、ええ。我が領の特産で、今年採れた最初のものがようやく出回る時期になりましたので、お持ちしました」


「お答えくださりありがとうございます。マルグレーヴ侯爵領の言い伝えを耳にしたことがあるのですが、この星屑蜜は精霊の好物だと言われているとか」

「はい、その通りです」


 イオルムを見ると、早く種明かしをしたそうににっこり満面の笑みを浮かべていた。

「マルグレーヴ侯爵、侯爵夫人。これから信じられない光景をお目にかけるかと存じますが、夢ではございませんので心してご覧くださいね。

 ……殿下、お願いいたします」


 イオルムが黙ってうなずき、両手を合わせて口元に当てた。小さく何かを呟くと、合わせていた両手をテーブルの上に差し出し、ふわりと広げる。



 ほしくずみつだー

 やったー

 きいたことあるやつー

 マルグレーヴのこがいってたー


「なっ……!!」

「ええっ!?」


 お二人が目を見開いた。


 たべたーい

 イオルムまたせすぎー

 リリスたんていみたーい


 おそらく、突然自分たちの周りに大量の光の粒が舞っているように見えただろう。

 この様子だと、きちんと声も聞こえている。


「これは……」

「精霊だよ」


 イオルムが静かに答えた。


「侯爵が上の空だったのは、精霊の気配を感じていたからだ」



 口を開けて精霊たちを眺める侯爵夫妻に、そっとマリエル様が声をかけた。

「紅茶が冷めてしまいますので、どうぞお召し上がりください。それと……お持ちいただきました星屑蜜、この場で開けても差し支えございませんか?」



 廊下に控えていた侍女に、星屑蜜といくつかのカクテルグラス、そして人数分の小皿とティースプーンを持ってくるように指示をする。

 席に戻ると、マルグレーヴ侯爵がハンカチで目を押さえ、夫人は心配そうに侯爵の肩に手を添えていらした。


「まさか、また見えるなんて……っ」


 いつもそばにいたよー

 ジョフロワやっぱりなきむしー

 エディトびっくりしてるー


 扉がノックされたので席を立とうとしたところ、わたくしを制してマリエル様が対応してくださる。

 星屑蜜とカクテルグラス、小皿そしてスプーンが刺さったショットグラスが乗ったワゴンをマリエル様が押してくると、二人でこれらをテーブルの上に並べた。


「はいはい、ちょっと落ち着いて」

 パンと一つ手をたたき、イオルムが場を仕切り出す。

「みんなちょっと騒ぎすぎ。一度にたくさんの言葉は聞き取れないから、順番にしてね」


 はーい

 またやっちゃったー

 ごめんなさーい


「マルグレーヴ侯爵、あなたは子どもの頃、精霊が見えていらしたんですね?」

 イオルムの言葉に対して、鼻をすすりながら侯爵がうなずく。


「言葉は、聞こえませんでしたが、今ここに浮かんでいるような光が、時々見えていました。

 私は……あまり優秀な子どもではなく、よく親に叱られていました。その時に寄り添ってくれたのが、この光たちでした」


 そうなのー

 ジョフロワなきむしでー

 もりでないてたー


「まだ幼いころ、森に一人で入り泣いていたら、泣き疲れて眠ってしまったことがありまして。目を覚ますと夜で、獣に取り囲まれ震えていたところを、助けてもらったこともあります」


 あーそれきいたー

 かおのまわりをたくさんとんでー

 おいはらったんだよねー


「その後に大量の光が夜の森をふわふわと舞っていたのがとても幻想的で、僕はこの森を守らなければと幼ながらに思ったのです。ちょうど森を開発してリゾート化する話が外から持ち込まれていて、大人たちがギスギスしていたものですから」


 あーなんかきいたー

 あれねー

 わるいやつだよー


「私は無事に家に帰ると父に報告しました。森の光に助けてもらったと。父は普通なら嘘だと笑い飛ばすような話を真剣に聞いてくれた。そして色々あった末に、リゾートの計画は撤回されたのです」


 そうそうー

 がんばったよねー

 わるいやつやっつけたのー



「十歳を過ぎると徐々に光は見えなくなっていきましたが、見えないところに何かがいると感じることはずっと続いていたのです。

 そのせいで少し抜けているとか、話を聞いていないなどと言われてしまうこともありますが、気配を感じるのは必ず何かある時でしたので、私の指標の一つになっていたのです。

 ……そうか、ずっとそばにいてくれたのか……」


 一筋涙を流すと、侯爵はイオルムを見た。



「彼らに会わせてくださりありがとうございます。イオルム殿下。……しかし、なぜ」

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