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【本編完結】お前よりも運命だ【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二部 第四章 さあ、狩りの始まりだ

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07 さえずるうちが華

 昼過ぎにターニャが寝室にやってきた時には、満足そうにわたくしの胸に顔を埋めてぐっすりと眠っていた。

 気配もすっかり落ち着いている。


「おはようございますリリス様ぁ。昨日の分の処理はちゃんと終わってますのでご安心くださいねぇ。そろそろ今日の打ち合わせとお支度なんですけど……殿下が離れませんねぇ」

「そうなのよ、そろそろイオルムを起こすわ。

 ……イオルム、お昼になったわ。起きましょう」

「んー……」

 小さくうめいて、イオルムが目を開いた。

「おはよ、リリス」


 イオルムの目もちゃんと()()()になっていた。

 安堵のため息混じりに微笑むと、イオルムがわたくしににっこりと笑い返してくる。

「僕、大丈夫そう?」

「ええ、問題ないわ」

「寝坊しちゃってごめんね。じゃあ、支度しよっか」



「遅くなってしまってごめんなさい、レイモン叔父様、マリエル叔母様」

「いいえリリス。また夜中に侵入者が出たって聞いたわ。殿下が対応してくださったとも。ありがとう」

「ううん、こっちこそごめんね。僕達がいるから騒がしいよね」


 夕食は正餐になるので、お茶と軽食をいただきながら打ち合わせをする。

「殿下が改造してくださった防犯魔道具が大変高性能で、軍も驚いていた」

「そうでしょう。あれは見た目だけは市販品だけど、中身は回路が完全にオリジナルだからね」

「オリジナル?なにか特殊なことを?」

「まず、かなり鮮明に記録できるように基板の回路は書き換えてる。あとは検知機能を限界まで高めたんだ。精霊が夜中の侵入者に起こされたとかなり怒っていたから、敷地内の影響が最低限になるような工夫もしているよ」


「……ふふ、処すって言ってたものね」

 わたくしの呟きを伯爵が繰り返した。

「処す」

「ええ、処す、と。なかなか精霊たちも過激なのだなとちょっと驚いてしまいました」

「精霊たちの本気はあまり想像したくないわね……」

 マリエル様が苦笑いする。


「今日はディナーからクレマン叔父様とノエミ叔母様が合流する形でしたよね?」

「ええ。シャルはその後のお茶から顔を出したいと言っていたわ」

「マルグレーヴ領は酪農と養蜂が盛んなんだ。もしかしたら久しぶりに星屑蜜の蜂蜜酒が飲めるかもしれんな」

 味を思い出したのだろう、伯爵の表情が緩んだ。


「ちょっとレイモン」

 マリエル様が伯爵を肘で小突く。

「私もこっそり楽しみにしてるけど口にしちゃダメ」

「星屑蜜かぁ、精霊が好きなやつだから、庭を見張ってくれてるお礼にお裾分けすると喜ばれるよ」

「まあ素敵! わかりましたわ、殿下」



「そうだ、メルシエ伯爵。マルグレーヴ侯爵の魔力量なんかわかるかな。メルシエ家のみんなに護身魔道具をつけてもらってるでしょう? 体調や精神状態に影響が出ないように出力を調整したいんだ」

 あ、夫人についてはリリスから聞いているから大丈夫だよ、とイオルムが後から付け加える。


「侯爵はあまり魔力量は多くなかったと思いますね」

 伯爵が答えた。

「ただ、なんと言いますか……少し不思議な方ではあります」

「不思議?」

 イオルムが首をかしげた。

「議会などでお会いするとよくお話するんですが、たまに全く違うところを見ていることがあるんですよ」

「そうなの?」

 マリエル様が尋ねる。

「上の空というわけではないんだが……」

「……ああ、なるほど、わかった。そこは実際にお会いしてから確かめようか」

 イオルムがにっこりと笑いながらうなずいた。



「そういえば商会長やノエミ夫人にお会いしていないけれど、商会の方は大丈夫なのかな?」

「防犯面は問題ないようですよ。警備員も防犯魔道具も増やして、今は入店時に手荷物を預かるようにしているようです。お客様によっては大荷物で、他の方の迷惑にもなりますから」

「これが意外と良い運用で、都市圏や大きいお店はこれを定番にしたいと言っていたわ」

「良いねー、さすが無駄がない! みんな同じ対応なら嫌な気持ちになる人も少ないでしょ」


「ただ問題はお客様の量と在庫ね……文字通り目の回る忙しさらしいの」

 マリエル様が頬に手を当てながらため息をついた。

「学校が終わったディアマンタが毎日張り切って接客しているそうよ。あの子、三人分働くから」

「うわぁ見てみたい。今度こっそりのぞいてみよう」

「……事態が落ち着くまではダメよ、イオルム」

 本当にやるのが我が夫イオルム=ウルフェルグ。釘は刺しておかなければ。

「ええっ、変装と認識阻害の重ねがけで乗り切れるよぅ」


「ああ、リリスがさえずりサブレのミント味が好きだと言っていたでしょう? ディアマンタの読み通り、全種類売り切れで今工房が大騒ぎだそうよ」

「まあ! それは良かった。本当に美味しいんですもの、さえずりサブレ」

「品切れ状態が落ち着いたらまた持ってくるわね。それまでは他の焼き菓子で我慢してちょうだい」

「ふふっ、承知しました」



 ふと、イオルムが顔を上げた。

「……リリス、ちょっと外す。そんなにかからないとは思う」

「かしこまりました、殿下。お気をつけて」

 イオルムが満足そうにうなずき、伯爵夫妻にも断りを入れて部屋を出ていく。

「どうなさったの?殿下」

「おそらくですけれど、本国か、邸におります使用人より連絡があったのではないかと。新聞社などの問い合わせも本国でイオルムの兄君であられる皇太子殿下が対応してくださっているので、おそらく急ぎの回答が必要なのでしょう」


「そういえばリリスの左耳の通信魔道具についてクレマンが興味津々だったよ」

「こちらですか?」

 昨日イオルムとやり取りをした左耳の魔道具に触れる。

「そう。直接言葉を吹き込んでいなかっただろう? あれはどういう仕組みなんだろう、って」

「確かに不思議ですよね。思念波(しねんは)を使っているのです」

「思念波?」


「ええと……他国では念話やテレパシーと呼ぶもので、思念を込めて相手に届けるのです。魔道具を使わずに直接相手に届かせることも可能なのですが、わたくしたちは魔道具に込めて送り合っています」

「へえ、興味深いな」

「精霊の言葉も思念波に近いもののようです。受け取る人間側に受信する準備があれば、聞こえるそうですよ。幼い子どもなどは特に、受け取りやすいと聞いています」

「なるほど。するとイオルム殿下がそばにいる時に精霊の声が聞こえるのは、我々が受け取れる素地を整えてくれているということなのかな」

 イオルムがいるから受け取れる、間違いではないわね。

「……そうですね。その認識で良いかと思います」


「素敵ね。あら? でもイオルム殿下は耳飾りはつけていらっしゃらなかったような……」

「イオルムは耳朶でなく耳殻の上の方に着けているので、髪がかかっていることが多いのです。なのであまり目立ちません」

「そうなのね、てっきりお揃いで耳たぶに着けているのかと思ったから。ふふ、見えにくい場所に着けているというのもなんだか殿下らしいわ」


 などと話している間に、イオルムが戻ってきた。

「思ったより長引いちゃった、ごめんね」

「大丈夫よイオルム。ちょうどわたくしたちの通信魔道具の話をしていたの。仕組みとか、場所とか」

「ああ、これ?」

 イオルムが右側の髪を耳にかける。隠れていたイオルムの通信魔道具が日差しを受けてキラリと光った。

「そう。耳たぶに揃いでなく、見えにくい場所に着けているのがイオルムらしいわねって」


「石は微妙に違うんだね」

「目の色は僕もリリスも金だけど、微妙に色合いが違うからね」

 ほう、とマリエル様が息を吐いた。

「お互いの色を着けているとちゃんとわかるのが良いわね。しかも小さく青と黒の石も入っているところが二人らしいわ」


 わたくしの目は琥珀、イオルムの目はシトリンに近い。これも創るときにイオルムがこだわって、単身森に入り大量の魔獣を狩っていた。

 革袋に大量に入った魔石を二人で検めながら、どれを使うか選んだのも懐かしい思い出だ。


「これ、魔石を取りに行った時に、リリスとけんかになったんだよねえ」

「けんか? そんなことありましたか?」

「ええっ、忘れたの!? 僕一人で魔獣狩りしたから、リリスが自分も魔獣狩りしたかったって怒ったんだよ」

「ああ、ありましたね。あの頃は少しストレスが溜まっていたので、魔獣狩りを終えて満足そうに帰ってきたイオルムを見ていらついたのですわ」

「結局、魔導士団の訓練場で二人で三時間くらいぶっ通しで戦って、やっとリリスが満足したんじゃなかった? それからは魔獣狩りをする時は一緒にいくようになったよね」

「三時間じゃないわ、二時間半よ」

「大差ないよぉ」


 ぷっ、と笑う声が聞こえて声の方を見ると、伯爵夫妻が口元を抑えていた。

「二人もけんかをするんだな」

「しかも理由が可愛いわ」

「ふふ、最近はけんかはしませんね」

「そうだね」


 伯爵夫妻とゆっくりお話したのは初めてかもしれない。

 お二人の馴れ初めなどもお伺いしているうちに、マルグレーヴ侯爵夫妻がお見えになる時間になった。

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