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【本編完結】お前よりも運命だ【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二部 第四章 さあ、狩りの始まりだ

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04 トリはモチかカブトか

 翌日、デボラが起こしに来たのはお昼前だった。

「おはようデボラ。ごめんなさいね、さすがに疲れていたみたい」

「存分に立ち回られたのでしょう? 無理もございません。

 マリエル様からご伝言です。マルグレーヴ侯爵ご夫妻が直接お礼をされたいと。日程の相談をしたいと仰っていました」


「……そう。まあ、そうなるわね。きっとイオルムも同席のほうが良いわよね……叔母様は?」

「シャルロット様はお出かけになられました。お戻りは夕方と伺っております」

「ありがとう。イオルムは?」

「いつも通り、ええ、いつも通りです」

「それなら良かったわ。伯爵家にお伺いするのが一番ね。

 場所も伯爵家になるでしょうし。あまりマルグレーヴ侯爵をお待たせしてもいけないから、イオルムの予定は早めに確認しましょう」


 左耳のイヤーカフに触れる。

 目を閉じて魔力と伝言を込めると目を開いた。

「お昼には返事が来るんじゃないかしら。わたくしは支度をしましょう。それと伯爵家にレイモン様かマリエル様がご在宅か確認をお願い」

「かしこまりました」


 お二人ともご在宅とすぐに返事があり、身支度を整えるとすぐに伯爵邸に向かった。そこにはノエミ様と商会長もいらっしゃる。

「おはようございます、皆様。昨日はお疲れ」

「ああ! 待っていたよリリス! 早く座って座って」

 伯爵に促され、席につく。

 ……なんとなくだけれど事態は予測できた。わたくしの言葉を遮るほどの事態。


「皆さんお揃いなのは……報道対応ですね?」

 尋ねると、商会長が深くうなずいた。

「ああ。事が事だったからな。取材の申し込みが商会にもこちらにも押し寄せている」


 ああ。

「不測の事態とはいえ、かかる獲物が多すぎましたか」

「……そうなのよねぇ、これは本当に想定外……あ、そうよ肝心なことを言い忘れていたわ!」

 マリエル様が立ち上がりこちらへ来ると、わたくしの手を握った。


「昨日は本当にありがとう。お陰でゲストには怪我人を出さずに済んだわ。感謝してもしきれない」

「私からも。本当に助かったわ。それにしても本当にリリスが強くて驚いたの。メノーも舌を巻いていたわ」

 ノエミ様もこちらを見て微笑んでくださる。


「当然のことをしたまでですわ。皆様にお怪我がなくて本当に良かったです」


「私からもありがとう。下手をすれば信用を大きく損なう可能性があった。被害が最小限に抑えられたのはリリスのお陰だ」

「本当に。リリスのお陰だよ。商会は今朝から大賑わいのてんてこ舞いだ。なんだったか、ディオンに教わったのは……災い転じて福となす、だったかな。ありがとう」


 皆さんからお礼を言われ、なんだかむず痒い気持ちになった。裏を考えず、素直に受け取れる感謝の力は絶大だ。


「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。

 お時間も差し迫っていることと思いますし、本題に入りま……ああ、そうでした、わたくしからもひとつ。

 マルグレーヴ侯爵ご夫妻より昨日のお礼を直接とお申し出があったと伺っております。イオルムには連絡して返事を待っている状況ですが、場所は叔母の家ではなくこちらの伯爵邸がよろしいですよね? お日にちなどを調整させていただきたいのですが」


「ああ、その件も聞いている。私たちも同席したほうがいいだろう。予定は合わせてもらえるだろうから、こちらから二、三日程を提示したい。私たちは明後日の昼以降、明々後日の午前中であればありがたいんだがどうだろうか」

「わたくしはどの日程でも問題ありません。イオルム次第ですね。今、送ってしまいますので少々お待ちください」


 先ほどと同様、左耳のイヤーカフに触れて魔力を込める。

「お待たせしました」

 送り終えると、ノエミ様がぱちぱちと瞬きをしている。

「そのイヤーカフが、魔道具なの?」


「はい。イオルム特製の通信魔道具です。通話もできますが、基本的には伝言を送り合う形で使用しています」

「そうなの。……ああ、二人はとても仲が良いでしょう?てっきり通話すると思っていたものだから」


「はい。イオルムは研究中など手が離せないことが多いので、邪魔することがないようにこの形を取っています。わたくしも一人で思案に耽ることが好きなので、いくら相手がイオルムであっても邪魔されるのはあまり好きではなくて」

「へえ」

「あと、皆様の印象と違わずイオルムとは一緒にいる事が多いので、離れている時はこれくらいの奥ゆかしさが程よいのです」

「……まさか仲睦まじい君たちから奥ゆかしいという言葉を聞くとは思わなかったな」

 伯爵が苦笑いする。

「そう思われることも承知しております」

 ふふふと笑ってみせる。


「事件の件もそうですが、おそらくわたくしとイオルムの馴れ初めや素性についてのお問い合わせも多いのではありませんか? 叔母ともども、だいぶ昨日匂わせてしまいましたので」


「ああ……それなんだが」

 伯爵が渋い顔をする。

「ゴシップ紙の記者が邸の周りをうろついている。学校に押し寄せている可能性もある。殿下の学業に差し障りが出ないかが気がかりでな」


「まあ! 懐かしい」


「懐かしい?」

 大人たちの声が揃う。

「ええ、懐かしいですわ。何せあの悪虐王子と呼ばれるイオルムと、セス家の長女の結婚でしたので、貴族だけでなく平民向けのゴシップ紙にも粗探しをされることが多かったのです。

 イオルムは慣れておりますので問題ありませんわ。わたくしも同様です。皆様にご迷惑をおかけしないよう、イオルムと警備の強化について今晩にでも話をしておきます」


「タフなのねあなたたち……」

 マリエル様が嘆息なさる。

「そうでもなければ()()の妻は務まりませんわ」

 と言うと、大人たちが顔を見合わせ笑い出した。


「はははは、リリスが言うと説得力が違うな!」

「ふふふ、本当に」

 ひとしきり笑いに包まれた後、商会長が目元の涙を拭いながら言った。

「はあ、心配したが杞憂なようで安心したよ。警備については申し訳ないが殿下に強化をお願いしたい」

「はい、もちろんです」


 空気が和み内心で安堵する。普通であれば心配するだろう。成人しているとはいえわたくしたちはまだまだ若い夫婦なのだ。

 あいにく、わたくしたちはこの辺りは経験済み。それにこれくらいで揺らぐ関係ではない。

 そう、()()なのだから。


 あなた方が憧れる運命の恋とはこういうものなのでしょう?

 その実はそんなに生ぬるいものではなくてよ。


 イヤーカフがわずかに熱を持つ。

 触れながらイオルムの返信を確認した。ふふ、イオったら。


「イオルムから返事がありました。できれば明後日の夕方が良いと。明々後日であれば午前早めだと助かるとのことです」

「ありがとう。ではこれでこちらの希望を伝えよう」


 壁際に控えていたメルシエ家の侍従が一礼して静かに部屋を出ていく。本当にこの家の使用人は立ち居振る舞いが素晴らしい。

 うちの使用人たちは本業が影だから表向きの練度はそれなりだけれど、こちらの教育もした方が良いとイオルムに提案してみようかしら。


「それで、報道からはやはり今回の事件についての問い合わせが一番多い。大公家には報告しているが、伯爵家と商会の連名で公式発表をしようと思う」

「はい。良いと思います」

「文書のベースは商会の広報で作成する。発表前に殿下にも確認をしていただきたい」

「はい」


「ウルフェルグ王家にも問い合わせが入っているんじゃないかと思うの。その辺りは大丈夫かしら」

「ウルフェルグからは今のところ連絡はないので問題ないかと思います。今伝言にあったのですが、イオルムから概要を報告してくれたようなので、王城で初期対応はできているかと存じますわ」

「それなら良かった」


 その後も軽食をつまみながらしばらく対応を話し合い、大方の方向性は決まった。

 一昨日の時点で計画していたわたくし主催のお茶会は開催を見送り。イオルムのご学友を招く件についても当分は見合わせてほしいということだったので了承した。

 これだけ大きなクロス(ふろしき)を広げてしまっては、畳むのも大変ですものね。落ち着いてからにいたしましょう。

 第一わたくしはお茶会を開きたかったわけではなく、ユジヌで少しでも快適に過ごすための人間関係を構築したかったのだから。



 マルグレーヴ侯爵夫妻の来訪は明後日の夕方に決まった。おそらくそのまま会食になる可能性が高い。

 良好な関係、後ろ盾をアピールするには、絶好のチャンスだ。


 叔母とイオルムも夕方には伯爵邸に顔を出し、今後の対応を決めた。


 事件に関しては伯爵家と商会の連名で発表を行うこと。この中では制圧した顔ぶれにわたくしが含まれることは書かない。

 わたくしとイオルムに関する問い合わせや取材の申し込みは全て断ること。姿絵や記録魔道具で記録されてしまったものは著しい加工や捏造がなければ放置。目撃者や関係者が取材に答えることは制限しない。とにかく放置一択。


 百聞は一見にしかずということわざがあると叔母が教えてくれた。つまり本物を見れば全て解決するのだ。翌週の大公家主催の夜会に参加することだけ公にする。

 表に出ない代わりに、商会の広報誌でわたくしたちを含むメルシエ家全員のおすすめ商品を紹介すること。これは今後、従業員などにも幅を広げて連載の形を取っていく。


「公式発表の文面、大丈夫だと思うよ。明日の朝にでもこれで流して。あとゴシップに関しては本当にごめんね。記録魔道具が作動しない妨害用の魔道具、持ってきていたかなぁ……あ、商会に在庫ある? あればそれをカスタマイズする。もちろん僕らに買い取らせて。

 あと学校では認識阻害と僕に対する興味関心を削ぐ魔法を展開してるから心配しないで」


 イオルムが一気に話すのを、みんな口を開けて聞いている。話し終わるとぐるりと面々を見渡し、にっこりと笑った。


「気の抜けた話し方をしてるけど、一応ちゃんと頭は回るんだよ」

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