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【本編完結】お前よりも運命だ【番外編不定期更新中】  作者: アカツキユイ
第二部 第三章 囲うか落とすか、撃ち抜くか

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02 ぷりぷりしてた

 馬車は軽快に、メルシエ家に向かって街中を進む。

「紋章は出したままよね」

 ミックに尋ねると、はい、と短い答えが返ってくる。

 あまり早い時間にメルシエ家に到着してはさすがに迷惑だろう。

「たまにはコーヒーをいただくのも悪くないかもしれないわね……」

 飲みやすい紅茶もいいけれど、一人で考え事をする時には苦いコーヒーがあると気分が変わって良いのではないかしら。


「ミック、さっき提案してくれたカフェに行きましょう。コーヒーが飲みた……」

 ひらりひらり。小さな光が三つ、馬車の中に入り込んできた。

 キラキラと星が鳴るような声で精霊たちが話しかけてくる。


 リリスー

 おはようリリス

 おはよー


「あなたたちはメルシエ家の子ね?」

 今まで気配は感じられたけれど、イオルムがいないところで光の粒として精霊を見るのは初めてだ。

 やはりわたくしにも、この前メルシエ邸でイオルムが展開した魔法の影響があったらしい。

 それに、言葉もきちんと聞き取れる。

 これからはわたくしもイオルムと精霊の会話に参加できると思うと、心の奥が温かく、そしてくすぐったくなる。


 おはようー

 ディディがちかくにいるよー


「ディアマンタもこれから学校かしら?このまま馬車が進めばすれ違う?」


 かどでまがっちゃうー

 ぼくたちまっててっていってこっちきたー


「あら、それはディアマンタが困ってしまうのではなくて?」


 あーそうかもー

 またやっちゃったー

 とにかくリリスきてー


 あまり待たせすぎると遅刻してしまうかも知れない。

 精霊は人間の都合など、本当に構いはしないのだわ。

 ディアマンタ、振り回されてすぎていなければいいけれど。


「ミック、グレンに少し急ぐように伝えてくれる? この先の角でメルシエ家のディアマンタ嬢がわたくしを待ってくださっているようなの」

「かしこまりました。すぐに」




 ミックが御者のグレンに伝えてくれたようで、馬車のスピードが上がった。

「リリス様、もうすぐ到着します。ディアマンタ様のお姿も見えます」

「わかったわ、ありがとう」


 ありがとうーリリスー

 ディアマンタあいたがってたのー


「そうなの?」

 意外だ。

 わたくしは確かにディアマンタを気に入ったけれど、この前は『ロシェット』との会話をナビゲートしただけで、個人的なことがわかるような会話はほとんどした記憶がない。


 そうなのー

 マリエルたちとおちゃしたってきいてぷりぷりしてたー

 わたしもあいたかったってー


「まあ、ぷりぷり」


 ぷりぷりー

 ドゥメルもちょっとぷりぷりー

 ドゥメルはイオルムにあいたかったみたーい


 小さい光にしか視えないけれど、精霊たちがぷりぷりと言っているだけで和むのは不思議ね。


 馬車が角を曲がった少し先で止まる。

 窓を開けると、馬車内にいた精霊たちがふわりと出ていった。


「おはようございます! リリス様」

「おはようディアマンタ。ごめんなさいね、お待たせしてしまって」

「いいえ! 大丈夫です」

 肩までの髪をサイドで少し取って三つ編みにし、後ろをあの魔道具バレッタで留めている。


 少し気にかかったことを尋ねる。

「ドゥメルはどうしたの?」

「……この子、まだ不安定みたいで。休んでいる時間が長いんです」

 特に朝は寝てることが多くて……と少し不安げな眼差しを背後に送る。


 だいじょうぶー

 ねてるだけー

 ドゥメルちゃんとげんきー


 精霊たちには何度も確認しているのだろう。それでも不安が拭えないのね。

 何も心配することはないのに。


「ディアマンタ、今日は学校が終わるのは遅いの?」

「いいえ、午後はひとコマだけなので、それが終わったら今日は学校前の支店に入ろうかと思ってます」

「それは頭数に入っている?今日の午後はイオルムが伯爵家に行くことになっているの」


 その言葉に、ディアマンタはカッと目を見開いた。

「お店入らずに帰ります!」

「あら、大丈夫?」

「元々わたしはシフトの頭数には入ってないんです。ご予約をいただいたとき以外は、忙しいとか、お休みの人が出たお店の欠員補充になれるようにしてるので」


「それなら大丈夫ね。イオルムも楽しみにしていると思うわ」

「はい! よろしくお願いします」

 ぺこりとディアマンタが頭を下げた。


 このはつらつとした感じはわたくしの周りにはあまりいないキャラクター。

 歳はさほど変わらないけれど、幼さも感じられて微笑ましい。


「……そうだディアマンタ。伯爵家に行くには早いから、メルシエ家で経営なさっているカフェに行こうと思うのだけれど、おすすめのメニューはある?」

「あー、確かに今からではまだ早いですね。カフェはティズリーで合ってますか?」

 ミックが、その通りです、と答える。


「リリス様、カフェで何をなさいますか?」

「少し頭を整理しようと思っているわ」

「なるほど……もしお嫌いでなければコーヒーですね。サイフォンで入れているのでコーヒーが入る過程も見て楽しんでいただけると思います。

 あと……朝食後ですが甘いものは別腹でしょうか?」


「ふふっ、そうね、別腹だわ」

「くるみとエスプレッソのフィナンシェでしたら、甘すぎず、歯ごたえもあるので考え事には良いのではないかと思います」


 フィナンシェー

 おいしいねー

 たべたいなー


 目的に合わせてメニューを提案できる有能さ。素晴らしいわ……。


「ありがとう、ディアマンタおすすめのその組み合わせをいただくことにするわ」

「こちらこそ聞いてくださってありがとうございます。ぜひ後で感想を教えてください」

「もちろん。急いでいる時にごめんなさいねディアマンタ。それじゃあ、また後で」

「はい、では後ほど!」


 ディアマンタと精霊たちの後ろ姿をしばし眺め、後ろ姿が小さくなったことを確認する。

「……リリス様、そろそろ参りましょう。人通りが多く注目を集めています」

「わかったわ。それではティズリーへ向かいましょうか」



 再び馬車が走り出した。

 ミックがああ口にするということは、おそらく思った以上に耳目を集めてしまったのだろう。


「ふふふ、ディアマンタは本当に有能なのね」

 意図せずして撒き餌の役割を果たしてくれた。

「後でしっかりお礼をしなくてはならないわ」

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