03 ビンビンなのにガバガバ
顧客室に着くと、シリルがドアをノックする。
「ディアマンタ様をお連れしました」
部屋の中では、父とマルグレーヴ侯爵夫人が紅茶を飲んでいた。
「ご無沙汰しております、マルグレーヴ夫人」
商会の制服の裾を摘み、カーテシーをすると、満足そうに夫人がうなずいた。
「久しぶりね、ディアマンタちゃん。あなたもどうぞ座って」
お言葉に甘えて父の隣に腰掛ける。
「運命だと騒がれたんですって? もしかしてミラヴェール侯爵家のご長男、アマラン様かしら?」
「!? ご存じなんですか」
「……割と有名なのよ、惚れっぽくて。侯爵も頭を抱えていらっしゃるわ。それで? ディアマンタちゃんが今度は運命だって言われたの?」
「はい……」
「気の毒だけれど、次の運命とやらが見つかるまで押しかけてくると思うわよ、彼。仕事はできるようなのに、残念ね」
「そうなのですね……次が見つかるまで、ってどれくらいなんでしょうか」
「あの子の恋の噂は婦人会でもすぐに広まるのよ、前回の運命宣言は、確か半年くらい前だった気がするわ」
「半年ですか」
半年も運命だなんだと付きまとわれるの!? ちょっとそれは流石に勘弁して欲しい。思うように接客ができないじゃない……思わず顔をしかめた。
「その前の恋人とは二ヶ月くらいだった気がするから、人によるのでしょう。
わたくしからも、夫人にそれとなく伝えておきます。ただねえ、侯爵はともかく夫人はご子息と一緒にかぶれてしまっている節があるから、あまり期待はできないかもしれないわ」
夫人の言葉を聞いて、父が神妙にうなずいた。
「ありがとうございます。期間もまちまちなようなので、まずは対策を話し合います」
マルグレーヴ侯爵夫人がお帰りになった後。
「さて、どうしたものか」
と会長室で父が顎に手を当てて考え込む。
ミラヴェール家との外商契約はない。しかし食料品や日用品はミラヴェール侯爵領内の商店に卸しているし、他に細かい取引もあったはずだ。
「アマラン様と学園でお会いしたことは?」
「ありません。学年的に入れ違いでわたしが入学していると思います」
「うーん……運命だと言われた、と言ったね?」
「はい」
「学園まで押しかけてくる可能性もある。ひとまず明日は学園を休みなさい。魔道具を届けてもらおう」
「魔道具?」
「つきまとい対策用の記録と認識阻害ができる魔道具だよ。確か最新型を仕入れている」
「つきまとい……」
「運命だと言われたんだろう?」
「はい」
「つきまといは近年深刻な問題になっている。特に最近は殺されるケースも出ているだろう?」
「そうでしたね」
「護身用の魔道具も考えないといけないね。ディアマンタ、自分をモニターだと思って色々体験してもらいたい。わかっていると思うが、実体験に勝るセールストークはないからね」
「わかりました!」
最新の魔道具を実際に使える! という喜びが表情に出てしまったのか、父が苦笑した。
「……本当にディアマンタは商魂たくましいね。これでも、父親として心配しているんだよ」
売ることが楽しくて、わたしは時々自分が後回しになってしまうのだ。
「それはもちろんわかってるわ。ありがとう、お父様」
「伯爵にも相談しよう。いいアイデアがあるかもしれない」
翌日、学園を休んで本店で帳簿の整理をしていると、父が入ってきた。
「ディアマンタ、いま大丈夫かい」
「はい、一区切りついたところです」
「兄の紹介で魔道具の専門家に来てもらったから一緒に説明を聞こう」
「わかりました。……でも、専門家?」
父と応接室へ入ると、応接ソファに座っていたのはメガネをかけた赤髪の女性だった。
「はじめまして、ディアマンタ=メルシエと申します」
挨拶をすると、にこりと微笑まれる。
「はじめまして、ディアマンタ様。私はメドゥス製薬で研究員をしておりますアデル=ベルサンと申します。この度は面倒なことに巻き込まれたとお聞きしました。お手伝いさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
メドゥス製薬といえば、医学が進んでいる我がユジヌ公国でもトップの製薬メーカーだ。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
挨拶もそこそこに、テーブルに魔道具が並ぶ。
「いろいろな種類があるんですね」
「はい、単機能のものと、複合型をお持ちしております。付きまとい対策に必要とされる主な機能は三つあります」
「三つ」
「認識を阻害する、波長にノイズを乗せる、そして身を護る」
「??」
「あとは、見た目を変える、などもあるのですが、今回は学園生活を支障なく送ることを目的とした内容で組ませていただきました」
「ええと……?」
「ああ、わかりませんよね、すみません。今日はまず、運命と認識される基本的なメカニズムなどをご説明させていただきます」
「メカニズム……?」
頭の中は疑問符でいっぱいだ。
隣にいる父を見ると、父は興味深そうに魔道具を眺めている。
「まず、万物には固有の波長というものがあります」
「波長、ですか」
「気が合う、好みが近い、一緒にいて居心地がいい……そういう方はいませんか?」
「はい、います」
「そういう方を波長が合う、と言いますよね。波長は実際にあるんです。まずはそこを大前提として理解していただきたい」
「わかりました」
「そして今回言われた運命についてですが、この波長が究極に合う、そんな相手になります」
「……でも、わたしそんなの全然感じなかったんですよ? むしろグイグイ来られて気持ち悪いくらいで」
「はい。それについても考えられる要因はいくつかあります。
まず相手が運命そのものの定義を正しくわかっていないこと。先ほど言ったように究極に合うので、相手と認識の齟齬が生じることはまずないんです」
「なるほど」
つまりそもそもが勘違い野郎、と。
「次に感度。これは文字通り感じ易さです。たとえば同じ力で叩いても、痛くも痒くもないと思う人もいれば、激痛を訴える人もいる。件の方は大変感じやすい方なんでしょう。ここまで大丈夫ですか?」
「はい」
つまりどこをくすぐっても笑ってしまう、と。
「そして精度です」
「精度?」
「たとえば合う合わないと感じるにも程度がありますよね?」
「はい」
「全く合わない、あまり合わない、普通、なんとなく合う、すごく合う、最高! といった感じです。たとえば件のお相手は、なんとなく合う以上がみんな一緒くたになっていることが考えられる」
つまり馬鹿舌だと。
―――つまり、感じやすいけどざっくりとしかわからないってこと……?
「……ええっ!? それって感度は高くてビンビンなのに精度はザルでガバガバってことですか!?」
と声を上げると、二人がギョッとした顔になった。
「ディアマンタ……」
「あまりその表現は淑女として好ましくないと思いますよ……」
「すみません、つい驚いて」
様々なお客様から様々なお話を聞くので品のない言葉も覚えてしまうのよね……。
「表現が残念ではありますがそれで合っています。そしてお相手の方はおそらく運命という言葉をファッションのように使っていらっしゃる。聞こえが良いですからね。羨望の的にもなるでしょう。……実際の運命はそんなに生易しいものではないんですが」
最後に不穏な言葉を聞いたが、これはスルーしておこう。
実際には運命ではないけれど、なんか良いってめちゃくちゃ感じちゃうからこれは運命に違いない! と思っていると、そういうことか。
「つまり、ビンビンでガバガバなくせにギラギラしたいと、そういうことですか……?」
「……ディアマンタ」
「……表現が残念ですがそれで合っています」
二人がため息をついた。
他のキャラと家名が近いので侯爵夫人の家名を変更しました(7/2)