06 ざっぱーん
「ふふふー、いいもの見ちゃったー」
わいわいと集まって騒がしくしていた精霊たちが大人しくなると、イオルムが言った。鼻歌でも歌いそうな勢いだ。
「本気で危ない瞬間もちょびっとあったけど、なんとかなってよかったね」
「……は?」
過呼吸が治まったディアマンタが低い声を出す。
「イオルム殿下、もしも何かあったらどうするつもりだったんですか?」
「極限までまずくなったら手を貸すつもりだったよ? でも、これは君と精霊とのことだからね。君が耐えるべきところだ」
「……解せない……」
ディアマンタが不服そうだけれど、これはイオルムが正しい。
精霊契約は当事者間の問題だ。特に自ら名付けを望む……ネームドになろうとするほどの強い精霊なら、他者の干渉は厳禁のはず。
「でも良かったねードゥメル。たぶん竜と海から取ったんだろ?ぴったりじゃん」
〈……ぼく、みえるの?〉
「今ここだけは特殊な魔法を使ってるから、ここにいる人間には全員君が見えてるよ。僕とディアマンタちゃんはいつでも見える。でもまさか契約見られると思わなかったなぁ、興奮しちゃったー」
もしかして、イオルム。
「……想定していたのではなかったの?イオルム」
「そうなればラッキー、とは思ってたよ?でも海竜の自我とか意志の強さも関係してくるから、さすがに人間じゃコントロールできない。だけどすごいね、ゾクゾクしちゃったぁ!」
ニコニコと満足そうな笑みを浮かべるイオルムにため息をつくと、家族に囲まれたディアマンタに視線を戻す。
「……素晴らしいわ……」
『高潔のメルシエ』、その名に相応しい。
「リリス、そんなにうっとりして、欲しくなったの?」
「欲しい……いいえ、わたくしには眩しすぎるので、愛でるくらいがちょうど良い」
「愛でる、ねぇ」
イオルムが一瞬こちらに目を向ける。
「家族は眩しい? リリス」
「……多少は。でも王家の皆様は、わたくしを産み落としただけの肉塊たちよりも、遥かにわたくしを愛してくれていますから」
「ふふふ、そうだね。でもきっと、この家の人たちも、いずれ君を家族だと思ってくれるんじゃない?」
「そうかしら」
「少なくとも僕はもうすっかりメルシエファミリーだよ?」
「……さすがにそれは尊大すぎるわ、イオルム」
ため息を吐くと、愉快そうにイオルムが笑った。
「さて、魔道具を仕上げようか」
イオルムが手を叩くと、和やかだったサロンの空気が引き締まる。
「ディアマンタちゃんを護る魔道具だけど、おそらく今後誰も想定できない危険に晒される可能性はある。それを乗り切れるだけの能力をつけられたらと思ってるよ。ドゥメル、君はどうやってディアマンタを護りたい?」
〈ぼく、たたかう〉
「あれ、戦うの?」
〈たたかえ、ってきこえる〉
「……海竜はかなり好戦的だと言われてる」
叔父様が呟いた。
「魂に刻み込まれているのだな」
「なるほど。戦って護るの?」
〈うん〉
「良いね、ドゥメルはディアマンタのナイトだ」
〈ないと?〉
「騎士のことだよ。騎士は大切なものを守るために戦う。時に、命をかけて。
君の隣に小さな魔石があるよね?今は静かだけど、そこにもディアマンタを護る精霊がいた。ピンチになったディアマンタを守って消滅した」
〈しょうめつ?〉
「死ぬことだ」
〈やだ、しにたくない……でも、まもりたい〉
「だねー、ドゥメルならできるよ。できるようになろう。
ディオン殿、海竜の生態についてわかる範囲でいいから教えて」
「分かる範囲も何も、海竜は遠洋に生息していて、陸地に近付くことがほとんどないんですよ、殿下」
叔父様がため息を吐いた。
「基本的にはひとつの大海に対して一頭いると言われていますね。しかもほとんどがメスで、オスの目撃情報はほとんどない。
オスは世界中の海を周遊していて、成体になるまでを除けばこの世界に一頭しかいないのではないかというのが最新の研究内容だったと思います」
「この海竜の鼓動って、できたのどれくらい前だったの?」
「聞いた話では五百年前と。歴代の所有者は良い死に方はしなかったと聞いています」
「……そんなものを仕入れてくる伯父様も伯父様だわ……」
ディアマンタがぼやいた。
「あれ?ドゥメル、ぼく、って言ってるよね? 君は男の子? 女の子?」
〈んー?おとこ、のこ? せかいじゅう、まわるのよってままにいわれた〉
「……おいおい本当か? だとしたらドゥメルは世界の海を統べる王になるはずだった海竜だ」
「ええっ!?」
「じゃあディアマンタにたくさんお出かけに連れてってもらおうね」
〈やったぁ〉
くるりと宙返りして喜ぶドゥメルを前に、なんてことなの……とディアマンタが天を仰ぐ。
「海洋魔獣が一斉に陸に押し寄せて国を滅ぼしたという話も納得するよ……」
メルシエ商会長がため息混じりに苦笑いする。
「国宝どころか、これを奪い合って戦争になるレベルだぞ」
メルシエ伯爵が肩をすくめた。
「でも、所有者は軒並み碌な死に方をしてないんだろう?」
メノー様がぶるりと震えてみせる。
「……だが、それほどの大きな力がこれから我々に必要なんだろうさ」
そう口にし叔父様は、ディアマンタとドゥメルを真剣な眼差しで見つめた。
「実際、かなり情勢は芳しくない。火種は着実に世界中で育っている」
「だから、ドゥメル。どんなに危険な場所でもディアマンタを護れる君でいなくちゃいけない」
〈うん〉
「うーん、そうだねぇ、前の子は認識阻害だったけど、ドゥメルはもっとストレートなやつがいいね。防御は障壁と結界でいいかな。ゆくゆくは幻影魔法とか覚えられると強いね。
攻撃は……相手の気管を海水で満たしちゃうのも良いねぇ」
笑顔で物騒なことを口走るイオルムを、メルシエ家の人々がギョッとした顔で見ている。
「まあ、僕と一緒に必殺技だけ決めようか」
〈ひっさつわざ?〉
「ディアマンタちゃんを傷つけようとする悪いやつを、一撃でやっつけられる技のこと」
〈かっこいいやつ! えい! ってやつ!〉
ぼくたちもてつだうー
えい! やあ!
やっつけよー!!
「とはいっても緻密な調整が必要なものはまだ使えないからね。大波を起こして押し流すってのはどうかな?海竜である君に一番向いているし、一番効く」
〈それ、かっこいい?〉
「ああ、かっこいいよ」
「それって、カッコいいの……?」
ディアマンタの疑問はもっともだ。加減できないと一帯を壊滅させてしまいそうだけど……。
周りのみんなも渋い顔をしている。
〈それにする、ざっぱーんってするの〉
「よしわかった! かっこよくざっぱーん! ってやろう!」
やったー
ざっぱーん
やっつけるぞー
イオルムがちらりとこちらを見た。わたくしの湿った目線を感じたのだろう。
「……まあでも、やりすぎちゃうといけないからね……ああ、そうだ!」
ペンダントとして着けていた小さい魔石を手に取る。
「こっちにやりすぎないようにするための仕事をしてもらえばいいんだ!」
「……名案って顔をなさっているけれど」
「あれはどう見ても行き当たりばったりだ」
「最終的にそれでバランスが取れるなら良しとしましょう……」




