04 半身でありストッパー
「持ってきたぞ」
商会長が小さな箱を持って戻って来た。
「久しぶりに手にしたが、箱越しでもビリビリくるような気がするな」
商会長が白手袋をはめ、箱から一センチ半ほどのルースを取り出すと、バレッタの隣にそっと並べた。
「あははは、メルシエ商会、とっておきがあるだろうなとは思ってたけど、海竜の鼓動があるなんてやばいね!!ウルフェルグどころかフェリティカだって国宝級だよ!?」
「海竜の鼓動?」
ディアマンタが首をかしげる。わたくしも初めて聞く名前だ。
「海竜の心臓から採れるんだよね?」
「そうです。そもそも海竜は海に生息して海から出ない。討伐しても大きすぎて陸へ運べない。海へ還るのがあるべき形だから、本来なら人の手に渡るものではない。つまりこれが陸にある時点で曰く付きなんだよ……」
「ディアマンタが生まれる前に僕らが仕入れて来たんだ」
叔父が満足そうにうなずく。
「これひとつで小国が買えるよ」
「えええっ!?そんなものを持たされるの!?」
ディアマンタが小さく悲鳴をあげた。
イオルムが魔眼を発動して魔石を見る。すぐに眼はいつも通りに戻った。
「うん、魔力容量は竜にしてはそんなに多くないみたい。とはいっても竜だからね。ウルフェルグの中級魔道士くらいの魔力ならまるごと収まりそう。しかも純度は最上級……おそらく幼竜だったんじゃない?」
「仰るとおりです。漁の網に幼体がかかったのを、その島国の王族が飼い慣らそうとして死なせてしまったと」
商会長が答えた。
「……お父様、その国は……」
「滅びた。海洋魔獣のスタンピードで、島もろとも海に沈んだと聞いている」
「……海洋魔獣は大きいだろう、それが押し寄せたら天災級じゃないのか」
「それって普通に考えたらこの魔石も海に沈むパターンじゃないの?」
「混乱に乗じて持ち出されたらしい。おそらく飛竜か何かに乗って逃れたんだろうな」
「……そういう曰くがついたものなら、呪われているのでは?」
ノエミ様がイオルムに尋ねる。
「いや、見たところ全然呪いとかはなかったよ。本人?本竜は純粋にお世話してもらったつもりでいるんじゃないかな」
「ええええ……」
「だから呪いとかそういう心配はいらないよ、安心して」
わーいカイリュウ!
うみのおはなしきかせてくれてたのにねちゃったの
おきたらまたたくさんきけるかなー
精霊たちがくるくると魔石の周りを回る。
「それにしてもこの純度……腕が鳴るよ」
イオルムが舌なめずりをして、細い舌先が見えた。外ではしないように気をつけているはずだからたぶん無意識ね……後で注意しなくては。
「精霊たちが選んだだけある。ディアマンタちゃんとの相性もいい」
「相性ですか?」
「相性が良くないと本来の力が発揮できないんだ。良い持ち主と巡り会えて良い関係が築けると、ごく稀に精霊化することもある。それこそディアマンタちゃんが着けていたペンダント、あれがそうだ」
「へえ!聖剣みたいだな!」
メノー様が声を上げた。わかりますわ、冒険心をくすぐられますわよね。
「そうだね、聖剣も聖剣になる過程が何パターンかあるから全部がそうじゃないけど」
「でも、さっき精霊たちは海の話をしてくれたって言ってたよね。たぶんこれには、いや、この子には意思がある」
「なんてこった……」
叔父様が嘆息した。
「さーて、やってみようか。どうやって起こそうかな」
イオルムが両手の指の関節を鳴らす。
「あ、イオルム殿下」
ディアマンタがイオルムに声をかけた。
「なぁに、ディアマンタちゃん」
「この子も、使うことはできますか?」
恐る恐る差し出されたそれは、先ほど彼女が別れを告げた精霊が宿っていたペンダントトップ。
「また護ると言ってくれたんです」
「うん、いいよやってみよう」
魔石を受け取るとイオルムが同じトレイに置く。
わたくしと触れ合う時を除けば、久しぶりにイオのこんなに楽しそうな顔を見る。
「ちょっと考えるから待ってね……」
口元に笑みを浮かべながら、射るような眼差しでトレイの上の材料を眺めている。
「いつもあんな感じなのですか?」
マリエル様がわたくしに尋ねる。
「ええ、普段はもう少しまともに擬態できているんですが、メルシエ家の皆様の前で気が緩んでいるのでしょうね」
「……擬態?」
「まともな倫理観、分別を持った人間への擬態です」
「つまり擬態をやめると……?」
「……ディオン叔父様やシャルロット叔母様はご存知ではないですか?彼が悪虐王子イオルムと呼ばれていることを。
擬態をやめたら即幽閉。魔力量はウルフェルグ随一ですから毒杯は呷りませんが、身体が干からびるまで魔力を国に捧げることになります」
「うわぁ……」
明らかにディアマンタが引いている。その後ろでメノー様も苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「とんでもない爆弾じゃないか」
「わたくしは、イオルムの半身であると同時に、暴走を防ぐストッパー、お目付け役でもあるのですよ」
にこりと微笑むと、リリス様すごい……とディアマンタの声が聞こえた。
危険なのはイオルムに見えますけれど、その実はお互い様なのですよ、ディアマンタ。




