05 お前よりも運命だ!
「集まってもらった理由はそれだけじゃないんだ。ディオン殿は知ってるだろうけど、最近世界情勢がきな臭い」
はっと男性陣が表情を変えた。
「ロゼナス教って知ってる?海の向こうの宗教なんだけど、あれは悪魔崇拝の邪教だよ」
「!?」
「この国にも潜り込んでる。おそらくシルヴァロンの一件も、少なからず関わってるんじゃないかな」
「……」
「『運命を愛せよ、真実を愛せよ』、これがロゼナス教の教義」
「……運命……」
今一番聞きたくない言葉だ。
「ロゼナス教は世界の破滅を狙っている。そのためのカギが、ルルティアンヌなんだ。だから魔女や魔法使いたちはロゼナス教の動きを注意深く監視している」
「……そこまで、話して良いものなんですか?」
シャルロット伯母様が質問する。
「うーん、称号持ちならたぶんだめ。でもシャルロット夫人はご存知の通り、僕は除外者だから」
「除外者?」
「除外者、っていうか、門前払い? 魔女たちには戒律があるって言ったろう? 僕は頭のネジがだいぶ外れているから、確実に破るだろうって弟子入りさせてもらえないんだ、ふふふ」
……なんだか今、ものすごく不穏な言葉を聞いたような気がする。
「まあ心配いらないよ。どれも遅かれ早かれ明らかになることだから。今日みんなに集まってもらったのは、世界がそういう感じだから、気を引き締めていこうねー、って言いたかったんだ。ユジヌに来てすぐわかったよ。だいぶ上が腐っているよね」
「……残念ながら」
「大公家の連中とも話をしたけど、どうも運命かぶれが始まっているようだね」
「運命かぶれ、ですか」
「『君と僕とは運命だ!』
……ディアマンタちゃんも、今それで困ってるって聞いたよ?」
「……はい、その通りです」
「ユジヌはフェリティカの従属国だから、最悪フェリティカが併合するなりなんなり、どうにでもしちゃうと思う。けど、それはメルシエ家としては本意じゃないんじゃない?」
「……」
父たちが黙り込む。
「それに、本物の運命を知る僕たちには、運命かぶれを容認する気持ちが全く起こらなくてねぇ。ディオン殿にシャルロット夫人、あなた方は違うの?」
「本物の運命?」
首をかしげる。イオルム殿下の問に対して、ディオン伯父様は肩をすくめながら答えた。
「容認も何も。我々は獲物ではないですか、イオルム殿下」
「……獲物?」
わからない言葉ばかりだ。
首をかしげたままのわたしを見て、イオルム殿下は今度説明するよ、と笑った。
「というわけで湿っぽい話はおしまい!
ねえディアマンタちゃん、今この部屋には精霊が入れないように結界を張ってるんだけど、みんな君と話したくて今か今かと結界の外で待ってるんだ。さっき話した制限、解除して視えるようにしても良いかな?」
「……さっき馬車が着いた時にものすごく圧されて目が回ったのって」
「うん、間違いなく精霊たちの熱烈なお出迎え」
「同じことが起こりますか?」
「さすがに大丈夫だと思うよ?精霊は僕も視えるからね。分担しよう……いや、加護があるメルシエ家なら、魔法を発動させればここにいる全員が会話できるかも。どうする?メルシエ伯爵」
レイモン伯父様が少し考えて、周りを見回した。
みんな伯父様を見て、是のうなずきを返した。
「お願いします、殿下」
「みんな押し寄せてこないなら大丈夫です。やってください、イオルム殿下」
「オッケー任せて、ちょっと方法を考えるから。そしたら改めてお茶の準備をお願いできるかな?精霊は甘いものが大好きだからね。ああ、金平糖をディアマンタちゃんが病院でおすすめしてたって聞いたけどほんと?あれも気になるみたいだよ。
リリスは先にこれを持ってディアマンタちゃんとサンルームに出てくれる?ちゃんと結界の有効範囲内だから大丈夫。やり方は、説明したよね?」
「わかったわ、大丈夫よ、イオルム」
リリス様がイオルム殿下から何かを受け取ると、反対の手でわたしの手を取った。
「行きましょう、ディアマンタ様」
「あの、リリス様。テラスに出て何を」
「ディアマンタ様とどうしてもお話したいという子がいるんです」
「話、ですか?」
サンルームにあるテーブルに、向かい合って座る。
「はい。ずっとディアマンタ様のそばにいた精霊です」
「ずっとそばに?」
「はい。なので一番にディアマンタ様とお話をするなら、その子だろうとイオルムが。
ディアマンタ様、イオルムがあなた様にかけた制限はわたくしが解除してもよろしいですか?」
真剣な目を見て、こくり、とうなずく。
「ありがとうございます。それではお手を失礼しますね」
リリス様がわたしの右手を取り、両手で包みこんだ。
「解除」
「……」
目の奥が少し温かく感じる。
おそらくこれで、視えないという制限が解除されたんだろう。
コトリ、とリリス様がテーブルに何かを置いた。
「これは……」
ずっと着けてた、認識阻害のペンダント。
リリス様が、その上にそっと手をかざした。
「大丈夫よ、出てきて」
すると、ペンダントトップの魔石が強く光った。
石の上に、五センチくらいの小さな人の形をした精霊が浮かんでいた。
目にたくさん涙を浮かべている。
「……まあ」
〈ごめんね、ごめんねディディ〉
「ごめんね?どうして?」
〈ディディを護れなかったから〉
ぽろぽろと涙をこぼしている。
そうか、きっと落雷の時に力を使い果たしてしまったのね。
「何を言ってるの、たくさん護ってくれたじゃない。わたしこそごめんなさい。無茶なことばかりするから、大変だったでしょう」
〈ううん、ううん、もっとできた、もっとディディのこと護れた〉
「そんなことないわ、十分護ってもらった。ありがとう。一緒にいてくれて、とっても助かったわ」
〈うん〉
「……あなたも、消えてしまうの?」
〈うん、力が少ないから。最後にディディに会いたいってお願いしたの〉
―――ふふ、こういう『良い仕事』をした魔道具、集めるの好きなんだよねぇ
イオルム殿下の言葉が頭をよぎる。
「そう、ごめんなさいね。やっとお話できたのに」
〈ううん、ううん、大丈夫。消えちゃうけど、また生まれてくるよ〉
「そうなの?」
〈うん、その時は、またディディのことを護らせてね〉
「……もちろん。その時はよろしくね、『ロシェット』」
精霊は涙を拭ってにっこりと笑うと、光になって弾けて消えた。
「……っ」
精霊は消滅することを悲しまない、とイオルム殿下は言っていた。
けど、わたしは悲しい、悲しいよ、ロシェット。
テーブルにそっとハンカチが差し出される。
顔を上げると、リリス様がこちらを見て微笑んだ。
「大丈夫、また出会えますわ」
「……はい、ありがとうございます、リリス様」
テラスからサロンに戻る。母や伯母たちが、使用人を呼び込み慌ただしく支度をしていた。
イオルム殿下はソファに座ったまま、目を閉じて動かない。
「……お父様たちは?」
メイドに尋ねると、お打ち合わせがあると奥の部屋にいらっしゃいます、と教えてくれた。
さっきの話を受けて、相談しているのだろう。
「ディディ!」
母がわたしを呼ぶ。
「金平糖、本店に在庫あるかしら?取ってきてくれる?」
「はぁい」
「わたくしもご一緒してよろしいですか?」
「もちろんです。行きましょう。ああ、リリス様、わたしのことはディアマンタと。敬称は不要です」
メルシエ家から通路を通ってメルシエ商会の本店に入る。
「ディアマンタ様!退院は今日だと伺っていましたが……お元気そうで、本当に良かった……」
ジェロームが鉢合わせて早々に涙ぐむ。
「心配をかけてごめんなさい、ジェローム。今は金平糖を取りに来たの。アカボシ糖なんだけど」
「アカボシ糖でしたら、全て店頭にありますね。一昨日くらいから大人気で、急いで注文しているところです」
……その人気、たぶん病院でのわたしの売り込みが原因だわ……。
「わかったわ、ありがとう。リリス様、ご案内します」
バックヤードを抜けて、表に出る。と、まさかの男とバッチリ目が合い動きが止まる。
アマラン!?えええどうして、なんで入れちゃってるのよ!?
どうしよう完全に油断してた。ロシェットは役目を終えてしまって、今は認識阻害の魔道具をつけていない。
「ああ!やっと会えたエメちゃん!」
アマランが幸せいっぱいと言わんばかりの顔をして突っ込んでくる。
「エメちゃん、僕のうんめ……え?」
アマランが呆然と立ち止まった。視線はわたしの後ろにある。
不思議に思って後ろを振り返ると、リリス様が目を丸くしていた。
「君だ!」
アマランが大声を上げた。
「君こそ僕の運命だ!!」
「はあ!!?何言ってるんですかミラヴェール様、こちらの方は」
「お前にはもう用はない!彼女の方がお前よりも運命だ!!黒髪麗しいあなた、あなたこそ僕の運命、お名前を教えてください!」
次の主人公、リリス編の第一話がこの話に続きます……!
「お前よりも運命だ」ディアマンタ編、ここまでお読みくださりありがとうございました。
是非ご感想そして評価とブックマークいただけると泣いて喜びます……!
そして、次のリリス編ではますます運命していくので、よろしければ引き続きお付き合いください。
リリス、ディアマンタより苛烈です。この作品の人たち割と苛烈です……。
なお、第二部スタートに伴い、タグを入れ替え「いっそ清々しい共依存」「突き抜けた純愛」「本物以外眼中になし」が入ります。この言葉に引っかかりを覚えた方はご注意ください。




