04 確認不足と大味な大魔法
「……確かに、銀灰茸の肉詰めはおいしいわね」
母がため息混じりに吐き出した。
「実際、ディディをお見舞いに行った時にも、ベルサンさんと一緒にマッシモの家でいただいたわ。でもそれが理由?」
「ふふふ、わかるよ、そんなことで?って思うよね。でもそれが魔女なんだ」
イオルム殿下がくっくっくと楽しそうに笑う。
「僕は現場を見ていないけど、たぶん黒焦げになったエリアとそうじゃない場所が線を引いたみたいにきっちりわかれてたんじゃない?」
「……そのとおりです」
伯父がうなずいた。
「ユークは結界魔法の達人でもあるんだ。全ての帝国行事で、皇族の防護結界を一人で張るくらいにはね。
現場はひらけた草むらだったんだろう?そこだけを結界で覆って、雷の雨を降らせた。植生への影響が最低限になるように。そもそも無秩序に雷を落としたら、森に生えている銀灰茸もダメにしちゃう可能性があるから」
「……なるほど」
「今回の件はユーク本人に確認した。
草むらに異常な数の魔獣が集まって興奮している様子が見えたから、暴走してスタンピードになるのを防ぐためにそこだけにまとめて雷を落としたと。落とした時にはディアマンタちゃんがいることに気付いてなかったらしい。
確認のために降りたら君がボロボロになって倒れていたから、慌てて治癒魔法をかけたんだって」
「えええええ……」
そんな理由で、わたし死にそうになったの?確認、足りなくない?
「本来だったら即死しててもおかしくなかった。瀕死だったけど死ななかったのは、シルヴァロンの精霊たちが君を全力で護ったから。それは紛れもない事実。ところで今、すごい顔してるよ、ディアマンタちゃん」
イオルム殿下は面白いものを見たとでも言いたげだ。
「すごい顔にもなりますよ……でも精霊たちはどうしてわたしを護ってくれたんですか?」
「うん、それは君たちメルシエ家が高潔のメルシエと呼ばれてる所以でもあるんだけど」
「……高潔のメルシエ」
「聞いたことないかい?割と有名だよ。古来から人を助けるための医療を実践し発展させるユジヌ公国、その番人。ユジヌの誇りを守るため、いざとなれば貴族も大公家も葬り去ることを厭わない、誇り高き一族。
ああ、そういえばフェリティカ帝国の書庫で読んだんだけど、なんでも君たち一族にはユジヌの神の加護があるらしいよ」
「え!!?」
伯父達を振り返る。父も二人の伯父も知らなかったのか、完全に固まっていた。
「あれー加護があるの知らなかったのか。話しちゃって良かったのかな? まあいっか」
あはははとイオルム殿下が笑った。いや、良くないだろう。
「気高い魂を持つ人間は精霊に好かれやすい。そこに腹黒さとかは関係ない。特に君は、パーティーの時に転移魔道具を奪われた子に自分が持っていた分を渡したんだろう?そういう衝動的な行動、特に善意に基づいてるやつ。精霊は大好きだから」
イオルム殿下がカップの紅茶を飲みきった。
おかわりの用意をするのだろう、母が立ち上がる。
「だから精霊たちが結界を解いたのも、そのままそこにいては危ないと報せるためで完全なる善意なんだ。それが人間にとって良い結果になるかどうかまで気にしてない」
「……はあ」
「その後、森の中に逃げ込んだ君が木の洞で精霊たちに話しかけた時も、純粋に大喜びしちゃったわけ。
精霊が認識阻害の魔術や魔法を嫌うんじゃないかってディアマンタちゃんは気にしてたけど、ちょっと変だなと思うことはあるみたいだよ。でも嫌がったりはしない。
違和感を正すために解除してしまうって事例はあるけど、今回それはやってない。先に結界を壊して君を危険にさらしてしまったから、解除はしちゃまずいと思ったらしい」
なるほど。
直情的とは言うけれど、意外といろいろ考えてるんだな、精霊。
「それで、君が草むらに追い込まれた時にはなんとか君を護ろうとすぐそばに集まっていたんだ。そこにユークリッドの雷が直撃した。君をかばった精霊は、全て消滅している」
「消滅……わたしをかばって?」
「あー、そんなに深刻になんなくて大丈夫。消滅してもまた新たに発生するのは精霊にとって自然なことだから。誕生や消滅に対して感情は伴わない」
「そう、ですか」
母がイオルム殿下のカップに、おかわりの紅茶を注いだ。殿下はありがとう、と母に感謝を告げる。
「ユークが君の身体を治している間、落雷時に結界の外にいた精霊が、一緒に来ていたルルに一部始終を報告した。ルルがかつて逃がした子を君が助けたこともね。
ルルは感謝して君に祝福を与えたそうだよ。幸せがありますように、ってすごくシンプルなものだそうだけど」
「魔女の祝福……」
ディオン伯父様が、呆然とした表情で口にした。
「しかもルルティアンヌ様の祝福、本当ならとんでもないぞ」
「でもねー、それだけじゃないんだ」
イオルム殿下が苦笑している。
「ディアマンタちゃん、たぶん君、急に色々聞こえるようになっただろう?あれ、精霊たちの言葉なんだけど」
「え!?」
「結界の中にいた君に危険を伝えようとしたのに気付いてもらえなかったから、次こそちゃんと気付いてもらえるようって、シルヴァロンの精霊が自分たちを認識できるように強く願ったようなんだ」
「……はあ」
「それで、本来は精霊のお願い……祈請っていうんだけど、祈請なんて可愛らしいもんで、せいぜい光がピカピカーって見えるなあ、くらいのものなんだけど、そこにルルの祝福が重なった。最強の魔女、ルルティアンヌの祝福が」
ごくりとつばを飲み込む。
なんだか嫌な予感がする……。
「精霊の可愛らしいお願いごとも、ルルティアンヌの祝福と相まって効果絶大になっちゃったらしい。言葉がちゃんと聴き取れてるだろう?それだけじゃない、今のディアマンタちゃんには、ぼんやりの光じゃなくて精霊そのものの姿がはっきり視える」
「はああっ!?」
衝撃の事実に思わず立ち上がる。
普段なら一斉にたしなめられるけど、あまりのことに周りの大人達も言葉が出ないようだった。
しばらく呆然とした後、我に返り席に着く。
「え?でもじゃあどうして今わたしは声しか聞こえてないんですか?」
「目覚めてすぐは目が回復しきってなかったんだ。というかユークリッドの治癒魔法が大味すぎて、ざっくり治しているから視神経に滞りがあった。僕が病院に行った時、精霊たちがすぐ突入しそうな勢いでウロウロしていたから、ちゃんと段階を踏む必要があるなと判断したんだ」
「……え、何も異常はないって」
「うん、本当に小さな滞りだったからね。目の機能はちゃんと回復していたし、詰まりも翌日には治りそうだった。でもそれで急に精霊が視えちゃたら大混乱じゃない?」
イオルム殿下の言葉にこくりとうなずく。
「お別れの時に手を握っただろう?その時に目を完全に治して、かつまだ視えないように制限をかけた」
そういえばあの時、殿下の目がなんだか普通の人っぽくなかったわね。
「ディアマンタちゃんに説明して、それから視てもらおうと思ったわけ。病院で話す内容じゃなかったし、メルシエ家にとってかなりインパクトの大きいことだと思ったから、その説明をするためにメルシエ家に大集合してもらったの」
「……なるほど、イオルム殿下があれだけ強く言ってきた理由がわかった」
ディオン伯父様が頭を掻く。
「確かにこりゃ一大事だ」