03 勝利の決め手は銀灰茸
「お待たせしました」
サロンに入ると、みんなが一斉にこちらを見た。
奥にディオン伯父様とその妻であるシャルロット伯母様、そして伯母様によく似たご婦人がいらっしゃる。
「ディアマンタ! 大丈夫なのかい?」
伯爵である伯父が近付いて来る。
「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」
「良かった。じゃあ座って。イオルム殿下がお待ちかねだ」
「やあ、ディアマンタちゃん」
「イオルム殿下、ご足労いただきありがとうございます」
カーテシーをすると、満足そうに殿下が微笑み、部屋の奥の女性に目配せをした。
「僕の半身である妃を紹介するね。リリスだよ」
まっすぐな黒髪、すらりと長い手足。金色の瞳が正面からわたしを見据える。
「リリス=ウルフェルグと申します、ディアマンタ様。この度は大変だったと伺いました。回復間もないところにお邪魔してしまい、申し訳ありません」
「とんでもない。こちらこそお越しいただきありがとうございます」
「思っていたよりもずっと早く叔母に会う機会をいただけて感謝しておりますの。どうかお気になさらず」
確かご出身のセス家は公爵家だったと聞いた。隙のない完璧なお方だなあ、と思いながらほう、と感嘆の息を吐く。
リリス様の向こうから視線を感じて目を向けると、ディオン伯父様とシャルロット伯母様がこちらを見て微笑んでいた。後でちゃんとご挨拶します、と気持ちを込めてうなずき、席に着いた。
「みんな呼び出しちゃってごめんねー、たぶんメルシエにとって大切な話だと思ったから、集合してもらったんだ」
イオルム殿下が言った。
「ディアマンタちゃん、今は騒がしくないよね?」
「騒がしく……?」
「空耳、聞こえないよね?」
「あ、はい! 聞こえません」
「良かった良かった。しっかり言い聞かせて結界も張ってあるから、ちゃんと外で待ってるよ」
「……外?」
サロンの入り口には兄が立っていた。……よく見ると、今日は使用人が一切いない。
「順を追って話を聞かせて。
まず、結界にコツコツと何かが当たって、そのまま無視していたら結界が壊れた。だったよね?」
「はい」
「それは精霊の仕業」
「えっ?」
「とは言っても君に危害を加えたかったわけじゃないんだ。むしろ逆」
「逆」
「ディアマンタちゃんを狙っている悪い奴がいるから逃げて! と知らせたかったらしいんだよ」
「まあ」
母が扇子を広げて口元を覆った。
「そんなことがあるのですか?」
「精霊は基本的に直情的だからね。計略を練ることもない。上級精霊なら別だけど」
イオルム殿下が答える。
「というわけで結界を壊してしまった後、矢がディアマンタちゃんを狙ったのを見て、ようやくまずいことになったと気付いたらしい」
「……」
「伯爵と通話した後に森の中に逃げたと言っていたね」
「はい。認識阻害を起動して木の幹と同化していたんですが、その木のうろに銀灰茸がびっしり生えていて」
「うん」
「精霊がいそうな可愛い空間だったのでつい話しかけたんです。騒がしくてごめんなさい、もうすぐ終わりますから、って。
そうしたら精霊を起こしてしまったのか、髪や服を引っ張られてしまって」
「……その話、初耳だね」
「病院ではしませんでした。居心地が悪かったし、話しても鼻で笑われると思ったので」
「なるほど、それで?」
「起こしてしまったんだと思って謝ったんですが、どんどん数が増えてきたように感じて。もしかしたら認識阻害魔術が精霊にとって良くないものなのかもしれないと思い立って、他の場所を探そうと彷徨っているうちに森の奥、開けた草むらに来ていました」
「うん」
「そうしたら上空にジュリセンワシがいて」
「ジュリセンワシ!!?」
ディオン伯父様が大声を出した。それを隣のシャルロット伯母様がつんつんと扇子でつついて窘める。
「わかりますよディオン伯父様。わたしも思いました、こんな場面でなければもっとじっくり観察できたのにって」
「ディディ……ディオンも……」
「そうじゃないだろう……」
父と伯父がため息混じりに突っ込んだ。
「上空から襲われたんですが、認識阻害が効いたのか少しわたしとズレたところに向かって行きました。魔物に認識阻害が効くのかを考えたことがなかったので、戻ったら確認しようと思いました」
「……」
「……そんな時でも通常運転なのはいいのか悪いのか……」
母のため息と兄の嘆きが聞こえるが、無視して続ける。
「ですが、ジュリセンワシの鳴き声で他の魔物が集まってきてしまいました。
攻撃を検知して魔術障壁が発生する護身魔道具は着けていましたが、あの魔獣の数ではさすがに勝てないことはわかりきっていましたので本能的にかけ出しました。でも転んでしまって」
「……それで?」
「さすがに死を覚悟しました。助けて! とかなんとか叫んだと思います。
もうダメだと目を閉じたら、突然何かが割れるようなものすごい音がして、パチンと弾けた感じがしたんです。あと目を閉じているのにすごく眩しくて、目が熱くなる感じがしました。
その直後に身体が何かに打ち付けられたのはなんとなく分かったんですが、記憶があるのはそこまでです」
目を覚ましたらシルヴァロンの病院でした。
「…………」
シン、と沈黙が走る。
「うん、ありがとう」
イオルム殿下が手にしていたティーカップをテーブルに置く。
「結論から言うね。ディアマンタちゃんは至近距離の落雷を受けて瀕死の重体だった」
「落雷?」
「うん。鼓膜が破れて、眼球が煮えたんだ。あと、落雷そのものの衝撃で吹っ飛んだ。状況を聞く限りだと、他の臓器も損傷したり、骨折もしてたかもしれないね」
なんだか、思っていたより、ずっとえぐい。
「じゃあ、怪我ひとつなく倒れていたのは精霊の?」
「それが違うんだよねぇ……」
イオルム殿下がため息をついた。ため息をつくような人でないと思っていたから、なんか意外。
「精霊が君を護ったのは本当。たぶんそれがなかったら今ごろ君は土の下だ」
「ええ……?じゃあ一体どうして」
「雷を落とした本人が、瀕死だったディアマンタちゃんを治してる。最強の雷魔法の使い手、瞬光のユークリッドが」
「!!?」
周りの大人たちがざわついた。
瞬光のユークリッド……?初めて聞く名前だわ。
「ユークリッド=フェリティカ様。ユジヌの宗主国であるフェリティカ帝国の第三皇子殿下にして、称号持ちだ」
父が呟いた。フェリティカ帝国はユジヌ公国の宗主国であり、世界最大の帝国だけど、……そこの皇子殿下?
そして初めて聞く言葉が他にもある。
「ごめんなさい、称号持ちってなんですか?」
「魔女や魔法使いの称号を得た者のことだよ」
「魔女」
「……シルヴァロンで、ヨランド様に紙鳥を送っただろう。ヨランド様もそうだ。二つ名は天香、天香の魔女ヨランド。この国、いや、この大陸随一の薬師だ」
「ヨランド様……ああ、でもヨランド様は手伝えないからごめん、ってお返事来てましたよね」
「しかし『他に理由がある同士がいるかもしれないから共有する』ともあっただろう。ユークリッド殿下には、理由があったのではないか?」
「そう。ユークには理由があった。あと、ルルにも」
「ルル?」
「絶望の魔女ルルティアンヌ。この世界を滅ぼすと言われている歴代最強の魔女だよ」
「そんな方たちが……でも、どんな理由が?」
「養成学校だ」
伯父が答えてくれる。
「あそこには、お二人が助け出した人が多く在籍している」
「助け出す?……あ!」
『逃がし屋さんが、暴力を振るう恋人から逃がしてくれたんです』
「逃がし屋……」
わたしの呟きを拾ったイオルム殿下がうなずいた。
「そう、逃がし屋……リロケーターはあの二人が深く関わってる。自分たちが救い出した人を守りたい、って、明確な理由がユークたちにはあるんだ」
「でもそれならどうしてもっと早くなんとかしてくれなかったんですか?」
「うーん、その疑問はごもっとも。ごもっともなんだけど、魔女とか魔法使いには『魔女の理』と言われる戒律がある。そのひとつが政争には介入しない、ってやつ」
「……聞いたことがありますわ、死者を蘇らせてはならない、とか、いろいろある、と」
リリス様がつぶやく。
「そう。だからパーティーの混乱には一切手出しをしてないだろう?」
伯父と顔を見合わせて、こくりとうなずく。
「僕もユークに直接聞いて確認した。自分たちが救い出した人たちを危機に晒したくない、それが理由のひとつ。もうひとつ、それが落雷の直接的な理由なんだけど」
「もうひとつ?」
「ルルの好物が銀灰茸の肉詰めなんだ。スタンピードで銀灰茸が踏み荒らされると植生が戻るのに時間がかかるから困る、と」
…………
ここにいた全員の目が点になった。
「は?」
魔女やら魔法使いやらの名前が出てきましたが、おまうめではご本人登場は今のところ予定にありません……!今後おなじ世界の別作品で出てきます、というかむしろそちらの方が主軸です……