02 売上爆増本領発揮
イオルム殿下が来た三日後、わたしは退院した。
「あらディディ、すっかり元気じゃない」
迎えに来てくれた母が、目を細めてふふふと笑う。
「ええ、色々鈍るから病室に来る方全員にうちの商品をたくさん売り込んだの。さっき売店に寄ったら、売店全体の売上が過去最高を更新したってお礼を言われたわ。メルシエ以外のものも、たくさん売れたんですって」
「そう、それは良かったわね」
母の侍女であるコリンヌが苦笑いしながらわたしの荷物を受け取ってくれる。
『まあ! こちらの売店ではメルシエの商品を扱ってくださっているのですね。この金平糖は十日ほどかけて、この大きさまで仕上げておりますの。大きな一粒ですと特別感があっていいでしょう!?』
『このハーブティーはトランケコート産ですね。トランケコート産も香りが豊かで美味しいですが、カルマンテーヌ産は香りの鼻抜けが良いので、入院中の方向けに薄く淹れても十分ご満足いただけると思いますよ。メルシエで取り扱っておりますので、お買い求めの際はぜひ』
など、などなどなど。
とにかくセールストークをしまくった。
こっちの方が、むやみやたらに元気アピールをするより精神をえぐれ……いや、効果があると判断したからだ。
読み通り効果はてきめんで、今回の超速退院となったわけだ。
「お父様は?」
「イオルム殿下とリリス様がいらっしゃるからその準備よ。ディオンとシャルも戻ってきているわ。メノーも休み」
「えっ!?ということはレイモン伯父様だけじゃなくマリエル伯母様もいらっしゃるわよね?大集合じゃない」
「ルビナは休めなかったからどうしようもないわね。ディオンは転移を渋ったようだけど、イオルム殿下が直々に通信魔道具でお話ししていたわよ」
ルビナとはわたしの姉だ。大公妃の侍女をしている。
「まあ、ディオン伯父様がそれで納得したなんて珍しい」
「最終的にはシャルのおねだりに折れたみたいよ。シャルもリリス様に会いたがっていたから」
「へぇ」
馬車に乗り込むと、わたしの好きなラベンダーのポプリが置かれていた。鼻から思い切り香りを吸い込む。
いいにおいだねー
「はあ……そうね、とても落ち着くわ。ありがとうお母様」
「じゃあ行きましょう。出してちょうだい」
ファルマの病院は公都の郊外にある。ここからメルシエ家までは十分ほど。
「そういえばお母様、お願いしていたベルサンさんやメドゥスの方々へのお土産は渡してくれた?」
「もちろん。すぐ手配したわよ。干し銀灰茸はやっぱり料理はできなかったみたいだけど、そのまますりつぶして薬の研究に使うとベルサンさんがおっしゃっていたわ」
「そう、良かった」
ほしたぎんかいたけ あったかいみずでもどすとおいしいんだー
いいねぇ ぼくのんでみたい
シルヴァロンのこたちがディディのこときにいってるから つくれるんじゃない?
やったー!
わーい!
ぼくたちのこともディディにわかるようにしたっていってたよー
「……あったかい水?」
「どうしたの? ディアマンタ」
「ああ、ごめんなさい、幻聴かしら……」
「幻聴? 検査の結果は異常なかったのでしょう?」
「ええ、そうなんだけど……」
家に近づくにつれ、いろいろな声が聴こえてくる。
ディアマンタもどってきてくれてうれしいね
あそこなんかすごくきもちわるかったもんね
わかるー きゅーってなるの きゅーって
思わず耳を塞ぐと、母がわたしの背中を撫でてくれる。
「大丈夫? ディディ。病院に戻る?」
だめーー!!!
ぜったいだめー!!
「……大丈夫、帰ったら殿下がいらっしゃるまで少し横になるわ」
馬車がメルシエ家の敷地に入ると、ますますその声は増えてきた。
わーいディアマンター!
おおけがしたってきいたから しんぱいしたんだ
だって しにかけてたんでしょ?
シルヴァロンのこたちが ひっしでまもったっていってたよ
「……え?」
馬車が止まる。
馬車の扉が開くと、見えない何かがすごい勢いでなだれ込んできた。
ディディーー!!!
おかえりーー!!
あいたかったーー!!!
「く……苦しい……っ」
「ディディっ!!?」
大勢の声と熱に押され、わたしは馬車の中で目を回してしまった。
「ディディ」
父の声が聞こえて目を開く。
わたしは自室のベッドに寝かされていたようだ。
「……お父様、わたし……」
「お帰り、ディアマンタ」
父の手がわたしの頭を撫でる。その温かい声に、ぽたりと涙がこぼれた。
「……ただいま戻りました、お父様……っ」
父にギュッと抱きつく。
「よしよし、怖かったね。大変だっただろう」
「うん、うん……っ!」
涙がどんどん溢れてくる。
怖かった。死ぬんだと思った。
もう、二度と大好きな家族に会えないと覚悟した。
でも、帰ってきた。帰って来られたのだ。
「よく頑張ったね」
泣きじゃくるわたしを抱きしめて、父が優しく背中を撫でてくれた。
「みんな待っていたよ。お帰り、ディディ」
ひとしきり泣いて落ち着くと、父が冷えたタオルを差し出してくれた。
「少し目を冷やしてからおいで。イオルム殿下とリリス様はもうお見えになっているから」
「……はい。すぐに向かいますから、先に行っていてください」