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04 火がないところも煙でホイホイ

「確かに、潜入なら強く存在をぼやけさせる普及品の方が向いているわね」

 身に着ける魔道具の確認を終えた。


 認識阻害用の魔道具は普及品を追加した。

 普段つけているオールインワンタイプの護身用魔道具は、対象の設定を解除して、攻撃を察知すると自動で魔術障壁が起動するように調整。


 そして追加で強力な結界を張れる魔道具を持つことにした。

「展開時間は長いんですが、これは一度しか使えない上に、起動すると解除するまでその場を動けません。どうか気を付けてください」

 ベルサンさんの注意に、こくりとうなずいた。


 ベルサンさんも給仕の制服を着て、長い髪をまとめ上げている。

 慌ただしくしていると、黄色い光を放つ鳥が部屋の中へ入ってきた。トランクの縁に停まり、首をかしげている。


「メルシエ伯爵! 紙鳥です!」

 ベルサンさんが声を張り上げると、伯父様が慌ただしく駆け込んできた。

 伯父様の到着を確認すると、紙鳥の光が広がり、その場に声が聞こえた。


『レイモン、お知らせありがとう。銀灰茸だけど、今シーズンの分はすでに契約の全量が手元にあるから大丈夫。

 人為的なスタンピードについては、今回は私たちの理に反するから手は貸せないわ。ごめんなさいね。もしかしたら、護る理由がある誰かがいるかもしれないから、共有はしておくわね。健闘を祈るわ』


 黄色い光がスゥッと音もなく引き、鳥もいなくなっていた。


「銀灰茸を理由にヨランド様を引っ張り出せないかと思ったが、だめだったか……」

 しばしの沈黙の後、伯父がため息を吐いた。

「とりあえず送ってもらった魔道具で凌げると信じるしかないな。私は街の方の指揮を執る。ディアマンタ、ベルサン君、頼んだよ」



 今回のスタッフには、事情を説明し、もしもの時に転移装置を起動させたときのための発信機付きブローチを着けてもらった。

 スタンピードの話はパニックの元になるのでしていない。魔獣の目撃情報が増えているから念のため、という名目でだ。


「じゃマッシモ、行ってきます。奥様に晩御飯のことはお詫びしておいて」

「お気遣いありがとうございます、お嬢様。大丈夫です。お戻りになったら、明日みんなでいただきましょう」


 少しぎこちなくマッシモが笑い、わたしの両手を固く握った。

「どうかご無事で」

「……もう、大袈裟ね。大丈夫よ。心配しないで」


 別荘村までは、派遣される給仕スタッフみんなで馬車に乗り移動する。

「そういえば、銀灰茸って生えてるところは見たことなかったわ」

 特産で外に流通しないことは知っているし、シルヴァロンで食べたこともあるけれど、実際に生えているところを見たことがなかった。


「森の精霊が好む茸だと言われているんです」

 一緒に乗り合わせた女性が教えてくれる。

「ほら、見えますか?森の奥の方、ほんのり銀色に光っていますよね?あれが銀灰茸です」


「うわあ、綺麗」

「ええ。私もこちらに来た時にはそれまでの疲れが祟って体調を崩して生死をさまよったんですが、銀灰茸を使った薬のおかげで助かったんですよ」

「食べても元気でますもんね。でもここに来るまでに疲れた、って、そんなに旅路が酷かったんですか?」

「そうじゃないんです。私、恋人から長いこと暴力を振るわれていて」


「えっ、そんなことが!?」

「逃がし屋さんの力を借りて彼の元から逃げ出したんですけど、ずっとまともに食べていなかったりして、体力がかなり落ちていたので熱が出てしまって」


「……それはお辛かったですね」

 ベルサンさんが言う。

「はい。でも、おかげさまですっかり治りました! 今日が初めての現場研修なんですけど、これが終わったら子爵様のお邸で働くことが決まってるんです! 今から楽しみです」


「逃がし屋さん、って一体何?」

「私みたいに恋人から暴力を振るわれていたり、束縛や執着をされている人たちを逃がしてくれるんです。噂で聞いて、半信半疑でおまじないをしたら、本当に来て助けてくれました」

「そういう人たちがいるのね……」


 アマランに運命だなんだと言われているわたしも、身分が違えば今の話の人たちのように執着や束縛から逃れられずに苦しんでいたのかもしれない。魔道具以外にも、そうやって直接的に助けの手を差し伸べる方法があるんだわ。


「……わたしができるのは、まず身体を張って、状況に応じた効果抜群の魔道具を見つけることね」

 と呟くと、隣でベルサンさんがクスッと笑った。

「ほどほどにしてくださいよ、ディアマンタ様」



 パーティーは迎賓館と呼ばれるホールで行われていた。

 それぞれの別荘は斜面に建てられていて、そこから見下ろす谷の一番低いところに迎賓館があるのだ。


「……ベルサンさん、焚いた煙ってどうなるの?」

「私はどちらかというと魔道具開発の方なのでこちらは明るくないのですが、おそらく焚かれる成分から考えると、上に広がると思います。ただ、ここは山間地です。夜はかなり冷えるので冷気が谷底に留まり、結果として煙が滞留する可能性が高いです」

「っはー! すると煙に引き寄せられて魔獣がホイホイしやすい立地ってことね」


「……そうなりますね。ただ、石造りなので少なからず太陽の光を受けて建物が温まっていると思います。すると薬効が上空に拡散して……その場合は空を飛ぶタイプの魔獣を呼んでしまうので危険です。

 立地などをここから見ただけでも、いろいろなケースは予想できますが、現時点では断定できません。

 ただ一つ言えるのは、どの条件でも……危険です。谷間は逃げ場がない。ましてや上から来られたらひとたまりもありません」


 唸るようにベルサンさんが声を絞り出した。

「初陣だなんてかっこいいことを伯父様は言ってくれたけど、いきなり難易度高すぎない?」

「そうですね。これは想像以上にまずい。罰ゲームで飲まされる薬草茶なんて比にならないくらいまずいです」

「ふふっ、ベルサンさんもそんな冗談言うのね。……伯父様、聞こえましたか?」


 伯父様たちと連絡を取り合うために着けている通信魔道具がキラリと光る。

『ああ、聞こえている。すると逆に人里に降りてくる可能性は低いのかい』

「そうですね、その可能性は下がりました。でもゼロではありませんので備えの手は抜かないようにお願いします」

『わかった。駐屯部隊はメルシエ家の別荘に集まっている。前線に出られる魔道士は五人。あとは救援で三人ほど治癒魔法が使える魔道士を手配できるようだ。


 軍の実戦部隊は四十人、あとはマッシモと一緒にギルドと狩猟組合に行って、応援を依頼してきた。合わせればあと二十くらいはなんとかなるだろう。

 避難誘導などの後方支援も討伐とは別で、養成学校の者たちにサポートを頼んだから、大丈夫だと思う』


 さすが伯父様、一般市民に被害が出ないようにしっかり準備をしている。

「ありがとう伯父様。こちらもみんなに転移用の発信機は着けてもらったわ」

『あれは発信機を着けているものなら半径二十メートル以内であれば拾えるが、転移は一度しかできないからな。逃げ遅れがないようにちゃんと確認するんだよ』

「わかったわ」



『あと、どうも今日のパーティーにはシルヴァロン子爵も参加するらしい』

「そうなの?」

『ああ、めったに領地に姿を見せないのに、急に現れてあれこれ見当違いな指示をして行ったと、ギルドの受付がぼやいていた。パーティーは運営会社の招待らしいぞ。……怪しいと思わないか』


「ええ、伯父様、怪しいわね」

『今夜何かが起きる。それがスタンピードでないことを願うだけだ』

「何も起きないに越したことはないものね。まずは邸内を見て回るわ、結果をまた連絡します」

『よろしく頼む。もう少し時間があれば周到に準備をして、無能を壊滅させる手も選べたんだが、やむを得んな』

「まあ伯父様ったら、冗談にしてはブラックね」


 ピッ、と音がなって通信が切れた。ちなみにこちらの音はすべて伯父たちに送られ、魔道具に記録されるようになっている。

 緊迫している状況だけど、伯父様ってば、おちゃめなことを言うわね。思わずクスッと笑うと、隣でベルサンさんが少し安心したように微笑んだのだった。

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