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03 反省だけでは終わらせない

「しかしベルサン君、中和剤というのは」

「私も耳にしただけなのですが、ファルマの方では何かに応用する目的で開発していたようです」

「そうか。まあファルマならあり得るな」


「ファルマヴィータって本社はどこでしたっけ?」

「カイメル連邦だ。ファルマなら転移陣も最先端のものを使っているだろう。……問題は、ファルマが要請を受けて中和剤をすんなり提供してくれるかどうかだ」

「ああ、身内として言いたくはないですが、確かに拒否される可能性はありますね」


「拒否?」

 なんで?

「実際スタンピード誘発にどれだけの効果があるのかを、確かめたがる。ファルマ、特にカイメル研究所の連中は倫理を二の次にするからな」

「ええっ!?」


「あまり当てにしない方がいいかもしれない。むしろ人の力で凌ぎ切るのを前提に考えよう。

 魔石の準備はできるし、対魔獣用の魔道具もおそらく調達できるから、村に被害が及ばないよう、最優先に配置する。派遣している給仕たちも、緊急時にはすぐ避難させる」

「別荘の貴族たちは諦めるの?」

「そうなる」

 珍しく伯父が迷いなく即答した。


「普通であれば犠牲は貴族でなく市民。別荘地を避けて街へ雪崩れ込むようにさせるだろうな。だが、メルシエは違う」

「はい、伯父様」


「大公家や貴族が正しく機能しているかを監視する。それが我々メルシエ家の役割だ」



 そう。

 わたし達メルシエ家は、経済力、人脈、流通。あらゆるものを駆使して、国があるべき形ーー国民とともに在り、生かし生かされる。その道を踏み外していないかを厳しく見極める存在。


 人を『みる』医療を誇りとし、発展しているユジヌ公国。この国が未来永劫そう在り続けるために。

 誰が命じたわけでもない。ただ、その誇りを守るのが、我らメルシエ家。


「……心得ておりますわ、伯父様。いいえ、メルシエ伯爵」


「お待たせしました」

 マッシモが通信魔道具を持って戻って来る。

「ありがとう、マッシモ。まずはクレマンに連絡しよう」


 伯父の指示でマッシモがダイヤルを回す。父は据え置き型ではなく持ち歩き型の通信魔道具を持っているので、すぐに出た。


「クレマン、私だ」

『レイモン。……どうした』

「シルヴァロンに着いて話を聞いたが、思っている以上に厄介な状況だった」

『どういうことだ?』


 メルシエは一族が同じ目的のために動いているという同志の意識がとても強い。家督を継ぐ者が偉いだとか、そういう考えを持たないよう教育される。

 あくまで、適性を見た結果で役割が決まり、それを担う。その結果、次兄であるクレマン伯父が伯爵位を継ぎ、末っ子である父が商会長になり、長兄のディオン伯父は各国に足を運び直接生きた情報を仕入れている。ただ、それだけに過ぎない。


 わたしが商会を継ぐことですら、適性を鑑定された結果であり、父が商会長であることと直接の因果関係はない。

 もっとも、わたし自身が商会を継ぐことに対してなんの反抗心もない。むしろ大歓迎だ。適性があることは自分がよくわかっている。


「……というわけで、駐屯部隊に頼らずうちでも準備をしておきたい」

『おいおい、最悪じゃないか。今の話からすると駐屯軍に渡す予備の対魔獣用の武器と結界発生器と……』

「万が一街に降りてしまった時に防衛線に立つうちのスタッフたちにも、武器は持たせておきたい」

『当然だ。中和剤については届かない前提で進めよう。すまないね、ベルサンさん』


 父もファルマはあてにならないと思っているのか。中和剤の存在を知ってホイホイ喜んでしまった自分の考えの浅さが恥ずかしい。

「……いいえ、言ってはみましたが、正直私も期待していません。ですので、私にも対魔獣の武器をお願いします。できれば長剣を」


「長剣? ベルサンさん、戦えるの?」

「私、武家出身なんですよ。ですので剣は振れます」

「ベルサン君は大公妃閣下の護衛騎士にスカウトされていたこともあったんだったな」

「ええっ!? そんなに強いの!?」


『……そうでなければ、二人だけでシルヴァロンへ行かせたりしないよ……』

 魔道具の向こうで父がぼやいた。


 言われてみれば確かに今回護衛の話が一切出なかった。

 平民とはいえ世界中に支店を持つ大商会の、公表していないがれっきとした後継ぎであり、年頃の娘なのだ。

 普段であればこういう遠出には、仮に形だけだとしても護衛がつく。

 てっきり、護身魔道具があるから問題ないと判断されたんだとばかり思っていた。


 ああ、わたし、浮き足だっていたんだ。まだまだ自覚が足りないな、とひとり内心で反省した。


「とにかく、できる限りのことはしよう。ディアマンタには話したが、今回もメルシエの理念は揺らがない。別荘の貴族が犠牲になったとしてもそれは自業自得、腐った連中の間引きだと思えばいい。違法ではないとはいえ薬物が絡んでいるんだ。いくらでも言い訳は立つ」

『わかった。クレマン、ヨランド様への連絡は』

「ああ、ヨランド様にも連絡はする」

 ヨランド様、初めて聞く名前だ。誰だか気になるけど、……ううん、今は口を挟める雰囲気ではないし、口を挟む資格もないわね。



『ディアマンタ』

 父がわたしを呼ぶ声にはっと顔を上げる。

「はい、お父様」


『どうせ話を聞きながら浮かれていたことを反省していたんだろうけれど、それは帰ってからすれば良い。今はまず、怪我なく無事に戻ってくることを考えなさい。君の優秀さはそこにいるみんながよくわかっている』

「はい」


『ベルサンさん、マッシモ、娘を頼む』

「もちろんです」

「お任せください」

『レイモン、ディアマンタの初陣だ。サポートを頼むよ』

「ああ。頼りにしているよ、ディアマンタ」

「はい、伯父様」


 物資の準備が整ったら連絡する、という父の言葉を最後に通信が切れた。

「じゃあ次は」

「伯父様、先ほど名前があがったヨランド様というのは」


「この国一番の薬師だ。銀灰茸に何かあったら最も悲しむお方かな。商会の売上的にもかなりの打撃になるから、被害が抑えられるように助力を仰ぐ。マッシモ、私のトランクを持ってきてくれ。その間に駐屯部隊に連絡しておく。それと、駐屯部隊へ転移陣を運ぶ人間を考えよう。私が行くつもりだったが事情が変わった」

「かしこまりました」


 マッシモが慌ただしく出て行く。

 伯父は駐屯部隊に連絡をして、父に伝えたのと同じ内容を告げた。

『知らせてくださり大変助かりました』

 部隊長が神妙な口調で伯父に礼を言う。

『こういった情報が、とんと降りてこなくなりましたよ』


「……中央は辺境や地方の人間がどんな思いで立っているのかを、まるで理解していない。転移陣はうちの者にそちらへ運ばせる。追加の装備などはメルシエの別荘に運び込むから、そちらで用意できる最大限の装備で跳んできて欲しい」

『ありがとうございます、よろしくお願いいたします』


 通信を切って、ふう、と伯父が息をついた。

「中央の連絡は最後でいい。……ディディ、覚えておきなさい。今、ユジヌ公国の中央はお前たちが想像している以上に機能していない」

「機能、していない……?」


「ユジヌはフェリティカ帝国の従属国という立ち位置だろう?何かあってもフェリティカの庇護下にあるから大丈夫だと思っているんだ」

「……それって、とても良くないことなんじゃないの、伯父様」


「その通りだ。実際、いざとなればフェリティカは何らかの形で手を差し伸べる、いや、介入してくるだろう。だが、私やお前の父はユジヌ公国と共に生き、共に殉ずる覚悟だ」

 険しい顔でそう告げると、伯父はふっと眉間に入った力を緩めた。


「お前たちまでそうあることは望んでいないよ。

 ディアマンタたちは、自分たちで決めた護り方をすれば良い。その中には、フェリティカに併合されることも含まれる」

 護るべくは、民の命だからな、と伯父が呟く。


「誇りなどもう古い、と思うかもしれない。だが、ディアマンタ、お前たちには、メルシエの一族として生まれたことを誇ってほしいと思っている」

「……はい、伯父様」

「湿っぽい話をしたな。久しぶりに重いトラブルが来たから、つい語りたくなってしまった」

 ニヤリと伯父が笑う。


「とりあえず乗り越えるのは今日だ。帰ったらみんなでノエミにたっぷり叱られよう」

「ふふふ、そうですね。お母様は悪魔のような恐ろしい顔で待ち構えていそうです」



「レイモン様、お持ちしました」

 マッシモがトランクを持って戻って来た。

「ありがとう、マッシモ」

  伯父様がトランクを受け取ると、テーブルの上に広げた。


「駐屯部隊にはうちで一番早駆けができる者を出します。今日は出勤ではなかったのですが、捕まりました」

「そうか。手当は弾んでやってくれ」

「もちろんです」

 マッシモは伯父様から絨毯を受け取ると、再び急いで出ていった。


 伯父はごそごそとトランクの中を漁って、紙の束を取り出す。

「あったあった」

 束から一枚紙を抜くと、赤いインクでサラサラと文字を書いた。


「紙鳥ですか!現物は初めて見ました」

 ベルサンさんが興奮している。

「紙鳥?」

「古い魔道具のひとつです。目には見えませんが、それぞれに宛先となる方の固有の魔法陣が刻まれているんですよ」

「へえ」


「ヨランド様は通信魔道具をお持ちでないからね」

 手紙を書き終わったのか、万年筆のキャップを閉めると、伯父は紙の端を小さく千切った。

 すると、ふわりと紙が浮かび上がり、紙が小鳥の形をした光の塊になった。


「ヨランド様の元へ、至急で頼む」

 伯父が小さな魔石の欠片を手のひらに乗せると、その魔石をつついた小鳥は赤く光り、窓の外へ羽ばたいていった。


「……うわぁ、綺麗」

「現役で紙鳥を使っていらっしゃるのは、確か」

「この国ではヨランド様だけだ」

 ベルサンさんの呟きに伯父が答える。


「さて、準備の続きをしようか。ディアマンタには追加で持てる魔道具を預かってきているんだ」

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