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第八話 逃れられない別れを受け入れる為に。

 綺月さんとの交際が始まったものの、だからといって急激に何かが変わるといったこともなく。休憩時間にまた一緒にシャドモンを遊ぶようになり、気兼ねなく話しかけてくれるようにもなり。休みの日は二人で適当に遊んだりといった、なんていうか、これまでの延長線のようなことしか出来ていなかった。


「あー、彼女欲しー」

「お前の場合、早く童貞捨てたいだけだろ?」

「そうとも言う。どんなものか楽しみじゃね?」


 付き合うこと、それ即ち肉体関係である。

 なんとも下らない思考回路だ、そんなはずがないだろうに。

 クラスメイトの野暮を聞き流しながら、視線を僕の彼女である綺月さんへと向けた。

 男子の輪の中にいる僕と同じように、女子の輪の中に綺月さんがいる。

 やっぱり別格、一段階上の存在、他のクラスメイトが霞んで見える。


(うおっ)


 僕の視線に気づいた彼女が、笑みを浮かべて指だけでぱたぱたと反応してくれた。

 僕も何か返すべきか、彼女と同じように人差し指と中指をパタパタさせるべきか?

 いや、それは彼女がしたから可愛い仕草であって、僕がしてもきっと気持ち悪いだけだ。


 だとしたらピースサインか? 

 それも指を揃えた映画俳優がするみたいな、額に当ててピッと離すアレか? 


 しかし、伝わらなかったらどうするよ。

 まったく意味のないジェスチャーに成り下がってしまうぞ。


「な、神山もそう思うだろ?」

「え? あ、ああ、そうだね」


 そろそろ休憩時間が終わる、何もしないよりはした方がマシだ。

 目をつむり、二本指をこめかみ辺りに当てて、ピッと離した。




「ぷっくく、いきなり何するのかと思ってビックリしたよ」

「加佐野さんの為にした訳じゃないし」

「指二本当てて、あばよ! って感じにするんだもん。ぷっくく……ダメだ、思い出し笑いしちゃう、あはっ、あはははははは!」


 最悪だ、綺月さんの為にしたはずのジェスチャーが、よりにもよって加佐野さんだけに見られるとか。


 お腹抱えて大爆笑してるけど、そんなにダメだったのかな。

 二本指のピース、かっこいいと思うんだけど。


「笑ってないで、手を動かす」

「はいはい。楚乃芽とのお別れ会だものね、ちゃんとしたのを作らないと」


 三月の終わり、僕と加佐野さんはクラスメイトにも協力をお願いして、綺月さんのお別れ会を開くことにした。セロハンでつなげた用紙に加佐野さんがメッセージを書き、運動会で使うような紙花を作り、当日はそれを教室に飾り付ける。


 クラスメイトの寄せ書きも密かに用意したし、当日渡すための花束も購入済みだ。

 今は職員室の花瓶に生けてあるけど、お別れ会の日に回収し、それを綺月さんに僕から手渡す。


 中学二年生なんだ、出来ることはお小遣いの範囲内だけど。

 それでも、可能な限り、綺月さんの為にしてあげたい。


「楚乃芽、びっくりして泣いちゃうかな」

「まぁ、そうだね、泣いちゃうかもね」

「お別れ、なんだよね」

「うん」

「どこに転校するか、神山君も教えて貰えてないの?」


 教えて貰えていない、というか、話題にしたくなかった。

 あと数日で綺月さんがいなくなる、その現実を受け入れたくなかった。


「そういう加佐野さんは?」

「私はダメ、お父さんに迷惑かけちゃうからって。楚乃芽って意外と頑固というか、融通が利かないのよね」

「僕も一緒、企業秘密だって言われたよ」


 とはいえ、聞いたのは結構前の話だけど。


「もう付き合ってるんだし、神山君には教えてあげればいいのに」

「そのうち聞くよ」

「そのうちって、あと三日しかないけど」


 終業式まで、あと三日。

 綺月さんは終業式の翌日、引っ越ししてしまう。

 その後は遠距離恋愛となるのだろうけど、どのぐらい離れてしまうものなのか。

 以前よりも距離は近くなったのに、どこか遠い感じのまま、時間だけは過ぎ去っていく。




「綺月さん、新しい中学校に行っても、僕たちのことを忘れないで下さい」


 終業式当日、お別れ会の時に、彼女は泣いていた。

 今までで最高の学校生活だったって言って、ぼろぼろと泣いてしまったんだ。

 そんな綺月さんを女子たちが慰め、男子たちは貰い泣きしないよう、必死に堪える。

 僕も悲しかったけど、僕たちにはまだ秘密の約束があるから。だから、泣かずに堪えれた。

 学校を終えて、私服に着替えた後、僕は部屋でこの日の為の準備を手にする。


「あら大樹、天体望遠鏡なんか持って、どこかに行くの?」

「ちょっと山にね。知り合いに夜空が綺麗な場所を教えて貰ったんだ」

「そうなの、でも十一時には帰るのよ?」

「大丈夫、補導されないようにするから」


 小学生の頃に買ってもらった天体望遠鏡、正直精度はあまり良くない。

 でも、月のクレーターははっきりと見えるし、夜空の星々だって肉眼よりかは綺麗に見える。


 それに、これはある種の口実のようなものだ。

 性能の良し悪しは二の次、これの真価は別にある。


「あ、大樹早いね」

「うん、だって、綺月さんに一秒でも早く会いたかったから」

「ふふっ、ありがと。ごめんね、山って聞いて、ちょっと準備に時間かかっちゃった」


 スカートが多い綺月さんだけど、今日だけはパンツスタイルだ。厚手のコートに、手にはピンク色の手袋、マフラーも長いのを巻いているし、これなら防寒対策もばっちりだろう。


「山って言っても、大した高さじゃないけどね。むしろ丘って感じだよ」

「でも、寒いのは寒いんでしょ?」

「うん。あり得ないぐらい寒い」

「じゃあ、これでも足りないかな」

「そこまで遅くはならないだろうし、大丈夫だと思うよ」

「そっか……まぁ、寒かったらくっつけばいいもんね」


 冗談とも本気とも受け取れる内容に、思わず視線を逸らした。

 頭の中にクラスメイトの言葉が流れる。肉体関係目当てとか、僕は違うから。


「じゃあ、行こっか」

「うん」


 気を取り直し、僕は自転車に跨った。

 向かう先は天体観測が出来る丘陵公園。僕と綺月さんの、最後のデートだ。

 中学生編、残り二話

 次話『二人だけのお別れ会を。』

 明日の昼頃、投稿いたします。

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