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第五話 宣戦布告

 両手をギプスで固定されたまま、加佐野さんは本当に登校してきた。

 見れば、彼女の上履きは踵がつぶれたままだ。

 両手が使えないんだ、靴の履き替えだって大変だっただろうに。


「言ってくれたら手伝ったのに」

「いいの、これは馬鹿な私への戒めだから」


 教室に入ってきた彼女は、僕との会話を言葉少なに終わらせると、視線を綺月さんへと向けた。何か言いたそうな顔をした加佐野さんだったけど、そこは視線を合わせるだけで終わりにして、今度は教室内のクラスメイトへと顔を向ける。そして、いきなり深く頭を下げたんだ。


「ごめんなさい、全面的に私が悪かったです」


 唐突な謝罪、僕には何がなんなのか分からかなったけど。


「いいよ。誰も最初から天音を責めてないから」

「私たちもごめんね、確かに、いろいろと煽ったのがいけなかったかも」

「むしろ謝るのって私たちだよね、天音ごめんね。手のケガ大丈夫?」


 おそらく事情を知っているであろう女子数人が反応すると、加佐野さんは「ごめんなさい」って再度言葉にし、もう一度頭を下げた。そして今度は、そのまま加佐野さんは綺月さんの前へと向かい、彼女に対しても頭を下げたんだ。


「いろいろと誤解してたみたい、綺月さん、ごめんなさい」

「誤解って、別に何もないよ」

「ううん。親の問題とか確かにあるけど、でも、それって綺月さんは関係ないし」


 いつかの僕の言葉を、そっくりそのまま加佐野さんは口にした。

 ショートカットの髪をかき上げると、耳へと掛けて、加佐野さんは微笑む。


「それに、神山君から聞いたの。貴方はすっごく良い人だって」

「え? そんな……私は別に。っていうか、大樹、なんて言ったの?」


 助け舟を求めるような目を僕にしている。

 あの綺月さんが、珍しいものだ。


「別に、言われたことをそのまま言っただけだよ」

「言われたことって。あ、あのね加佐野さん、私は単純に貴方が心配なだけであって、でも親の問題があるから私は動けないなって思って、それで神山君にお願いしたの。だから、一番頑張ったのは神山君だから、褒めるなら彼にしてあげなよ」


 そんな風に回されても困るのだけど。

 どうしたものかと眺めていると、加佐野さんはギプスで固定された手を、綺月さんへと差し出したんだ。


「私、貴方が相手でも諦めませんから」


 突然の宣戦布告に、クラスメイトも黙る。

 皆の注目が集まる中、綺月さんは出された手を、静かに握り返した。


「それが貴方の学校に来る理由になるのなら、是非とも頑張って欲しいと思う。でもね、私、最初から彼にはそれとなく伝えているつもりなんだけど?」

「知っています。でも、彼もまた、諦めていないみたいだから」

「そう……なら、分かった。ありがとう、これまでで一番楽しい秋と冬が過ごせるかも」


 綺月さんが転校するまでの、残り半年。

 僕にもまだ、チャンスがあるということなのだろうか。


「とりあえず、シャドモン、私も始めました」

「本当? じゃあ昼休憩に一緒に遊ぶ?」

「はい、敵を知り、己を知らば百戦危うからずって言いますからね」

「それ、孫氏の兵法ってやつ? これは強敵参戦って感じかな?」


 この日以降、綺月さんと加佐野さんの距離は、劇的に近くなった。

 お昼休みも一緒だし、移動教室も一緒だし、トイレだって二人で向かっている。

 休みの日も二人で遊んでいる様子で、段々と僕の入る隙間が無くなりつつあった。


「お詫びも兼ねて、一緒に遊びに行かないか?」


 暇で死にそうな日曜日、数人の男友達から遊びに誘われた。

 加佐野さんの告白を拒否して以降、微妙に溝があった僕たちだけど。


 当の本人である加佐野さんも元気を取り戻し、更には目の敵にしていた綺月さんもクラスの女子と打ち解けているのだから、僕たちがいつまでも揉めている必要はない。というのは分かるのだけど、正直、気分としては微妙だ。


 だけど、心の中の綺月さんが語る。こういうのを断ってはダメだよと。

 突き出した手の人差し指を上げながら、眉の角度を上げて、怒り気味に言うんだ。

 一人苦笑、心の中まで支配されているのかよ。


「分かった、準備するから、ちょっと待ってて」


 僕の返事を聞いて、誘ってくれた男友達の表情から緊張が消えた。

 そんな彼らを見て、僕も考えを改める。

 小さな町なのだから、いつまでもいがみ合っていても、それはきっと良いことではない。 

 たとえ表面上であったとしても、僕たちは良い子でいなくてはいけないんだ。

 そうじゃないと、町全体が心配してしまうから。





「最近大樹、クラスメイトと仲良いじゃん」


 秋深まる紅葉の中、綺月さんは肉まんを片手に、そんなことを口にした。


「僕たちは元々、あんな感じだったんだよ」

「あはは、そっか、私が異物だったんだね」

「そうは言ってないけど」


 はむっと手にしていた肉まんを彼女が頬張ると、美味しそうに眼を細める。

 綺月さんは美味しい物を食べる時、本当に美味しそうに食べるんだ。

 食べる所作だけで見入ってしまう、食べられた肉まんも、きっと本望だろう。


(食レポとか向いてそう……ん?)


 何気なく見ていたら、湯気が立った手に残る肉まんを、彼女は僕へと差し出す。


「……何?」

「なんか、食べたそうにしてたから」

「だからと言って食べかけを寄こされても」

「あ、間接キスとか気にしちゃう感じ?」


 そりゃ、気にするでしょうに。

 少なくとも、僕はするさ。


「そっか、これは大樹にとってご褒美になっちゃうね」

「誰がご褒美なんだよ」

「じゃああげない、食べちゃお」


 誰も食べないとは言ってない、とは、口にしなかった。 

 残る肉まんを口いっぱいに頬張ると、七福神のように膨らんだ頬のまま微笑む。

 いや、微笑むなんてものじゃないな。これは満面の笑みって奴だ。


「でもなんか、こうして二人きりになるのって、なんだか久しぶりだね。最近だとシャドモンもしてないし、なんか大樹との間に距離が出来ちゃった気がするよ」


 指に残る肉まんの皮をぺろぺろと舐めながら、はぁ、と白い息を吐いた。


「人付き合いが増えると、どうしてもこうなるよね」

「そっか……ちょっと前は大樹独占だったのに、最近は手が出しづらい感じ」

「独占って、他に遊び相手がいなかっただけの話でしょ」

「それだけじゃないよ? 天音ちゃんも大樹狙ってるし、遠慮もしないとね」


 チャンスを与えろって言ったくせに、どの口がそんなことを言うんだか。 


「遠慮が無かったら、どんな感じになっていたのさ」

「ん? 私、結構がっつくタイプだから、大樹じゃ耐えられないかもよ?」


 そんな綺月さん、見たことないけどね。

 むしろ、一回くらいお目にかかってみたいものだ。


「さてと、そろそろアポの時間だから、行こうか」

「結局、今日ってどこに連れていってくれるの?」


 日曜日の朝十時、連れていきたい場所があるって言うから来たものの。

 綺月さんはどこに向かうかを一言も教えてくれないまま、今に至っている。

 すたすたと歩き自転車に跨ると、得意げな顔を僕へと向けた。


「むっふふー、今日はね、沢山迷惑を掛けた大樹に、少しでも恩返しが出来ればなって思ってね。お父さんの娘である特権を、フル稼働させちゃったんだ」

「お父さんの娘である特権?」

「うん。オープン前のショッピングモール、入ってみたいと思わない?」


 男子ってこういうの好きでしょ? のランキングに、超大型工場とか、建設途中のビルとかって入ると思う。


 山を切り崩したパイプの迷路とか、コンクリートむき出しの普通じゃ歩けない場所とか、そういう場所は入るだけで気分が高まってしまうものだ。


 都内の方では、コンビナート遊覧ツアーなるものもあるらしいし、工場、工事現場というものは、それだけで男心をくすぐる何かが確かにある。


「凄い、まだお店がひとつも入ってない」

「にっへへー、どう、凄いでしょ?」

「うん、凄い。こんな場所歩けるとか、想像もしてなかった」


 工事中のショッピングモールは、明日から営業開始できそうなぐらいには完成している。でも、完成しているのは共用部と呼ばれる場所だけで、店舗内はまだまだ改装工事中の様子だ。重機やドリルの音が響く中、僕と綺月さんはヘルメットをかぶり、指定された場所だけを歩く。


「大樹、目がキラキラしてる」

「それはしょうがないよ、だってなんか、特別って感じがしない?」

「特別、うん、そうだね、するかも」


 綺月さんの説明を交えながらショッピングモール内を歩く。

 とても細やかな説明で、意外にも彼女が知識人であることに驚いた。


「小さい頃からね、こういう工事現場とか、オープン前のお店に連れて行ってもらうことが多かったんだ。お父さんも私に説明するのが嬉しいのか、いっぱい説明してくれてね。何度も聞いていたからか、気づいたら覚えちゃってたの」


 ある意味、英才教育とも言えよう。彼女は将来、お父さんと同じように都市開発事業に手を掛ける、そんな未来が薄っすらと見えるような、そんな感じがした。


「あ、いたいた、大樹に紹介するね。私のお父さんだよ」


 見学ツアーの最後に、僕は綺月さんのお父さんと顔を合わせる事となった。


 色のついた眼鏡、七三に分けた髪、細身のスーツが良く似合う、全身からエリートの雰囲気が駄々洩れのお父様だった。綺月さんのお父さんは僕を見るなり口元を緩ませると、右手を軽くあげて会釈の代わりをした。仕草がカッコいいと思う。さすが綺月さんのお父さん。


「君が、神山大樹君、だね」


 低い声、でも通る声だ。僕の父さんとはまた違う。

 ネームプレートがある、綺月壮志郎(そうしろう)、これがお父さんの名前か。


「はい、今日はお誘いいただき、誠にありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ、楚乃芽の友達になっていただき、感謝しているよ」


 社交辞令……ではなさそう。

 綺月さん、友達がいないって言っていたし、本当に感謝されているのかも。


「他にも、君のお陰で友達が増えたと楚乃芽も言っていてね、出来ることなら来年以降もお付き合いさせて頂けたらと思っていたのだが……既に、娘から話は聞いているのかな?」

「はい、来年の三月、お引越しをすると伺っております」

「そうか、いや、聡明な子だね。楚乃芽の友達にはもったいないくらいだ」

「ちょっとお父さん、それどういう意味?」


 いつになく、綺月さんが子供っぽい仕草を取った。

 腰に手を添えて頬を膨らませるとか、これまで一回も見たことがないぞ。


「ははっ、口が過ぎたかな。さて、そろそろお昼だが、まだ二人は食べてないんだろう?」

「私、パスタ食べたい」

「そうか、では、それにしよう。神山君も、お誘いしても大丈夫かな?」


 無論、断る理由はどこにもない。


 お父さんの車に乗り込むと、綺月さんは助手席ではなく、当然のごとく後部座席、僕の隣に座った。高級車だからか、後部座席でも助手席のように席が離れているけど、それでも隣に座ってくれたことを嬉しく思う。


 その後は三人でお昼を食べて、ショッピングモールへと戻り解散となった。

 別れ際に車内から綺月さんはずっと手を振ってくれて、僕もそれに返して。

 とても、順調な交際関係だったのだと思う。

 順調すぎて、一番大切なことをしていないことが、気になり始めるぐらいに。


 僕はまだ、彼女に対して、一度も告白をしていない。

 するべきだと思う。例え、玉砕することが分かっていても。

次話『彼女の中に残る、強すぎる思い出の男』

明日の昼頃、投稿いたします。

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